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10.二度目の帰還

「やあ、おかえり!」

「おう、久しぶり。元気だったか?」

と言っても、こっちの世界は時間が流れていないんだっけか?

「ああ、私は4年間の様子をちゃんと見てたよ。」

あっ、また顔に出てましたか。

「はは。私以外は全員止まっている。今だに『子供の領分』を聴いているところよ。」

そう言いながら、アニスは手を休めることなくピアノを弾き続けていた。

「この曲は・・・」

「そう。最後の曲である『ゴリウォーグのケークウォーク』よ。」

なんか引っかかってたんだよな。

「なあ、この曲ってさ。ニューヨークの音楽学校でレッスンが禁止されたって噂があるらしいな。」

「・・・へえ、そうなんだ。」

アニスが歯切れが悪そうに返事する。

「ゴリウォーグは昔の黒人風のキャラクターでそれが出てくる絵本をモチーフにしているから、人種差別につながるとかなんとか・・・。」

「よく知ってるね。また、インターネット?」

「ああ、まあな。今の時代、どんなことも大抵ネットで調べればなんらかの情報は出てくるさ。」

「そうね・・・。」

なんか言いたくなさそうな雰囲気なんだけど、聞かないわけにはいかないよな。

レイモンドのこれからの生活に関わってくるし。

「なあ?」

「なに?」

「セットリストってどうやって決めてるの?」

セットリストというのはいわゆる曲目とか曲順のリストのことを指す。

つまり、どうしてこの曲を弾くことにしたのか、理由を聴いているんだ。

「私が好きな曲とか・・・気分とか?」

アニスも大概わかりやすい性格しているよな。

「月の光。」

「??」

「コンサートが始まって最初の曲がドビュッシーの『月の光』だった。それを聴いていると目を閉じているのに、翠色の月が見えた。」

「ふぅん・・・不思議なこともあるものね。」

「お前が言うな!!」

思わず全力でツッコンでしまったわい。

「そして、ステラに行くと翠色の月が存在していた。」

「あら偶然ねぇ・・・。」

「偶然ね。」

こいつまだ誤魔化す気か。

まあ、良い。

一つずつ確認していこう。

「それで、翠色の月の光を浴びながら俺は初めて魔法を、いや自分の魔力を感じたんだ。そして、それが終わると同時にこの世界に戻ってきた。」

「そういえば、そうだったわね。」

懐かしいなぁ。

おっと、懐かしんでいる場合じゃなかった。

「戻ってきたら、1曲目が終わり、2曲めの『子供の領分』が始まった。」

「ええ、そうね。」

「普通に考えて、この曲順に何の違和感もない。ドビュッシーの曲を続けて弾いているんだから当然だ。」

「そうよ!そうよ!私ドビュッシー好きだもん!印象主義の曲、好きだもん!」

そうだな。

単なるコンサートだったら、何も思わなかったさ。

「ところがだ。『ゴリウォーグのケークウォーク』だ。」

アニスがその曲を弾きながらビクッとした。

「ついさっきまで、ステラで俺がしてたことは見てたよな?」

「ええ・・・、見てたわ。」

「じゃあ、俺が何をしようとしてたかも知ってるよな?」

「言ってみろよ。」

俺は穏やかな声で聞いた。

「訓練をサボって遊んでた!!」

ズコッ!!

「そこちゃうわ!!」

「あら、間違い?おかしいわね。見てたのよ。ちゃんと・・・。」

(全く、ピアノを弾きながらボケるとか器用なやつだな。)

相変わらず美しい音色がホールには響いている。

「・・・俺は身分による差別を無くそうとした。」

「・・・そうだったわね。」

アニスは抑揚のない声で答えた。

「俺は、これが偶然ではないと思ったんだ。」

「・・・。」

アニスの返事はない。

「この曲にまつわるエピソードと、俺が体験したことと繋がりがある。それがわかってて、アニス、お前はセットリストを作っているんじゃないか?」

「・・・。」

アニスの返事はない。

「なあ、偶然だと言うなら、違うと言うならそう答えてくれよ。もし、正解なんだったらちゃんと教えてくれよ!なあ、頼むよ。」

俺は、心の底から懇願した。

なぜならば、もしこれが事実なら、アニスは俺がこれから向こうの世界で経験することを知っているということになる。

もし、そうならば先に聞いておくことで俺は随分と過ごしやすくなるはずだ。

未然にトラブルを知ることができる、こんなのチート以外の何物でもない。

それに、知っているというならなぜ知っているのか、という理由も気になる。

この不思議すぎる状況で、訳のわからないことばかりの中で、ちょっとでも現状を知るための手掛かりがあるなら俺はできる限りの知識を得たい。

それは、こんな訳のわからない状況を切り抜けるための手段であり、どうしてこんなことになったのかを知りたいという知的好奇心でもある。

とにかく俺は知りたいのだ!

「・・・・答えられないわ。」

「・・・・・・・。」

結局、それか。

「あなたは、あなたが思うように生きればいい。あなたが感じたことを信じればいい。」

「お前がそれを言うんかーーーーーーーーい!!!!!!」

込み上がった怒りが一周回って全力のツッコミになってしまった。

反省。

でも、俺がステラに行くように仕向けたアニスがよ?

あなたが思うように生きればいいって言うんだよ?

ステラに連れて行かれた時点で思うようになってないじゃん?

それなのに、そんなこと言ってくるのよ?

どう思う、奥さん?

ほんと、嫌よね〜?

そうそう。

心の中の奥サマたちがグチグチ言い出した。

「ねえ、湊くん?」

「何かしら?」

おっと、心の中の奥サマが顔を出してしまった。

「ごほん。何だ?」

恥ずかしくて、つい偉そうに言ってしまった。

「私はね。感謝しているのよ。アルベルトくんやドミニクくんたちのこと。」

「あっ、ああ。」

「これからもきっとあなたの力で、ステラをより良くしてくれるって信じている。」

「ああ。そうするよ。そうしないと帰って来れないしな。」

それを聞いてアニスはニコッと笑った。

でも、すぐに悲しそうな顔をして、

「でも、言えないものは言えないの。」

「なんでだよ?」

流石に腹が立った。

「お前に頼まれて一生懸命やっているのに、力貸してくれないっておかしいだろ!?俺にこんなことやらせてるのが悪いって思うんだったら教えてくれたらいいだろ!!この!!」

「この?」

息を吸って、

吐いて、

吸ってぇ〜〜〜

「けちんぼ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」

ホールって音がよく響くよね。

けちんぼ、けちんぼ、ちんぼ、ちんぼ、ぼっ、ぼっ、ぼ・・・・・って。

「あっ!」

アニスが、そういうと曲が終わった。

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

また、急に観客が戻ってきた。

「とっても素敵な演奏だったわね。」

「んっ、あっ、ああ。」

さっきのやりとりがあったから、素直に演奏を褒めることができなかった。

「お父さん、寝ちゃダメだよ。」

「当たり前だろ!」

目頭が熱い。

やべぇ。

4年ぶりの妻と娘。

泣きそうだわ。

「????」

2人して訝しげに俺を見ていた。

しかし、少しするとアニスが3曲目の演奏を始めた。

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