EP3 色付き
ヒデンスター・ノヴァでは、武器にスキルが付与される仕組みになっている。
全部で6種類。これはヒデンスターオンラインの頃から変わらない。
そしてもう一つ、[スペル]も存在する。
これは魔法のような攻撃ができるのだが、使用できるのは色付きのヒデンキューブを持つ者だけだ。
ゲームの方では、課金要素としてキューブの色を変えられるガチャが存在したが、ヒデンスター・ノヴァにはそんなものはない。
ほとんどのプレイヤーのキューブは真っ白のままで、その中でごく稀に最初から色付きの者が現れる。
一応、後から色を付ける方法もあるが……それは相当な幸運に恵まれないと不可能だ。
そして、色だけではなく、更にごく一部のプレイヤーのキューブには模様が浮かぶことがあるようだ。
俺も、その「模様」を持つ者の一人だった。
ただ……俺の模様は、ゲームでも見たことがない特殊なものだ。
効果の説明は、ヒデンキューブにこう記されていた。
――零始終結 スキルを始まりと終わりのみにする。
たった一文だけだが……試行錯誤の末、どういう特性なのかは理解している。
例えば、スキル2《ウォール》は、武器を地面に叩きつけた際に壁を生成するスキルだ。
普通なら、武器を叩きつけて壁を生成し、一定時間後に壁が消滅する。
だが、俺の"零始終結"の特性が作用すると……
武器を叩きつけた瞬間、壁は生成と同時に消滅する。
――結果、スキルは何も発動しない。
同じように、スキル4《バインド》は、円盤を射出し、当たった対象を拘束するスキルなのだが……
俺の場合、射出した瞬間に消え、円盤が最終当たるであろう場所で現れそのまま霧散する。
位置をうまく調整して、命中させたとしても、"拘束する"という過程すら飛ばしてしまうせいで、結局霧散する。
つまり、この模様のせいで、スキルの全てが不発に終わる。
ただ、通常ならスキルを使用すれば冷却時間が発生するのだが、俺の場合は冷却時間も飛ばされて発生しない。
ウォールも連打で打てば多少は効果があるが……実用性は皆無だ。
現時点では、まるで使い道のない完全なハズレ模様だ。
とはいえ、まだ試せていないスキルもある。
スキル5《ブラスト》は、武器の先端からエネルギー弾を射出するスキル。
しかし、スキル4《バインド》が機能しないことを考えると、"射出"系のスキルはすべて無効化される可能性が高い。
スキル6――未だに「ヒデンスターオンライン」でも詳細が不明な最上位スキルだけが、唯一の希望だった。
とはいえ、このスキル6を得ること自体が非常に難しい。
説明では「武器制作時にスキルは1~6のいずれかがランダムで付与される」とあるが……実際にはスキル5と6は異常なほど低確率だ。
以前、マルチポータルタウンの鍛冶ボックスで100本の装備を作ったときですら、スキル6はおろか、スキル5すら出なかった。
もはや"ランダム"というより"ほぼ出ない"と言った方が正しい。
「……まあ、今考えても仕方ないか」
俺はヒデンキューブを操作し、周辺情報を確認する。
引き続きメタルダガーの素材集めだ。
・・・
・・
・
素材集めを進め、ある程度の材料が揃ったころ――。
俺は一度、拠点へ戻る準備を始めていた。
……その時だった。
前方から、複数人の声が聞こえてくる。
「待て! PKさせろ!」
PK――か。
すぐに視線を向けると、二人の男に、一人の少女が追われているのが見えた。
「ついに追い詰めたぞ……」
「なんで……こんなことするんですか……?」
少女は怯えながら問いかける。
男たちのうちの一人が、ニヤリと笑いながら答えた。
「お前が色付きのヒデンキューブを持ってるからだよ!」
「PKすれば、その色が手に入るかもしれねえだろ?」
「やめてください……! あげますから……青いキューブ!」
青いキューブ……。
つまり、この少女は"色付き"のプレイヤーか。
「……つまり、大人しく殺されるってことだな?」
男の一人が、不気味に嗤う。
――デマに踊らされた連中か。
俺はヒデンキューブを操作し、装備を[S0 ショックダガー]へと変更した。
そして――迷うことなく飛び出した。
――シュッ!
振りかぶったダガーの刃が、男たちの背後を斬り裂く。
瞬間、ショックダガーのスキル効果が発動し、二人はその場で硬直した。
「君、こっちだ!」
俺は少女に向かって手招く。
彼女は戸惑いながらも、俺の方へ駆け寄ってきた。
しばらくすると、男たちの硬直が解け、再び動き始める。
「……なんだ、てめぇ?」
「邪魔するなら殺すぞ?」
俺は肩をすくめ、冷静に言い放つ。
「色付きキューブを手に入れるには、色付きのプレイヤーをPKしろ――なんてデマを信じてるバカが、まだいたとはな」
だが、二人の男は逆上し、剣を構えながら襲いかかってきた。
少女はその様子を、怯えた表情で見ている。
「スキル4《バインド》!」
男の一人がスキルを発動すると、剣先から円盤状のエネルギーが放たれる。
このスキルは、命中した対象を無数の鎖で拘束するものだ。
時間経過で解除されるとはいえ、一度当たれば厄介なスキル。
……だが、剣先の方向へ真っ直ぐに飛ぶだけの単純な動き。
離れていれば容易に回避できる。
しかも、このスキルを放った直後、使用者は一瞬だけ硬直する。
そこが隙だ。
俺は一気に懐へと踏み込み――
「ッ!」
男の腹部、胸部、顎を即座に突き刺した。
瞬間、彼の体の周囲に、透明なガラスのようなものがバリバリと砕け散る。
「……シールドが、一瞬で割れた……!?」
俺はダガーを下ろしながら、静かに告げる。
「このまま続けるなら、俺はお前を完全に倒す」
「いいのか? 二度とここに来れなくなるぞ?」
俺の言葉を聞いた途端――
男たちは青ざめた表情で、踵を返した。
「チッ……行くぞ!」
捨て台詞を残し、彼らは慌ててその場から逃げていった。
「……もう、大丈夫だ。」
俺は少女の方へ歩み寄り、声をかける。
彼女は安堵した表情を浮かべながら、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
「それより、君、なんでこんな危険な場所に?」
少女は少し困ったように答える。
「家に帰りたくて……歩いてたら気づいたらこんな場所に……」
……なるほど。
それを聞いて、俺は彼女が"初心者"であると判断した。
「とにかく、一度街へ戻ろう」
「……はい!」
少女は頷き、俺たちはテレポートを使い、マルチポータルタウンへと帰還することにした――。