EP102 帰還後
拠点に戻ると、そこはいつも通りの――いや、少しだけ寂れた作業場だった。
大きな雨除け屋根の下には、いくつもの作業台。テーブルと椅子、そして俺が仮眠をとるためのハンモック。
とりあえずは生活できる。だが、“とりあえず”でしかない。
「うわぁ……村のほうがよっぽどいい生活じゃない?」
メルヴェは心配そうに辺りを見渡しながら言った。
「はは、まぁこれから作っていくよ。これはこれで落ち着くよ?」
「落ち着く……の? ほんとに?」
その顔はどう見ても信用していなかった。
そんな他愛のないやり取りを交わしながら、俺たちはテーブルについた。
外では、はむまるが木の実を抱えて何やら嬉しそうに跳ねている。
「さて、何から聞けばいいのか……とりあえずはメルヴェ、君のことを知りたい」
「そうだよね……」
メルヴェは小さく息を吸い、真剣な表情になる。
そして、静かに語り始めた。
「ボクは“未来人族”なんだ。ハトヤたちと同じように、母星を失ってローカル世界に入場したの」
「そうだな。人族から未来人族に変わったんだったな」
「うん。レベル10を達成した後、ボクたちはここに似た無人島に降り立って開拓を始めた。
百年後――その島が動き出して、グローバル世界に統合されたんだ」
メルヴェの声はどこか懐かしさを帯びていた。
だが、その瞳の奥には、深い悲しみが見え隠れしている。
「でもね、その統合のあとが地獄だった。
戦争推進派が、議論もなしに他の種族へ攻撃を仕掛けたの。
そのせいで、いまだに戦争が続いてる」
「……君は反対派、か」
「うん。ボクたちは“戦争反対派”だった。
でもね、少しずつ迫害されていったんだ。
そのうち、“人員が足りない”って理由で、ローカル世界で平和に暮らしてた人たちまで拉致されるようになって……」
メルヴェの声がかすれる。
涙が頬を伝う前に、彼女はぎゅっと拳を握りしめた。
「そんなとき、科学者だったボクのおじいちゃんが“この世界の構造”を発見したんだ。
グローバル世界は、上層と下層――二層構造になっていて、下層には無数の島が点在しているって」
「下層……?」
「そう。おじいちゃんは座標を固定して、ある島を指定した。
そして、反対派のみんなを次元転送でそこに逃がしたの」
「それが……あの村、ってことか?」
「そう。とても広い島だったから、あとからローカル世界にいた人たちも救い出してね。
たぶん、天族にならずにグローバル世界に来たのは、ボクたちが最初だったと思う」
メルヴェは遠くを見つめるように言った。
「でも――平和は長く続かなかった」
「管理者、か」
「うん……。突然、“管理者”を名乗る者が現れたんだ。
ボクはその時、大怪我をしてて天力を回復するためにコールドスリープに入ってた。
だから、何もできなかった」
メルヴェの指が震えていた。
「管理者はこう言ったんだ。
“未使用の無人島に勝手に居住するのは重大なルール違反”って。
そして……問答無用で全員を殺した」
部屋の空気が一気に重くなる。
彼女の瞳には、もう涙が浮かんでいた。
「彼らの天力感知はすさまじかった。逃げる間もなく、次々に殺されていった。
助かったのは……天力を持たないただの未来人族と、コールドスリープにいたボクだけ」
「逃げた天力を持たない未来人たちはサイバーシティを離れて、ひっそりと村を作った。
ボクが“神様”って呼ばれていたのは……多分ずっと歳を取らないから。気づけばそう呼ばれてたよ」
最後の言葉を吐き終えると、メルヴェは小さく息を吐いた。
語り切ったというより――ようやく吐き出せた、というような顔だ。
「……そういうことだったのか」
俺は静かに椅子の背にもたれる。
この小さな少女が背負っているものの重さに、胸が痛んだ。




