EP24 緊急事態
エネルギー6が十分に溜まった今、次の目標は決まっていた。
「……このままここに籠もって、エネルギー5を集めよう。数名分の装備分は、確保しておきたい」
俺一人が強くなったところで、いつか限界は来る。
信頼できる仲間にも強化装備を回せるよう、今のうちに素材を集めておくべきだ。
そう思った矢先――
『……ハトヤ、すまない。緊急事態だ』
通信が鳴った。バレイからだ。
「バレイ? 何かあったのか?」
『ああ……北部のレベル4エリア、“断崖の山道”を突破し、レベル5エリア“深淵の洞窟”に到達した一団がいる』
「……なに?」
俺は思わず立ち止まり、キューブ越しの彼の声に集中する。
「いったい、誰が……!?」
『目撃した者によると、ボス戦の最中、敵が何度も“完全に静止”していたらしい。その隙を突いて、攻撃を加えていたそうだ』
「完全静止……まさか!」
その瞬間、脳裏に閃いたのは、忌々しいあのスペルだった。
『ああ。間違いない。金色のキューブによるスペルだったと報告が入っている』
「ゴールドスカー……!」
血の気が引くのを感じた。
あの男が――北部に姿を現したというのか。
放っておくわけにはいかない。
奴の存在が、いかにこの世界の秩序を乱すかは、俺が一番よく知っている。
「……とにかく、すぐに戻る」
ここにとどまれば、まだまだ素材は稼げる。だが――
(ダンジョンは一度出たら、再入場できない)
それがこのエリアの仕様だ。
もったいないとは思ったが、それ以上に今は、北部の状況が気にかかる。
「くそ……!」
俺はキューブを操作し帰還、DtEO本部へと向かった。
・・・
・・
・
――DtEO本部 会議室
その部屋にはすでにバレイとリンカの姿があった。
「急な呼び立てですまぬ、ハトヤ」
「いや、大丈夫だ。それより……よくボス現場を確認できたな。北部のレベル4、“断崖の山道”なんて、そう簡単に踏破できるエリアじゃないだろ。いったい誰がそこまで……」
「リンカ君だ」
「……え?」
思わずその場で目を見開いた。
リンカの方を向くと、彼女は照れくさそうに笑っていた。
「ハトヤ、我々はつい先日、DtEO内部で訓練を兼ねたPVP大会を行ったのだ」
「PVP……大会?」
「うむ。そして、見事優勝したのが――リンカ君だった」
「……マジかよ!」
俺は思わず声を上げた。
つい最近までこの世界のシステムすら満足に理解していなかったはずの彼女が、今ではDtEO最強格……!?
「リンカ、すげーな! ちょっと前までヒデンスター・ノヴァの“ひ”の字も知らなかったとは思えない成長ぶりだ……」
「えへへ……ありがとうございます、ハトヤさん! 実は、サナさんが来るまで少し時間がかかるみたいなんです。だから――私と、一戦してもらえませんか?」
「え? いや、でも……」
どう答えるか迷っていると、すかさずバレイが口を挟んだ。
「ハトヤ! ぜひ戦ってみてくれ。我はその結果が気になって仕方ないのだ!」
「お、おう……じゃあ、ちょっとやってみるか!」
そうして、俺たちは訓練所へと向かった。
施設内でも特に広く、安全装置が完備された、模擬戦用の空間だ。
「ルールはいつも通りだ。訓練所の疑似シールドが割れた方が負け。では、用意を!」
「ハトヤ! ゼロフラクチャーは無しだぞ!」
「了解」
俺は頷き、武器を構えながら距離を取った。
リンカも同様に、集中した面持ちで構え、こちらの出方を窺っている。
(さて……どんな成長を見せてくれるか、楽しみだ)
「始め!」
バレイの声が響いた瞬間、リンカはキューブを地面に叩きつけた。
「グレイシャルクエイク!」
その言葉と共に、足元の地面が一気に凍りつく。
ズルッと足を取られそうになりながらも、俺はすかさず体勢を整えた。
この状態じゃ、下手に踏み込めばこちらが先に崩れる。
「フロストスピア!」
リンカが次のスペルを叫ぶと、氷の槍が生成され、一直線に俺を狙って投げた。
……なら、こっちも行かせてもらう。
――ディスラプションカット
キューブを構え、空間を裂くようにスキルを放つ。
その瞬間、フロストスピアが消滅し、すぐさま後方の床に突き刺さった。
「……!」
リンカが驚く隙に距離を詰め、[S0 迅雷刀]を振り抜いた。
しかし――彼女は一歩引くどころか、背後にあったフロストスピアを回収し、俺の懐に飛び込んできた。
「くっ……!」
凍った地面のせいで動きが鈍る。だが、それ以上に――リンカの動きが速い。
速いだけじゃない。全ての攻撃が正確に狙って飛んでくる。
「……なんだ、この感覚は……」
違和感に気づいたのは、次の瞬間だった。
――ラグが、ない?
ヒデンスター・ノヴァでは、ある程度以上の高速行動を行うと、ほんのコンマ数秒の“遅延”が発生する。
そのズレを読んで攻撃や回避を行うのが、戦闘の基本中の基本。
トップ層のプレイヤーなら誰もが、それに慣れきっているはずだ。
だが――リンカの動きには、それが無いように思える。
「ザンッ!」
鋭い音と共に、俺のシールドにヒビが入る。
「やっと当たった! ハトヤさん、さすがです。すごく早い……!」
槍は俺の胸を狙って突き出されていた。
即座に右へ回避したが、それを見越していたかのように、リンカは槍を薙いできた。
(……最初の攻撃はフェイントか。薙ぎ払いが本命だったんだな。いや、むしろ見てから反応した……?)
確信が深まる。
リンカの攻撃には、ほんのわずかなラグすらない――!
「さすがハトヤ! もう気が付いたのか」
バレイが、にやりと笑って言う。
「ああ……リンカ、まさか――遅延を感じてないのか……?」
「らしいです! 実感はないんですが……」
同じラグが全員にあるならば、差は生まれない。
だが、一人だけそれがなければ――全ての行動に、時間的な“僅かな余裕”が生まれる。
(中々強いな……!)
けど、俺にも意地がある。
たとえ遅延がなくても、動きが読めるなら――
……それを、先読みするだけだ!
リンカの攻撃が続く。
俺は見てから動くのではなく、彼女の動きから“次の一手”を予測する。
人間の動きには必ず癖や、無意識の流れがある。
それを見抜ければ、十分に対処はできるはずだ。
再び槍が突き出された瞬間、俺は右に回避。
同時に刀身を左手側に構え、身体をひねって、時計回りに――
「はぁっ!」
迅雷刀を振るい、いなされた槍の軌道に沿って切り裂いた。
「ザンッ!」
リンカのシールドに、明確なダメージ。
「なっ……!」
驚き、後退するリンカ。
けれど、すぐに体勢を立て直し――
「まだまだですよっ!」
キューブを再び構える。
「いや――そろそろ終わらせてもらうぞ!」




