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1.誕生

なんて美しい音色なんだろうか。

これまで何度も聴いたことのある曲だが、ここまで心が揺さぶられたのは初めてではないだろうか。

『月の光』

この曲のタイトルである。


言わずと知れたフランスの天才作曲家のドビュッシーが作った名曲中の名曲である。

同じ時代の詩人ヴェルレーヌの詩『月の光』をモチーフに作られたと言われている。

ドビュッシーは特に好きな作曲家の一人だが、本当に天才だと思う。

なぜならばさっきから目を閉じれば月がはっきりと見える・・・

「はぁっ?」

ズゴッッッ!!

(痛ったーー!!)

脇腹に痛みを感じ悶絶しながら右を見てみると、隣に座っている奥さんがマジの目で睨んでいた。

(こっ、殺される!!)

そして、ジンジンと痛い脇腹には奥様のエルボーが綺麗に入っていた。

「ごほん。」

咳払いがする左を向くと、今度は『私、クラシックマニアざます。』という顔をした、金縁メガネのマダムが睨んできた。

「・・・すみません。」

俺は聞こえるか聞こえないかくらいの声でつぶやいて、大人しく前を向いた。

このコンサート、なんかおかしい・・・



一週間程前の話だ。

教師をしている俺はこの日も、やんちゃな一年生と格闘し、疲れ果てて家に帰ったのだった。

ガチャ

「ただいまぁぁ!疲れたーーー!!ビール!!!」

「湊、おかえりー!郵便届いてるよ。」

奥さんの美月季が教えてくれた。

「なに?なに?何買ったの?推しグッズ?」

最近アニメと漫画とラノベにハマっている4年生の美結がいつもの調子で、話題をそっちに持っていこうとする。

「お前の頭の中はアニメ系ばっかか?」

即答で、

「もちろん!!推しがいたら生きていける〜〜。」

それを聞いて怒る奥様、

「そんなことより、洗濯物畳んでよ!」

渋々洗濯物を畳みながら、ささやかな反抗として後から娘が俺に向かって魔法を放っている声が聞こえるがこれは無視しておこう。

「マ◯◯アルバースト!!」


ところで、なんの郵便だろうか。

封筒を開けてみると、そこには小さな字で几帳面に書かれた手紙とコンサートのチケットが3枚入っていた。


『三星湊様 

突然のお手紙に驚かれたことと思います。ご容赦ください。また、本名を名乗らぬ無礼も合わせてお詫び申し上げます。私は、以前、三星湊様に大変お世話になった者です。三星様がいらっしゃったおかげで苦しかった学校生活を乗り切ることができ、今は自分の願いのために前向きに努力を重ねることができています。本当にありがとうございました。

その感謝の気持ちを、なんとか三星様に伝え、ささやかでもお礼をしたいと思い、勝手ながらピアノのコンサートのチケットを送らせていただきました。三星様は当時からピアノを聴くのが大好きでしたので、今人気のあるピアニストのコンサートのチケットでしたら喜んでいただけるのではないかと思い、送らせていただきました。当日は、私も会場に行く予定です。その時に、お会いし、ぜひ直接感謝の気持ちを伝えられたらと思います。

どうか、どうかコンサートにお越しください。よろしくお願いします。 

                         月より』


とても丁寧な言葉で書かれたピアノのコンサートのお誘いだった。

「昔の教え子からの手紙なんじゃないの?ほら、住所知ってるってことは担任持った子じゃない?湊、いつも年賀状はここの住所で送ってたじゃん?ストリートビューで見られるから嫌だって言ってるのに。」

うむ、テクノロジーって怖いよねー。

なるほど。確かに数年前まではここの住所で年賀状出してたな。

いまだに手紙を送ってくれる元教え子もいるくらいだし。

「ということは、昔俺が教えた子のうちの誰かってことか。月ねぇ・・・何人か月から連想できる子もいるなぁ。」

やんちゃだったあいつや、おとなしいけど自学頑張ってたあの子、月が好きで調べまくってたやつもいたなぁ・・・。

誰だろう??

ワクワク

美月季と話していると、なんとなく胡散臭かった手紙が、教え子からのサプライズのように思えてきた。

「それに、このチケットってアニスのコンサートのでしょ?即日完売したって聞いたよ。S席の中央左寄りだし、間違いなくいい席だよね。この子わかってるーー!!ちょうど3枚あるし行こうよ!!」

賛成に1票入った。

「私、ちょうどそのホールの近くで推しのアニメの期間限定のアンテナショップがあるから行きたい!ついでに!!」

「ついでかい!!」

とはいえ、賛成2票。過半数を超えました。

「それに最近、仕事で疲れも溜まってるし、素敵なピアノを聴いて癒されに行こうよ。」

そんな優しい言葉をかけられちゃったら、おじさん泣いちゃうよ。

「よし、じゃあせっかくだし行こうか!」

「イェーーーイ!」

若干1名だけ、喜んでいる理由が違う気もするがいいか・・・。



という流れでコンサートに来ることになったんだけどさぁ・・・。

コンサートだってわかってても、これを見たら声も出るでしょ?

素晴らしい演奏に浸って目を瞑る。

そうすると今まで見たこともないような美しい月がはっきりくっきりと見えるんだよ。

ああ、綺麗だね。

中秋の名月でもこの月よりだいぶ小さいよ。

なんなら色だって翠色だしね。

「えっ?翠??」

ギロ!!

左右から痛い目線が・・・。

「しーー。」

今度は二つ隣に座っている娘からも注意された。

普段はコンサートの途中で寝てて怒られているくせに。

この裏切り者め。

(アイ◯ムアトミ◯ク)

陰に潜みながら心の中で最強の魔法を唱えておいてやったさ。

ふん、裏切り者に制裁を加えてやったわ!


もういいさ。一人で解決してやる。

どこぞの天才小学生が、真実はいつも一つだって主張しているから自分なりに考えてみよう。


ドビュッシーが天才なのは言うまでもないが、だからと言って演奏を聴いたら、月が見えるような曲を作れるわけがないしなー。

ということは可能性は二つ。

このピアニストがすごいのか、俺がやばいのか。


可能性①

『このピアニストがすごい』説

もはや、ピアニストとかそんな次元じゃないよね。魔法の世界ですよね。はい、却下。


可能性②

『俺がやばい』説

確かに今年担任しているクラスはやばい。ストレスも半端ない。教師という仕事をし始めて13年になるが、初めて転職という言葉がよぎったくらいだ。今日も日頃のストレスから解放されるためにピアノのコンサートに来ている。


・・・これは②に決定ですな。

そうだ、病院に行こう!!

たらら ららら ららーんらら たらら ららら ららららー♪

心の中で新幹線が京都方面に向かっていった。

うん、落ち着いた。


ということで、とりあえず目を瞑って世にも珍しい翠色の月を素晴らしい音楽と共に楽しむことにしよう。

と、見て見ぬふりを決めたところで声がした

「ちょっと。もう少し驚きなさいよ?」

不満そうな声が前から聞こえた。


コンサート中に声を出すとはなんと不届な。

ねえ左のザマスのマダムさん、どう思います?マナー違反はやめてほしいですわね?

と思って左を向くと、思わず

「ふぇっ?」

と声が出た。

左を向くと、いかにもうるさそうな金縁メガネのマダムさんはいなくなっていた。

隣の席はもぬけのから。

まさか、俺がうるさくしてるから腹立てて出て行った?

「あれっ??」

さらにあたりを見渡してみると、他の客席にいたはずのたくさんのお客さんもいなくなっていた。

「美月季?美結ちゃん??」

当然のように、右側に並んで座っていた奥さんと娘の姿もなくなっていた。


そんな異常な状況の中で、ドビュッシーの「月の光」だけは途絶えることなく演奏されていた。

あまりの異常な状況に理解が追いつかず

「俺の心はそんなにも病んでいたのか?」

と、何もかも心が病んでいるせいにしていたら、

「んなわけあるかい!!」

と鋭いツッコミが飛んできた。

「ナイスツッコミ!!」

とサムズアップしながら褒めた先にいるツッコミの主は、ピアニストのアニスだった。


このピアニストは最近人気急上昇中のピアノ系Youtuberだ。大きな帽子にサングラスというミステリアスなビジュアルに心を揺さぶられる唯一無二の演奏。さらに、音楽に合わせて作られた映像の素晴らしさや、オリジナルの曲が本当に良くて、あっという間に登録者100万人になったのだった。


そのスーパーピアノ系Youtuberがこの不自然な状況で、ごく自然に語りかけてくる。

「ねえ、湊くん。少しお話をしましょうか。」

「えっ?あ、はい。なんでしょう。」

とりあえず椅子に座ってみた。

つい雰囲気に流されちゃうのよねー


アニスはそれまでと変わらず「月の光」を弾きながら、話をしてきた。

「湊くんの好きな言葉あるでしょ?教育でなんとか、っていうやつ。」

「教育でより良い社会をつくる、ですか?」

なんでそんなこと知っているんだろう?名前もなんで知っている?


このピアニスト、帽子とサングラスで顔を隠しているけど、実は知り合いとか?

体は大人、頭脳も大人、その名?はただの一般人!

の俺の脳みそでしょうもない推理をしていることに構うことなく、アニスは話を続けていく。

「それって本当に可能だと思う?」

疑っているような声でアニスが聞いてきた。

これは、俺の教師としての信念に対して喧嘩を売ってきているね。

よし、いいじゃないか。その喧嘩、買ってやろうじゃないか。

カーン!!

心の中でゴングがなった。

「もちろん!!!日本の教育はね、それを目指しているんだよ。より良い教育でより良い社会を作るんだよ!ウェルビーイングなんだよ!!わかるかい?そこのピアニストさーーーーーーーーん!!!!!」

どんっ!!

と胸を張ってドヤ顔をしてやった。

決まったね。

「・・・。」

ふっ。何も言い返せないよ。全く、ピアノばっかりやっているお嬢ちゃん(年齢不詳だけど)が、教師に向かって教育語るとは、ヘソで茶が湧いちゃうぜ。

なんて、心の中で悪態をついていたら、

「じゃあ、証明してよ。」

と言われた。


ぶへっ!!

これはカウンターパンチを食らったぜ。

ボディブローが効きやがる。それを言われたら、どれだけの教師が言い返せるよ?

言っておくが、俺はなぁ、ごく普通の平凡な教師だぞ!

より良い社会を作るっていう意気込みはあれども、日々の仕事に追われてへとへとになって帰って、ビールを飲んでいるだけのボロ雑巾教師だぞ!

心を癒すためにコンサートに来たのに、癒してくれるはずのピアニストが、ボディにナイスパンチをぶち込んでくるとは、恐れ入ったぜ。

「証明って言われてもなぁ・・・。」

さっきまでの威勢は鳴りを顰め、それだけを絞り出すようにつぶやいた。

「私は信じているよ!湊くんならできるって!!」

なんだろう、この違和感。

間違いなく知らない人のはずなのに、どこか懐かしさを感じる声。

「あの、どこかでお会いしましたか?」

なんとなく感じたことを口にした。

「あと、他の人たちは?奥さんと娘もいなくなったのですが・・・。」

これ一番大事なやつだよね。これを早く聞かなかったことがバレたら、しばかれるパターンね。

ってか本当に心配だし・・・・。ほんとだよ・・・・。ほんとに・・・・・・・。

「んーー。湊くんは私のことは知らないはずだよ。もうすぐ出会えるから楽しみにしててね。それと、奥さんと娘さんはコンサートホールにいるから大丈夫。それと、湊くんの体も大丈夫だからね。」

はて?

「今会っているのに、もうすぐ出会えるって?それに、奥さんと娘がコンサートホールにいるって、ここがコンサートホールでしょ?それに俺の体ってどういう・・・!?」

話している途中で、突然周りが闇に包まれた。

いや、突然ではない。

えっ?

いつからかわからないし、なぜだかわからないが、自分はしばらくこの闇の中にいた。

そうなの?

?????


体が動かない。

ただ月の光がそこにあることだけはなぜだか感じていた。

耳の奥で、アニスの弾く「月の光」が流れている。

「約束だからね。証明してよね。それと、一応言っておくけど死んだら戻れないからね・・・。」

アニスの声がだんだんと遠くなっていく。


「★△◯☆★△◯☆・・・・・」

なんかくぐもった声がする。

体は相変わらず動かない。

そういえば、息してないな。

(死ぬ!!)

と思ったが死ななかった。

息をしてないのに死なないとか、意味不明すぎるやろ。

ついに人間の限界を突破したのか!?


不意になぜか誰かの気配を感じた。

なんかよくわからないけど、緊迫感がすごい。

なんだろう?

そう思っていたら、自分のいる場所が狭くなってきた。

(痛い!!死ぬ!!いやもう死んでいる?でも痛いし。夢?イタタタタタタタ!!)


あまりの痛さに、助けを求めるために声を上げた。

(痛い。助けて!ママ!娘!誰か)

→「おぎゃあ。ほんぎゃあ。・・・」

はて?


身体中が痛くて仕方ない中、頭の中で冷静に状況を分析してみると、一つの事実を発見した。

「おぎゃあ。ほんぎゃあ。・・・」

↑これ赤ちゃんの泣き声ね。

この声の主は、俺みたいです。

あまりの痛みで機能停止しかかっている脳みそをフル回転して考えた結果、どうやら俺は赤ちゃんに生まれ変わったらしい。

マジでか!!?

定番のほっぺたをつねるまでもなく、強烈な痛みを感じているので夢ではない。

コンサートホールで死んでないから、転生ではないよな??

かの有名な転生したスラ◯ムさんは不審者に刺されて死んでから転生してたよね。

死んでないのに転生って今までにないパターンでは?


なんて思っていると、

「おぎゃあ。ほぎゃあ。・・・」

もう一人の赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。

どうしてもう一人?状況がわからん。

ここはこの体(赤ちゃん)のポテンシャルを最大限に発揮して情報収集だ!!


首!!

動かなーい!!


視力!!

悪すぎて何も見えーーん!!


体!!

動かせなーーーい!!


言葉!!

喋れなーーーーい!!


そして、言語!!

理解できなーーーーーい!!


「★△◯☆★△◯☆★△◯☆!!」

んー、どこの国だろうねー

そもそも訳のわからんピアノのコンサート会場から突然こんなところに来て、赤ちゃんとして生まれたということを考えるとここが地球かどうかすら怪しい。

異世界だと言われた方がまだしっくりくるくらいだ。

まあ情報収集はいずれするにして・・・


なんだろうこの空気感。

赤ちゃんが生まれたのを祝うという雰囲気じゃないよね。

言葉はわかないし、周りの人の表情もわからないけど、なんとなくピリッとした空気感だけはわかる。

(俺、空気読むタイプなんで。)

なんて言ってる場合ではないな。


今ここにいる大人たちは、俺ともう一人の赤ちゃんの誕生を素直に喜んではいないと思う。

なんなんだよ!

赤ちゃんの誕生くらい祝おうぜ!

パーティーだぜ!

お母さんに感謝しようぜ!!

対して役に立ってない出産時のお父さん、奥さんをもっと労おうぜ!!

(娘の出産の時の俺の役に立たなさ、半端なかったからね。)


しばらくして、なんとなくわかったのだが、もう一人の赤ちゃんは俺の双子の妹のようだ。

双子が産まれたということに何か喜べない理由があるのだろうか?

それとも俺が実はとんでもないブサイクだったとか?

おいおいオヤジさん、お袋さん、生まれたての子供っていうのはガッツ◯松さんか某元横綱みたいな顔だっていうのはお決まりなんだぜ。

今や可愛く育った美結も生まれた当時は、横綱の貫禄が出てたもんね、顔に。

その辺を加味した上で判断しようぜ。

・・・まあ、多分そういうことじゃないんだろうけど。


何か重大な問題があったんだろうな。気になるところだが、この体で情報収集はできないから、その辺はぼちぼちやるしかないか。

もう遥か昔のような感じがするが、コンサートホールに置いてきた奥さんと娘と俺の体は大丈夫だってアニスは言っていた。

今できることは、できるだけ早くこの世界で情報を集めて、元の世界に戻る方法を考えるということだ。


おう、もう時間か・・・・・・眠い。

赤ちゃんは・・・・寝るのが・・・・仕事とは・・・・よく言った・・・・もの・・だ・・・な。

俺の・・・骨は・・・・海に・・・蒔いてくれ・・・・

ガクッ。

スーースーースーーー



こうして、俺の第二の人生??は始まったのだった。

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