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異世界に逃げ込んだ犯罪者をPKするのが仕事です――ヒデンスター・ノヴァで命を狩る者  作者: TOYA
第一部 第二章 ゴールドスカーとの決着

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EP31 レベル5エリア「逆さの宮殿」

 バレイと別れてから、レベル5エリア「逆さの宮殿」へと足を踏み入れて、もうすぐ2カ月が経とうとしていた。

 このエリアからは完全に通信が遮断されており、DtEOの拠点がどうなっているのかもわからない。

 バレイたちは無事に拠点を築けただろうか――そんな疑問が脳裏をよぎるが、確かめる術はない。


  「逆さの宮殿」はその名の通り、地上に浮かぶ巨大な建造物だ。しかし中に入れば、天井が地面のように張り巡らされ、空間の上下が逆転している。

 視点がくるくると切り替わり、最初は戸惑ったが、慣れてくるとこの構造は意外にも魔物からの逃走に有利だということに気づいた。

 特に、俺のスキル6《リープ》の恩恵が大きい。跳躍というよりは瞬間移動に近い動作で、魔物の追跡を軽く振り切れる。


 そして……俺はすでに、このエリアの最奥にある「隔壁」まで到達していた。

 ボスは存在せず、そのまま素通りすることができる為、落ち着いて休憩できる場所となっている。

 レベル5以降、隔壁から隔壁までの直線距離は約2000km――とんでもない広さだ。

 なるべく早く進めてきたつもりだったが、避けられない戦闘や構造による迷路のような地形のせいで、予定より大きく時間がかかってしまった。

 本来は、1日11時間の行動でおおよそ40日での突破を見込んでいた。だが、現実はすでに60日が経過している。

 しかもレベル5以降には転送装置が存在しない。ここから地球に直接帰還も出来ず、帰還手段は来た道を戻るか、《緊急脱出》によるものだ。

 戻れるのはマルチポータルタウンだけ。クリーンタイムじゃない事もしっかり確認しなければならない。


 俺は手元のキューブから、ひとつのアイテムを取り出す。《ブレイクエスケープクリスタル》。

 これは、北と南それぞれの隔壁が突破された後に無人販売所に追加された新アイテムだ。


 このクリスタルを使えば、即座にシールドを割ることができ、10秒後には《緊急脱出》が発動する。

 通常は1分の発動猶予があるため、追い詰められた状況では非常にありがたい仕様だ。


 実は、これまでにも魔物の超レアドロップで数個手に入れていたのだが、あまりに貴重すぎて使う気になれなかった。

 だが、販売所で購入できるようになった今となっては、必要な時に気兼ねなく使える。


「……このペースでレベル9まで行くとなると、10カ月以上かかるな……」


 そんなことを考えながら、俺は《ブレイクエスケープクリスタル》を手の中で砕いた。

 シールドはバリンと大きな音を立て壊れた。そして、耳を震わせる音が響き、俺の身体が光に包まれる。

 そして10秒後、俺は「マルチポータルタウン」へと帰還していた。


 マルチポータルタウンに帰還すると、俺は大きく背伸びをして、目元を軽く擦った。

 時間を確認すると、すでに深夜だった。


「……溜まった請求書の整理に、支払書……ああ、確定申告もしなきゃな……」


 思わずため息がこぼれる。

 ヒデンスターでは魔物との戦闘に命をかけ、現実では事務処理に頭を悩ませる。

 しばらくは地球での作業に集中しなければならないと腹をくくった。


 その前に、レベル5エリアからの帰還を報告する必要がある。

 俺はキューブの通信機能を使って、DtEOに連絡を入れた。


『こちらDtEOです』


 聞こえてきたのは、いつものサナの声ではなかった。女性の声だが、どこか落ち着いた、初めて耳にする声色だった。


「ハトヤです。今日はサナじゃないんだね?」


『ええ、すみません。ハトヤさんですね? 少々お待ちください』


 通信が一時的にミュートされ、数秒後――再び、先ほどの女性の声が戻ってきた。


『ハトヤさん、エリア5の調査お疲れ様でした』


「いや、まあ……なんとか無事に」


『バレイは現在、緊急の要件で手が離せません。そのため、代わりに私の方で直接お会いして、報告を受けたいと思います』


「直接? じゃあDtEOの本拠地に向かえばいいか?」


『いえ、そちらではなく……地球の方でお会いしたいのです』


「……地球?」


 違和感が胸をよぎる。DtEOとの通信は何度も行ってきたが、地球での面会を求められたのは初めてだった。

 だが、地球に戻る用事があるのは事実。断る理由もない。


「……わかった。で、どこへ行けばいい?」


『ハトヤさん、ご自身の事務所からヒデンスターノヴァに来られましたか?』


「え? ああ、そうだよ」


『承知しました。では、すぐにそちらへ向かいます。お待ちください』


 そう言って通信は終了した。


 ……結局、名前も名乗らなかったな。

 なぜ、わざわざ地球で会おうなんてまどろっこしい段取りを取るのか、腑に落ちないが──考えても仕方ない。


 俺は退場しようとキューブに手をかけたが、ふと、あることを思い出した。


「あれ……?」


 そういえば──

 クリーニング屋に行ったその足でここに来て、それっきり地球に戻っていなかった気がする。

 つまり……事務所から入場していなかった。


「……クリーニング……配達にしておいてよかった……」


 すでにクリーニングに出してからかなりの時間が経っている。もし取りに行くと指定にしていたら、いろいろと迷惑をかけていたかもしれない。

 そんなことを思いながら、俺は退場ボタンを押した。


 場所は、例のクリーニング屋のすぐ近く。

 ヒデンスター・ノヴァから地球へ──現実世界に帰還する。


 重力が強く感じる。空気がやけに薄いような、鼻にかかるような。

 もう、地球の身体の重さや空気の匂いにすら違和感を覚えるようになってしまっている。

 現実に帰ってきたというより、異世界から“戻された”ような感覚すらある。

 にしても、DtEOの依頼を受け始めてからというもの、鳩廻事務所としての仕事はほとんど犯罪者PK関連ばかりだったな。


 ──そして、事務所の近くまで来たときだった。


「……ん?」


 妙な違和感を覚えた。

 見慣れた路地。通い慣れた道。そして──その先に見える、パトカーの列。


「……は?」


 俺の事務所が警察に封鎖されている。

 黄色い規制線が張られ、近づくこともできない状態だった。


「ちょ、ちょっと待て……なんだこれ? これじゃ帰れないぞ……」


 わけがわからず、事務所の前に立つ警官に声をかけようとした、そのとき。

 ──誰かに、腕を引っ張られた。


「……な、なんだ?」


 驚いて振り向くと、そこにいたのは──


「私よ! サナ!」


「サナ、地球に来てたのか!?  地球で会うのは何年ぶりだよ……コーヒーでも飲んでくか? あ、駄目だわなんか封鎖されてて……」


「馬鹿! のん気なこと言ってる場合じゃないの!」


 怒鳴るような声に、俺は思わず言葉を詰まらせる。


「とにかく、人目につかないところでヒデンスター・ノヴァに行くわよ!」


 サナは俺の手を引き、人混みをかき分けるようにして裏通りへと連れていく。

 そして説明もないまま俺は再び──ヒデンスター・ノヴァへと戻ることになった。


「……そんなに慌ててどうしたんだ? 俺、地球で請求書とか納品書の整理をしなきゃならないんだけど……」


 そう言うと、サナは眉をひそめたまま首を振った。


「残念だけど、それはもう二度とできないと思うわ」


「え……?」


 何を言ってるのか分からなかった。だが、サナの表情は冗談ではない。


「どこか落ち着いて話せる場所はない?」


「……なら、俺のギルドハウスはどうだ? “はむまる隊”のやつ。誰も来ないし、外部からの目もない」


「わかったわ。じゃあ早速、そこへ連れて行って」


 俺は頷き、サナを連れてヒデンスター・ノヴァ内のギルドハウスへと向かう。

 “はむまる隊”──ソロギルドだが、拠点としての機能は一通り整っている。


 だが、ギルドハウスに入ろうとしたその時、サナが手をかざして俺を制止した。


「ちょっとだけ待って」


「……ん?」


 サナの視線の先を追うと──数秒後、三人の人影がこちらに向かって歩いてきた。


「……あれ?」


 先頭にいたのは、全身エメラルド色鎧が印象的な、あの人物だった。


「バレイ!? お前、本部で缶詰状態だったんじゃなかったのか?」


「ハトヤ! 久しぶりだな! それも含めて、今日は話があって来たのだ」


 笑顔で手を上げてくるバレイ。その隣に並ぶのは、リンカ。


「ハトヤさん……! 無事でよかったです……」


 柔らかい声でそう言って、俺の顔をじっと見つめてくる。

 そして、最後に立っていたのは──見覚えのない、若い男性だった。

 整った顔立ちと、落ち着いた所作。だが、どこか内に秘めたものを感じさせる雰囲気を纏っている。


「急にこちらへ来て申し訳ありません。私の名前はラフリットと申します。主にDtEOでの業務を地球側で行っておりました」


「初めまして。ハトヤです。とりあえず、中に入ってくれ」


 簡単な自己紹介を交わし、俺は自分のギルドハウスへ皆を案内する。

 椅子に腰を下ろし、コーヒーを人数分淹れて席についた。

 この空気。

 ただならぬ雰囲気が漂っているのは、間違いない。


「……なんとなく、ただ事じゃないってのは分かるけどさ」


 俺が言うと、バレイは笑いながら──


「ハトヤ、我はDtEOのギルドマスターを首になってしまったわ!」


「ぶはっ!!」


 思わず、淹れたばかりのコーヒーを噴き出した。


「バレイ! 笑ってる場合じゃないです! それに……説明、端折りすぎです!」


 横で困ったように肩をすくめながら、ラフリットが口を挟む。


「……私の方から説明させていただきます」


 そう言って、ラフリットは静かに口を開いた。

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