EP10 染色したのは……
戦闘を終えた俺の背後から、静かにサナが近づいてきた。
「……相変わらず多芸ね。一体何種類の武器熟練度を上げてるのよ」
俺は刀をしまい、笑顔でサナの方を向く。
「俺は激レアな武器を手に入れた時に、装備できない! って状況が大嫌いでさ……その状況にならない様にしてるだけさ」
そう言うと、サナは呆れたようにため息をついた。
「いや、笑顔で言ってるけど、それとんでもないことよ? 何種類あると思ってるのよ、武器種……というか! 刀を装備したままどうやって槍を出したの!?」
サナがその疑問を持つのも無理はない。
鉄の槍は両手武器の分類になっており、
通常であれば刀を装備したまま、鉄の槍を出そうとしても出す事が出来ない。
「これ、裏技みたいなもんなんだけどさ、消耗品を入れるクイックスロットがあるだろ?」
「ええ。ベルト部分に登録できる3つのポケットよね。回復薬とか即座に出せるように……」
「実はそこに鉄の槍ならを入れる事が出来るんだ。多分、手裏剣とかの投擲装備扱いになってる」
サナは驚いてクイックスロットを確認する。
「ほんとだわ! 鉄の槍だけ何故か入れられる……!」
「鉄の槍はそこらの投擲装備より遥かに攻撃力が高い。投げたら一定時間で消えるのがネックだけどめちゃ強いよ!」
「いやでも私、こんな重い物あんな速度で投げられないわよ……どちらにしてもハトヤがおかしいわ。やっぱり」
サナはそう言いながら鉄の槍をしまった。
「まぁ、その話はいいだろ! 早くキューブのところへ行こうぜ」
俺たちは中央に鎮座している大きな黄色のキューブの元へ向かった。
キューブの前には染色用の台座がある。俺はそこに立ち、サナの方を振り返った。
「サナ、お前のキューブはまだ無色だよな? 黄色って『ヒデンスターオンライン』の時の色じゃないか?」
サナは少し間を置いてから頷いた。
「そうね……」
「その……俺が染めてもいいのか?」
サナは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに表情を引き締める。
「もちろん。バレイも気にしてたけど、貴方が染めた方が結果的に戦力増強につながるわ」
「じゃあ、遠慮なく!」
俺は即座にキューブを台座に置いた。
「……いや、切り替え早いわね」
サナが呆れた声を漏らすが、俺は気にせず台座を見つめる。
――が。
「……あれ?」
台座にキューブを置いたのに、何の反応もない。
「台座にキューブを置いたら、上にあるキューブから色が降りてきて染まる……よな?」
「そのはずよ。バレイが緑に染まる時はそうだったし……」
サナも不思議そうな表情を浮かべる。
だが、俺はこの状況を見て、ある可能性に思い至った。
「……まさか! 俺のキューブ、異色なのか?」
その言葉に、サナもハッとした顔をする。
「そういうことなんじゃない!? 無色か通常色の場合、通常色に染められるけど、異色の場合は通常色には染まらない……」
サナが言っているのは、ヒデンスターオンライン……ゲームでの仕様だ。
キューブには「通常色」と「異色」の2種類がある。
通常色:炎や氷など、分かりやすいスペルを習得する。
異色:発動条件が厳しいが、非常に強力なスペルや、ゲームルールを壊しかねないほどの力を持つスペルを習得する場合もある。
そして――
異色のキューブは、一度染まると色を変えられない。
「だけど、俺はスペルを一つも使えない。まさか、この『ヒデンスター・ノヴァ』にも修練の塔の先があるのか……?」
「その可能性が高いわね。修練の塔の上にある『覚醒の間』……異色の場合、そこで覚醒させないとスペルを使えないものね」
「……調べる価値はありそうだ。しかし、この世界はどこまでゲームの『ヒデンスターオンライン』と類似しているんだ」
ヒデン社は関与していないと言っていたが――本当にそうなのか?
考えても答えが出ない以上、次へ進むしかない。
「とにかく、俺は染色できない。サナ、代わりに染めたらどうだ?」
俺がそう提案すると、サナの体がぴくっと動く。
「いや、そんな……勝手にするわけには……」
「番人は倒してしまったし、染めなくても出たら扉は消えちまうぞ」
「そ……そうよね。しょうがない……!」
サナは平静を装っているが、口元がほころんでいる。
やっぱり、ゲームの時と同じ黄色に染めたかったんだろうな……。
サナはキューブを手に持ち、じっと台座を見つめている。
俺はその様子を見て、サナの手を引っ張り、台座へとキューブをくっつけた。
「わっ!? ちょっ、まだ心の準備ができてなかったのに!」
「時間制限があるかもしれないし、長いこと待ってられないっての!」
キューブが台座に固定された瞬間、上部の黄色いキューブから、まるで絵具のような液が滴り落ちた。
その液体がサナのキューブをゆっくりと黄色く染めていく。
「おお、見慣れた光景だ……。これ、見てるといつもチョコレートファウンテンにマシュマロをつけてる時を思い出すんだよな」
「……あはは。確かに」
それから数分後。
サナのキューブは完全に黄色に染まり、ゆっくりとサナの元へと飛んできた。
サナは慎重にそれを掴み、まじまじと確認する。
そしてその瞬間、サナの髪は黄色に染色された。
「色付きキューブに合わせてやっぱり髪色も変わるんだな。てかもっと喜んでもいいんじゃない?」
「ばっ……馬鹿、何言ってるの!」
そう言いながら顔をそむけるが、口元はニヤついている。
「まぁ、とりあえず、染色おめっと!」
俺がそう言うと、サナは笑顔で「ありがとう」と言った。
「さて……そろそろバレイに報告しようか」
そうして俺たちは扉を出て、バレイの元へと戻った。
・・・
・・
・
「二人ともお疲れ様。まさかサナが染色することになるとはな! これでキューブも髪色もヒデンスターオンラインの時と同じだな!」
バレイは笑いながらそう言った。
「俺は染められなかったけど、正直めちゃくちゃワクワクしてる! 異色かもしれないんだぜ?」
俺の言葉に、バレイも目を輝かせる。
「うむ。本当に異色だとすれば、我はヒデンスター・ノヴァでは初めて見るぞ!」
だが、すぐにその表情は曇った。
「しかし……修練の塔か」
「ああ、今じゃ犯罪者の巣窟……」
「だが……サナも黄色になり、戦力が強化された。これはある意味好機なのかもしれぬ」
俺が疑問の表情をしていると、バレイは懐から大きな地図を取り出し、目の前で広げた。
「修練の塔、奪還作戦だ」
バレイは以前から修練の塔の奪還を考えていたようだ。
しかし、実行するにはチームを率いる強者が最低四人は必要だと考えており、あと一人の人選に悩んでいたという。
だが、サナが黄色に染まり、スペルをうまく使えるようになれば、四人目の強者として戦力になりうる。
その可能性が生まれたことで、バレイは本格的に動く決意を固めたようだ。
「ハトヤ、我々は一週間後に修練の塔奪還作戦を行う。良ければ助力願えないか。なに、チームを組んで筆頭になれとは言わん。戦場をかき乱してほしい」
どちらにしても俺も修練の塔には行きたいと思っていた。利害は一致している。
「もちろん手伝うよ」
「ありがとうハトヤ! そう言ってもらえると信じていた」
俺とバレイは握手を交わした。
「作戦時間は一週間後のクリーンタイムの五分前……集合はその五時間前には頼むぞ。サナ! 今から特訓だ!」
バレイとサナはそう言って立ち上がった。俺もその流れでその場を後にした。
そして、リンカが住む部屋の前でノックをする。
「どうぞ」
中に入ると、以前よりも少し表情が明るくなっている。安心した。
「ハトヤさん、ちゃんとお礼が言えてなくて……本当にありがとうございます」
「気にしないでくれ。少し元気そうになってて安心した」
「ええ。ここ、ヒデンスター・ノヴァの世界から帰れないですけど……お母さんや妹が来てくれるから寂しくありません」
「それはよかった」
「それで、ここの世界についていろいろ聞きました。なんだかワクワクする場所ですね! 今度、妹と冒険するんです」
「そうか。せっかくヒデンスター・ノヴァにいるんだ。変な奴もいるけど、楽しんだ方がいい!」
そんな会話を一通り交わし、俺はその場を後にした。




