EP22 ディストルーパー
──その魔物は、自らの鏡面の頭部にそっと手を触れた。
「……!」
鏡面が一瞬、ぐにゃりと歪む。
直後、そこから三体のディストルーパーがねじれるように這い出てくる。
そして、それは偽物だと一目で分かる。だが──問題はそこじゃない。
本体が片腕で偽物の胴を掴んだ瞬間、分身体の肉体が湾曲し、まるで金属製のブーメランのように変形していく。
──そして、
ゴッ!!
空間がねじ切れたような音が響いた。
ブーメラン状の分身が空を裂き、岩壁を削りながらこちらへ向かってくる。
俺は反射的に地面すれすれまで身を沈め、なんとか紙一重でかわす。
「チッ……この狭さじゃ、すぐに限界が来るな」
奴は、本体の分身を変形させ、それを投擲武器として操る。
[S0 迅雷刀]を構え、前傾姿勢で間合いを測る。
討伐するにはあの腕をすべて切り落とす必要がある。そうでなければ……首は落とせない。
──ドン!
「……来たッ!」
鏡面からもう一撃。ブーメランが放たれる。
俺はキューブに手をかざし、ディスラプションカットを発動する。
斬撃を起点と終点のみにし、空間の“中間工程”なくす。
──ビィンッ! ドンッ!
分身の軌道が一瞬ぶれ、そのまま俺の遥か後方で爆発四散した。
この隙に接近──そう考えて駆け出すが、敵の対応も速い。
鏡面に再び手を当て、3体の分身を一気に捻り出してきた。
「ッ……!」
腕がしなる。──3本、同時にブーメランを構えている。
(まずい……タイミングをずらされると、全部止めるのは不可能だ……!)
“ディスラプションカット”は正確な発動タイミングが要求される。狙いがズレれば、スペルは不発で終わる。
──そして、ディストルーパーは完璧に俺の弱点を見切っていた。
投擲タイミングをずらし、3体を順に放ってくる!
「……ッ! ディスラプションカット!」
思わずスペルを声に出す。最初の一体は消した! だが──残り二体は!
「くそッ……!」
回避スペースはほとんどない。狭い洞窟、選択肢は削られる。
・・・
厳しい戦闘になると思い出す。
“あの頃”の自分。ヒデンスターオンラインの頃の俺……
金色のキューブを所持していた時を。
「オーバーライド・エタニティ──」
空間と時間を一瞬で支配し、敵の行動を完全に停止させる最強スペル。
──あれがあれば、この程度の攻撃は無意味だった。
射程50メートル、発動後にすべての敵が静止し、好きなように切り刻める。
あのスペルがあったからこそ、ディストルーパーなんて“ただの素材集め”だった。
……だが、今の俺にはもう──
金色のキューブはない。
ヒデンスター・ノヴァでの所持者はゴールドスカーだ。
「金色にここまで依存していたとはな……」
だが、それでも──
目の前にいるのは敵だ。
過去のスペルがないなら、自分の全力で倒すしかない。
「……ゼロフラクチャー。距離、5m……」
次の手を、構築する。
──ここから、俺の反撃が始まる。
この魔物、ディストルーパーは一定の場所から動かないタイプだ。
……つまり、徐々に距離は詰められる。
だが、逆に言えば……こちらの回避スペースもどんどん削られる。
「……ここらで、一気に行くしかないな」
俺はクイックスロットから、[S0 鉄の槍]を取り出した。
──ギギギ。
ディストルーパーが腕をしならせ、分身体を変形させる。
また3体同時だ。
「来いよ、パターンはもう読んだ」
その瞬間。
ディストルーパーが振りかぶったタイミングで──
鉄槍を投げ放つ!
そしてディスラプションカットを発動する。
──シュ……!
第一のブーメランはスペルで消失、
二つ目はギリギリで回避をし岩陰に滑り込む。
そして三つ目……
――ザン!
投げようとした腕に鉄の槍が突き刺さりブーメランは地面に落ちた。
すべての攻撃を無力化──!
次の攻撃の準備に入る前に、一気に距離を詰める!
「──ハッ!!」
鏡面に触れようとする腕を真横から叩き切る。
その瞬間、再びスペルを発動する!
ゼロフラクチャー!
──ピシィッ。
キューブを地面に叩きつけると、空間が無音で軋み、亀裂が周囲を覆った。
ディストルーパーの動きが大きく鈍化した。
「ここからは……切るだけだ!」
[S0 迅雷刀]が稲光のように舞う。
左右に伸びた無数の腕を一つひとつ、正確に切り刻む。
──パキィン! ギギギ!
空間の歪みが解除される、その寸前──
俺の最後の一閃が、ディストルーパーの首を捉えた。
「──……!」
ギギギギィィ……!
スペルが解除され一気にダメージが解放される。
悲痛な叫びを上げながら、ディストルーパーはその場に崩れ落ち、そして霧のように消えていく。
辺りに静けさが戻る。
残されたのは、地面に転がったエネルギー5。
「……ふぅ。何とかなるもんだな」
深く息をついた俺の横で、はむまるが安心したようにふごふごと鳴いた。




