EP30 死闘の結末
【霊灯の街道 ― 最奥部《灯冥の間》】
――戦いの終わりを告げる静寂の中、俺のヒデンキューブに何かが転送される気配があった。
ダメージ量に応じた報酬が、直接キューブ内部に格納されていたのだ。
表示された報酬を確認する。
目に飛び込んできたのは、大量の【エネルギー5】と、ひときわ異質な輝きを放つ【神器化結晶石】。
だが、それだけじゃなかった。
「……これは、[S6(リープ)グランヴェイルメイス]……?」
俺は思わず口にした。
グランヴェイルの名を冠した、レベル5の武器。しかも――
「スキル6が付与されてる……!」
すぐに俺はそれをキューブから取り出し、所有権を放棄した。
そして、迷いなくそれをバレイに手渡す。
「見ろ、バレイ。固有ドロップ武器が、ゲームのときより遥かに強化されてる。これはお前が使ってくれ。俺にはもう、レベル5の装備は不要だ。」
バレイは一瞬だけ躊躇したように目を伏せたが、やがて真っすぐに俺を見て、頷いた。
「……分かった。ありがたく、受け取らせてもらう。」
そのやり取りの最中、サナが振り返って言った。
「見て、エリア5の扉が開かれるわ!」
皆の視線が、ボスの奥にあった巨大な封印の扉へと注がれる。
そこに刻まれていた封印文様が音を立てて砕け、ゆっくりと、大扉が開いていく――
「これで追いついたな、ゴールドスカー……!」
しかし、それは決して喜びだけの瞬間ではない。
フナシ隊は全滅、他の隊員たちも多くを失った。
だが、それでもこの勝利は、予定よりも遥かに早い前進だった。
「犯罪者との戦力差も、まだ大きくは離れていないはずだ!」
そう、これで追いつける。奴らに対抗する道が、ようやく見えたのだ。
バレイが一歩前に出て、全隊へと指示を出す。
「まずはこの場所に拠点を築く! 各員、早速動き出してくれ!」
「了解!」
仲間たちが動き出す中、俺はそっと、開かれた大扉の前に立つ。
その先は白く、何も見えない光に満ちていた。景色も、音も、一切が遮られている。
「ハトヤ、行くのか?」
背後からバレイの声が聞こえる。
「――ああ。幸い、超元気だ。どんな場所か、サクッと見てきてやるよ」
「ふ……お前は本当に、ぶれないな。」
バレイは小さく笑い、視線を大扉の先へと移した。
「我々も、準備ができたらすぐに向かおう。ゴールドスカーに勝つには、時を止められても耐えきれるシールドを得るか、あるいは一撃で粉砕する火力を手にするしかない。どちらにせよ、装備の先行が一番の近道だ」
バレイの言う通りだ。
この先、隔壁ボスはもうレベル9まで存在しない。
――だが、レベル9まで行くには相当の時間がかかる。
その間にも、あいつらの手で苦しめられている人がいるかもしれない。
俺はバレイに頷き、何も語らず、大扉の向こうへと足を踏み出した。
・・・
・・
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・
【北部レベル5エリア:深淵の洞窟】
そこは、北部に存在するレベル5エリア――“深淵の洞窟”と呼ばれる広大な地下空間。
光すら届かぬその底で、ゴールドスカーの姿があった。
周囲には、彼の仲間と思われる3名の人物。そして、首輪と鎖で繋がれた10名ほどの人間たち。
奴隷。いや、“使い捨ての探索駒”と呼ぶ方が、より適切かもしれない。
ゴールドスカーたちは穏やかに食事をとっていた。
温かい香りが立ち上るその様子を、奴隷たちはただ虚ろな瞳で見つめるだけだった。
「……そろそろ行こうか」
ゴールドスカーが立ち上がる。
その声に、部下の一人が即座に反応した。
「了解です。立て、奴隷ども」
鎖が鳴り、無理やりに立たされる人々。その中のひとり、年配の男性が指名された。
「次はお前だ。先行しろ」
「や、やめてください、お願いです……! 帰ったら、子供たちとこの世界で一緒に遊ぶって……約束してたんです……! 今、死んだら……もう、もう二度と……!」
切実な懇願。だが、それに対するゴールドスカーの返答は冷酷だった。
彼は静かにその男に歩み寄り――そして、口元に指を伸ばす。
「死ぬわけじゃないんだ……なんて軽い代償だろうか」
そう言って、その舌を無造作に引っ張り出し、短剣で切り刻んだ。
「――ッ!!」
苦痛にのたうち回る男。呻き声が響く。だが、ゴールドスカーは涼しい顔でつぶやいた。
「こうやって切り裂いても、数十分で治っちゃうから……楽しくないよね」
男性に刃を突き立てながら言う。
「さぁ先行しろ。何かあったらすぐに知らせるんだ。いいな?」
男は泣きながら、震える足取りで洞窟の先へと歩き出す。
「早くレベル6に行かないとね。装備をどんどん更新していこう。そして……DtEO共を全滅させてやらないとね」
そう口にしたゴールドスカーは、残りの仲間と共にさらに洞窟の奥へと進もうとした――そのとき。
「……やぁ、ちょっとおいらと話をしないか?」
不意に現れたのは、滑らかなフルフェイスマスクを被った謎の男だった。
全身を覆うその装備は異様に洗練されており、ただ者ではない気配を放っている。
即座にゴールドスカーは反応した。
「――オーバーライド・エターニティ」
キューブを掲げ、発動。時が止まる。
その男も例外なく動きを止められ――部下たちが刃を振るった。
……が、次の瞬間、時が再び動き出すと――その男には、傷ひとつついていなかった。
「おいおい、好戦的だねぇ。だが残念、おいらには“天力”ってやつが備わってる。それに装備も、お前らの10倍……いや、100倍くらい強いからな?」
男の余裕ある口ぶりに、ゴールドスカーたちは一斉に戦闘態勢をとった。
「……君は誰なんだい?」
「答えてやりたいとこだけど、無理だ。下手においらの情報を伝えると、君たちの記憶が飛んじまうし、俺自身も元いた場所に強制送還されちまう」
「実際……おいら達は数年前に一度会ってる! でもお前は全く覚えてないだろう?」
意味不明な言葉の数々。しかし男の様子は嘘ではなさそうだった。
「直ぐに信じろとは言わないさ……なら、挨拶代わりに“正しいスペルの使い方”ってやつを教えてやろう。まぁ、使いこなせるかどうかは本人次第だけどな?」
「そんなものは必要ない。僕たちは先に進むのに忙しいんだ。そろそろ消えてくれないか?」
「はっは、それが必要なんだって。スペル、スキル……“言葉に出して発動”させてるうちは、すぐに壁にぶつかるぜ?」
ゴールドスカーの表情が険しくなる。
「どういう意味だ?」
「細かいことは後でいい。まずは武器を納めてくれ」
「……それを教えることで、君に何のメリットがある?」
「大いにあるさ。“邪魔されたくない”んだよ。おいら達の“戦争”をな」
男は淡々と話し続ける。
「DtEOだっけか? それとお前らで争ってるんだろ? 大いに結構。だが、おいらの話を聞かなければあっという間にお前らは負ける」
男の話は、抽象的で、断片的で、まるで現実味がなかった。
それでも――ゴールドスカーは静かに武器を収めた。
「習得するのにどれだけ時間がかかる?」
「お前次第だが……三カ月から半年位はかかるだろう。だが、それくらいの時間を掛ける価値はあるぜ」
異世界の闇の底で、異なる理を持ち込んだ男の話に、耳を傾け始めたのだった。




