9.子供の領分 大人の領分
「で、お前はどうするんだ?」
俺はドミニクに確認をした。
「最初から決まってるだろ?俺様が勝てばお前が謝る。お前が勝てば俺様が謝る。それだけだ。」
「わかった。じゃあ決着をつけようか。」
戦いを始めようと一歩踏み出したところで、
「待て!!」
止められた。
「お前、まだ魔法使わない気か?」
「あっ、ああ。そのつもりだが。」
そういうと、ドミニクはつまらなそうな顔をして、
「やめろ。もういい、十分だ。」
そう吐き捨てるように言った。
「何がだ?」
「平民が俺たちより無能だと思っていたことは間違いだった。それは俺にもわかった。ただ魔法が使えるだけで、平民より偉い気分になっていた俺が間違っていた。これだけ魔法を使わずに追い詰められたら、馬鹿でもわかる。魔法だけが色々な価値を決める判断基準じゃないってな。」
ドミニクは恥ずかしそうにそう言った。
「ドミニク・・・・お前、自分が馬鹿だってわかってたのか?」
「おい!!!そこじゃねーだろ!!てめえ、やっぱりぶっ飛ばす!!!」
「はははは。」×3
セドリックとジェロームとガエルが笑っていた。
ドミニク、ナイスツッコミだ!!
「冗談だ。だが、そこまで気づいてくれたんならもうOKだ。なあ、ドミニク?俺はそのことに気づいて欲しくて今回のことを仕組んだ。だから正直俺はもう満足だ。なあ、もうこんなことはやめないか。俺としてはあとはアルベルトに一言『ごめん』って言ってくれたらそれで良いんだけどな?」
「そういうわけにはいかねぇ。一度買った喧嘩だ。最後までやり切らないと気が済まねえ。」
おうおう、お前は昭和のヤンキーか。
気合い入りすぎだろう?
今度、「夜露死苦」って書いた長ランをプレゼントしちゃおうかな。
「ええ、もう良いでしょ。わざわざそんなしんどいことやめよーよー。」
「おい!!さっきまで子供と思えないようなことばっかり言ってたくせに、土壇場でガキみたいなこと言うな!!」
「ヤダヤダヤダ!!」
「うるさい!!!構えろ!!」
「はあ。嫌だなー。本当は俺、平和主義者なのに・・・。」
「嘘つけ!!平和主義者があんなにもえげつない罠を山ほど仕掛けるか!!!」
ズキューーーン!!
あっ、俺の心は射抜かれた❤️
ドミニクのツッコミの鋭さに惚れてまう。
ああ、この喧嘩が終わったら正式に申し込もう。
(俺と一緒にてっぺん目指さへんか?M-1王者にならへんか?ってね)
「レイモンド様!レイモンド様!!」
「えっ?あっ、はい。」
セドリックが名前を呼んできた。
「また、お一人の世界に行ってしまっていましたよ。まだドミニクくんとの戦いは終わっておりませんので、妄想は終わってからにしてください。」
失礼な。
妄想って。
そんなこと、ちょっとしかしてないよ。
もう、最近のセドリックの言い方は結構あけすけになってきたなー。
まっ、しゃーない。
「わかったよ!じゃあ、魔法を使って戦いますか。」
「よし!そう来なくっちゃ。」
いちいち反応が昭和である。
「じゃあ、ルールね。戦闘不能になるか、『まいった』って言うかのどっちかで終わりね。良い?」
「もちろんだ。まあ、俺が『まいった』なんて言うことないけどな!!」
「いやいや、覚えておいた方がいいよ。『まいった』だよ、『まいった』。Repeat after me『まいった』」
「はっ?」
流石に英語は通じんか。
異世界の言葉の、そのまた異国の言葉だもんね。
「まあ、とにかく。やばいと思ったら手遅れになる前に『まいった』って言ってね。約束だよ。」
「はいはい。わかったよ。負けねえけどな。」
よし、これでまあ何とかなるだろう。
話が終わったところでセドリックが前に進んできた。
「では、始めます。この勝負で勝った方のチームが、この狩りの勝者となります。では、始め!!」
ドミニクの動きは速かった。
「ファイヤーボール!!」
「ファイヤーボール!!」
キャストタイムはガエルの10分の1くらいだろうか。
ためもなく、素早く魔法を放つことができている。
しかも連続して。
「ウォーターウォール」
俺は自分の体が隠れるくらいの水の壁を出した。
「チッ!ストーンキャノン!!」
「ストーンキャノン!!」
「ストーンキャノン!!」
3連続詠唱。
もはや感嘆に値するな。
将来有望間違いなしだな。
「ストーンウォール」
今度は石の壁を作って防いだ。
「ストロングウインド!!」
初めて聞く魔法だけど、直訳して『強い風』いやーわかりやすくて助かるよね。
こっちに向かって風を飛ばしてくるのかな?
さっき作った石の壁が邪魔でドミニクの様子が見えない。
一応警戒して後に下がると、『ごおおお』という凄まじい音共に強い風が下から上へと吹いた。
すると上空にドミニクの姿が、
「アイシクルランス!!!」
そう言って空から無数の氷の槍が俺の方に飛んできた。
(ほう!!これは、また)
その氷の槍はとても大きく、スピードもとても速かった。
セドリックと時々戦いごっこ(訓練)をしている俺からすると、ドミニクの氷魔法はセドリックに負けずとも劣らない。
もちろんセドリックの得意魔法が火魔法だということを鑑みたとしても、それでも凄まじいことだ。
でも、
「ファイヤーボール」
そう言って俺は大きめのファイヤーボールを作った。
「んなっ!!はっ????」
まだ飛ばしていない。
手のひらの向こう側に作っておいてある。
半径3mのファイヤーボールを。
「えい!」
そう言って俺はドミニクの少し上に行くようにファイヤーボールを飛ばした。
途中、ドミニクのアイシクルランスがファイヤーボールにぶつかったが、途中で「ジュッ!」と言って溶けて消えていった。
俺の特大ファイヤーボールは、ドミニクの上に逸れ、そのまま空の方へと消えていった。
(イッテラッシャーーーーーイ)
心の中で、アメリカで活躍するスーパーベースボールプレイヤーの実況をするおじさんの声が響いていた。
ヒューーーー、どすん。
ドミニクが落ちてきた。
「がっ、がはっ。ご、ご・・・・。」
あまりに強く打ちすぎて息ができないらしい。
俺は、ゆっくりと石の壁の横を通り過ぎて、ドミニクに近づく。
俺の方に手を向けて魔法を出そうとするドミニク。
しかし、体を強く打ちすぎたせいで体がびっくりして声が出ないようだ。
「なあ、ドミニク。今日、お前たちに仕掛けてこの作戦に名前をつけたんだが、どんな名前だと思う?」
俺は無邪気な声で聞く。
「こっ、ここ、かっ・・・。ゲホゲホ。」
相変わらず声が出ないようだ。
「作戦名は、「目には目を 歯に歯を」作戦だ。意味はな、やられたことを同じようにやり返すと言うことだ。なあ、ドミニク?お前がアルベルトにしたことを覚えているか?お前はファイヤーボールを2発、アルベルトの体にぶつけたんだ。じゃあ、俺もお前にあと1発使わないと、同じことをやり返したことにはならないよな?」
そう言って俺は魔法を唱える。
「ストーンウォール」
約3mの石の壁ができる。
「ええっと、確か、ストロングウィンド。おお、なるほど。こんな感じか。」
そう言って俺は石の壁の上に登った。
ドミニクが驚愕している。
『さっき初めて見た魔法をどうして真似できるんだ?』って顔をしているね。
それは君が素晴らしい先生だったからだよ。
さっきの魔法の使い方をしっかりと見て、頭の中でイメージし、そして実行する。
ただそれだけだ。
魔法を使うには、①体の中の魔力を引き出す②頭の中に魔法を使った時の明確なイメージを持つ③スペルを唱える
という大きく分けて3つの手順をふむ。
その際、俺にとって重要なのは②と③だ。①はありがたいことに双子に生まれたということでたくさん魔力がある。
あとは明確なイメージを持ってスペルを唱えれば、魔法は実行される。
そして、今回はドミニクが「ストロングウィンド」というスペルを教えてくれた。
さらに見本まで見せてくれたのだ。
だったらそれを真似っこすればいいだけだ。
ドミニクみたいに空高く飛ぼうとすると練習が必要だろうけど、3mくらいならジャンプの補助をちょっと風にしてもらうくらいのイメージでできる。
鳥がちょっと羽ばたいて塀の上に登るような感覚だ。
ということで無事に石の壁の上に登れた。
仕上げに掛かろうと、ドミニクの方を向くと今度は『???』という顔をしていた。
『なんでこのタイミングで石の壁に登るの?』って顔。
「ドミニク。君は、なかなか面白いね。体を打って喋れないだろうけど、顔を見たら何が言いたいのかよくわかるよ。」
(俺(湊)とそっくりだ。)
「さっきはね。空に向かって打ったから大丈夫だったんだけど、地面に立って横向きにファイヤーボールを打つと魔法が地面に当たっちゃうでしょ?そうするとうまく打てないんだよね〜。」
そう言いながら、俺はドミニクに向かって手を広げる。
「じゃあ、これでおあいこということで。」
そして、先ほどと同じくらいの規模の魔法を作る。
「ファイヤーボール」
そして、ゆっくりと手からドミニクに向かって放つ。
(規模は違うけど、感覚的には怒ると金髪になる宇宙人の星を滅ぼした時のフ◯ーザのような感じですね。フォーフォッフォッフォッフォ!)
なんて悦に浸っていると、
「まいった!!」
という声が聞こえた。
するとすかさず、
「ウォーターウォール!!」
という声がし、
じゅ〜〜〜〜〜〜〜〜
と言いながら直径5mの火の玉は消えていった。
「セドリック、ナイス〜〜」
「はあ、ギリギリじゃないですか?」
「いやー、セドリックなら間違いなく止めてくれると信じてたよ。」
それにやばいと思ったら俺が同じことしてたけどね。
「そういうのはちゃんと前もって教えてください!!もし、ドミニクくんが死んでしまったら、いくら私でも庇うことはできませんよ。大体、レイモンド様は・・・・・・ガミガミガミガミ」
やべえ、久々にガチギレセドリックだ。
調子に乗りすぎた。
「ドミニクくーーーん」×2
そう言って、手下A、B、もとい、ガエルとジェロームがドミニクの元へ走っていった。
それに合わせて、俺たちもドミニクのところへ行った。
(手下A、Bよ!ナイスタイミングだ!!)
心の中の手下A、Bがショッ◯ーのように、高い声で『イ〜〜〜〜〜』と返事をしてくれた。
可愛い奴らめ。
「大丈夫?ドミニクくん?」
どうやら、ドミニクは『まいった』と叫ぶと同時に気を失ってたらしい。
「うっ、うう〜〜〜〜ん。おっ、お前ら・・・。」
気がついたようだ。
手下A、B、もとい、ガエルとジェロームを見て、少し安心したようだ。
「やあ、おはよう!ドミニクくん!!」
俺が爽やかに挨拶をすると、
「ヒィ〜〜〜〜〜〜〜。」
と言いながら10mは下がっていった。
ゴキブリのような動きで。
ゴキブリよりも早く。
あれは何か魔法を使ったのだろうか?
などと考えていると、
「レイモンド様、あれは魔法ではありません。ただの恐怖心からの行動です。」
と言われた。
「なるほど。」
人は時に魔法を超えた奇跡を起こすのか。
「セドリック。」
「なんでしょう?」
「顔に出てた?」
「はい、顔に出ていました。」
「そう。」
「・・・。」
「心読むのやめてよ〜〜。」
「レイモンド様こそ、ところ構わず妄想するのはお控えください。」
「・・・・善処します。」
と、いつも通りのやり取りをしていると、
「ぷっ、はははははは。」×2
手下たちが爆笑していた。
それを見て、10m先のボスも、
「ははははははは。」
爆笑していた。
そして俺とセドリックも。
「あはははは。」
とみんなで笑い合った。
それから、俺たちは5人でアルベルトの家に行って一緒に謝った。
アルベルトも家族のみんなも誠実に謝る3人を見て、
「いいよ!」
とか、
「子供のすることだ!気にすんねぇ!!」
とかちょっと偉そうなことを言っていた。
(誰だ?『お願いだから、このままにしてくれぃ。』って言ってたやつは?んん?)
という心の声は、閉まっておいた。
そのほうが平和に解決するでしょう?
次の日の晩のことだった。
コンコンコン
「失礼します。」
珍しく父上の専属執事で、この家の筆頭執事のアロンがやってきた。
「レイモンドお坊ちゃま、ご当主様がお呼びです。すぐに支度をお願いします。」
「わかりました。セドリック。」
「はっ、すぐにご用意いたします。」
おそらく昨日の一件だろうな。
大きな怪我をして家に帰った3人を見て、家の者が何も気づかないはずがない。
そこで嘘をつくのは難しいだろう。
もし仮に嘘をついたとしても、3人が口裏を合わせて同じ嘘をつくことなど不可能だ。
いずれ事実がバレる。
息子たちの言動に不信を抱けば、子供の家の者同士が連絡を取り合い、情報のずれを確認するだろう。
そこから追求していけば、あの3人は嘘を突き通すことなどできないだろう。
まあ、現在のこのステラの倫理観で言えば、平民をいじめていたあいつらが責められることはないだろうからな。
むしろそれを理由にあいつらに仕返しをした、俺が責められる可能性の方が高いだろう。
さて、どうやって話をもっていくか。
コンコンコン
「失礼します。父上、お呼びでしょうか?」
「ああ、入ってくれ。」
そう言って俺は部屋の中に入っていった。
中には先ほど呼びにきたアロンと父上だけがいた。
「座ってくれ。」
「はい、失礼します。」
父上の向かいに座る。
大きなテーブルなので間に5mくらいは空いているだろうか。
コポコポコポ
アロンがお茶を入れてくれる。
夜だからだろうか。
リラックス効果のありそうなハーブティーのいい香りがする。
俺が部屋にくる時間を知っていたのではないかというくらい完璧な時間配分だった。
「少し長くなるかもしれないから、お茶を飲みながら話そう。」
「はい、父上。いただきます。」
そう言って、俺はハーブティーに口をつける。
いい香りだ。
飲み終わった後、そのままベッドに入ればいい夢が見られそうだ。
「昨日、アダン・リベール騎士団長の息子と喧嘩をしたそうだな。」
やっぱりですよね。
「はい。その通りです。」
父上がお茶をゆっくりと飲む。
俺も真似して飲む。
う〜〜ん、急にお茶が不味くなったような・・・。
リラックス効果は何処へ〜〜
俺のリラックスタイム カムバ〜〜〜~ック!
心の中で叫んでいると、
「どうして・・・どうして喧嘩になったんだ?」
この顔は・・・。
全て知っているんだろうな。
その上で、俺の口から聞こうとしているんだろう。
教師の時もよくしたな。
これは事実を確認したいのではない。
俺自身の真意を知りたいんだ。
誤魔化すのか、正直に言うのか。
その事実をどう捉えているのか。
これからどうしようと思うのか。
そんなことを父上は俺と本気で話したいんだろうな。
で、あるなら覚悟を決めるしかない。
「僕の親友を彼らが傷つけたからです!」
そう俺は言い切った。
「レイモンドの親友というのは?」
「平民です。名はアルベルトと言います。」
そこで一度父上はお茶を飲み、大きく息を吐いた。
重い。
空気が重すぎる。
空気の入れ替えプリーズ。
「お前は、この領地スローヤの領主たる私の息子だ。貴族の中でも特に上級の貴族だと言っても過言ではない。そのお前が何故、平民と友達になるのだ?」
「父上は・・・。父上は、領主として、民が身分で分けられ差別されることをどのようにお考えですか?」
「・・・続けなさい。」
父上は返事をせず、俺の話を促した。
まるで、『まずはお前の考えを示せ。私の考えを聞くのはその後だ。』と言っているかのように。
「私は、それはおかしいと思っています。確かに魔法は便利です。魔法によって人間は豊かになり発展したと思います。戦争が起これば魔法がなければ勝つことはできないでしょう!しかし、普段から私たちは魔法に、魔法だけに依存して生活しているのでしょうか?例えば、私たちが食べている野菜や小麦、動物の乳、獣の肉など、こういったものは魔法があるおかげで手に入っていますか?いいえ、違います。魔法の使えない平民が丹精込めて作った野菜や小麦を、平民が育てた動物の乳を、平民の狩人が捕まえた獣の肉を私たちは食べているのです。それによって生かされているのです。そして、私の世話をしてくれているジュリアは平民です。それでも、私を大切にし、まるで弟のように可愛がってくれます。セドリックも、もちろん魔法を教えてくれるのもありますが、僕がセドリックのことを大切に思う気持ちに魔法が使えるかどうかは関係ありません。」
アロンの眉毛ぴくっと動いた。
召使いや執事との距離が近すぎるのまずかっただろうか?
まあいいさ。
「それにアルベルトは僕にできた初めての友達です。アルベルトと過ごすようになって僕は毎日が楽しくなりました。友がいる生活がこんなにも充実しているとは知りませんでした。」
本当は知っているけどねー
でも、5年間大人ばっかりの中で過ごしていたから、アルベルトと友達になったのが嬉しかったのは本当だ。
今更、友達やめろなんて言われたら拗ねて家出しちゃうぞ〜〜
「なるほど。お前にとってそのアルベルトという少年は、かけがえのない友なのだな?」
「はい。絶対に離れたくない、大切な友達です。」
強調しておいた。
「心配するな。アルベルトと友達をやめろとは言わん。」
「えっ?」
「そんなことを言ったら、家出をしてしまいそうな顔をしている息子に対してそんなことを言えるわけがなかろう。」
まさか!
「そんなにもわかりやすい顔をしていましたか?」
「ぶははははは。私を誰だと思っている?お前の父親だぞ?我が子の顔を見えれば、考えていることくらいわかる。」
アロンもニヤって笑ってるよ。
俺の顔、どんだけわかりやすいねん。
「はははは、はあ。ただしな、レイモンド。身分の問題は、そう簡単ではない。」
ですよね〜。
「今回のことも、ドミニクの父、アダンから正式に抗議があった。『ドミニクが平民に手を上げるのと、レイモンドが魔法騎士の子供に手を上げるのとでは重みが違う』とな。残念なことに、多くのものが身分による差別を当然と考えている。私も正直、今回の一件があるまで、深く考えることはなかった。私の周りの召使いにも当然平民がいるが、その者たちを平民だと蔑んだことはない。しかし、一方で領地で問題が起こった時に、被害者や加害者の身分を尊重するのは当然だと思っていた。身分による差別は、これまで当然のように行われてきたことだ。レイモンドに言われて私もこれからどうしていくべきか考えてみようと思ったが、焦って行動すれば思わしくない方向に進むこともあるだろう。世の中には変化を嫌う者が非常に多くいるからな。」
その通りだ。
どの世界にも変化を嫌う人はたくさんいる。
例えば、湊の時の職場にも新しい方法を『取り入れよう!』というと『去年と同じでいいでしょ?』と言ってくる人がいた。人にとって、『同じ』ということは『安心』なのだと思う。言い換えれば、『変わる』ということは『不安』ということになる。もちろん、全ての人がそう思うわけではないが、案外そう感じる人は多いように思う。だからこそ、変化した先にどんな素晴らしいビジョンがあるのかをしっかりとプレゼンしなければならないのだと思う。
さて、どうやってこの世界の人たちに差別をなくす良さをプレゼンするか?
「レイモンド。」
「はっ、はい。父上!」
また、1人で考えてしまっていた。
「もう一度言うぞ。焦るな。時間をかけてじっくりと取り組むのだ。諦めなければきっといずれ変わっていくだろう。私ができなくてもお前が、お前ができなくてもその子供たちが、そしてその子孫たちがきっと今よりも住みやすい世の中を実現してくれることだろう。」
ああ、なんて素晴らしいことなのだろう。
「ありがとうございます。父上。僕は、僕は、父上の息子であることを誇らしく思います!!」
俺の第2の父はすごい人だ。
第1の父(湊の父)も立派な人だったが、この父も最高だ。
今すぐハグしてほっぺにチューしたいくらいだ!!
「はっはっはっは。我が子にそんな風に褒められたら気分がいい。なぁ、アロンよ。」
「そうでございますね。旦那様。しかしながら、言うべきことはきちんとお伝えしないとなりませぬ。」
なんだろう。
ドミニクの家から何かいちゃもんつけられたのかな?
「そうだな。では、レイモンド。お前にこの度の件についての領主としての裁定を伝える。」
「はっ!」
ドキドキドキドキ
「まず、この度お前がドミニク、ガエル、ジェロームに危害を加えたことは、お前に非があると判断した。」
「しかし、父上!」
「お坊っちゃま。」
アロンが落ち着いた声で、俺の反論を遮る。
「レイモンド、最後まで聞きなさい。」
「かしこまりました。」
俺はしょぼんとした。
なんだよ、さっきあんなにかっこいいこと言ってたくせに。
返せ!俺の賛辞を返せ!!
「しかし、ドミニク、ガエル、ジェロームの3人の訴えにより、お前の罰は軽減することとする。」
「えっ?」
どういうことだ?
「お前にコテンパンにやられた3人がな、今日になってそれぞれ親に『悪いのは自分だ!レイモンドを責めないでくれ!!』と懇願したそうだ。だから、昨日はすごい剣幕で怒ってきたアダンも、息子の言い分を尊重して罰をなくすように再度お願いしにきたくらいだ。アダンは驚いていたぞ?『自己中心的な考えばかりしていたドミニクが、どうすればこんなにも変わるのだ?』とな。」
「じゃあ、私に罰はなし、ということでしょうか?」
「はて?」
アロンが首を傾げながら言ってきた。
「お坊っちゃま。私には、先ほどご当主様が『罰を軽減する』とおっしゃったように聞こえましたが?」
「あっ!」
そうだった。
確かにそうだった。
『湊、あんた聞く△だよね。』
と妻によく言われていたくらいだ、当然俺も聞く△だわな。
「ごほん。では、改めて罰を申し伝える。次の風の日より、毎日1刻の間魔法の訓練を行うこと。ただし、太陽の日と月の日は休みとする。」
なっ!
ええええええ。
めんどくせぇ。
「こらあからさまにめんどくさそうな顔をするな!」
「はぅ、はいぃ。」
ああああ、テンション下がるなぁ。
「聞くところによると、お前は毎日、魔法の訓練をサボっているそうではないか。」
「いっ、いえ!森の中で実践的に訓練をしているのであります。」
やべえ、油断していた。
そりゃ、毎日遊んでいることは当然父上の耳には入るわな。
「妹のリュナは、それそれは真剣に練習をしているそうだぞ。お前ももう5歳を過ぎた。いつ固有魔法が使えるようになってもおかしくないはずだ。しっかりと励むようにな。」
「あぁ・・・・、はい。」
がっくし。
「以上だ。では、ゆっくりと休むが良い。」
「はい、失礼いたします。」
とぼとぼ
という音が聞こえそうなくらい背中を丸めてゆっくりと扉を出ていくレイモンドなのでした。
ちくしょーーー
「あいつは本当に大丈夫か?」
「まあ、大丈夫ではないでしょうか。」
「全く!とは言え、身分の話をしている時の様子は5歳とは思えないような話しぶりだったな。」
「ええ、驚きました。」
「5歳というのはあんなにも賢いものなのだろうか?」
「私には子がおりませぬゆえ分かりませぬが、非凡ではないかと。」
「そうか。」
「リュナ様も大層ご聡明だとカルラからよく聞かされておりますし。」
「そうだな。我が子達の将来が楽しみだな。」
「ええ・・・。」
「いずれ、その時は来るのだろうが。今だけは、ただの父親として子の成長を喜んでおくとしよう。」
「そうでございますね。」
・・・さっ、部屋に戻って寝るか。