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6.初めての帰還

・・・・・・

「やあ、おかえり。」

・・・ん?

ここはどこだ?

なんか見覚えがあるような。

懐かしいような。

ドビュッシーの『月の光』耳に心地良い。

「おはよう、湊くん。」

湊?

レイモンドじゃなくて?

あっ!!!

「戻ってきたのか!?・・・アニス!!おい!!娘と妻はどこだ!?」

(無事でいてくれ!)

「帰ってきて早々に家族の心配か。湊くんは家族思いなお父さんだね。」

「当然だ!1年も別の世界に行かされていたんだぞ!家族が無事かどうか心配するに決まってるだろう!!」

「そう?でも、レイモンドくんだった時は、そんなに家族のことを心配しているようには見えなかったけど?」

「なっ!?」

・・・確かにそうだった。

・・・そうだ。時々感じていた違和感これだったんだ。

レイモンドの時に母親や父親のことを考え、共感していたのにも関わらず、俺は家族のことを心配することがなかった。どうして俺は家族を心配しなかったんだろう?

「おーい、湊くん。大丈夫かい?」

「あっ、ああ。すまない。気になることがあって、考えてしまった。」

もっと他にも考えるべきことがあるし、アニスに聞かないといけないことがあるのに、つい気になることがあると思考の海へ潜ってしまう。いかんいかん。

「1年間がんばったご褒美にヒントをあげよう。湊くんは決して冷たいわけじゃないよ。ただ、知識として家族が元の世界にいるを知っていても、レイモンドの心は心配することはないんだよ。そして、今は湊くんの頭と心が揃ったから心配しているんだ。他の何よりも真っ先にね。」

なるほど。

あちらの世界にいるとき、体だけがレイモンドだと俺は思っていたが、心もレイモンドなのか。

もちろん、頭脳と心は完全に別のものではない。

つながっている部分も多々ある。

だから向こうにいる時の心が完全にレイモンドだというわけではないだろう。

しかし、ベースはレイモンドなのだろう。

そして、実際俺(湊)の頭で考えたことを、レイモンドがどう感じるかはコントロールできるものではない。

だから、頭と心のズレに違和感を感じていたのか。

腑に落ちた。

湊とレイモンドは同じようで同じではないんだ。


「さて、時間もあまりないので、今の状況とこれからのことについて簡単に話そうじゃないか。」

「おい、何を言ってるんだ?俺を早く家族の元に戻してくれ!!」

頭も心も体も湊になった今、再びレイモンドになるという選択肢はない。

もちろん、スローヤ家で過ごした1年間はとても良い思い出になっているし、あっちで出会った人たちのことは大切だ。それでも、本当の家族とは比べるまでもない。

だから俺は全力で戻せと訴える。

「もういい加減にしてくれ。俺は家族と家に帰りたいんだ!美月季と美味しいものを食べたり、愚痴を言い合ったり、時々嫌味を言われたりしたい。美結とアニメの話をしたり、出もしない魔法を掛け合ったり、時々悪口を言い合ったりしたいんだ。頼むから俺の日常を返してくれ!!」

「嫌味を言われたり、悪口言い合ったりしたいって、湊くん変態だね。」

「うおおい!茶化すなよ!!」

全く!

人が真面目に話してるのに、ぷんぷん!

俺は、アニスのツッコミで興奮していた心が少し落ち着いてきた。

一方、アニスは表情がどんどん歪んでいき、苦悶に満ちた顔で、

「・・・でも、それは・・・できない。」

と、声を絞り出した。

「どうしてだよ!!何で俺がこんなことしなきゃいけないんだよ。」

アニスには何か理由がありそうなことは見ていてわかる。

嫌がらせでしているのではなく、俺に何か助けを求めているのだろうということも推測できる。

それでもやっぱり俺は元の生活に戻りたい。

美月季の夫として、美結の父として、28人の元気なヤンチャどもの担任の先生として。

「頼むよ・・・。」

俺は、その場に膝をついて懇願した。

「お願いだから、戻してくれ。俺は湊として生きたいんだ。」

それを聞いてアニスは諦めたように話し出した。

「そっか。湊くんの気持ちはわかったよ。」

「じゃあ!!」

「それでも・・・無理なんだよ。君にはレイモンドとして生きてもらわないといけない!」

アニスが絶対だと言い切った。

「なぜだ?こんなにもお願いしているじゃないか。」

俺はどうにかして説得しようと、何度も何度もお願いし続ける。

「じゃあ、君が地球に戻ったら人類が滅亡するって言われたらどうする?」

「えっ?なに・・言ってるの?そんなこと・・・あるわけないじゃん。」

「本当にそうかい?じゃあ、君がレイモンドとしてメイジール王国で過ごしたことは現実的で、普通にありえることなのかい?」

「いや・・・でも!!」

頭が混乱する。

異世界で赤ちゃんとして生活することも、人類が滅亡するということも普通に考えたらありえない話だ。

なんなら人類が滅亡するって言われる方がどちらかと言えば、現実味があるかもしれない。

でも、実際にレイモンドになっていた俺からすると、異世界はもはや現実の一つだ。

その上でさらに人類が滅亡するって?

おいおい冗談はよしてくれよ。

「今、この地球上では様々な戦争が行われている。そして、世界を滅ぼせる核兵器というものがある。今はまだどの国もそこまで踏み込んでいないが、一歩間違えれば第3次世界大戦が起きてもおかしくないということくらい、一般的な大人なら誰でも知っている。もちろん教師をしている湊くんなら尚更承知しているでしょ?」

アニスは至極真っ当な意見を言っている。

「もちろん。それはわかっている。でも、そんなことが本当に起こるのか?君には・・・未来が見えるのかい?」

半信半疑のまま俺は会話を続ける。

「・・・詳しくは言えない。ただ、確実に言えることは、このまま湊くんがこの世界に留まったなら、数年のうちに世界大戦が起こり、君達家族も巻き込まれることになる。そうなってしまえば、もはやどうすることもできない。」

なんてことだ。

それが本当ならもうどうにもならないじゃないか・・・。

くそ!だったら尚更、

「じゃあ、残された時間を家族と過ごさせてくれよ!」

「世界大戦を回避する方法があるとしても?」

「!!!!!」

そんな方法があるのか?

「『そんな方法があるのか?』って顔しているね。」

御名答。

「一つだけあるよ。」

どんな方法があるっていうのんだ。

「それは、君が再びレイモンドとしてメイジール王国で生活することだよ。」

「はっ??それがどう関係しているって言うんだ?」

レイモンドになる→世界は救われる

いやいやいや、そうはならんやろ。

「『そうはならんやろ』って顔しているね。」

だから

「いちいち心を読むな!!」

「読んでないよ。湊くんがわかりやすいだけ。すぐ顔に出るよね。」

「うるさい!そういう性格なんだよ!!」

この野郎、まるで昔からの知り合いみたいにずけずけ言ってきやがって。

「それで、どういうことか説明してくれ!」

「んー、案外これがデリケートな問題でね。色々伝えすぎてしまうと、うまくいかないことになる。だから、ごめんだけど言えないんだ。」

おいおい。

「それで信じろというのか?そんな無茶な。」

(そんなんでレイモンドに戻りますとはならないよ。)

「とりあえず、伝えられることだけ伝えるね。まず、安心して欲しいんだけど、湊くんがレイモンドとして生活している間、こちらの世界は時間がほぼ止まっている。だから、湊くんはレイモンドでどれだけ歳を重ねても、戻ってきた時にはコンサートは続いている。そして、コンサート会場にいる全ての人も同じ。つまり湊くんの家族も私のピアノを聴いているままで、ほぼ時が止まっている。だからみんなとっても安全だよ。何があろうともね。」

「そうか。それは良かった。戻ってきた時に1年経ってたらどうしようかと思ったが、それは心配いらないんだな。」

「うん。そして、もう一つ大事な話。湊くんに向こうの世界に行ってほしいもう一つの理由。私にとっては一番の理由なんだけど、向こうの世界『ステラ』もピンチなんだ・・・。」

(『ステラ』って、たくさん集めたらオペレーション何ちゃらが成功しそうな名前だな。家族でミッション頑張ろう!的な。娘が心を読む力を持っていそうな。)

なんて、こんな時にどうでもいいことを考える俺。

(バカだなぁ。)

と反省しつつ、話の続きを促す。

「ピンチってどういう?」

「このまま湊くんがこちらの世界に留まれば、ステラは滅びる。」

おいおい物騒だな。

「滅びるって、その、ステラでも戦争が起こるのか?」

「いえ、言葉の通りよ。『滅びる』の。」

「そんな・・・」

俺は言葉を失った。

「こちらの世界は、戦争を経て多くの人や生き物が死に、生き物が住めないような世界になる。それでも、全滅するのではなく、なんとか生き延びることができる人や動物もいると思う。その先はどうなるかわからないけど・・・。でも、ステラは存在自体がなくなってしまうのよ。そして、それを救えるのは湊くんとレイモンドだけなの。」

本日何度目かわからないが、またもや言葉を失った。

「・・・・・つまり、俺が元の世界に戻って平和に暮らすためには、ステラを救って、その後に地球も救わないといけないってこと?」

「Excellente réponse」

「何語やねん!!」

訳のわからん言葉を言われて思わずツッコンでしまった。

「フランス語よ。大正解ってこと。」

(まあ、なんとなく雰囲気で意味はわかったけどね。なんせ俺はステラの言葉を数ヶ月で解読したくらいだしね!)

と、無駄に胸を張ってみる。

・・・それどころじゃねーっての。

「湊くんって面白いね。勝手に笑顔になったり、勝手に凹んだり表情が豊かで面白い。」

アニスがケラケラと笑う。

「1年間、誰とも会話ができないから自己内対話をずっとしてたんだ。だから、今も自己内対話をして、勝手に盛り上がって、勝手に凹んでいたんだ。全く、誰のせいだよ!!」

「ははははは。でも、言ってることは合ってるよ。どちらの世界も湊くんとレイモンドの力で救うの。それ以外に家族が平和に暮らす方法はない。」

ただの平凡な教師の俺が世界を救うとかどうするんだよ・・・。

しかも地球もだろ?

責任重すぎだろ。

「千里の道も一歩から、でしょ。」

こいつやたら日本語上手だし、文化にも詳しいよな。

「湊くんにできることは?」

「料理、お絵かき、けん玉、娘の髪を編み込むこと!」

即答してやったわ。

「・・・それで世界が救える?」

「・・・ごめんなさい。ふざけてしまいました。お詫びします。」

俺の悪い癖だよね。

「湊くんの仕事は?」

「教師。」

「好きな言葉は?」

「教育でより良い社会をつくる。」

なんとなく言いたいことが見えてきた。

「つまり、ステラでも湊の知識を使って、より良い(異)世界に教育すればいいってことか?」

「Excellente réponse」

だからわからんって。

伝わるけど。

「本当に、教育で世界を救えるのか?」

「あなたがそれを言うの?」

「はい、すみません。訂正します。」

俺の教師としての信念は「教育でより良い社会をつくる」だ。

でも、その『社会』っていうのはせいぜいが校区とか、頑張って住んでいる街くらいのイメージだ。

しかも、『よりよく』っていうのもちょっと良くなったらいいね、くらいのもんだったんだけど、アニスに求められているのは、世界の救済だ。

やべえ。足が震えるよ。

「難しく考えないで。とにかくできることをやればいいだけよ。今までのように、より良い社会にしようと思ってできることを一つずつやっていくのよ。きっとそれでどちらの世界も救われるわ。」

「はあああ。」

俺は盛大にため息をついた。

そして、

パチン!

自分の顔を両手で思いっきり叩いた。

「仕方ない。家族と俺の幸せのためだ。スローヤの家族のためでもあるし、頑張るとするか。アニス、俺は腹を括ったよ。」

「ありがとう。」

そう言ってアニスは頭を下げた。

「湊くんならきっと成し遂げられるって私は信じているよ。」

不思議だな・・・

「なあ、アニス。俺たちってどこかで出会ったことないか?」

「なに?ナンパですか??」

「アホか!!!!!」

こんな時にふざけやがって。

「はははは。冗談、冗談!!ああ、お腹痛い。腹筋が筋肉痛になりそうだわ。」

全く、こいつがこんなキャラクターだから本当ならめちゃめちゃシリアスな状況のはずなのに、ゆるーい感じになってしまうな。まあそれは良いことでもあるけど。

「いつか・・・」

「えっ??」

「いつか、きっとわかるよ。」

「???」

そういうと、アニスはピアノの演奏を終えた。

ってかずっと弾いてたんかーーい!

話に夢中になりすぎてて、演奏が耳に入っていなかった。


パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

「えっ?」

急にホールに観客が戻ってきた。

右隣には美月季が、その向こうには美結がいる。

念の為と思って左を向くとそこには金縁メガネのザマスおばさんがアニスに力いっぱいの拍手を送っていた。

「アニスのピアノとっても素敵ね。来てよかったね。」

美月季が俺に小声で囁いてきた。

「お父さん、次は変な声出したらダメだよ。」

美結が注意をしてきた。

「あっ、ああ。そうだな。」

そう言ってこっそり涙を腕で拭った。

「???」

2人とも俺の様子がおかしいことに気づいたようだが、すぐに前を向いて座り直した。

そして、2曲目が流れ始めた。

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