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3 魔女は魔女と出会う

「失礼いたしました、役職あるお方だったのですね。従者と勘違いしていたことをお詫びいたします」

「いえ! そんな、こちらこそご挨拶をするタイミングを逃しまして、大変な失礼を……」


 村を出て翌日の宿で、官吏の衣服に着替えたマートンにリッカは詫びたが、逆に地にめり込みそうなほど頭を下げたのはマートンである。

 線の細いマートンは、叩き上げの兵士であったテイの横にいると余計に小さく幼く見えたらしい。


「本来なら従者も同行させるべきなのですが、なにせ我が国は、いえ我が領は子供の小遣いすら出し惜しみする状況でして、私も同行を断ったのです。二人とも自分のことは自分で出きますから」


 何をする、どこへ行くにも侍従侍女を伴う貴族と違い、そんな暮らしに縁がなかった二人である。


「そうですか。でもよろしいのです? そんな事情を私に教えても」

「よろしいもなにも、道行きを見ればわかってしまいます。それに、魔女様に嘘はつきません」


 首都に近づくごとに、道は荒れ始めた。

 道の端に座り込む者は増え、家を失ったものたちが僅かな庇を奪い合っている。商店の品物は乏しく、市場の食料も去年と比べると五倍以上の値になっているとテイは言った。

 リッカはなんだか楽しくなってきた。なるほど自分は、あの腹黒大魔女の弟子にふさわしい魔女らしい。

 このどうしようもない国をどうにかしろというのだ。一体どれほどの対価を想定しているのかはしれないが、積める大金も無いというのだから更に楽しい。

 宿の食事もリッカをもてなすことは到底できないとテイは恐縮したが、リッカは気を害した風もなく「出来ないことは申しません」と鷹揚だ。


「それよりテイ殿、ひとつ提案がございます」

「それはどのような」

「私が首都へ行くと、大仰に宣伝してくださいませ。魔女が領主に招かれた、対価を差し出して国を豊かにする、と」


 それは民の心を救いはするが、もし領主が対価を渋った場合の爆弾である。豊かになるはずだったのに領主のせいで報復をうけた。領主が悪い、領主を殺せ。

 この荒んだ状況であっという間に暴動になり、兵も不足する今となっては収拾もほぼ不可能となるだろう。

 リッカはそうしろと命令したわけでも無いが、これは避けられぬ提案である。断れば、領主は対価を渋るだろうと言っているのと同じである。


「わかりました、道行きリッカ様をたて、宣伝いたしましょう」


 テイとて民の救いの道を増やしたい。マートンもそれに同意し、食事や休憩のたびに魔女様を連れて首都へ向かうのだとふれ回った。


「あぁ、この街道はいいですね」


 リッカがそう呟いたのは、地理的にアフランに近く、ケランドからロッターニア大公国へ敷かれる大街道の予定地から東へ逸れた場所である。森の向こうに僅かに視認できるのがアフランとクシアの元国境で、現在は行き来も自由、もとい無法地帯である。


「リッカ様、どいうたしました?」

「この森が良い。後ほど拠点としますので、覚えていてください」


 それは文官マートンに向けられていて、マートンは慌てて萎びた帳面を取り出して書き付けた。

 リッカの計画はなにやら着々と決まっているようだが、詳細を尋ねても首都に着いてからだときっぱりと断られた。

 魔女の家から出立して十七日目、ようやく首都の外壁が見えた。

 一度はクシア王家の城と同様に解体されそうになった壁だが、コストと治安のことを考えて、という表向きの理由で未だ無傷であるが、正門だけは無駄な籠城作戦に出られぬように完全に破壊されている。

 最低限の治安維持のために兵士は置かれているが、入国審査もままならぬ程ひとが溢れていて、実質は出入り無制限である。


「市場を見せて下さい。それから病院、学校、役所を」

「はい、ご案内いたします」


 すぐに城へ向かおうとしたテイに、リッカは首を振る。市は人が溢れかえっているが盗難を恐れて品物は少ない。しかし飢えるほどではないという。それというもの、ケランドの商人たちがあっという間に販路を整え、クシアに生活必需品を卸しているのだ。

 これでクシアのなけなしの金はあっという間にケランドへ流れるだろう。人道支援と称したケランドの手腕である。価格は僅かに高いが、搾取というほどでもない。クシアも強く言いにくい絶妙な価格設定は流石商業大国である。

 リッカは首都に入る前に、菫色のローブを脱いで町娘のような姿になっている。ここでは魔女と知られぬ方が都合が良いのだという。


「あら、あなた」

「まぁ」


 ふいにリッカに声をかけた者があった。こちらも生地は良いが使い込まれた衣服で、巻きスカートにブーツという出で立ちの、三十歳ほどの見た目の婦人だった。


「あなたも面倒を避けてるのね、正解だわ。毎日うるさいったら。もしかして噂の?」

「はい」

「なるほどね。楽しそうだったら押し掛けるわ」

「その時は是非。私はルタの弟子、リッカと申します」

「まぁ、ルタの? 彼女は楽しい人だったわ。わたしはジャーニンよ」


 ジャーニンはリッカにだけ手を振り、あっさりと去っていった。もしかしなくても、とテイはジャーニンの背中を目で追いつつ「彼女も魔女ですか」と尋ねれば、リッカはあっさりと頷いた。


「俺が魔女を見たことがなかったわけがわかりました」

「魔女はたくさん居ますよ」


 魔女は魔女を見分けるが、テイたちは「魔女です」と言われねば全くわからない。そのあたりにいる人間と見た目が違うわけではないのだ。あの圧倒的な美貌とオーラの大魔女は別格である。

 その後、三人は病院と役所を訪ね、機能の正常化がほど遠いことだけを確認した。リッカが一番気にしたのは学校である。


「通うのは十二歳からです。元貴族の子らは基礎を家庭教師から習いますので。俺は字を読めるようになったのは姉からの援助が受けられた十五歳からで、平民としても少し遅めですね」

「平民の子は全員が通えないのですね。女の子は?」

「女の子は滅多にいません。学費を出すのは男の子が優先されますし、通えるのは一人っ子の余裕がある家か、貴族の家に働きにやりたいから教養をつけたいっていう家だけですね」

「役所にも女性はいませんでした」

「ええ」

「ロッターニアもこんな感じでしょうか」

「さぁ、詳しくはわかりませんが、会談に出てくるようなのは皆男なので、同じではないでしょうか」


 リッカがどことなく不機嫌に見えて、テイとマートンは顔を見合わせた。


「なにかご不満な点がございましたか?」

「不満ではありません。お師さまが仰っていた事が今わかったのです。人々は少し考えたら分かることを考えないし、変えない。怠惰で傲慢、愚鈍で自意識過剰だと」

「それは、返す言葉もございません」


 怠惰で傲慢で愚鈍で、自意識過剰であったがためにいまの惨状である。そしてその後始末を、魔女に押しつけようとしているのだから、テイとマートンは肩を落とした。


「後の話は領主といたしましょう。案内を頼みます」

「はい」


 ようやく馬首を城にむけて進めば、テイたちの任務は終わる。なかなか得難い旅だったとテイは思っていた。魔女は不思議を成すが、それ以外は至って現実主義であった。教養深く、賢く、余計な話も殆どしない。同じ年頃の娘であれば、もっとかしましくても良いのにと感じるほどだ。


「あなたと仕事が出来れば、きっと楽しそうだ」


 馬上でマートンが、思わずといった風に呟いた。道行きリッカの話す事柄やアドバイスを、マートンは律儀に帳面に書き付けていて、思うところがあったのだろう。テイも同じ気持ちだった。

 リッカはなにも言わず、ただ僅かにくちびるを笑みの形にした。


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