EP25 地球で死んでいるか否か
俺は左手に、[S6 赤く錆びた短剣]を装備した。
見た目はただのボロい刃物。
でも、それがどれだけの可能性を秘めているか――リンカには、まだ分からないだろう。
「……何ですか? その、錆びた短剣……!」
リンカがそう問いかけたその瞬間だった。
――スキル6:リープ
音もなく瞬間的に移動、俺は一瞬で彼女の背後へと移動していた。
「えっ……!」
驚きの声をあげる暇も与えず――迅雷刀で三連撃を叩き込む。
正確に、鋭く、迷いなく。
そして、リンカのシールドが砕け散る音が響いた。
「今の……一体……!?」
訓練所は一瞬、静寂に包まれた。
「ハトヤ! 今のは一体何なのだ!」
バレイが勢いよく立ち上がり、興奮した声を上げる。
俺はニヤリと笑って言った。
「ふふ……気になるだろ? とりあえず、座ろうぜ」
俺たちは訓練所の脇にある簡易な机に腰を掛けた。
そこで、俺は[S6 赤く錆びた短剣]の能力と、スキル6「リープ」について説明した。
「スキル6は、短剣の刃先からキューブを射出し、そこまで放物線で跳ぶ――言うなれば空間跳躍に近い移動技だ」
話を聞き終えたバレイは、興味津々といった様子で短剣を受け取り、立ち上がる。
「よし、やってみよう。我も体験しておかねばな……!」
彼は構えながら言った。
「スキル6:リープ!」
シュン――!
短剣の先から、無色のキューブが勢いよく射出され、前方15メートルほどの地面に落下した。
「うおおっ!?」
キューブの着地点に向かって、バレイの身体が放物線を描くように飛翔する。
思わずこちらも立ち上がるほどのダイナミックな跳躍だったが、着地の際、バレイは少しバランスを崩しそうになりながらも、なんとか持ち直した。
「……これは、使いこなすには訓練が必要だな……!」
そう言って、バレイは苦笑を浮かべながら装備を外し、俺に返してきた。
「しかし……これは大化けしたな、ハトヤ!」
「……ああ。このスキルがあればゴールドスカーに太刀打ちできるかもしれない」
バレイはうなずいた。
その時、バレイの耳元に通知音が鳴った。
「おっと……サナから連絡が入った。我は会議室へ戻る。ハトヤ、リンカを連れて後から来てくれ」
「了解」
バレイがその場を去ると、訓練所には俺一人だけが残った。
そして、軽く肩を回してクールダウンしながら、俺はリンカを探しに歩き出した。
たしか、こっちの方へ行ったよな……。
リンカが向かったのは、訓練所の外――森の中だった。
陽の光が葉の隙間からこぼれる静かな林道を進むと、茂みの向こうに小さくしゃがみ込む彼女の背中が見えた。
「リンカ! 会議が始まるそうだ」
駆け寄って声をかけた瞬間、リンカがびくりと肩を震わせ、大慌てで振り返った。
「は、ハトヤさん!? ちょ、ちょっと待ってください……!」
だが、もう遅かった。俺はすでに彼女のすぐそばにいた。
――その姿、そして、わずかに漂う匂いで、全てを悟った。
「ご、ごめん! 離れて待っとくよ!」
俺は慌てて背を向け、その場を離れた。
(いや……待てよ……? いまのって、まさか――)
この世界で、トイレに行きたくなる、なんてことがあるのか……?
地球なら、ズボンを下ろししゃがみ込んでる時点で「そう」だと察して近づかないのが常識。
けど、ここはヒデンスター・ノヴァ――そんな現象は聞いたこともない。
「まさか、そんな事が……」
頭を抱えてうずくまっていると、やがて背後から足音が近づいた。
「……お待たせしました……」
リンカは顔を赤くして、どこか恥ずかしそうに俯いていた。
気まずい空気が流れたまま、俺たちは近くの丸太に並んで腰を掛けた。
「リンカ、本当にすまない。なんというか、完全に予想外だった……」
「いえ……私こそごめんなさい。皆さんは……その、お手洗いに行くことがないんですよね?」
「……そうだ。だから、ほんと、まったく予想すらしてなかった。本当に申し訳ない」
「いいんです! 私がもっとちゃんと……気をつければ……」
そこから、少しだけ沈黙が続いた。
だが、次にリンカが口にした言葉は――静かな森の空気を切り裂くようだった。
「私……地球で死んだんですね」
「――!」
思わず目を見開いた。
「聞いていたのか……」
「ええ。少し前に、家族から聞きました。でも、こうして一緒に生きてるみたいに過ごせているから……むしろ運が良かったのかもしれないって思ってます。数日は大泣きしましたけど!」
「そうか……」
「それで、考えたんです。皆さんが感じてる“ラグ”を私が感じないこととか……今回みたいに、生理現象が起きること。それって、地球で死んじゃったからなんじゃないかなって」
なるほど……。
確かにリンカの言うことは、理にかなっている。
ヒデンスター・ノヴァがどこにあるのかは分からない。
だが、この世界が地球から人を“転送”しているのは確かだ。
つまり、地球に“戻れる”者と、“戻れない”者。
その差が、この世界での挙動に影響を及ぼしていると考えれば、すべて説明がつく……かもしれない。
「……その可能性、あり得るんじゃないか」
ラグの有無、生理現象、退場ボタンの有無。
「実証は難しいが、他にも退場ボタンがない人がいれば、状況を聞いてみてもいいかもな」
「……はい!」
「そうだ、リンカ。無人販売所の“その他”の項目に、簡易トイレってのがあるんだ。買っておいてもいいかもしれない」
リンカは目を丸くして言った。
「そんな便利そうなものがあるんですか!? 後ですぐに買いに行きます……!」
……簡易トイレ。
この世界が始まった時から存在していた、謎のアイテム。
その時は、何のためにあるのか誰も分からなかった。
だが――なるほど、そういうことだったのか。
(つまり……ヒデンスター・ノヴァは、“こうなる人”が現れることを想定してたってことか……)
「……よし。そろそろ戻ろう。バレイたちが待ってる」
「はいっ!」
リンカは元気よくうなずくと、俺と一緒に会議室へと歩き出した。




