6.目には目を 歯には歯を(前編)
古代の王様が『目には目を 歯には歯を』と言ったそうな。
いろいろ調べてみると、『復讐してOK』っていう解釈もあれば、『復讐はやりすぎちゃダメよ。ほどほどにね。』という解釈といろいろあるそうな。
でも、現代人はそんな古代の王様にも負けない名言を知っている。
『やられたらやり返す、倍返しだ!』
どこぞの銀行マンが言ってた言葉だ。
時には、10倍返しすることもあるそうな。
ああ、恐ろしや。
まあでも、今回は一倍返しでいいや。
ということで、
「作戦名 『目には目を 歯には歯を』作戦!!」
「レモン様、それどういう意味ですかぁ?」
「ジュリア、レイモンド様と呼べ!」
「はいはい。で、レイモンド様、どういうことですか?」
「ああ、すまん。いろんなことを省いて簡単に言うと、やられたことと同じことをして懲らしめてやる、ということだ。」
「つまり、ドミニクたちを獲物として、狩りを行うと?」
「まっ、そういうことだ。」
「しかし、相手は3人ですよ?できますかね?」
セドリックがうーーんと唸りながら、
「私が一緒に狩りを行うともはや犯罪ですね。子供同士の喧嘩という体裁はなさなくなりますね。」
「ああ、狩りを行うのは俺だけでいい。セドリックは少しだけ手伝ってくれ。」
ジュリアが心配そうに
「レモン様だけでだいじょうぶですか?」
「1対3の喧嘩なら難しいかもしれない。まあ本気の魔法戦闘だったら負ける気はしないが。ただ、今回は狩りだ。こちらは狩る側で、あちらは狩られる側だということは大きなアドバンテージだ。」
「それで、どのような方法で行うのですか?」
「方法の前にまず目的だ。今回の狩りを通して、ドミニクたちには改心してもらう。身分という馬鹿げた考えを捨て、人間は皆等しく尊いということに気づいてもらう。」
セドリックとジュリアが2人で目を見合わせている。
(なんだ?2人して?)
「レモン様?その目的、大変素晴らしいです・・・。ねぇ、セドリック様。」
「ああ、本当にその通りだ。レイモンド様の深いお考えに、私は感服いたしました。」
(そうだろ。そうだろ。で、なんでそんな微妙な顔してるの?)
「ですが、やり方がいささか過激すぎて・・・。」
「ギャップがすごいです。レモン様!」
「ああ、そういうことか。」
確かにそうだな。
高尚なことを言っている割に、かなり過激なお仕置きをしようとしているんだからびっくりするな。
例えるなら、道徳の授業でいじめっ子を吊し上げて、『お前がやったことをそっくりそのまま返してやるぜ!』ってやっているようなもんだ・・・。
これは間違いなく保護者ブチギレの教育委員会案件ですな。
でもまあ、ここはステラだし。
俺、貴族だし。
領主の息子だし。
先に手を出したのはドミニクの方だしな。
「まあ、最初に話してみて謝るようなら許してやるさ。もし、反省の色が見えなかったらその時は」
「その時は?」×2
「・・・狩る!」
笑顔で答える。
「・・・はぁ。わかりました。ただし、大きな事故や怪我につながると思ったら止めますので、それだけはご理解くださいね。」
「もちろんだよ。セドリックくん。その辺は任せたよ。」
「それで、レモン様。いつするんですか?」
「こら、ジュリア!レイモンド様と・・・」
「ああ、セドリック!」
「なんでしょうか?レイモンド様。」
「もう、その注意やめよう。」
「しかし、主人に対してあだ名で呼ぶなど、失礼ではありませんか!」
「今、一緒にいるのは3人だけだ。俺にとってはセドリックもジュリアも家族みたいなもんだ。だから、レモン様って呼ばれても構わないよ。」
「レモン様〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
そう言って、抱きついてくるジュリア。
おいおい、それの方が失礼だろう。
まあ、いいけどね・・・。
嫌じゃないし・・・。
「なんなら、セドリックもレモンって呼ぶか?」
「い、いえ!私はレイモンド様の筆頭執事としてそのような無礼なことはできません。」
「相変わらず堅いなあ。」
「しかし・・・そのように思ってくださっているということは、何よりの喜びです。今後も、レイモンド様に誠心誠意お仕えいたします。」
そう言ってセドリックは深々とお辞儀をする。
その横で、
「あっ、私もでーす!!」
と言ってジュリアが敬礼をする。
(おもろい家族だよ。)
「さて、作戦会議に戻るぞ。」
「はい!」×2
「作戦決行は1週間後だ。」
「ずいぶんゆっくりなんですね?」
「ああ、情報収集と罠の準備をしなければならないからな。」
「レイモンド様、どうして罠を仕掛けられるのですか?『目には目を 歯には歯を』というのは、やられたことを同じように返すという意味だと教えていただきましたが・・・。」
さすがセドリック。鋭いねー
「そうだな。確かにあいつらは魔法で狩りを行った。しかし、魔法であいつらをギャフンと言わせても、平民を見下すことには変わりはないと思うんだ。だから、今回はあえて魔法を使わずに狩りを行う。」
「なるほどぉ。魔法を使わなくても、お前たちをやっつけちゃえるんだぞって見せるってことですねぇ?」
「その通りだ、ジュリア。この世界は魔法がとても重視されている。しかし、生活の中では魔法はそんなに使われていない。つまり、魔法以外のものに頼っているんだ。にも関わらず魔法を使えるかどうかで人の価値が決められている。そんな間違った考えを叩き潰すために、あえて魔法を使わずに狩りをするんだ。」
「承知しました。しかし、罠ですか・・・。」
セドリックが顎に手を当てながら、嫌そうな顔をする。
「なんだ?セドリック不満なのか?」
「あっ、いえ。そうではなくて・・・。」
なんか奥歯に物が挟まったみたいな言い方するなぁ。
「言いたいことがあるならはっきり言え!」
「いえ・・・これまで私がレイモンド様に嵌められてきた罠について思い出していただけです。大人の私でも何度も嵌められてきましたから、小さな子供3人くらい簡単に罠に掛かるんでしょうね。」
「ぷっ、あははははははは!」
それを聞いてジュリアが大笑い。
(そういえば、そうだったな。)
魔法の訓練を押し付けようとするセドリックから逃げるために、いろいろな魔法を練習し、いかに巧みに罠にかけるか研究したのだった。最近はセドリックも俺の考えを理解してくれるようになったからしてなかったけど、罠は俺の得意技だ。
「レイモンド様の罠は日に日に上達していきました。どこに仕掛けられているか見た目ではわからないくらいに巧妙な罠。まるでこちらの考えを読んでいるかのように誘導するレイモンド様の言動。今考えても恐ろしいです。」
ぷくくくく。
思い出して青い顔をして、可愛いやつめ。
「セドリック?」
「なんでしょう?」
「なんで俺の罠がどんどん上達したかわかるか?」
「・・・魔法の訓練が嫌だったからですか?」
セドリックが悲しそうな顔をして言う。
ただ単に繰り返すだけの訓練に意味がないと理解したが故の後悔だろう。
でも、
「そうだな。でも、それはほんのちょびっとだ。大きな理由ではない。」
「では、なんですか?」
「それはな・・・。」
2人して顔を近づけてくる。
「それは?」×2
「楽しかったからだ!!」
「楽しかったから??」×2
「そうだ。俺の中ではセドリックから逃げ切れるかどうかスリル満点の鬼ごっこだったんだ。だから夜寝る時に、明日はどんな罠にしようかと必死に考えていたのさ。くっくっくっくっく。」
「・・・レモン様、ちょっと心が歪んでませんか?」
「えっ?ああ、えっと・・・すみません。」
「ぷっ、ははははは。」
セドリックが急に笑い出した。
(なんだなんだ?おかしくなったか?)
「ああ、面白い!なるほど、道理で私が勝てなかったわけですね。魔法の訓練をさせなければと義務を果たそうとしている私と、私から逃げることを楽しんでいるレイモンド様。この鬼ごっこに対する思いにそれだけ違いがあれば、捕まえられなかったのも納得です。改めて理解しました。人を成長させるのに一番大事なものは、自分自身がしたいとかやってみたいとか楽しいとか、そういった前向きな気持ちなんですね!」
「ああ、その通りだよ。やっぱり何事も楽しまなくちゃ!」
ああ、こういうの良いなぁ。
思いを共有できるって素敵なことだな。
自分が大事にしていることを理解してもらえると人ってこんなにも幸せだって感じるんだな。
そんなことに改めて気付かされた。
「ああっ!」
ビクッ!!
(なんだ!?)
「どうした?ジュリア?大きな声を出して。レイモンド様が驚かれているぞ!」
「いえ、今の話を聞いて、私も同じだ!って思ったんです!私は毎日レモン様のためにお菓子を作っているのですが、レモン様が美味しいって言ってくれるのを楽しみにしているんです。だから寝る前に明日は何のお菓子を作るか考えているんですけど、それって同じことですよねぇ?」
なるほど、自分の経験に重ねて考えていて、発見した!の『ああっ!』だったのか。
「よく気がついたな、ジュリア。その通りだ。そうやって目標を決めて頑張ったり、お菓子を作ること自体を楽しんだりすると成長するんだ。そうやってどんどん美味しいお菓子を作ってくれよ!ジュリアのお菓子は美味しいし、楽しみにしているからな!」
「はいっ!」
湊として教師をしている時、俺は毎日の給食が楽しみだった。
俺の勤めていた学校は校舎の中に給食室があって、そこで作られた給食を食べていたのだ。
給食の献立は市内の全ての学校で共通していた。
当然レシピも同じもので作られている。
しかし、人が作るものだから当然味に違いが出てくる。
例えば、俺の大好きだった献立に『チャプチェ』というのがある。春雨と野菜や肉を炒めた韓国の伝統的なおかずだ。これが、作り手によって味が変わるのだ。俺の好きなチャプチェは、水分が少なめで味がしっかりと付いているものだ。ご飯と一緒に食べると、何杯でもおかわりできてしまうという魔性の料理なのだ。一方、水分が多めで少し味が薄くなってしまっているチャプチェは俺の好みではない。春雨の食感もツルツル感が強調され、汁の少ないスープを食べているような残念な気持ちになる。
※あくまで個人の好みです。
そして、俺はよく調理員さんに給食の感想を伝えていた。
例えば、
『今日のチャプチェの水加減、最高でした!味がしっかり付いていてご飯に合いすぎて、ご飯を3杯も食べちゃいましたよ!』
とか
『今日の味噌汁、出汁が効いててうまかったです!』
とか。
そんなことを繰り返していると、調理員さんたちがいつの間にか『湊先生にうまいって言わせるんだ!』を目標にして調理をしていてくれたらしい。
それ以来、本当に給食が美味しくて、それだけで学校が楽しくなったものである。
ジュリアも同じような気持ちになってくれているってことか。
嬉しいな。
やっぱり作ってもらったものに対して感想を伝えるって大事なことだね。
なんて考えていたら。
「ごほんっ!レイモンド様?」
「なっ、なんでしょうか?」
「いい加減、作戦会議を進めましょうか?」
「あっ、そうですね!」
その夜は、3人の楽しそうな会話がいつまでも続いたのだった。