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異世界に逃げ込んだ犯罪者をPKするのが仕事です――ヒデンスター・ノヴァで命を狩る者  作者: TOYA
第一部 第一章 犯罪者狩りのPKハンター

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EP18 変わった依頼

 ん……メール?

 俺は湯気を立てるコーヒーを片手に、届いた通知を確認する。差出人はリンカだった。


「……家族ごと移住?」


 メールの内容を読んで、思わず眉をひそめる。

 どうやらリンカの家族全員が、ヒデンスター・ノヴァに永住を決めたらしい。

 住む場所はDtEO本部付近のマンション。


 バレイ発案で修練の塔エリアにギルドハウスを改造したマンションを建てたそうだ。

 これはヒデンスターに半永久的に暮らしたいというプレイヤーのための新しい試みだ。

 100部屋ほどある大型マンションだが、「ヒデンスターで商売をしたい者限定」という条件をつけて公開した結果――販売開始から数分で完売したらしい。


 詳しくは知らされていないが、何か意図があるのは間違いない。


 この世界では、ギルドハウスにはエリアの所有権が設定できる。

 それを応用し、マンション各部屋にセキュリティを設け、部屋ごとにプレイヤーが安心して暮らせるようになっている。

 ただし所有権には厳しい条件が一つある。


「1ヶ月間、エリアに一度も入らなければ所有権は剥奪……中身もリセットか」


 そのシビアな条件が、プレイヤーの本気度を測るためのものなのだろう。

 だが、ギルドハウスを一般に貸与するという発想自体、正直言って異常だ。


 本来、ギルドハウスの建造が許されているのは、上位ギルドの中でもごく一部。

 多くは自分たちの活動のための施設として使用される。

 第三者に部屋を貸すなんてのは、ギルド側にほとんどメリットがない。


 購入者はゴールドを支払って所有権を得るが、それによってギルド側に入るのは“ギルドコイン”という特殊な通貨。

 施設の拡張などには使えるが、正直、直接ゴールドで施設を強化した方が早い。


 それなのに……“DtEOはギルドハウスで荒稼ぎしてる”とか言ってる奴らが大勢いる。

 外野は好き放題言う。中身を何も知らずに、見た目だけで判断する連中だ。


 バレイもサナも、利益なんか求めちゃいない。

 ただ、この世界に秩序と選択肢を残すために動いている。


「外野の言うことを気にしていても仕方ないか」


 ピピッ、という軽い通知音。次のメッセージはバレイからだった。

 内容は作戦会議に参加してほしいという内容だった。


 すぐに向かうと返事をしてしまったが、今日はスーツをクリーニングに出さなければならない。


「クリーニング屋に全部渡した後、店の横でヒデンスター・ノヴァに転送すればいいか……」


 そう思いながら急いでクリーニング屋へ向かった。


・・・


 修練の塔──その最上階にある、DtEOの作戦会議室。

 俺がヒデンスター・ノヴァに入場し、目的の座標へと移動すると、そこには見慣れた顔ぶれが揃っていた。


 バレイ、サナ、ラキル、リヴィエール──修練の塔奪還作戦の時のメンツだ。

 そしてその中に、見慣れぬが見慣れた顔――リンカの姿もあった。


「ハトヤ、急な連絡にも関わらず来てくれて助かった」


 会議室の中央で腕を組むバレイがそう言ってくる。


「大丈夫だ。それよりリンカ……何故ここに?」


 俺がそう尋ねると、彼女は少し胸を張りながらにこりと笑った。


「ハトヤさん、私もDtEOに入りました!」


「……そう、なのか」


 一瞬、言葉に詰まる。まさか、彼女がこの場にいるとは想像していなかった。

 俺は思わず、バレイの方を見る。


「我も最初は止めたのだがな……どうしてもと言うことで、根負けしてしまったのだ。それに、かなり筋が良いぞ。青色のキューブもしっかり使いこなせておる。心配はいらないだろう」


 バレイが肩をすくめるように言った。


「いつまでもタダでお世話になるわけにはいきませんから。ちゃんと働きますよ、帰れるまでは! ──とは言え、ヒデンスター2に家ができちゃったし……正直、そこまで“帰りたい”って気持ちはなくなっちゃいましたけど……」


 彼女の目は生き生きとしていた。最初に出会った頃の怯えた表情はどこにもない。


 ──まあ、良いか。自分で選んだ道なら、俺がとやかく言うことじゃない。


「さて、そろそろ本題に入ろう」


 バレイが声を上げると、空気が引き締まる。全員の視線が一斉に彼へと向けられた。


「実は、一つ──とある依頼が来ているのだ」


 依頼? DtEOに来る依頼といえば、たいていがPK、あるいは特殊エリア調査の類だが……。


「内容を一言で言うなら、南部の“レベル10の最南端”がどうなっているのか、見てきてほしいというものだ」


 その言葉に、室内の空気が一瞬凍りついた。


「……は?」


 誰かが小さくつぶやいた。

 現状、ヒデンスター・ノヴァの世界では、北部も南部も“レベル4”までしか開拓されていない。

 それ以上の階層に進むには、「隔壁」と呼ばれる巨大な障壁を突破する必要がある。

 そしてその隔壁には、超高難度のボスが存在している。


「ヒデンスター・オンラインの頃と同じなら、“隔壁ボス”がいるだろうな」


 ラキルが頷く。


「レベル10の最南端……いうのは簡単やけど……」


 リヴィエールが溜息交じりに言った。事実、その難易度は想像を絶している。

 この世界が存在してからすでに3年以上が経過しているが、“レベル5”にすら到達した者は未だ誰一人いないのだ。

 レベル4でさえ行ったことがあるプレイヤーはほんの一握り。ほとんどが“未開の地”と言って差し支えない。


「……南部レベル4エリア、“霊灯の街道”」


 サナが小さく呟いたその地名に、少しざわめきが走る。

 そこは、夜になると無数の燈籠が灯る幻想的な街道。だが──その夜が“地獄”だ。


 燈籠に引き寄せられるように、亡霊のような魔物が大量に出現し、通行するプレイヤーを無差別に襲う。


 その攻撃の連続で、緊急脱出が間に合わず、ライフごと破壊されてしまうケースが後を絶たない。


「しかも、ボス部屋にもアイツらが湧くって話だ。夜に入ったら……帰ってこられないかもな」


「だから、昼にボス部屋に入って、日が暮れる前に倒す。時間との勝負だな」


 作戦会議は続いていた。


「レベル4のエリアで、レベル5のエネルギーを集めて、全員、全身レベル5の装備にしないと……正直、厳しいな」


 俺がそう口にすると、サナがすぐに首を振った。


「いや、それも難しい話よ。現状、大半の人がレベル2か3の装備なの。まずは、レベル4の装備を揃えるのが先決ね」


 この世界の装備成長のサイクルは、説明すると実に単純だ。


 ──レベル1のエリアでは、低確率で「レベル2」のエネルギーが手に入る。それを用いて装備を作り、レベル2のエリアへ向かう。

 レベル2エリアではレベル3のエネルギーを、レベル3ではレベル4のエネルギーを……といった具合に、各階層で“一つ上のエネルギー”を集めるのが基本的な攻略法になっている。


 当然、上のレベルの装備になればなるほど素材の入手は困難になる。

 だが、それを乗り越えなければ──この先には進めない。


「まあ、期限は特に言われておらぬ。どちらにしても、我たちは最南端へ行くというのは、いずれやるつもりでおったこと。やる事は変わらぬ」


 そう言ってバレイは腕を組み、続けた。


「今はとにかく、“ゴールドスカー”の所在を特定し、討伐……これが最優先であろうな」


 バレイが手を掲げると、作戦室の中央に立体マップが浮かび上がる。

 そこにはゴールドスカーの現在に至るまでの行動記録と推定位置がまとめられていた。


 俺たちはそれを確認し、当面の方針を固める。


 ──そして、その会議は終了した。

 他のメンバーが去った後、室内には俺と、バレイ、サナの三人だけが残っていた。

 俺はそこで、ずっと気になっていたことを尋ねる。


「なあ、バレイ。最南端へ行けって依頼……誰からのものなんだ?」


 バレイはしばし沈黙し、それからゆっくりと答えた。


「ああ……実は、“ヒデン社”からだ」


「……え?」


 思わず、声が漏れた。

 ヒデン社──『ヒデンスター・オンライン』というゲームを運営している企業。

 ヒデンスター・ノヴァの根幹とされるあのゲーム会社だ。


「ヒデンスター・オンラインの世界と……このヒデンスター・ノヴァって、同じって言っていいくらい似てるよな……」


「その通りだ。ヒデンスター・オンラインでは、最南端には“虚空”が広がっていたな。そこに触れると『この先はゲームでは侵入不可』と表示されて、それ以上は進めなかった」


「──だよな」


 俺も、バレイと共にその地点に行った。確かにそうだった。


「だが、依頼を受けて、我は思ったのだ。あれは“ゲーム”だから侵入不可だったのではないか? だがこの世界──ヒデンスター・ノヴァなら、侵入できるのではないかと……」


「……!」


 その考えに、俺は大きく頷く。確かに、その仮説は妙に説得力があった。


 だが、次の瞬間、別の疑問が浮かぶ。


「──いや、でもさ。おかしくないか? ヒデン社って、ヒデンスター・オンラインの情報が何かしら“奪われた”って話だったよな。ヒデンスター・ノヴァは、その情報が流用された結果、生まれたんじゃないのか?」


「ああ、その通りだ。実際、多くの者がそう思っている。何かしらどころか……まるっと奪われてるとしか思えんほど、構造が酷似しておる」


 バレイは頷いた。


「……なら、ヒデンスター・ノヴァの最南端だって、同じ仕様のままなんじゃねぇのか? “この先はゲームでは侵入不可”って表示が出るだけで……」


 俺たちは、うーんと唸って頭を悩ます。

 だが、気になるならやはり実際に行けばいい。


「ここで悩んでも仕方ないか。最南端……実際に見てみるしかないな! とにかく今まで以上に鍛錬して、犯罪者を倒しながら進むしかないな」


「うむ! ハトヤ、期待しておるぞ!」


 バレイの声に、俺も力強く頷き返した。


 ──そうして、その日の作戦会議は解散となった。

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