EP21 さらに奥へ
──うとうとしながら、俺は昔、どこかで読んだ情報誌の内容をぼんやりと思い出していた。
あれは確か、『ヒデンスター・ノヴァの不思議』ってタイトルだったか。
ヒデンスター・ノヴァと現実世界の違いについて、簡潔にまとめられていた記憶がある。
・・・
・・
・
「現実とヒデンスター・ノヴァには様々な違いがある。それらを列挙してみよう!」
雑誌のキャッチーな書き出しが、頭の中で再生された。
・どんな国の人とも話すことができる。
言語の壁は存在しない。翻訳魔法とかじゃなくて、脳内で自然と理解できるように“同期”される。
そのおかげで、国際会議すらこの世界で開かれることもあるという。
・身体は地球と同じように疲れ、睡眠が必要。
眠ればちゃんと回復する。
しかも、この世界で寝ると、地球に戻っても“寝た感”はちゃんと残ってる。
美しい自然の中で昼寝して、現実に戻ると心も体も軽い──まさに現代人のオアシスだ。
・トイレに行かなくていい。
ただし、トイレの家具は存在している。誰が何のために使うのか……謎である。
・身体に不調のある人間も、ここでは健康体。
腰痛も関節痛も消える。病気もなく、欠損していた四肢さえ回復している。
現実では車椅子だった人が、走り回ってる話もよく聞く。
──それを“現実逃避”と呼ぶ者もいるが、俺は否定する気にはなれない。
・空腹感はリアル。放っておくと餓死する。
つまり、ゲームだからって油断はできない。ちゃんと食べる必要がある。
ただし、こっちで満腹でも現実に戻れば転送される前の腹具合に戻っている。
・太る。鍛えるとマッチョにもなる。
食いすぎれば腹が出るし、走り込みすれば筋肉質になる。見た目に全部反映される。
けど地球に戻れば“現実の身体”に戻る。
だがそれを逆手にとって、ヒデンスター・ノヴァでたらふく飲み食いをして地球では我慢するダイエットが流行っているらしい……。
──他にも、細かい点を挙げればキリがないが、
「ヒデンスター・ノヴァの存在が人類の生活をより豊かにしているのは間違いないだろう」
という、結びの一文が妙に印象に残っていた。
……たしかに、俺にとってもそうだった。ヒデンスターがなければ──今の俺は、存在していなかったかもしれない。
──はむっ。
「……ん」
横で、はむまるが俺の寝袋の端に小さく顔をうずめている。
暖を取っているのか、それとも夢でも見ているのか。小さく鼻を動かしているその姿に、思わず口元が緩む。
……静かだ。
焚火のパチパチという音。遠くで水滴が岩に落ちる音。……そして、自分の呼吸の音。
ゆっくりと──俺の意識は闇の中に沈んでいった。
・・・
・・
・
──仮眠中、俺は夢を見ていた。
場所は、俺のギルドハウスの中。
そして、目の前には──
褐色の肌に、ホワイトブロンドのロングヘアーを持つ少女が立っていた。
その表情は自信に満ちていて、目を細めながら俺を見つめていた。
「お主、なかなかいい筋をしておるの! こんな早くに、言葉に出さずともスペルを打てるようになるとは!」
「ありがとう――の教え方が上手いんだよ」
「それもそうじゃな!」
少女は嬉しそうに笑った。ふわりとした笑み。だけど、どこか──懐かしさと寂しさが混じっていた気がする。
「そろそろ、次のステップも教えてやろう!」
──そんな何気ないやり取り。
俺と少女は、笑い合いながら楽しく会話を続けていた。
ほんの数秒だったのか、それとももっと長く……夢の中では分からなかった。
──はむ。
はむまるの軽い鳴き声で、俺は目を覚ました。
「……なんだか、楽しい夢を見た気がする……」
荷物を整え、俺はすぐに出発の準備を行った。
鍾乳洞の奥へ、湿った風を感じながら進んでいくと──
「……む」
距離にして30mほど先。薄暗い空間の中で、何かが光を反射した。
「ヂヂ……!」
はむまるが警戒音を鳴らす。ついに来たか──魔物のお出ましだ。
ガシャン……!
金属を引きずるような音が洞窟内に響いた。
俺は即座に、キューブから[S0 迅雷刀]を出した。
──ギギギギ……
視界を凝らすと、奥の暗闇から這い出てくる異形の影が一つ。
その頭部は巨大な鏡のように光を返し、周囲の風景を歪ませながら映している。
身体は多数の金属の腕と脚を持ち、重厚な鎧で全身を覆っていた。
「……ディストルーパー……!?」
思わず息を呑んだ。
──あれは、レベル5エリア『逆さの宮殿』に登場する中型ボス級モンスターの一体。
まさか……ここ、レベル4の隠しダンジョンで出会うなんて……!




