EP26 緊急会議
「さて、集まったな」
バレイの一言で、会議室の空気が引き締まった。
「今日はラキルたちはいないのか?」
そう尋ねると、サナが頷きながら答える。
「今はそれぞれ別の依頼に出ているわ。修練の塔の奪還以降、DtEOは段違いに忙しくなってね……ラキルはもうすぐ戻るはずだけど……」
「……皆、日々任務に追われているってわけか」
バレイが椅子に腰を下ろしながら、静かに言う。
「さて、早速本題に入ろう。サナ、資料を」
「はい」
サナがヒデンキューブを軽く操作すると、俺たちのキューブにも資料が転送されてくる。
バレイの声がその場に静かに響いた。
「現況から説明していこう。人類がこの3年間、レベル4エリア以降に進めなかった最大の理由は……隔壁ボスの存在だ」
表示された映像には、巨大なボスの影が映し出されていた。
「レベル5に行くには、北部・南部問わず、高難度のボスを倒す必要がある。場所は、レベル5手前の“ボスエリア”だ」
「高難度ってどれくらいですか?」
とリンカが思わず口を挟む。
「全身レベル4、もしくは5の装備で固めたプレイヤーが、少なくとも50名から60名必要だ」
「そんな……! でもゴールドスカー達は……」
リンカの反応にバレイが苦々しく呟く。
「うむ。ゴールドスカーの一団は……20名にも満たない人数で突破したんだったな。リンカ君」
「はい。すでに何人かやられた後かもしれませんが……」
「……まぁ、オーバーライドエターニティでごり押しだろうな」
俺は思わずため息混じりに言った。
ヒデンスターオンライン時代――俺たちも同じ戦法を使っていた。
オーバーライドエターニティ。
時間を歪めてボスの動きを停止させ、その間に総攻撃。
動き出したらひたすら回避と回復に専念し、30秒後に再使用可能になったら再び停止――そんな強引なループ。
「そして、突破された今――いくつか懸念がある」
バレイが資料のページを切り替える。
「レベル5以降、レベル9まで――隔壁ボスは存在しない。つまり、一度進まれたら装備をどんどん更新され、圧倒的な戦力差が生まれる」
「え、なら私たちも北部のレベル5に行けばいいんじゃないですか?」
リンカの素朴な疑問に、サナが静かに首を振った。
「……それが出来れば良いんだけど、レベル5の入り口には“ゲート”があるの。開けば誰でも通れるけど間違いなく、ゴールドスカー達が見張ってるはずよ」
「じゃ、じゃあ私が無理やり侵入して、その後同行テレポートでみんなを呼び寄せれば――」
思いのほか大胆な提案だった。だが、それも不可能だ。
「……それもダメだ。テレポート機能はレベル4までしか使えない。レベル5以降は転送で行けないんだ」
「そ、そうなんですか……」
「一度レベル9まで到達しても、帰ってしまえばまたレベル5からやり直しだ。相当な労力になる」
リンカは、少し肩を落としながらも真剣な表情を浮かべていた。
「そして……最大の問題がもう一つある。ボスドロップとして手に入る“神器化結晶石”」
その名が出た瞬間、場の空気が一段と重くなった。
「これを使えば……金色のキューブが“神器化”される。スペルが大幅に強化され、異色の場合スペルが一つ増える」
バレイがこちらを見て、俺に向かって頷いた。
「ハトヤ。改めて、ヒデンスターオンライン時代――神器化された金色キューブのスペル、説明してくれ」
「ああ」
俺は深く息を吸って、当時の戦闘を思い出しながら口を開いた。
「金色のキューブは――」
【オーバーライドエターニティ(Override Eternity)】
キューブを前に突き出し、瞬時に空間と時間の支配権を奪う。
半径500メートル以内の時間を、5秒間完全に停止させる。
通常30秒の冷却時間が必要だが、神器化後は15秒に短縮される。
【ディヴァインジャッジメント(Divine Judgment)】
キューブを空へ放り投げ、敵全体に天罰のような光の柱を降り注がせる。
こちらも通常は30秒の冷却時間だが、神器化すれば15秒になる。
そして、神器化により追加される新たなスペル――
【エンブレイスゼロ(Embrace Zero)】
キューブを地面に叩きつけ、全エネルギーを吸収する結界を展開。
領域内では敵の攻撃・スキルが無効化される。
冷却時間は15秒間。
説明を終えたとき、沈黙が支配していた。
「……ふむ。改めて聞くと、このキューブは恐ろしいな……」
バレイが苦々しく呟く。
「これをゴールドスカーが持ってるのよね……チートよ、こんなキューブ!」
サナも思わずため息をつく。
なぜか――俺は少しだけ申し訳ない気持ちになっていた。
「す、すまん……」
「いや、キューブの話だからね!」
サナが慌ててフォローしてくれるが、場の重苦しさは消えない。
バレイが話を戻す。
「……さて、話が逸れたが。対抗策は一つだ」
バレイは資料を指し示した。
「我々も、南部の隔壁ボスに挑戦し、討伐するしかない」
「南部の神器化結晶石まで敵に渡してしまったら……全て制圧される」
「出来るのなら、明日にでも行きたいところね……もし敵がレベル6装備を揃え始めたら、間違いなく南部にも進行してくるわ」
サナの声に、誰もが頷いた。
だが――
「しかし……!」
バレイは拳を握り締め、歯を食いしばった。
「攻略できる決定打が存在せぬ! 最低でも、全身レベル5装備……いや、せめて武器だけでもレベル5で固めたメンバーが10人は欲しい!」
現状、レベル5武器を持っているのは――俺とバレイ、サナ、たった3人だけだ。
「火力が、あまりにも足りぬ」
「今からエネルギー5を揃えるのは、相当な時間がかかるわね……」
サナが苦々しく言う。
皆、沈黙したまま頭を悩ませていた。
レベル5エリアへの門はすでに開かれている。
待ってはくれない。
少しでも遅れれば、取り返しのつかないことになる――




