EP103 それまで二人で
「――あ、そういえば」
俺はふと思い出して口を開いた。
「タブレットには何か情報が入ってたのか?」
「うん、ちょっとね」
メルヴェは懐から古びたタブレットを取り出し、指先で画面を軽く撫でる。
「さっき話した出来事の記録と、村の日記が入ってるよ。あと……」
彼女は操作を数回タップすると、俺の方へ画面を向けた。
「こんな写真がたくさん!」
そこに映っていたのは、村人たち。
誰かが笑いながら家を建て、誰かが子供を肩車し、誰かが焚き火の前で談笑している。
日常の、何気ない一枚一枚。
けれど、そのどれもが生きる喜びに満ちていた。
「……いい写真だな」
「うん。ボクも見てて、なんか懐かしくなっちゃう」
メルヴェの目が、少しだけ潤んでいる。
俺はタブレットをそっと押し戻した。
「メルヴェ、やっぱり返したほうがいいよ。大事な思い出が詰まってる」
「そうだね。開拓に役立つ情報があるかもって思ったけど……特になさそうだし」
メルヴェは小さく笑って、タブレットを大事そうにしまった。
「そういえばさ、メルヴェも未来人族たちと一緒に島の開拓をしたのか?」
「ううん。ボクが入島したのは80年くらい経ってからだったからね。
その頃には、もう地盤はほぼ完成してたよ」
「なるほど……開拓の助言でも貰おうと思ったが……」
「ハトヤは何か開拓の考えがあるの?」
「いや、正直さっぱりだ。街づくりなんて専門外だしな。
とりあえず、神器化結晶石の生産を早めることを優先してる」
「それで、家づくりは後回しになってるってわけか」
「そういうことだ」
「ふふ、なるほどね」
メルヴェは頬杖をついてにやりと笑う。
「でもね、そこまで行くのは大変だよ。死ぬほど材料が必要だから」
「……やっぱりか」
「神器化結晶石の生産施設が完成するまで、未来人族は十年かかったって聞いてる」
「十年!?」
「生産そのものは簡単なんだけど、とにかく材料集めが大変なの。
この前取ってきた“青いエネルギー”もたくさん使うしね」
「十年……ラフリットたちをそこまで待たせるわけにはいかないな」
「まぁ、そのへんはボクも手伝ってあげるよ。手分けすれば、きっと早いよ」
「本当か!? 助かるよ……!」
「えへへ。いいってば、友達でしょ?」
「そういえば――一年後には仲間が二人、入島する予定なんだ。
それまでの間は、俺たち二人で頑張るしかないな」
そう言うと、メルヴェの表情が少しだけ曇った。
「……それって、女の子?」
「え? ああ、まぁ……そうだよ」
「ふーん……」
明らかに納得していない表情。
あとキューイを“女の子”と呼んでいいのかは微妙だな……。
「ふーん……まぁいいや。一年もあるし」
「ん?」
何か自己解決したようで、メルヴェはぷいっと顔をそらした。
そのとき、はむまるが俺の服をガジガジと噛んできた。
“3人だろ”と言いたげに。
「はむまるも入れて三人、だな」
「きゅ!」
――その日から、俺とメルヴェの新しい日々が始まった。
木材を集め、鉱石を掘り、エネルギー結晶を運び、魔物素材を剥ぎ取る。
必要なものは数知れず。
それでも俺たちは手を止めなかった。
夜になれば、焚き火の明かりの中で地図を広げ、
明日はどこを探索するかを話し合う。
風は涼しく、空は高く――
そして、はむまるの鳴き声が、どこか心を軽くしてくれた。
「よし、頑張っていこう。必ず完成させるぞ、神器化結晶石の施設を」
「うん! ボクたちならできるよ!」
そう言って笑うメルヴェの横顔は、どこか懐かしい光を帯びていた。




