EP19 先へ向けて
この世界はマルチポータルタウンを中心に北部と南部で綺麗に分かれている。
レベル別エリア一覧(到達済みのエリア)
北部エリア
レベル4 断崖の山道 険しい崖と細い山道が続くエリア。落ちたら命の保証はない。飛行能力がある魔物が多い。
レベル3 黄砂の荒野 強風が吹き荒れる砂漠地帯。風に舞う砂が視界を奪い、時折発生する砂嵐が危険。
レベル2 霧幻の湿地 常に濃い霧が立ち込める湿地帯。視界が悪く、地面がぬかるんでいるため、油断すると足を取られる。
レベル1 黒き森林 黒い葉で出来た木々が生えている森
レベル0 草原エリア 視界がよく、気候も安定している。緑の草原が広がっている。
マルチポータルタウン
レベル0 草原エリア
レベル1 青き森林 青い葉で出来た木々が生えている森
レベル2 遺都エルディア 朽ち果てた古代都市の廃墟。影のような魔物が徘徊している。
レベル3 機構の谷 古代文明の機械仕掛けの遺跡群が広がるエリア。自律稼働するゴーレムや機械兵が守護している。
レベル4 霊灯の街道 無数の燈籠が並ぶ街道で、夜になると亡霊のような魔物が大量に出現し、冒険者を襲う。
南部エリア
レベル4と5を分断する隔壁内のボスを倒す事でレベル5のエリアに行ける。
――DtEOデータベース[ヒデンスター・ノヴァのエリア情報]より抜粋
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──南部レベル3エリア《機構の谷》
そこは、古代文明の遺跡群が広がる、鉄と石の谷だった。
自律稼働するゴーレムや、機械兵と呼ばれる機械仕掛けの兵士たちが巡回しており、侵入者を容赦なく排除する。
そのエリアの最奥──から、ほんの少しだけ外れた場所に、ひときわ異質な構造物が存在している。
巨大な金属製の扉。古びているのに、傷一つついていない。
押しても、引いても反応はなく、強力な武器で殴りつけたところで──びくともしない。
だが、その扉の下部。地面との境界に、小さな四角形の穴が空いていた。
直径はわずか十センチ前後。人が通れるサイズではない。
「……はむまる、頼む」
俺が言うと、肩に乗っていた小さな仲間──金色の毛並みのハムスターが、きゅきゅっ!と元気よく鳴いた。
そしてそのまま、するりと四角い穴に潜り込む。
しばらくすると、「ピッ」という軽い機械音が響き、直後──
巨大な扉は、まるで映像処理のように分解され、粒子となって宙に消えた。
「よし、開いた」
俺ははむまるの後を追って、中へと踏み入れる。
中に入った途端、扉は音もなく再び現れ、外界との境界を閉ざした。
ここは結構広い。
中には、およそ1400平方メートル──テニスコートで言えば4面分ほどの空間が広がっていた。
天井も高く、解放感がある。
壁や床、天井は全て、艶やかで無機質なグレーの石……いや、石に似た金属のような素材でできている。
「きゅきゅっ!」
はむまるが喜び、空間をぐるぐると駆け回る。
その中心部──まさに空間の中央あたりに、特徴的な建造物が建てられていた。
岩を積み上げて作られた、丸みのあるドーム状の家。
入口の前には椅子と焚火台、さらには小さな鍛冶場、作業台、物資の保管庫までが整備されている。
「……ただいま、第二のマイホーム」
思わず、そう呟いていた。
ここは俺が見つけた秘密の場所。
そこに修練の塔奪還作戦の報酬をほぼ全てつぎ込み、建材を買って自ら建てた、ギルドハウスだ。
この世界で所有権のある建物を作るには、ギルドに所属する必要がある。
だから俺は、DtEOから外れたあの時、ソロギルド《はむまる隊》を設立していた。
この拠点は、内部からでなければ扉を開けることができず、小さな穴を通れる“はむまる”がいなければ、絶対にアクセスできない。
まさに、俺だけの秘密の場所。
──機構の谷には、こういった未知の機械が点在しており、今でも多くの謎と宝が眠っていると言われている。
実際、『ヒデンスター・オンライン』でも、この谷に関しては、今でも未発見のアイテムが数多く存在している。
「……ふう」
ひとつ息をつき、椅子に腰を下ろす。焚火に火を灯し、食事の準備を始める。
デラックスナッツを取り出し、一粒ははむまるへ。
彼は嬉しそうに頬張り、むぐむぐと丸い顔を揺らす。
残りのナッツは、刻んだ鶏肉と調味料と共にフライパンで炒める。
ジュワ……という音と香ばしい香りが、密閉された空間に広がっていく。
この、ナッツ炒めとホットコーヒーの組み合わせが、最近の俺のマイブームだ。
簡単に見えて、案外奥が深い。仕上げのタイミング一つで、風味も食感も変わる。
「いっそ……事務所たたんで、こっちに移住しちまうか?」
思わず独り言が漏れる。
「はむまるもいるしな……な?」
話しかけると、はむまるはナッツを口いっぱいに詰め込んだまま、俺の方を見て、「きゅっ」と一声鳴いた。
その顔が、「オレは賛成だぜ」って言ってる気がして、思わず笑ってしまった。
レベル10を目指す──。
そのためには、俺も本格的に動き始めなければならない時期にきていた。
次のステップは、《南部レベル4エリア 霊灯の街道》。まずは、レベル5相当の装備を揃えるところからだ。
この世界の装備は、大きく分けて五つの部位で構成されている。
右手武器、左手武器、そして頭部、上半身、下半身の防具。
俺の武器はすでに大半がレベル5だが、防具に関してはまだレベル4のままだ。防御力の差は、そのまま生死に直結する。
問題は、《霊灯の街道》がソロプレイには危険すぎるという点だった。
だが──
今の俺は《異色キューブ》の使い方を深く理解している。あの時とは、違う。
「行くか、はむまる」
「キュッ!」
小さく頷いた相棒と共に、俺は立ち上がる。そして、転移装置を起動し、指定エリアへと向かった。
──テレポート:南部レベル4《霊灯の街道》。
光に包まれ、視界が反転する。
次の瞬間、岩で構成された広々とした街道が、目の前に広がっていた。
左右の地形はまるで鏡のような静かな水面で構成されており、その上には無数の燈籠がふわりふわりと漂っている。
幻想的で、静謐な光景。
だが、幻想の中には確かな殺意が潜んでいた。
この水面は、ただの装飾ではない。
一歩でも足を踏み外せば、沼のように足元が沈み、まともな移動はできなくなる。
この場所に出現する魔物──その名は《シャドウウォーカー》。
黒い瘴気の塊でできた、人型の魔物。全身を揺らめく闇が覆い、胸の中心部には赤い“コア”が浮かんでいる。
それが、奴らの急所。
ただし、やっかいなのは、彼らが常に5体1組で現れること。
そのうち4体は偽物であり、倒しても即座に再出現する。正体を見破らない限り、戦いは終わらない。
だが、判別方法はある。
本物のシャドウウォーカーは、鏡のような水面に──“映らない”。
他の4体は、はっきりとその姿が反射して見える。そこが見極めの鍵。
……夜になると、それすらも困難になるが。
「映るやつ一人が本物だったら楽だったのに……」
そんなことをぼやきながら、街道をゆっくりと進む。
──そして、前方に5体のシルエットが現れた。
こちらに気づいた瞬間、奴らは一斉に駆け寄ってくる。静寂を引き裂くように、闇が迫る。
「……まあ、本物とかどうでもいいな」
右手に握るは、《S0 迅雷刀》。
そして、左手のキューブを地面に叩きつける。
「ゼロフラクチャー」
地面に広がる亀裂が、駆け寄ってきたシャドウウォーカーたちを一斉に鈍化させる。動きがにぶくなり、回避が甘くなる。
その間に、迅雷刀で次々に赤いコアを斬り裂く。偽物かどうか関係ない。全てに均等にダメージを蓄積させる。
一定時間後、蓄積したダメージが一斉に爆発する。
「──散れ」
コアが赤く明滅し、次の瞬間、5体全てのシャドウウォーカーが断末魔のような音を残して霧散した。
地面には、素材アイテムがいくつか転がっている。
「……よし」
シャドウウォーカーは、戦闘中に自分のコア位置を変化させるが、鈍化状態にさせれば十分に捉えられる。
ただし、《ゼロフラクチャー》は同じ相手に何度も使うと効果が半減していく。
せいぜい、二度が限界。
幸い、シャドウウォーカー程度の相手なら、一回で終わらせることができる。
「日が落ちるまでは……この辺を狩り尽くすか」
まだ陽は高い。
足元に広がる鏡の世界に気を配りながら、俺は再び歩き出した。
目的は、レベル5装備の素材集め。必要な数を集めきるまでは、帰れない。




