5.魔食い初め(後編)
あっという間に満月の夜になった。
よちよち歩きではあるが、無事指定の長さを歩くことができ、問題なくこの日を迎えることができた。
夜に外に出るのは初めてだな。
秋の風が気持ちよかった。
この世界にも季節があり、どうやら俺の誕生日は秋のようだった。
感覚的には10月くらい。
自分の実際の誕生日も10月、コンサートに行ったのも10月、なんとなくだけどレイモンドとしての誕生日も10月なんじゃないかと思う。
自分の誕生日と同じなのか、はたまたコンサートの日と同じなのか、あるいはただの偶然か。
はっきりとしたことはわからないが、なんとなくそこにはなんらかの意味があるんだろうなと思う。
勘だけどね!!
「レイモンド様、見てください。大きな満月が出ていますよ!」
「っっ!!!」
驚いた。
この月は、コンサートホールで目を瞑った時に見た翠色の満月だった。
地球で見る月よりもずっと大きくて、神秘的に翠色に光っている月だった。
月を見ていると不思議と体の中が熱くなってくるような感覚を感じた。
この前セドリックが、満月に近い方が魔力が強くなると言っていたがなんとなくわかる気がする。
この月は俺たちの魔力と密接に関係していると。
そりゃ、魔法を使う貴族たちが月の女神ディアーナを信仰するのも納得が行くな。
「レイモンド様は初めて月をご覧になりましたよね。実は、生まれて1年間は月の元に晒さないことが貴族の掟になっているのです。月に影響を受けて、体の中の魔力が不安定になる可能性があるからというのが理由だそうです。」
なるほど、セドリックは相変わらず博識だなぁ。
・・・それにしても、最近セドリックはジュリアの影響を受けて俺に色々と説明してくれるな。
本来なら、1歳の赤ん坊にこんな説明してもわかるはずないのにな。
でも、おかげでこの世界のいろんな知識を得られるから超ラッキーだ。
喋れなくても退屈しなくて済む。
やはり子育てにおいて環境は大事だよね!!
君たちは二人最高の保育環境だよ、全く!!!
お父ちゃん、こいつらにお小遣いやっといてくれよ!!
「せおいく、しゅご。(セドリック、すごい!)」
「ぷっ!!ははははは。」
「どうしたんですか、セドリック様?」
しばらく大笑いした後、
「いや、レイモンド様を見ていると、話していることがわかるはずがないのにと思いながらもつい色々と説明をしてしまう自分が滑稽だなと思っていたのに、レイモンド様が『セドリック、すごい!!』って言ってるように聞こえて、つい笑ってしまったんだよ。」
馬鹿野郎!
わかってるんだよ。せっかく褒めてやったのに。
へーんだ。
喋りたくても口の筋肉が発達していないからなのか、うまく言葉にならないんだよね。
色々喋ってみようとチャレンジしてもうまくいかない。
これは言葉だけに限らずなんだけど、頭で思っているからといって、体が思うように動かないことはよくある。
赤ちゃんだから当然なのか、はたまた何か理由があるのか・・・・。
「何言ってるんですか?セドリック様。レイモンド様は全部わかっておいでですよ!」
なぬーーー
なぜわかった?
ひょっとしてジュリアは心がよめるのか??
「何を根拠にジュリアはそう思うのだ?」
半信半疑の顔でセドリックが問いかける。
「それはもちろん・・・・。」
ごくっ!
「もちろん?」
セドリックもごくっ!
「乙女の勘です!!うふっ❤️」
ズコッ!!
俺もセドリックも盛大にこけた。
床に転がりながら頭の中で
ほんわかぱっぱほんわかぱっぱ♪
という土曜日の昼にテレビから流れてきそうな懐かしい音楽が頭の中で流れてきた。
そういえばあのギャグ好きだったなー『パン◯ィテッ◯ス』
た◯よ姉さんは元気だろうか・・・
と、こけたまま物思いに耽っていると、
「レモン様、大丈夫ですか〜?」
とジュリア。
『お前のせいじゃい!!』と言ってやりたいところだが言えないジレンマ。
大きくなって喋れるようになったら覚えてろよ!
ハリセンで頭パチコーンと叩きながらツッコミ入れてやるぜ!!
ザワザワザワ
んーーー???
「レイモンド様、目が覚めましたか?」
どうやら寝てしまっていたらしい。
空を見上げると月が先ほどよりも高い位置に移動していた。
周りを見てみるとたくさんの大人が集まっていた。
ざっと見て100人以上はいるだろうか。
「もうそろそろ魔食い初めが始まりますよ。」
貴族にとって重要な儀式だということは認識していたが、思っていた以上に大々的に行うものなんだな。
それだけ、貴族にとって魔力が使えるようになるということには意味があるのだとわかった。
「では、レイモンド様。こちらにお越しください。」
そう言ってセドリックは、ジュリアから俺を受け取って抱っこした。
「やーあー。(やだー!)」
筋肉で硬いし、抱っこの仕方が下手くそなのでセドリックよりジュリアの方がいいのだ。
「レイモンド様、お静かに。始まりますよ。」
チッ!普段だったらもっとごねてやるところだというのに。
仕方ない。我慢してやるか!
まあ俺は大人だからな!!(←実年齢1歳)
「皆の者、よく集まってくれた。スローヤ家の主人として礼を言う。」
ざっ。
参加している人たちが一斉に父上に頭を下げる。
一糸乱れぬ姿に、まるで軍隊のようだなという印象を受けた。
「今宵は、月の女神ディアーナ様に祝福されし満月の夜。このよき日に我が息子と娘の魔食い初めができること嬉しく思う。それでは、只今より我が息子レイモンドと我が娘リュナの魔食い初めの儀を始める。」
父上の挨拶で儀式が始まった。
始めに、全員が片膝立ちをし、手を組んで祈りを捧げた。
それはとても不思議な光景だった。
一人一人の体から金色の光がふわっと登っていき、空を染めていった。
この光は先日母上の体からも出ていたものとよく似ていて、おそらくは『トール』一族の魔力なのだろう。
つまり、ここに集まっている人たちは全員、雷の固有魔法が使える『トール』の一族なのだと思う。
(へぇ、結構な人数がいるんだな。)
その中で、父上は結構偉そうな雰囲気を醸し出している。
生活水準などを見てもうちの家は裕福な方なのだろうとは思っていたけど、思っていた以上にすごい家なのかもしれないな。
なんて、どうでもいいことを考えていると、全員が一斉に祈りをやめた。
金色の光はしばらく空を明るく照らしたあと、すぅっと消えていった。
「それでは、月の女神ディアーナ様に祝福されし子供達よ、祭壇へと進め!」
どうやら主役の登場らしい。
てとてとてと
とてとてとてとてとて
こけないように気をつけながら俺がゆっくり進んでいると、それに対抗するようにリュナが少し早く歩いていく。
じーーーー
こいつ絶対対抗心強いよな。
いちいち張り合わんでええがな。
「あーぶー。(危ないよー)」
まあ先行きたいんやったらどうぞ。
おっちゃんは後でゆっくり行くさかい。
どてんっ!!
「リュナ様!!」
妹の専属執事のカルラが駆け寄ろうとするが、周りの者に止められていた。
あーあーだから『危ない』言うたのに。
俺は、リュナの方にゆっくり歩いていって助けてやろうかと思ったが近づくとリュナはキッとこちらを睨んで、半べそをかきながらこちらを睨んで立ち上がった。
時々、妹も俺と同じように心の中に大人がおるのでは?と思うような行動をする時がある。
まあ、もしかすると単に発達が早いだけの子なのかもしれないけど。
なんにせよ、俺の存在に大きく影響受けているのは間違いないだろう。
兄弟の下の子が上の子を見て育つ分、言葉を早く覚えたり、兄姉の真似をしようとしたりすることはよくあることだ。
俺たちは双子なので、本当ならほとんど同じような育ちをするはずなのだが、レイモンドの中には俺(湊)がいるから、ところどころで普通の赤ちゃんではしないような行動をしてしまう。きっとリュナはそれを見て真似をしたり、対抗意識を燃やしたりしているんだろうな。
うーーん、いがみ合う双子。
残念すぎる。
そうこうしている間に二人揃って父上の元へとやってきた。
すると、父上が順番に二人を抱っこして特別な椅子に座らせた。
高さは、1メートルくらいで、ベビーチェアのように落ちないように周りが囲まれている。
ただのベビーチェアと違うところは、いろいろな模様が彫られていることだろうか。
なんとなくだが、正面には雷をモチーフにした模様が彫られている。
俺の次にリュナが隣の椅子に座らされている。
リュナの向こう側には、石でできた2メートルくらいの柱があり、てっぺんには松明が燃やされている。
そしてその松明の炎は翠色をしている。
ほう!!(キラン)
これはいわゆる炎色反応ってやつですな。
これは科学好きを刺激するような演出ですな。
「いあーなーうあ、ばああとーくーな(リアカーなきK村馬力で勝とうと努力するも紅)」
中学生の時に習ったことを20年くらい経っても覚えているってすげくねー?
まあその分大切なことを忘れてよく怒られるんだけど・・・
美月季に
『どうでもいいことだけよく覚えてるよね?記憶の無駄遣いじゃないの??』
と嫌味を言われることも多々あったなぁ・・・。
走馬灯のように記憶が蘇る。
・・・・んー、なんだろう?
また何か違和感があったような・・・・
わからん。
気持ち悪いな・・・
「レイモンドは翠色の炎に興味あるのか?」
父上に声をかけられて、意識がまた炎の方にいった。
「はーいー。」
おっつ!!つい国民的長寿アニメに出てくる魚の名前がついた子供と同じ返事をしてしまった。
恥ずい。
「あの炎はな。魔法で燃えてるんではないぞ。中に金属が入っているんだ。錆びて使えなくなった銅を入れてやるとあんな色に燃えるらしい。不思議なものだなー。」
(魔法使いのあんたがそれを言うんかーーい!!)
思わず心の中でツッコミを入れてしまった。
しかし、この世界でも地球と同じような科学は存在するんだな。
銅もあるみたいだし、案外魔法が使えるだけでそれ以外はそんなに変わらないのかもしれないな。
「さて、準備もできたことだし、始めるとしようか。」
父上はそう呟いて目を閉じて何かを唱え始めた。
「★◯◆△◎⚫︎★◯◆△◎⚫︎・・・・」
それは、初めて聞く音だった。
それは、不思議なことに言語という感じがしなかった。
言葉として父上の口から発せられているはずなのだが、まるで記号が羅列されているように感じた。
耳から入ってくるというよりは、頭に直接働きかけられているような感覚だった。
それを聞いていると目の前に母上がやってきて魔呼びの雫を差し出してきた。
そして俺はなんの迷いもなくそれを受け取り口の中に入れた。
まるでそうするようにプログラミングされているような感じだった。
自分で体を動かしている感覚はなかった。
なんだろうこの感じ・・・
父上の魔法で操られている?
いや、魔法は感じられない。
それよりは・・・・
そうだ。
まるで、車の自動運転のような感覚だ。
駐車場に停める時に、ボタン一つで車が勝手に駐車してくれる自動運転をしているような感覚に近いような気がする。
なんとも不思議な現象だ。
そうこうしているうちに体の中に魔呼びの雫が入っていくのを感じた。
『ぽちゃん』
右の耳の奥の方で、水たまりに石が落ちたような音がしたような気がした。
すると、体の奥の方から温かいものが動き出し、体の中を暴れ回るように回り出した。
体が熱い。
「んあーだ?あーーい。(なんだ?熱い!!)」
不思議な感覚だ。
風邪をひくのとは違う。
熱いのだがだるくはない。
むしろ元気がみなぎってくるような感じだ。
「わあ!?」
自分の手を見ると薄い金色に光っていた。
これはトールの魔力だ。
「ぱあぱ!!」
隣を見るとリュナが薄い金色に光っていた。
「おお!リュナ様。さすがは双子の神子様だ。1歳にしてこれだけの魔力量。恐れ入る。」
確かにリュナの周りにはたくさんの魔力が満ちている。
なんとなく俺より多いような・・・。
しかも圧倒的に・・・。
これを見たらオーディエンスは黙ってないよなー
「それに引き換え、レイモンド様は普通じゃな。」
「大したことないな。」
「これはトールの名を受け継ぐのはリュナ様かな。」
周りのおじさんたちが失礼な視線をこちらに向けながら好き勝手言ってくる。
感じ悪いなぁ。
「ごほん。儀式の最中だ。私語は慎め。」
父上せんきゅー
「失礼しました!」
父上のおかげで悪口は届かなくなった。
でも、当事者の俺でもわかる。
明らかにリュナの資質が上なんだろうと。
(俺は、捨てられちゃうのかな?ぐすん。)
と、ちょっと拗ねていると、
『ぽちゃん』
今度は、左の耳の奥の方で、水たまりに石が落ちたような音がしたような気がした。
すると少ししか出ていなかった俺の魔力が一気に増えた。
「なっ、何事だ!?」
「急にレイモンド様の魔力が膨れ上がったぞ。」
どうやら気のせいではないらしい。
「レイモンド様もリュナ様と同じくらいの資質があるということか!?」
「これはすごい。」
ふん。
真の主役は遅れてやってくるってね。
俺だってリュナには負けないよ〜
ざわざわざわ・・・
周りの大人が俺もすごいなんて褒め出したからだんだん気分がよくなってきた♪
もっと褒めて良いぞよ!!
ほれほれ。
いい気分だねー
しかし、しばらくすると、
「なっ!?」
「どういうことだ?」
「なぜ翠色に?」
なんか様子がおかしいな。
(どうした?)
周りの大人からの羨望の眼差しが、困惑に変わってしまった。
どういう、
「うあ!!(うわー)」
自分の体を見てみると黄色だけでなく翠色の魔力も出ていた。
どうやら2色の魔力が混じっているようだ。
「こんな例は聞いたことがないぞ!」
「どういうことだ。レイモンド様は、雷ではない固有魔法を持っているということか?」
「ありえないだろう。レイモンド様は紛れもなくアンナ様の子。間違うはずがなかろう。それにもし、他所の子供だとするなら魔呼びの雫を口にしたところで魔力が呼び起こされることはあるまい。」
「ということは、レイモンド様が特殊だということか。」
「やはり双子というのは呪い・・・。」
「おい!当主様の前だぞ。口を慎め!」
「あっ、ああ。すまない。」
・・・かなり異常な状態らしい。
(どうしようか・・・。)
と焦っていると父上が
「落ち着け皆の衆。前例のない出来事に混乱する気持ちはわかるが、騒いだとてどうなるものでもない。わかっているのは、レイモンドもリュナも無事に魔食い初めの儀式が成功したということと、スローヤ家の子に相応しい豊富な魔力をもっているということだ。レイモンドの魔力に翠色の魔力が混ざっていることは、大きくなって魔力を十分に操れるようになれば自ずとわかるだろう。」
目に見えて、周りの大人たちが落ち着いていった。
父上はすごいな。
予想外の出来事に出合っても冷静でいられる胆力をもち、オロオロしている大人を落ち着かせるだけの話術ももっている。
正直、俺も父上の話を聞いて落ち着くことができた。
「かおいいお、ぱあぱ(かっこいいぞ、パパ!!)」
父上がこちらを見てニコッと笑った。
「さて、それではカルラ、セドリック、もう間も無く魔食いの入眠だ。準備せよ!」
「はっ!!」×2
(なんだろう?入眠?)
と考えていたら、だんだんと眠くなってきた。
(急にねむ・・・・く・・・・・な・・・ん・・・。)
そのまま意識が遠くなっていった。