7.目には目を 歯には歯を(中編)
そこから俺たちはまず情報を収集した。
セドリックには、主にドミニクたちの動向を探ってもらった。どの曜日のどの時間に森に来て、どんな行動をしているのか。それぞれの性格や行動の特徴を探ってもらった。
余談だが、ステラにも曜日という概念が存在する。
面白いことに、地球とよく似ていて火の日、水の日、風の日、土の日、太陽の日、月の日の六つの曜日がある。
4つの元素魔法である『火』『水』『風』『土』とこの世界の神である太陽神ヘリオスを表す『太陽』と月の女神ディアーナの『月』の六つである。当然、神を表す『太陽』『月』が特別で、その日はいわゆる休日という扱いだ。と、言っても農家に休日などないわけで、多くの人にとってはあまり関係ないようだが、俺の勉強も太陽の日と月の日は休みなっている。聞いた話によると貴族や魔法騎士が10歳になったら通うとされている国立魔法学院が週4日制で2日の休みがあるらしいので、それに合わせて休みにしている人もそこそこいるとのことだ。
セドリックが調べた結果、3人が森に来るのは火、水、風、土の日(いわゆる平日)の朝で、だいたい昼過ぎには帰って行くらしい。俺が、いつも午前中にセドリックと勉強をしているから、これまで全く出会わなかったのも納得だ。
森では、色々して遊んでいるらしい。
鬼ごっこのようなものをしたり、木登りをしたり、魚釣りをしたりしているそうだ。
その中で魔法を巧みに使い、遊びながら魔法の技術も磨いているそうだ。
おそらく無意識なのだろうが。
セドリックに聞くと、
『魔法騎士は、専門の魔法教師を雇うほど豊かではないことが多いのです。私自身もそうでしたが、座学については平民の中で知識が豊富な者に頼んで教えてもらうことがほとんどで、魔法についてはそれぞれが自分たちで好き勝手にやっていることが多いです。そのため、毎年少なくない数の魔法騎士の子供が魔法によるトラブルを起こしています。森を火事にしてしまったり、平民の家に魔法をぶつけてしまったり、道に大きな穴を開けてしまったりしています。』
だそうだ。
そりゃ大して社会のルールやマナーも知らず、道徳教育を受けたわけでもない子供に魔法というとてつもない力を与えたら、意識的か無意識かはともかく、間違った使い方をするのは当然だわな。
でも、セドリックの話が事実なら魔法騎士は遊びの中で試行錯誤しながら魔法を使っているので、専属の教師をつけている貴族よりも魔法の使い方が上手いかもしれないな。
いつか統計調査してみたいものだ。
その結果を元に、遊びと魔法の力の伸びに相関関係があることを説明できれば・・・くっくっく
「レモン様?」
「あっ、ああ。ジュリア、どうした?」
「また、1人で考え事して、1人でニヤニヤしてましたよ。ジュリアは見慣れましたが、他所でするとちょっと危ない人と思われるのでやめた方がいいですよ。」
「あっ、はい。すみません。気をつけますです。」
「ふふふ。新しいお茶を淹れてきますね。」
今日で、情報収集最終日。
概ね必要な情報は集まった。
あとは最終の打ち合わせをセドリックと行い、罠を仕掛けに行くだけだ。
決行は明日、風の日だ。
「レイモンド様、ただいま戻りました。」
「ああ、おかえり。それじゃあ、集めた情報を教えてくれるか?」
「はい。と言っても、彼らの言動に関して特に目新しい情報はありません。基本的には毎日同じ時間に同じ場所に集まり、同じ時間まで遊んでいます。遊びの内容については、その日によって変わりますが、だいたいリーダーのドミニクが決めているようです。」
「なるほど。じゃあ、基本的な作戦に変更はないな。」
よし、安心して作戦を進められるだけの情報が集まったな。
あとは、
「じゃあ、3人について詳しく教えてくれるか?」
「はい、まず3人の名前ですが、ドミニク、ガエル、ジェロームです。3人とも、スローヤ領に使える魔法騎士の息子で、年齢はみんな7歳です。父親同士が仲が良いようで、その影響で息子たちも仲良くしているようです。それと魔法騎士の家ではよくあることなのですが、3人の家で1人の教師を雇って勉強を教えてもらっているようです。毎日の勉強が昼からなので、午前中に森に来て遊んでいるようですね。3人の発言の中でよく聞かれるのが『あのくそ平民教師』とか『あの教師、いつか父様に言ってクビにしてやる。』とかです。おそらくですが、その平民の教師に対する怒りが全ての平民に向かってしまっているのではないかと思います。もちろん、それ以前に世の中全体にある身分による差別があの3人にもあるのでしょうが・・・。」
なるほど、元々ある偏見に加えて嫌いな教師が平民だという事実が合わさって平民嫌いが加速してしまったのか。
「じゃあ、次はそれぞれの性格について教えてくれ。」
「はい。まずジェロームです。背の高さは、レイモンド様より頭二つ分くらい大きく、体については横に大きく、おそらく重さは倍くらいあるでしょう。」
まじか!?
この世界の、この時代にどれだけ不摂生したらそうなるんだよ!
「遊んでいる時も、ジェロームはできるだけ動きたがりません。ですので、鬼ごっこなどはジェロームがほぼ鬼になっています。食べ物に対する執着が強く。お腹が空くと我慢ができなくなるようです。本能のままに生きている動物なのではないかと疑ってしまうほどです。」
そうか。
じゃあ、ジェロームに対する罠は決まりだな。
成功するかどうかはわからないが、これがうまくいったら面白いだろうな。
くっくっくっく。
「それと、ジェロームについてですが、唯一平民に対する差別的発言が一度もありませんでした。」
意外な事実だった。
「本人に確認していないのでなんとも言えませんが、もしかすると彼はドミニクたちと仲良くはしていても、平民に対する偏見は持っていないのかもしれませんね。」
・・・もし、そうであれば、ジェロームは報復の対象外にした方がいいのかもな。
「有益な情報をありがとう。ジェロームには確認してみるよ。」
「それが良いかと。」
今回の狩りの目的はあくまで改心させることだ。
最初から偏見のない心を持っているのなら改心させる必要はない。
1人だけでもいいからそうだったらいいなと思う。
「では、報告を続けます。ガエルです。この子は、簡単に言えばドミニクの腰巾着ですね。ドミニクが黒と言えば、白も黒と言ってしまう、というようなやつです。その反面、弱いと思うものに対しては容赦なく攻撃を行います。例えば、森のなかで大きな野犬に遭遇した場合にはドミニクの陰に隠れて助けてもらうのですが、一角ウサギのような小さな獣に出会うと喜んで攻撃をするといった感じです。ドミニクに対してはおべっかばかりですが、ジェロームに対しては比較的偉そうな物言いをします。その分と言いますが、こんな性格なので危機意識は高いので、危険だと感じたらすぐに逃げ出すことでしょう。」
ふむ。
友達になりたくないタイプだな。
こいつには反省する機会が必要だな。
「最後に、ドミニクです。彼自身の情報の前に、彼の父親についてお話します。彼の父親アダン・リベールはスローヤ領の第2魔法騎士団の団長です。つまり、魔法騎士の中ではエリートの家系です。一歩間違うと、父親が黙っていない可能性があります。その点はどう思われますか?」
そうだな・・・。
「確かに騎士団長の息子が領主の息子に一方的にやられたと知ったら、黙ってないかもな。」
「では、作戦は中止しますか?」
「いや、続けよう。」
「しかし、大きな問題になってしまっては、レイモンド様にとってもお父上にとってもよくないのではないでしょうか?」
セドリックが俺のことを本気で心配してくれている。
心が温かくなるなぁ。
「セドリック様はお優しいですねぇ。」
そう言いながら、ジュリアがお茶を淹れてくれる。
「ああ、本当に。」
セドリックが照れながら小さい声で
「うるさい、ジュリア。」
と言っている。
かわいいねぇ。
「でも、やめないよ!」
俺は、はっきり言った。
「なっ!どうしてですか?」
「そうですよぉ。レモン様。危ないですよ?」
まあそうなるよな。
でも、
「俺が目指しているのは、差別のない社会だ。ドミニクたちだけの話じゃない。そういう意味で言うと、ドミニクの父親が出てくるのも良い機会になるんじゃないか?」
「と、言いますと?」
「おそらく、身分による偏見はみんなにとって当たり前になってしまっている。ドミニクのように意識的に差別をしようとするやつもいれば、ジェロームのように積極的には差別しないけど当然のように受け入れている奴もいる。俺みたいに差別はおかしいと訴えるような人はいないんじゃないか?」
「それはそうですねぇ。私も『平民のくせに』って時々言われますけど、誰もそれはおかしいとは言ってくれないですもんねぇ。まあ、私も当然だと受け入れてしまっていますが。」
「私もです。私も、ジュリアや周りの人が平民であることを馬鹿にされても、一度も注意したことがありません。情けないことです。」
2人とも、自分自身が気付かないうちに身分による差別を受け入れてしまっていることに気づいて少なからずショックを受けているようだ。
「いいんじゃないか!?」
「えっ、良いんですか?」
「しかし!」
どうどうどう、落ち着きたまえ。
「いいか?2人は今、気づいたんだ。だったらこれから変わればいい。もちろんいついかなる時も言い返せば良いというわけじゃないぞ!下手したら命に関わることもある。でも、心の中で反論するなり、言えそうな範囲で言うなりして自分は身分による差別を受け入れているわけじゃないんだってことを思っておけばいい。いずれそういう人が増えていけば、おのずと差別や偏見はなくなっていくだろう。」
「そっ、そうですねぇ。レモン様、さすがです!!」
「なるほど。それならできます!!」
2人が前向きになってくれてよかった。
で、本題だ。
「それで、なぜ今回作戦を結構するかというとな、俺は水に石を投げ入れたいんだよ。」
「??レモン様は、石を投げるのが好きなのですか??」
「ばか、ジュリア。例え話だ。」
さすが、ジュリア。
天然系メイド万歳だな。
「要は、今世の中は『身分による差別は当然』と考えている。そこにはほとんど揺らぎがない。いわば波一つない水面なんだ。そこに、『身分による差別はおかしいんじゃないか?』という石を投げ入れることで、それまで当たり前だと思っていた考えに波が起こる。本当は差別はあってはならないんじゃないか?と。そして、その石が大きければ大きいほど、大きな波が起こる。」
「つまり、子供同士の問題ではなく、大人も巻き込んで『差別』について見つめ直す機会にしようということですか?」
「ああ、その通りだ。」
「なるほどぉ。レモン様、賢いですねぇ!本当、子供とは思えないわぁ。」
(ドキッ!!)
「僕は、子供だよ。ただの5歳児ダヨォ。」
この指摘を受けると、俺の中の名探偵コ◯ンくんが喋り出す。
いかんいかん。
議論しているとつい自分が子供だということを忘れてしまいがちになるな。
「ふふ。もはやレイモンド様を普通の5歳だなどと思っておりませぬ。そんな風に誤魔化していただかなくて結構ですよ。」
優しいやつめ。
「ええっ!私は、その普通の5歳児のふりをするレモン様好きですよ。時々見たいですぅ。」
ジュリアめ、時々S気出しやがって。
まあ、かわいいから許すけど。
「ごほん。話を戻すか。とりあえず作戦は決行するということで。セドリック、ドミニクの情報を教えてくれ!」
「はい、かしこまりました。ドミニクは、いわゆるガキ大将という感じです。3人のリーダーで、自分の言う通りにしないと気が済まないという感じですね。『お前の物は、俺の物』っていう考えの持ち主です。」
「なっっっ!!それって、ジャ・・・。」
焦って俺は口を塞いだ。
「ジャ??」
「レモン様、『ジャ』ってなんですか?」
危ない。
それってジャイ◯ンじゃねーか!と言うところだった!
危ない。
著作権に引っかかるところだった。
って言ってもこいつらにはわからんけどな。
それにしても、いたんだなー天然のジャイ◯ン。
「ごほん。なんでもない。ちなみに『お前の物は、俺の物』っていうのは、ドミニクが言ってた言葉か?」
「いえ、私がドミニクを観察して思った例えです。」
なるほど。
セドリックのやつ、すごい例えを思いついたもんだ。
これを奇跡と言わず、なんと言うのか!
ああ、美結に言いたい!
言って2人で爆笑したい!!
「話を続けてもよろしいですか?」
「ああ、頼む。」
落ち着け、俺。
大事な話だから聞かないと。
「そんな自己中心的なドミニクですが、仲間思いなところもあります。」
まっ、まさか?
「狩りをしているときに、野犬に出会って怯えているガエルとジェロームを魔法で助けていました。その時に、2人に向かって『友達だろ?当然だ!』と男気溢れる言葉を言っていました。」
グハ!!
俺は机に突っ伏して必死に耐える。
「どうしましたか?レモン様??」
それって!
それって!!
映画の時の頼りになるジャイ◯ンじゃないかーーーーーーい!!
「レイモンド様??」
俺は笑うのを必死に堪える。
くそー、ドミニクめ。
良いキャラしすぎだぜ。
腹は立つけど、ちょっと好きになってしまいそうだ。
「すまない。続けてくれ。」
なんとか落ち着きを取り戻した。
「はい。それからとても自信家のようです。口癖は『俺様は最強だ』ですね。観察を始めてから、10回は言っていました。」
ゴフッ!!!!
一人称『俺様』呼びとか、反則だろ?ジャイ◯ンじゃん!?
本日3度目のピンチを迎えた。
「レモン様、今日なんかおかしいですね?大丈夫ですか?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ。こっちの話だ。それ以外に何かあるか?」
「ああ、はい。ご説明した通り自信家なので、安い挑発にも簡単に乗ってくるのではないかと思われます。」
「ありがとう。セドリック、よく調べてくれたな。」
「お褒めに預かり光栄です。」
これだけ情報があれば十分だな。
「よし、じゃあ下準備しに行くか!?」
「はいっ!」×2