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EP1 始まりの日

 フィルホワイトデー


 後にそう呼ばれるようになった日は唐突に来た。


 その日、日本では突如星や月が見えなくなり、夜空が完全に真っ黒になった。日が昇っていた国も同様に黒くなった。

 世界の終わりを連想させるような禍々しい黒……

 だがその後、まるでペンキを塗るかのような広がり方で、空は真っ白に塗りつぶされていった。

 世界中の人々がその異様な光景を見上げていた事だろう。


 空が完全に白くなった後、瞬間的に上空から光の線が降り注いだ。

 それは壁など関係なく、全てを突き抜け全人類の胸部に当たり、人の胸の中から手のひらサイズの真っ白のキューブを引き出した。


 そのキューブは、別の世界への扉……自身をヒデンスター・ノヴァへ転送する為のカギだった。


 ヒデンスター・ノヴァには大自然や広大な街、超能力が使える武具、異形の生物(魔物)がうろつく、まるでファンタジーの世界が広がっていた。

 人々は徐々にヒデンスター・ノヴァのルールや安全性を理解し、[自身が完全に入り込めるゲームの世界]として認識し始めた。

 それから年月が経ち……全世界の人間がヒデンスター・ノヴァで武具を用いて魔物狩りに勤しむ様になった。


・・・

・・



「……やっと見つけたぞ、犯罪者共」


 俺は《南部レベル1エリア 黒き森林》を調査していた最中に、指名手配されている犯罪者3名を発見した。

 木々の間から顔を覗かせると、向こうもこちらに気づいたようだ。


「なんだお前は……DtEOの人間か?」


 そう言いながら、3人は武器を構えた。

 だが俺は静かに首を横に振る。


「違うな。俺は……個人的に、犯罪者をPKしているだけだ」


「ちっ、舐めやがって!」


 次の瞬間、3人が同時にスキルを発動した。


「スキル4! バインド!」


 声と同時に、バインドが射出される。


 だが俺は、左手の黒と白銀時計模様で輝くキューブをスッと空中にかざし、心の中で念じた。


 ――ディスラプションカット


 刹那、空間が裂けるような軌跡が走り、放たれたバインドは跡形もなく霧散した。

 拘束魔法は俺をかすめることすらなく、後方の木に突き刺さり、消滅する。


 《ディスラプションカット》


 敵の攻撃やスキルの“中間工程”を完全に消失させる技。

 スキルやスペルの発動起点を読み、瞬時に狙わなければならないが、

 成功すればほぼ全ての攻撃を無効化できる。


「おい……こいつのキューブ、まさか……!」


「ぐっ、お前……犯罪者狩りか!」


「今さら気づいても遅えよ」


 俺は一歩踏み出し、キューブを地面に叩きつける。


 ――ゼロフラクチャー


 周囲の空間がピキリと軋むように歪んだ。

 3人の身体が淡く発光し、動きが鈍くなる。

 その一瞬を突いて、俺は大剣を抜き放ち、光る残像を描きながら斬り刻む。

 3秒後、敵の発光が収まった。


「な、なんだ? ダメージがな――」


 言い終える前に、それは起きた。

 蓄積されていたダメージが一気に解放され、3人の犯罪者を襲う。

 シールドが砕け、ライフごと粉々に砕け散り、彼らの身体は粒子のように消えた。


 《ゼロフラクチャー》


 キューブを地面に叩きつけ、周囲に見えない“亀裂”を走らせる。

 空間内の敵を「始まり」と「終わり」に分断し、発光中のダメージを蓄積。

 一定時間後にまとめて解放することで、大ダメージを与えることができる。


 効果は絶大だが、同じ相手に繰り返し使えば効果時間が短くなる。連戦には向かない技だ。


「ふう。もう少しスマートに倒せたな……」


 ――修練の塔を制圧してから、もう半年か。

 俺は最初、この世界での目標はただ一つ……世界の最果てを目指すことだった。

 だが、今はそれだけではない。

 この世界で残虐の限りを尽くす犯罪者、ゴールドスカーを打ち倒す。

 

 これは半年前……修練の塔を奪還した日に決めた事だ。


・・・

・・


 ――時は遡り……

 ――約半年前


 雑居ビルの3階、そこに俺の小さな事務所がある。

 扉には「鳩廻事務所」と簡素なプレートが貼られているだけで、外から見ても特に特徴はない。

 中に入ると、10畳ほどの部屋が広がり、棚には雑然と書類やファイルが詰め込まれている。

 その光景は、どこか片付けを諦めたような雰囲気さえ漂わせている。


 部屋の奥にはもうひとつ扉があり、その向こうには簡素な生活空間が広がっている。

 簡易ベッドに小さなテーブル、そして端に置かれた年代物のテレビが、この空間で過ごす俺の全てだ。


 そのテレビでは、どこかのビルを映した映像が流れていた。

 画面の中、ビルの前には大勢の人々が集まり、デモのような喧騒が広がっている。


 アナウンサーの声がそれを解説していた。


「全人類に突如降りかかった災害、『フィルホワイトデー』からちょうど3年が経ちました。節目ということもあり、ヒデン社の前には多くの人々が集まっています」


 画面に映るデモ隊の看板には、「もう一度ヒデンスター・ノヴァに行かせろ!」や「一度死んだら二度と入れないのは差別!」といった言葉が躍っていた。


「もう三年か……」


 そう呟きながら、俺は画面をじっと見つめた。


 ヒデン社――。


 あの会社は「フィルホワイトデー」には無関係だと一貫して公言している。

 そして俺もその主張には納得している。正直、関係ないだろう。


 再びアナウンサーの声が耳に届いた。


「ヒデン社は一貫して無関係と公言しており、さらに『フィルホワイトデー』で出現した謎の世界を『ヒデンスター・ノヴァ』と呼称されることが大変遺憾だとコメントしています。また、わが社が運営する『ヒデンスターオンライン』にとって大きな風評被害であると強調しています」


 ヒデン社は世界初のVRMMO「ヒデンスターオンライン」を作り出した会社だ。

 そのゲームは専用デバイスとセットで販売され、それはまるで本当にその世界に入り込んでいるかのような圧倒的な臨場感を味わえる。


 その魅力に多くのプレイヤーが取り憑かれていた。

 そして、俺もその一人だった。

 かつてはずっと最前線でプレイし続けたもんだ。


 それなのに、無関係なはずのヒデン社にこんなにも大勢のデモ隊が集まっている理由は単純だ。

 突如現れた「ヒデンスター・ノヴァ」の世界が、あまりにも「ヒデンスターオンライン」に酷似していたからだ。

 だが、「ヒデンスターオンライン」とは違い、「ヒデンスター・ノヴァ」はゲームと呼んでいいものかさえ分からない。

 あまりにもオーバーテクノロジーすぎるその世界は、人間が作り出したものではないと俺は思っている。


 「ヒデンスター・ノヴァ」――その名の由来は、突然全人類の目の前に現れた真っ白の「キューブ」だ。

 このキューブが「ヒデンスターオンライン」の主要アイテム「ヒデン・キューブ」に酷似していた事からそう呼ばれるようになった。

 キューブの入場ボタンに触れることで、人は身体ごとその世界へと転送される。

 そして、生身でファンタジー世界へ飛び込み、魔物を狩り、ダンジョンを攻略する。

 その非現実的すぎる世界に、多くの人々が魅了された。

 食事や睡眠もヒデンスター・ノヴァで出来る為、そこで大半を過ごす人々も現れ始めた。

 実際、この世界が現れた時、一時地球からは世界人口の半分以上の人間が消えたと言われている。

 一度は各国政府もその事態を重く見たが、この世界への行き来が自由であること、

 ヒデンスター・ノヴァで完全に命を落とすと二度と戻れないことなどが分かると、人口は徐々に地球へ戻り始めた。


 それでも、あの出来事――「フィルホワイトデー」がもたらした影響は今もなお大きい。


 だが、俺はヒデンスター・ノヴァに感謝している。

 俺は[ヒデンスターオンライン]のトッププレイヤーとして培った知識を活かし、[ヒデンスター・ノヴァ]でも二年間、最前線を走り続けた。

 そして、この世界で稼いだゴールドは[ヒデン・キューブ]を通じて仮想通貨に換金でき、それを日本円に変えることも可能だ。

 もはやリアルマネートレードそのものだが、[ヒデン・キューブ]自体に換金機能が備わっている以上、これは推奨されている行為なのだろう。


 そのおかげで俺はこの部屋を借り、「鳩廻事務所」を設立した。

 主な仕事は、依頼を受けて[ヒデンスター・ノヴァ]のアイテムを調達したり、一緒に狩りをして報酬を得ることだ。

 法人化したのは税金対策のため。

 とにかく、[ヒデンスター・ノヴァ]の世界のおかげで俺は生活できている。急になくなったりしないことを祈るばかりだ。


 ――その時、電話が鳴った。


「お電話ありがとうございます。こちら鳩廻事務所です」


 受話器の向こうから聞こえてきたのは、馴染みの老人・谷さんの声だった。


『鳩廻さん! また依頼を受けてくれんか? 孫がどうしても欲しいってアイテムがあるらしいんじゃ』


「ああ、谷さん。いつもありがとうございます。何てアイテムですか?」


『えっと……メタルダガーというやつじゃ!』


「メタルダガーですね。スキル番号はどれですか?」


『2と6が欲しいと言っていたのう』


「すいません……確かにスキルは1~6までありますが、5と6は非常にレアで、6に至ってはまだ誰も手にしていない状況です。ご用意できるのは4までのスキルです」


 ヒデンスター・ノヴァには6つのスキルが存在する。

 スキルは武器に最大1つ付与されるのだが、効果は補助的な役割が多い。


 周囲の状況を確認するスキル1《サーチ》

 前方に壁を出現させるスキル2《ウォール》

 武具の性能を一時的に高め、射程が少し伸びる。スキル3《エンハンス》

 スキル4《バインド》は円盤を射出し当たると拘束させる。

 スキル5《ブラスト》は武具の先からエネルギー弾を射出する。


 スキル6が未知ではあるが、比較的にバランスが良いスキル群だと思う。


『そうなのか……ならとりあえず2と3を頼んでええか?』


「ええ、もちろんです。メタルダガーなら一本3コイン……計6コインで調達しましょう」


『鳩廻さん、わしはゴールドもあまり無いし、金をコインに変える方法もよーわからん。現金6万円で頼むよ』


「またですか。しょうがないですね……今回も現金で良いですよ」


『ありがとう鳩廻さん!  現金で受けてくれるのは君のところくらいじゃ!  じゃぁ頼んだよ!』


 そう言って電話が切れた。


「谷さんにも困ったもんだな……現金で依頼してくるのは彼くらいだ。ただ、結果的に2本依頼してくれたから良いか」


 俺は右手の掌にある刻印を押し、懐中時計模様の[ヒデン・キューブ]を出現させた。

 本来、このキューブは真っ白でツルツルの外観だが、俺のものは最初から模様がついていた。

 色付きのものは何度か見たが、模様付きは他に例がない。


「さて、行くか」


 俺は[ヒデン・キューブ]の「入場」ボタンを押した。

 瞬間、全身がキューブに吸い込まれ、俺は[ヒデンスター・ノヴァ]へ転送された。


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