EP11 作戦前
その後、ヒデンスター・ノヴァから退場し、事務所へ戻った俺は、バレイから送られてきた作戦資料に目を通していた。
修練の塔――本来なら、ヒデンスター・ノヴァに来た人が最初に訪れるチュートリアルのような場所だ。
ここではキューブやスキルの使い方、無人販売所の利用方法などを学ぶことができる。
そして、何より重要なのが修練の塔のクリア報酬として得られる"地図"だ。
地図はキューブに格納され、いつでも自分の所在地や拠点、町の位置を確認できる。
未踏のダンジョンやフィールドは最初は表示されていないが、一度現地に行けば自動でマッピングされる仕組みだ。
しかし、修練の塔は早い段階で犯罪者たちに封鎖されてしまったため、現在でも地図を所持していないプレイヤーは多い。
結果として、地図を持っている者が手書きの地図を高額で販売するという状況が生まれていた。
……話を戻そう。修練の塔は、"最初の平野"に三つ建っている。
それぞれが丘の上にあり、三つを線で結ぶと正三角形の位置関係になる。
名称も単純で、第一の塔から第三の塔まで順番に回ることで、この世界の基本的な仕組みを理解できるようになっている。
問題は、"最初の平野"への入場方法だ。
現状では"テレポート"以外に行く手段が存在しないとされている。
通常のフィールドであれば、マルチポータルタウンから北へ進めば草原エリアがあり、その先には黒き森林がある。
南へ進めばまた別のエリアが広がっている。
レベル4エリアまでは一度訪れた場所にはテレポートで再訪できるため、ほとんどのプレイヤーは徒歩移動をしないが……。
ところが、修練の塔に関しては、いまだに"徒歩での侵入方法"が見つかっていない。
ゲームのヒデンスターオンラインから"テレポート以外で入場する手段はない"とされていたため、おそらく現実化したヒデンスター・ノヴァでも同様なのだろう。
バレイから作戦の詳細はまだ聞かされていない。
作戦の内容が外部に漏れるのを防ぐため、直前まで極秘とされているのだ。
バレイは、一体どうやって修練の塔に入場するつもりなのか……。
そう考えながらも、俺は鉄の槍補充等の準備を進めた。
そして、決戦の日はあっという間にやってきた。
作戦開始5時間前――
作戦会議の場には、すでに4名が集まっていた。
その中で、最初に俺に気づいたのはバレイだった。
「ハトヤ! 来てくれて嬉しいぞ!」
その声に反応して、他の3人が一斉にこちらを振り向く。
まず最初に、全身を赤い軽鎧で包んだ男がこちらへと近づいてきた。
「ハトヤ! また一緒に任務ができる日が来るとはな! 嬉しいぜ!」
その声……ラキルか!
全身鎧だと姿形が変わりすぎて、声を聞くまで気づかなかった。
ラキルはヒデンスターオンライン時代にバレイたちと共に遊んでいた人物だ。
ちょっとうるさいが、根はいい奴だった。
「犯罪者に顔を見られると面倒だからな……お前も何かで隠したほうがいいぞ。鎧貸してやろうか?」
ラキルがそう言ったところで、サナの奥にいた女性が一歩前に出た。
鎧ではなく、"忍びマスク"で顔を隠した彼女は、紫のショートヘアが印象的だった。
「ラキル、ハトヤは速さで戦うタイプや。こっちのがええやろ?」
「リヴィエールか。久しいな! ありがとう。借りるよ、この忍びマスク」
リヴィエール――ヒデンスター・ノヴァで出会い、共に遊んだ仲間だ。
ラキルもそうだが、彼らのギルドがDtEOになってからは疎遠になっていた。
さて……ここにいる4人が今回のメンバーか。
バレイが一同を見回し、口を開いた。
「さて、皆来てくれてありがとう。早速だが、作戦会議を始めていく」
俺たちは卓についた。
・・・
「作戦目標は二つだ」
バレイが資料を手にしながら、静かに語り始めた。
「一つは修練の塔の奪還。そして……可能であれば、塔で犯罪者どもをまとめ上げている人物……ゴールドスカーの討伐だ」
場が一瞬静まり返る。
塔を取り戻すだけでなく、黒幕の討伐まで視野に入れているということは、今回の作戦が相当な規模になることを意味していた。
「皆、修練の塔については十分に分かっていると思うが、基本的にテレポートでしか侵入できない」
「適当に入場したらリスキルされるな」
ラキルが呟くように言うと、バレイは小さく頷いた。
「その通りだ。だから、息を合わせて一斉に入場する必要がある」
バレイは手元の資料を卓上に広げ、全員が見えるようにした。
そこには修練の塔周辺の簡易マップと、各テレポート地点の情報が記されている。
「テレポートできる場所は、第一の塔付近、第二の塔付近、そして第三の塔付近の計3カ所だ」
「どこも犯罪者の見張りがいるってことか」
「そうだ。何も知らずに飛び込めば、即座にリスキル……文字通り入場と同時に殺される可能性が高い」
「何人いるかも分からない状態で突っ込むのはリスクが大きいな」
俺は腕を組みながら言うと、バレイはニヤリと笑った。
「だからこそ、三カ所同時にテレポートし、一気に叩く作戦を立てた」
「……いい作戦だが、こっちの戦力はどうなってる?」
「部隊は四つ。それぞれ十名ずつの計四十名を用意した」
四十名か……悪くない数だが、問題は相手の戦力が不明なことだ。
とは言え、一般的に考えれば非常に少ない数だろう。
相手は数百……下手すれば数千人の規模で犯罪者が居る事が予想される。
地球ならこちらもそれに匹敵する人数が必要だろう。
しかしここはヒデンスター・ノヴァの世界。
ヒデンスターオンラインからこの世界を熟知している俺達にとって、相手は素人同然だ。
更に、スペルを駆使すれば一騎当千と言っても過言ではない。
バレイ、サナ、ラキル、リヴィエールだけで4千人相当の戦力だ。
だが――
「相手の人数が分からない以上、あまり分散しすぎるのも危険だな。それに、誤って修練の塔に入場するなら、最も可能性が高いのは第一の塔だろう。犯罪者側もそれを分かっていて、人数を多く配置しているはずだ」
「だが、統率は取れていないぜきっと」
ラキルが言う。
「どうせPKが目的の連中や。初心者狩りをして自分が一番先に仕留めたいと思ってるクズどもが集まってるだけやろ」
リヴィエールも続けて発言した。
「ふむ。であれば、第一の塔と第二の塔に集中する方が良さそうだな」
俺は考えをまとめながら言葉を続けた。
「第一と第二に二十名ずつ。それなら戦力を分散させすぎず、敵を制圧しやすい」
「……ふふ」
ふと、バレイが俺を見ながら嬉しそうに笑った。
「やっぱりハトヤがいると作戦が洗練されるな。こうやって作戦会議するのも久しい」
「俺はあの頃と同じさ。思ったことをただ言ってるだけだよ」
「でもな……」
リヴィエールが不満げな表情を浮かべる。
「二カ所に分けた場合、三つの塔を同時に奪還できひんよね? 第三の塔に逃げ込まれたら面倒やで?」
「ああ」
俺は頷いた。
「だから第三の塔には俺一人で行く。第一と第二への侵入が完了し、そちらに気を取られている隙に、俺も第三の塔に侵入する。そして、ゴールドスカーがそこに逃げ込んだ場合……手薄になった後、俺が仕留める」
「いやいや、無茶やろそれは!」
リヴィエールが即座に否定する。
「ならば、それで行こう」
だが、バレイは迷いなくそう言い切った。
「リヴィエール、ハトヤが言ったことを完遂しなかったことは今までない。安心していいぞ」
バレイの信頼に、俺は静かに頷いた。
「任せろ」
「……よし」
バレイは場を見回し、深く息を吸い込む。
「クリーンタイムまで残り一時間。最終確認を取った後、時間まで待機。時間になったら同時に攻め込むぞ」
「了解!」
全員が力強く頷いた。
決戦の時は、もうすぐそこまで迫っていた。




