EP12 戦闘開始
俺は静かに第三の塔までの進行方法を整理していた。
塔の位置やそこまでの道のりは既に頭に入っているが、状況は以前と変わっているに違いない。
犯罪者どもが修練の塔を占拠してからというもの、周囲には無秩序に建物が乱立し、今ではまるでスラムのような街を形成していると聞く。
当然、入場後は一対多の戦闘が多発するだろう。
最初の乱戦は大剣で制圧し、塔内では小回りの利く武器に持ち替える。
俺はヒデンキューブに手をかざし、両手用武器──[S0 ソウルリーバー]を取り出した。
漆黒の大剣。刃の縁が薄い紫色に鈍く光り、僅かに揺らめく。
斬撃を繰り出すたびに軌跡が残り、魔力の残光が淡く煌めく──
これがこの武器の特徴だ。
ソウルリーバーにはシールドブレイクとライフブレイクの効果が付与されている。
簡単に言えば、相手のシールドを削る性能が極めて高く、さらにシールドを破壊した後の直接攻撃の威力も増す。
PKにおいて、最も迅速に敵を処理できる武器の一つだ。
そして、塔内部では状況次第で小回りが利く[S0 グラヴィタス・ガントレット]を使うか。
これもシールドブレイク効果を持ち、加えて──シールドを破壊した瞬間、相手の動きを少し拘束するという効果が付与されている。
シールドを破壊された相手が逃げるのが最も面倒だ。
だが、こいつならその点も補助してくれる。
──二つとも完全に対人戦専用の武器、というわけだ。
魔物相手にはほぼ意味がない効果。
だから普段は絶対に使わない装備だ……。
こうして使う日が来るとは思わなかったな。
「……そろそろ時間か」
そう呟き、俺は集合場所へと向かった。
修練の塔──
ここから犯罪者どもを一掃するのが、俺たちの再起の第一歩だ。
「今まで何もできなかった……だが、それも今日で終わりだ!!」
バレイの力強い言葉が響き渡った。士気は一気に高まった。
フルフェイスの鎧を纏っているため、表情は読み取れないが、熱量が十分に伝わってきた。
仲間の士気も一気に高まりを見せていた。
作戦は決まっている。
バレイとサナが第一の塔、ラキルとリヴィエールが第二の塔へ飛ぶ。
そして、彼らの突入から二十分遅れで──俺が第三の塔へ入り、そこに居るであろうゴールドスカーを討つ。
「第一の塔へ行く部隊は、入場と同時にスキル1《サーチ》を忘れぬように!」
スキル1《サーチ》は、**半径300m〜1km(武器性能による)**の状況を一定時間把握できるスキル。
周囲に潜む魔物やプレイヤーの位置を把握することで、奇襲を防ぐことができる。
──そして。
戦いの火蓋は、今ここに切って落とされた。
・・・
第一の塔付近――
転送ポイント付近に、4人の犯罪者が剣を持ち、談笑していた。
「次に来た奴は俺だからな? 邪魔すんじゃねーぞ」
「キヒ。分かってるさ。その次は俺だろ? もしかしたら二人来るかもしれねえしな……」
彼らが軽口を叩き合っていると──
突然、転送装置が淡い光を放ち始めた。
「……お、来たぞ!! 何人だァ?」
光の中で、ゆっくりと人の形が形成されていく。
「一人……お、二人……三人……? は……?!」
──ザシュッ!!
数を数えていた犯罪者の声が途切れる。
バレイが放った[S3 武将の薙刀]の一閃が、奴を切り裂き吹き飛ばした。
直後、転送が完了し、バレイとサナを含め総勢20名が姿を現す。
「我らはDtEOだ! この場所を取り返しに来た!!」
雄叫びと共に、20名の戦闘員が一斉に動き始める。
「スキル3、《エンハンス》!」
バレイが発動したスキルにより、彼の薙刀が緑色のオーラに包まれた。
《エンハンス》は武器の攻撃力と射程を一時的に大幅上昇させるスキルだ。
──そして、薙刀の射程はまさに異常とも言える長さへと伸びた。
「塔へと向かうぞ!!」
20名は隊列を組み、塔へと進行する。
戦闘が始まった。
バレイが薙刀を振るうたびに、犯罪者たちのシールドが一撃で砕かれていく。
「ボルトチェイン!!」
シールドを失った敵に向けて、サナが黄色のキューブを構える。
──次の瞬間、電撃の鎖が走り、複数の敵を連鎖的に貫いた。
《ボルトチェイン》──
黄色のキューブによるスキルで、電撃が敵に連鎖し粉砕するスペル。
被弾した者は、叫びを上げる間もなく消滅していく。
こうやって消滅した者は、二度とこの世界に戻ることはできない──。
バレイがシールドを破壊し、サナや他の戦闘員が止めを刺す。
着実に犯罪者たちの数を減らしながら、一気に塔の元へと詰め寄っていった。
「よし、塔の入り口が見えたぞ! 急いで入るぞ!」
戦闘員の一人がそう叫び、3名が先行する。
「待ちなさい! ここまで静かなのは怪しい……!」
サナがそう言い切るよりも前に──
ズバッ!!
突如、目の前に現れた男の攻撃が、3名の戦闘員のシールドを一瞬で砕き、そのままライフごと切り裂いた。
──そして、彼らは消滅した。
男は静かに両腕を広げる。
腕には、刀身のように長い湾曲した刃を持つクローが装着されていた。
「……久しぶりに楽しいことになってんなァ……」
ダークグレーの長髪を後ろで束ね、無造作に垂らしている男。
片方の目は赤く光る義眼、もう片方は獣のように鋭い瞳をしている。
「──ヴォルテックス三兄弟の一人か……!」
ヴォルテックス三兄弟──
懲役6万年を言い渡された凶悪犯罪者である。
三兄弟で行動し、無差別に家へ侵入。
住人を一人残らず切り刻み、殺すことに快楽を覚えた異常者たち。
彼らが踏み込んだ家は、わずか三日で50軒を超え、すべて血の海に変えられたという。
3人とも共通して、片目に赤く光る義眼を持っており、世間からは《赤い悪魔》と呼ばれ恐れられていた。
「3人で行動すると聞いていたが……今日は一人か」
「塔は3本あるからなァ。俺たちが守ってやってんのよ、お前らみたいなのが来ねえようにな!」
男は嗤いながら、クローを構え直す。
「……サナ! 皆と共に下がっていてくれ。サーチでの周囲警戒を怠るな」
「分かったわ……!」
バレイはゆっくりと薙刀を構え、単身でヴォルテックスの男へと歩を進める。
「悪魔は我が成敗する──」
・・・
・・
・
第二の塔付近――
同刻、第二の塔ではラキルとリヴィエールの部隊も転送に成功していた。
彼らの初動は見事に決まり、作戦は順調に進行していた。
「──エクスパンドヴィジョン!」
入場と同時に、リヴィエールが紫色のキューブスペルを発動する。
これは味方全体に視覚を拡張する能力を付与するスキルであり、戦場のあらゆる動きを補足することが可能となる。
いわば、チーム全体が常にサーチ状態となるスキルだった。
「敵の位置を把握した──!」
スキルの効果により、周囲の犯罪者たちが瞬時に可視化される。
その情報をもとに、ラキルを筆頭に戦闘員たちが次々と犯罪者を一掃していった。
──だが、彼らの前にも立ちはだかる存在があった。
ヴォルテックス三兄弟の一人──第二の塔の守護者。
彼の登場により、戦況は新たな局面を迎えようとしていた。




