3.個別最適な魔法訓練
セドリック先生の魔法訓練ウインドショット編がスタートした。
「では、早速1人ずつ、離れたところからウインドショットをロウソクに向かって撃ってください。真ん中の赤色のロウソクの火だけを消すようにしてください。」
訓練の概要はこうだ。
10m程度離れた場所からウインドショット、つまり風の塊を飛ばす魔法を撃つのだが、そこには大体50cm間隔に9本のロウソクが並べられている。
真ん中のロウソクだけ赤色をしていて、後のロウソクは白色をしている。
そして、課題は真ん中の赤いロウソクの火だけを消すというものだ。
さて、どんな結果になるか。楽しみだな。
「では、見本を見せますね。」
そう言って、セドリックは手の平をロウソクの方に向けて魔法を唱えた。
「ウインドショット!」
すると、目に見えない空気の塊が赤色のロウソクに飛んでいき、ロウソクの火だけが静かに消えた。
「おおお〜〜〜〜。」
ガエルが驚いている。
さすが、セドリック。
無駄のない綺麗な見本だ。
あれ?
歓声が1人だけだったような・・・。
「地味だな。」
「お腹すいたな〜〜〜。」
なるほど。
あの魔法の凄さがわからない奴が1人、もはや訓練なんかする気なしの奴が1人か。
「ドミニクくん、今のは凄いんですよ!!」
ガエルが目を輝かせながらセドリックを賞賛する。
「なんかガエル、ちょっとキャラが変わってないか?」
「えっ、いや、そんなことは・・・ないよ・・・。」
ドミニクに指摘されて照れるガエル。
俺もキャラ変わったなと思うが、それだけガエルにとっては魔法の面白さに気づけたことや、そのきっかけをくれたセドリックとの出会いは、とても良い出会いだったのではないだろうか。
人は、『凄い』とか『かっこいい』とか、いわゆる憧れのような感情を抱くと性格や考え方が大きく変化をすることがある。
出会った瞬間に『ついに僕は宝物を見つけたんだ!!』というような気持ちになり、それを大切にしたくなるし、時には『このために生まれてきたのでは?』とすら思えることもある。
初めて出会ったガエルは意地悪でせこくて、弱いものいじめをする奴だった。
でも、俺との狩り対決があり、身分による差別について考えるきっかけがあり、そして魔法の面白さに気づいた。
ごく短期間ではあるが、彼の生き方に影響を与えるくらいの出来事になったのだろう。
いやぁ、おもしろい。
「ガエル、恥ずかしがることはないだろう。ガエルは良い変化をしていると思うぞ。少なくとも、俺を追い詰めていじめることに喜びを感じてた頃より、よっぽどな!」
「レモンくんは、もう少し優しくなったほうがいいですよ。言い方が意地悪です。」
ガエルが拗ねながら言った。
と、思ったらすぐに笑って、
「まあ、でもレモンくんの言うとおりです。俺も弱いものいじめしている俺よりも今みたいに魔法の話をしてる時の自分の方が好きです。」
「そうか。それは何よりだ。」
人の成長を間近で見られると言うのは嬉しいものだな。
教育に携わることの醍醐味はこういうことだと思う。
「で、セドリック・・・先生の地味なウインドショットの何が凄いんだ?」
素直に自分の思いを話しているガエルを見て、なんとなく居心地の悪そうなドミニクが話題を元に戻してきた。
「えっ、ああ、ごめんなさい、ドミニクくん。えっとですね、あんなにもピンポイントに狙いを定めて、必要最低限の魔力で魔法を使ったと言うのが凄いんですよ。」
「それぐらいできるだろう?」
ドミニクにはセドリックの使った魔法の凄さがわかりにくいんだろうな。
まっ、やってみるのが早いか。
「じゃあ、実際にやってみたらどうだ?」
「ふん。これくらい俺様には朝飯前だ。」
ドミニクは、いちいち表現が古臭くて素敵だ。
『お前は昭和か!』とツッコミたいね。
伝わらないからツッコミにならないけどね!
「レイモンド様の言うとおり、実際にやってみるのがわかりやすいでしょう。では、順にやっていきましょう。まずは、ジェロームから。」
「ええぇぇぇ、お腹すいて魔法使えないよぉ〜。」
「おい、ジェローム!とにかく一回やれよ!親父さんにバレたら、おやつ減らされるぞ。」
「ひいぃぃぃ!!ウインドショット!!」
・・・ジェロームの行動原理は基本おやつが食べられるか食べられないかだな。
ふ〜〜ゆらゆら
ジェロームのウインドショットがロウソクに到達すると、赤いロウソクが少し揺らめいた。
が、火は消えなかった。
「ジェロームのウインドショットは、ねらいは悪くないですが、魔力が弱かったようですね。」
セドリック先生の評価が伝えられる。
さすがセドリック。
良いところと改善点をわかりやすく伝えている。
「では、次はガエル、やってみましょう。」
「はい、先生!」
いつの間にかセドリック学級になっている。
ガエルは流されやすい奴だな。
「・・・・ウインド・・・ショット!!」
ぶわっ。ジュッ。
「あっ、ずれました。」
ガエルのウインドショットが消したのは、隣のロウソクの火だった。
「強さがちょうど良いウインドショットですね。一本のロウソクの火を消すのにピッタリの大きさと強さでした。しかし、方向がずれてしまいましたね。それと、もう少し素早く魔法を撃てるようになることも課題の一つですね。」
「はい・・・。やっぱり難しいですね。」
セドリックがしっかりと褒めてから改善点も伝えたが、ガエルは凹んでいるようだった。
「やっぱりイメージが・・・ぶつぶつぶつ。」
でも、1人でどこに課題があるのか考えているあたり、この3人の中で一番、この訓練に真剣に取り組んでいるとわかる。
きっと今からの伸び率は一番高いだろうな。
「ガエル。君にとって風とはどういうものだい?」
「えっ?ああっと、そうですね。風は、いろんな方向から吹いてきます。時に旋風のように渦を巻きながらふく風もあります。なんとなく、気まぐれな感じがしますね。」
「ふふふっ、とてもわかりやすい説明ですね。」
「恐れ入ります。」
ガエルはセドリックに褒められて顔を赤くしている。
「ガエルは、今のイメージがウインドショットに悪影響を及ぼしていることは自覚していますか?」
「ああ・・・はい。」
「ならば、それで良いです。そこまでわかっているなら、すぐに改善できます。後ほど、練習をしましょう。ガエルならできますよ。」
「はいっ、先生!!」
おーーーい!
君たちーーーー
2人の世界に行かないでーーーー
「おい、ドミニク。」
「ああ。」
「とりあえず、お前もやってみたら?」
「そうだな。」
「お腹すいた〜〜〜。」
「ごほん。では気を取り直して。」
セドリックがガエルと2人の世界から帰ってきた。
おかえり〜
「ドミニク、やってみてください。」
「へいよ。俺様には簡単さ!ウインドショット!!」
ぶわあああああああ!ガタン!!
やりおったわ。
ドミニクの魔法がロウソクを置いている机ごと倒した。
「よし!・・・合格だな!!」
「んなわけあるか!!!」×3
みんなの声がシンクロした。
ちなみにジェロームは、お腹が空きすぎたのか、もはや寝転がっている。
「ぐ〜〜〜〜。はぁ。」
セドリック先生からの評価が伝えられた。
「ドミニク。君は魔法を使い慣れている分、素早く魔法を放つことができるし、たくさんの魔力を使って強い風を起こすこともできている。しかし、風が強すぎるし、広がってしまっているので机ごと吹き飛ばしてしまっています。もう少し、目的に合わせて魔法を使えるようにならないといけませんね。」
「うううう、意外と難しいぜ。」
ドミニクも実際にやってみて、課題の難しさがわかったようだ。
「では、最後にレイモンド様もやってください。」
「ウインドショット!ウインドショット!ウインドショット!ウインドショット!ウインドショット!ウインドショット!ウインドショット!ウインドショット!ウインドショット!」
俺は9回連続して魔法を放った。
真ん中の赤色のロウソクから順番に全てのロウソクの火を一つずつ消していった。
「おっ、お見事です!!」
「マジかよ・・・・。」
「レモンくん、凄すぎです!!」
「ううううう、ドーナツぅぅ。」
最後の1人はもはや無視無視無視
「さすがレイモンド様です。使われている魔力量が適切であることも、風を塊としてイメージできているところも、狙ったところへ真っ直ぐに飛ばすイメージができているところも全て完璧でございます。」
こんなのは、ウインドショットを教えてもらった時に散々遊びでやったことだからな。
簡単なことだ。
「お前、本当5歳か?」
「ボクハ5サイダヨ。」
・・・・しーん。
「ごほん。」
咳をしてみた。
もうみんな呆れてますわ。
いいもーーん。
信じてくれなくて良いもんねーだ。
「・・・はっ!すみません。あまりにすごくて呆然としてしまいました。では、それぞれに合った訓練方法を伝えますので、練習していきましょうか。」
「はいっ!」
ガエルが元気よく返事をする。
「へ〜〜い。」
ドミニクがやる気なく返事する。
「ぐ〜〜〜〜。」
ジェロームのお腹が本人に代わって返事をする。
「ガエル、さすがですね!飲み込みが早い!!」
「ありがとうございます!!」
その後、ガエルはセドリックが言うままに素直に1時間程度練習をしているとあっという間に課題をこなすことができるようになった。
ガエルの課題は、風がまっすぐ飛ぶというイメージを持つということだった。
それに対してセドリックがさせた練習法は、ストーンキャノンとウィンドショットを交互に放つ練習だった。
視覚的に捉えやすいストーンキャノンを作り、まっすぐ飛ばすというイメージを脳に刷り込んで、ウインドショットもストーンキャノンと同じだと錯覚させたのだ。次に、それに慣れてきたら今度はファイヤーボールとウインドショットを交互にするようにした。石は個体で、空気は気体である。その間には大きな隔たりがある。一方、火は気体なのかと言われれば違うようなのだが、ファイヤーボールに関して言えば魔力をガス(気体)にして燃やしているようにも見える。つまり、イメージとしては空気を飛ばしているウインドショットに近い感じがする。そして、大事なのはこの『近い感じがする』という感覚だ。何度も言っているが魔法で大事なのはイメージなのだから。
「それに引き換え・・・・はぁ。」
セドリックが盛大にため息をついた。
ドミニクは、ひたすら風でロウソクを吹き飛ばしてはキレるを繰り返しているし、ジェロームは俺が投げたお菓子を犬のように
「ワンッ!!」
と言いながら食べている。
ジェロームは可愛いなぁ。
じーーーーーーーー
セドリックの視線が痛い。
「ちょっと、集まりなさい!!」
これは説教が始まるやつですね。
『一列に並べ!!歯を食いしばれ!!』
『ばちん、ばちん、ばちん!』
『痛いか?先生の手も痛いんだ!!』
的な感じかな?
「どうして真面目に練習をしないんですか!?」
あーあ、言っちゃった。
セドリック先生、残念賞です。
「そんなこと言ったってよ!!できねーもんは、できねーんだよ!!」
怒るセドリックに、キレながら応えるドミニク。
「お腹すいたのに、できるわけないじゃーん。」
独自の理論でジェロームもキレる。
「君たちは!!!」
ボルテージが上がっていくセドリックに、それを見てオロオロするガエル。
「はい、ストップーーーー!!」
「なっ!!」
「ああん???」
「なーにー。」
「レモンくん?」
全員の目がこちらを向く。
「セドリック。」
俺はできるだけ低い声で名前を呼んだ。
「なんでしょうか、レイモンド様?」
俺の様子を見て、神妙になるレイモンド。
「ガエルの指導に関しては良かった。ガエルもとても成長したしな。でも、ドミニクとジェロームの指導に関しては改善が必要だ。」
俺がそういうと珍しくセドリックが俺に対して食ってかかってきた。
「お言葉ですが、2人は私の指導を聞こうともせず、真面目に練習に取り組んでくれはしませんでした。ドミニクは、何度言ってもひたすら魔法を繰り返すだけでしたし、ジェロームに至っては『お腹すいた』『ドーナツ』と言うばかりで、練習を全くしませんでした。挙げ句の果てに、レイモンド様まで一緒になって遊び出して!!この状態でどう指導すれば良いとおっしゃるのですか!?」
わかる!わかるよ!その気持ち。
俺もよくそう思ってたし、クラスの子供達に、
『真剣にやりなさい!!』
とか、
『真面目にやらないんだったら、もうやらなくて良いです!!』
とか言ってしまってた。
でも、こういうのは客観的に見てるからわかるものなのだが、今回に関してはセドリックの指導方法がまずい。
やる気のない人間に、
『やる気を出せ!』
は、平民に魔法を使えと言っているのと一緒だ。
ないものはないのだ。
出せと言って湧いてくるなら教師という仕事はいらんだろう。
そこをなんとかするのが教師の大切な役割なのではないだろうか。
(まあ、それが難しいから教師は大変だし、成り手が少ないんだろうけどね。)
さて、ここからはレモン先生の登場といきますか。
「いいか、セドリック。覚えておくと良い。お前がさっきから教えているのは、ウインドショットを使うための知識や技能だ。さっきも言ったが、それを習得させるためにはとても良い指導をしていた。」
俺が落ち着いた口調で諭していくと、セドリックのボルテージも下がってきた。
ちなみに、他の3人は黙ってこちらの様子を伺っている。
「でもな。ガエルに関して言えば、それは本人のやる気や粘り強さ、それから自分のことを客観的に捉えながら、どうすればうまくいくか自己調整しているガエル自身の力があったからこそうまくいったんだ。」
「そうです、レモンくん。僕はできるようになりたいと思っていて、そこにセドリック先生が上手に教えてくれたからできるようになったのです。良い指導だったと僕は思います。違いますか?」
ガエルにとったらそうだろうな。
「その通りだ。でもな、やる気のない奴に同じ指導をするのが良いのか?それから、ドミニクのように感覚で理解するタイプの人間に理屈で説明してわかるか?」
「そっ、それは・・・・。」
ガエルが反論できず黙った。
「・・・レイモンド様のおっしゃりたいことがわかりました。つまり、相手によって指導の仕方は変えなければならないということですね。」
セドリックがスッキリした顔で話した。
(良かった。腑に落ちたんだな。)
湊として学校で働いているとき、この手の話を同僚にすると、案外腹を立てる人は少なくない。
教師はみんな、正しい人、優しい人、性格の良い人みたいな間違ったイメージをもった人がしばしばいるが、教師もただの人間だ。
なんなら癖が強い人が結構いる。
人の指摘を喜んでするくせに、人に指摘されることをめっぽう嫌う人も結構いる。
だから、こういう話をするときには言い方が難しい。
でも、今回ははっきりと言った。
それは、セドリックの性格を考えてだ。
おそらくセドリックの場合、オブラートに包んで言ったら逆に落ち込んでしまうだろう。
『レイモンド様に気を遣わせてしまって、専属執事失格だ!』
とかなんとか。
俺は、セドリックを信頼している。
だからこそ、あえてストレートに指摘をした。
その結果、しっかりと受け取ってくれた。
ならば、俺はセドリックが成長するためにも、より良いアドバイスをしないといけないな。
先輩教師として!!!キラン
※現在、5歳児です。
「合言葉は!」
「合言葉は?」
「個別最適な魔法訓練!!」
「個別最適な魔法訓練??」
ナイス条件反射。
「では、もう少し詳しく話す。おいそこの3人!!」
「はい!」
「なんだよ??」
「なんですか?」
若干一名、さっきの餌やりでしっかりと餌付けされて従順になってるがここはスルーだ。
「ガエル、お前は探究心が強い。それと考える力もある。だから、不思議に思ったことをどうすれば解決できるかを、誰かと対話しながら試行錯誤して解決していくと良いだろう。」
「はいっ!!・・・・なるほど。ということは、・・・・ぶつぶつぶつ。」
ガエルが早速1人で考え始めた。
こいつは将来なかなかの大物になる予感だ。
「次、ドミニク!」
「だから、なんだよ??」
「お前は、感覚派だ。頭を使うのは合わない。体を動かしてなんぼだ。だから、基礎練習するよりは実践的な訓練の中で必要なことを学んでいけば良い。基礎練習は、必要だと自分で思ったときにやればいい。」
俺が言葉の裏に
『お前は馬鹿だからな!』
という意味を込めて言っているが、ドミニクには伝わらないらしい。
「おう!わかってるじゃねえか。俺様は基礎練習なんて嫌いなんだよ!!実践やろうぜ!!!」
ご機嫌だぜ。
「最後、ジェローム!」
「はいー。」
ジェロームが敬礼しながら返事する。
う〜ん、このビジュアルといい、敬礼といい、『はいー。』という返事といい、元自衛隊の女性芸人を思い出す。
「ジェロームはお菓子が好きか?」
「はいー。」
「お菓子のためなら頑張れるか?」
「はいー。」
「よし、良い子だ。よしよしよし。」
「バクバク、美味しいです。レモン様!ワン!!」
もはや犬だな。
「セドリック。わかったか?」
「えっ?ああ、ガエルとドミニクについては大体わかりましたが、ジェロームはどうすれば良いのですか?おやつが好きだということしかわからなかったのですが・・・。」
「そっか。じゃあ、実際に訓練するか。」
俺がそういうと、
「レモンくんの考えた訓練ですか!どんな訓練なんでしょう?ドキドキします。」
「おい、わかってると思うけど、基礎練習なんて嫌だからな!」
「おやつくれるかな??」
3人がそれぞれに好き勝手言っている。
「レイモンド様、さすがにこんなバラバラの3人にあった訓練なんかありませんよ。別々にするしかないと思うのですが・・・・。」
「じゃあ。」
「じゃあ??」×4
「サッカーしよう!!!!」
「サッカー???」×4