4.絆
あれからセドリックは俺が昼から遊ぶことに一切文句を言わなくなった。
その代わり
「お邪魔はしませんので、私も同行させてください。」
と、笑顔で言ってきて、有無を言わせず付いてきた。
そこからセドリックは俺がどのように遊んでいるのか、よく観察をしていた。
おそらく、俺が遊びの中に意図的に色んな経験ができるように工夫していることに気づいたようだった。
例えば、的当てゲーム。
俺は石魔法『ストーンキャノン』で的を狙うし、アルベルトは石を投げて当てる。
中心から5点、4点、3点、2点、1点としている。
合計得点は、それぞれが計算するようになっている。
このゲームを初めてした頃は、アルベルトは指を折りながら、
「レモンくん、指貸して〜〜。」
なんて言っていたが、今は式を書いて計算できるようになった。
最近では、筆算も少しずつ教えている。
それから、狩り。
主に一角うさぎと猪鹿を狩る。
罠を仕掛けてそこに追い詰めていくこともあるし、魔法を使って仕留めることもある。
俺がよく使うのは石魔法「ストーンキャノン」と氷魔法「アイシクルランス」その名の通り石つぶてと氷の矢だ。
そうそう話は逸れるがこの世界の魔法の名前は安直だ。
漫画、アニメ、ラノベをこよなく愛する俺からすると、本当に安直だ。残念だ。がっかりだ。
しかし、理由を聞くと納得だった。
至極簡単な話で、例えば『ウルトラスーパーはちゃめちゃアタック!!』という魔法があったとしよう。
この魔法をどんな魔法だとイメージするだろうか?
きっとある人は離れた敵に何かをぶつける魔法だと思うだろう。
またある人は体を強化してタックルすると考えるだろう。
もしかするとバレーボールみたいにアタックすると考える人もいるのではないだろうか?
つまり何が言いたいかというと、わかりにくい名前だと魔法が出しにくい、という話だ。
魔法というのはイメージに大きく左右される。
俺にとってガスコンロは身近なものだ。
だから火魔法『コンロ』といえば、ああ火が燃え続ける魔法なのね、とイメージできる。
でも、きっと他の人にはイメージするのは難しいだろう。
つまり、魔法の名前は安直でシンプルなのが一番だということだ。
間違ってもキラキラネームにするのはやめておいた方がいいだろう。
さて、話を戻して、狩りでは逃げていく生き物を仕留めることになる。
最初の方こそ、生きた動物を狩ることに抵抗があったが、生きるということは食べることだ、と実感し、今では躊躇なく狩ることができるようになった。
その代わり、(これは人間のエゴなのだろうが)捕まえた生き物はしっかりといただくようにしている。
そして、この狩りが訓練という視点で見るととても有効な方法なのだ。
逃げたり、逆に襲いかかったりしてくる生き物に対して的確に攻撃を仕掛ける。
狩りには、止まった的に当てるだけの練習では決して身につかないものがたくさんある。
狩りを遊びと言っていいかどうかについては議論の余地はあるだろうが、実戦の中で魔法や体の使い方、相手を追い詰める戦略を練る思考力を培うのに、これほど適したものはないだろう。
それと、カルタゲーム。
これは俺が大好きなラノベである、本が好きな女の子が身分の高いものに勝っちゃうよー的なやつに載っていて、字を学ぶ時に効果的なんだなと思ったから作ってみようと思ったんだ。
カルタを作るためには木を薄く切らないといけないんだが、それはアルベルトの親父さんが作ってくれた。
「これくらいならお安い御用だぜ!坊ちゃん!」
と言いながら、喜んで作ってくれた。
俺が水やりをするようになってから、野菜の生育がとても良いらしい。
きっと俺が水魔法『シャワーズ』を使いながら
「おいしくなーれ♪おいしくなーれ♪」
と調理員さんがいつも給食にかけてくれている魔法を使っているからだろう。
※色々と個人の考えです。
それとカルタを作るために墨を作ることにした。
実は、これは書写の授業をする前に調べて知ったことなんだが、書写の学習で使う墨は煤と膠からできているんだそうだ。最近の学校は、動画のコンテンツも充実していて、墨の作り方も動画で学ぶことができた。
なんか、噂で聞いたんだけど、教科書に付いている動画のコンテンツで漫才師が漫才しながら教えてくれるようなものもあるらしい。色々工夫がすごいよね。
・・・まあ今の俺には関係ないけど。
ちなみに本好きな女の子は膠も自分で作っていたけど、セドリックに聞いたら普通に膠は売っていると言われたので、セドリックに調達してもらった。煤は、アルフレッドの家の煙突掃除をして、真っ黒になりながらゲットした。
そんなこんなでカルタを作ってアルベルトと遊びながら文字の勉強もした。
これについては、アルベルトの家に行って妹と弟とも一緒にした。
妹は4歳で頑張って文字を読もうとしていた。
弟は2歳なので、よくわからんけど気に入ったカルタから奪っていった。
可愛いものだ。
ちなみに、セドリックは読み札担当だ。
もはや、アルベルトの家族とは仲良しだ。
「セドリックの旦那!今日は立派なニンジンができたんだ!!持って帰ってくんねえ。」
「ああ、いつもすまないな。」
「良いってことよ!うちの息子も下の兄妹も、坊ちゃんが遊びに来てくれるようになってずっと元気になったんだぁ。遊んでもらって楽しいのはもちろん、野菜も元気に育つし、それを食べる俺たちも元気だぁ。それに、気がついたら文字や数字なんかも覚えていって。こいつぁ、将来大物になるんじゃねぇか!!なんてな。なんせ、坊ちゃんと旦那にはどんだけ感謝してもしたりんさ。」
「・・・そうか。それは何よりだ。」
今日もいっぱい遊んで満足して家路に帰る。
「レイモンド様。」
いつものように俺に付いて歩くセドリックが後から話しかけてくる。
「私はレイモンド様の『遊び』というものを大きく誤解しておりました。」
「どういうこと?」
俺は続きを促した。
「最初、私は『遊ぶ』ということは、ただ遊ぶだけ。つまり、学びもないし、成長もない。好き勝手しているだけのものだと思っていました。」
失礼なやつめ。俺がそんな考えなしに見えてたんだな。
(もう、ふんよ!ふん!!セドリックなんか口を聞いてあげないんだから。)
と頭の中の思春期女子の俺がプリプリ怒っていると、セドリックが言葉続けた。
「ですが、実際は全く違っていました。レイモンド様のしている遊びの中には、魔法、運動、学習、それら全てが複合的に絡み合いながら育まれていました。私はただひたすら魔法を愚直に練習することが正しいのだと思っていましたが、それは間違いだと気付かされました。改めて、謝罪をさせてください。申し訳ありませんでした。」
(そこまで言うなら許してあげてもよろしくってよ!!ほっほっほっほっほ!!)
心の中の思春期女子が悪役令嬢みたいな感じになってしまったが、まあ要するに仲直りだね。
理解し合えてよかったよ。
「セドリック。」
「はい、レイモンド様」
俺は目をじっと見て言った。
「愚直に練習することが間違いではないよ。ただ、大事なのは何を目的とするのかだ。もし魔力を使い切るまで魔法を出すことが目的なのだとしたらそれは訓練じゃない。ただの作業だ。だが、もし同じ力で何回も継続して出し続ける練習をしたいとか、魔力を使い切った時にどう戦うかを訓練するとか、なんでもいい。目的があれば、それは訓練たり得るんじゃないか。大事なのは訓練は目的ではなく、手段だと言うことだ。それとな?」
「何でしょう?」
「子供は遊びたいんだよ。そして、遊びに夢中になっていると本気になる。本気になると、今までの自分以上のことができる。成長する。幼児期の子どもならでは特性を生かして、効果的な遊びを仕組むことが、真の教育者のすることだ。幼児教育に携わるものであるなら、そういった心がけをしておくといい。」
「なるほど!」
「合言葉は!」
「合言葉は?」
「遊びを通して学ぶ、だ!」
「遊びを通して学ぶ、覚えておきます。」
「もちろん、これは年齢とともに変わっていくことだ。いつまでも遊びを通して学び続けてはいけないから、その辺はまたおいおい考えていこう。」
「わかりました!!」
「ところで、レイモンド様。」
セドリックが急にマジな顔して聞いてきた。
「なっ、なんだ?」
「レイモンド様は本当に5歳ですか?」
「えっ!?」
「私の記憶では5歳ってもっと子供らしいものだと思うのですが・・・。」
「そっ、そんなことはないよ!僕は子どもだよ!!」
これは、名探偵の少年のような苦し紛れの言い訳だな。
「そっ、それに!こんなふうに育てたのはセドリックだぞ!!」
「えっ!?どう言うことでございますか?」
何とか必死に言い訳を考える。
「えええっと、あっ。そうそう。セドリックとジュリアは俺が赤ちゃんの時からいろんな話をしてくれていただろう?」
「えっ?ああ、はい。確かに話しかけていました。」
「それを聞いて、俺はたくさんの知識を吸収したのだ。」
セドリックはびっくりした顔をしながら、
「じゃあ、私たちが話していた内容がわかっていらっしゃったのですか?」
「あっ、ああ、まーー大体な。」
「まさか!ジェシカが言っていたことが事実だったとは。驚きです。」
なんとか誤魔化せたかな?
「だから、俺が5歳らしくないと言うならお前たちのせいだ。わかったな!絶対、絶対そうだ!!」
「なるほど。かしこまりました。赤ちゃんが喋らないと思って話しかけないのではなく、赤ちゃんがわかっていると思いながら話しかけることが大事なんですね。そうするとレイモンド様のような聡明な方に育つのだと!」
まずい、なんか盛大に勘違いしている。
修正しないと・・・。
「いや、みんながみんなそう言うわけではないと思うよ。まあ、俺がたまたま賢かったということもあるだろうし、ね。」
う〜〜ん、苦しい。どうしたものか。
「ぷっ。あはははは。」
なんだこいつ急に笑い出しやがって。
「はははは。ムキになっているところは子供らしいですね。」
カッチーーン
「何だと!てめえ、こら、セドリック!!」
「すみませー〜ん!」
謝りながらも走って逃げていくセドリック。
「お前、今度俺の新しい魔法の実験台にしてやるからな!!!」
「ご勘弁をーーー。」
この日、俺とセドリックは単なる仲良しな主人と執事から、本当の仲間になったような気がした。
あるいは家族かもしれないなと思った。
「馬鹿野郎――――!!!!!」
夕暮れの帰り道に俺の罵声が響き渡る。