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シャンロン3

 何度目かの森を抜けたとき、前方に周囲の山と遜色ない大きさのドーム型の膜が見えた。膜は透けていて、内部に灰色の人工的な建造物が詰まっているのが遠目でもわかる。


「あれがシャンロンよ。どこからでも入れそうな見た目だけど、出入口は東西南北に1つずつしかないのよ」

「出入口って概念があんのかよ。外界との間に透明の壁があるようにしか見えねぇけど」

「どこからでも侵入できたら危険でしょ? 厳重な守りのおかげで、ちょっと面倒かもしれないわ」

「見張りがいるってわけか」

「残念ながらね。同じ人間なら出し抜く方法はいくらでもあるけど、ルヴァンシュの生み出した私兵が相手じゃあ突破する方法は限られるわね」

「お前はあそこから出てきたんだろ? 同じように入りゃあいいんじゃねぇの?」

「あたしわね。問題はあなたたち。住民の顔は全部覚えられてて素通りさせてくれるけど、ふたりはよそ者なんだから」


 速度を落としたサロリアは草を刈り描かれた道を進み、シャンロンの出入口の1つが見える地点で足を止めた。説明を受けるまでもなく、微動せず佇立する巨大な兵士の傍らに両開きの扉が見えて、そこが出入口だと理解した。実際に扉が設置されているのではなく、透明な膜の一箇所に鮮やかな青い線で扉のような絵が描かれている。


「本当にアレが出入口で合っていますの? 近づいたらちゃんと開きますの?」

「大丈夫よ。ラーグとホーコに反応しなかったら、あたしに続けて入れば問題ないし。ていうか、問題は別にあるでしょ?」

「え、ええ……そうですわね。何も解決策が浮かばないですが」


 今のところ巨大な兵士に動きはない。モンスターと遜色ない巨躯に見合う巨大な剣を握ったまま、指先一つですら動かない。どれほど機敏かわからないが、戦闘になったら攻撃を躱すより倒すことが困難そうに思えた。見るからに頑丈そうな鎧に全身が覆われている。


「禁忌ってやつで生み出されるから人間じゃねぇとは想像できたが、かなりヤバそうだ」

「平和的な方法ですんなりいけることを祈りましょう。あたしの客人と説明したら、案外簡単に通してくれるかもしれないわ」


 アクセルを解除してサロリアの身体から青い粒子が霧散して空気に溶ける。遅れてホーコ、ラーグも解除した。


「そんな簡単に通してくれるなら、私兵を置く意味がねぇんじゃねぇか?」

「だから無理でしょうね。でも、最初から喧嘩腰でいくより、最善を祈ってからでもいいでしょ?」

「なんだよ、策がありそうな雰囲気を出しといて結局は強引に突破する前提だったのかよ。最初から喧嘩腰で奇襲かけちまったほうが楽じゃねぇか?」

「奇襲が通じるような相手ならね。人間離れした反応速度で反撃されて、返り討ちに遭う危険のほうが高いわ」

「嘘だろ……スピードもあんのかよ。そん時になったら腹くくって向き合えってか。ついてくるんじゃなかったぜ……」


 シャンロンを守る兵士は6メートル前後の巨躯に見合う白い騎士甲冑、両刃剣で武装した化け物。顔も覆われていて弱点がどこなのか判然としない。陽光を反射して煌めく姿が神々しく、手を出してはいけない相手ではないかと脳が警鐘を鳴らす。

 奇襲する選択をしたところで、効果的な先制攻撃を入れるには情報が少なすぎる。


「で、アイツの倒し方は?」

「わからない。倒れてるところを見たことないから。殺される場面ならそこそこ見たけど」

「無謀な話をされてんだな……でもまぁ、やってみなきゃわかんねぇって話でもあるか」


 作り物めいて微動しなかった兵士の首が動いた。接近していたラーグ一行を見下ろし、歩みを止めない一行を視線だけで追う。率先してメイドが先頭に立ち、足取りの重いお嬢様を促して後につかせる。背後の平原を一瞥して人の気配がないことを確認して、長髪の執事服の男が殿を務める。

 閉ざされていた両開きの扉が左右に引いて、隙間から街の景観が広がった。6メートルの巨躯を気にもとめない様子でサロリアは素通りを装う。兵士が握るサロリアの背丈の倍ほどもある両刃剣は振るわれる様子もなく、呆気ないほど容易く真横を通り過ぎた。

 違った。サロリアが通過するまでは動かなった剣が持ち上がり、後続のホーコとラーグを分断するように振り下ろされる。大地が揺れる衝撃を間近で受け、ホーコは尻もちをつく。眼の前の刀身に怯えた表情が映った。


「説明を忘れていたわ。この二人は別の街に住んでる友達なのよ。シャンロンには遊びにきただけだから、通してくれない?」


 宣言通り平和的な解決手段を選びサロリアが説得するも、兵士はしゃがむホーコを凝視して他には目もくれない。立ち去れと脅しているのだ。ホーコは明らかな怯えを浮かべているが、片方の手は背中の後ろで銃を握っている。怖い女だ。

 武器を持たない自分には何ができるだろう。とりあえず巨大な剣を握る拳を蹴って武器を落とさせようかと作戦を立てている最中、振り下ろされた剣が持ち上がり、兵士は元の作り物のような佇立した体勢に戻った。

 わけがわからず警戒して見上げていたが、兵士の視線は正面の虚空を見つめ固定されている。


「なんだかわかんねぇけど、通してくれるみてぇだな」

「な、なんで急に? 気味が悪いですわね……」

「まぁ細けぇのはいいじゃねぇか。これで無事に入れるんだからよ」


 まだ尻もちをついて腰が抜けたフリをしているホーコを置き去りに、ラーグはサロリアの隣に並んだ。

 ホーコは隠し持っていた銃をしまい、頭上の佇立する巨大な兵士を仰ぎつつ立ち上がる。一歩、二歩目までは見上げたまま歩き、残りは小走りで扉に駆け寄った。

 一行が扉の向こうに収まるなり、扉は自動で閉じた。

 扉の内側から見てもシャンロンを覆う膜が透明なのは変わりなく、一行を素通りさせた扉の前に立つ兵士を観察できた。

 兵士は人影のない平原の先を見つめ、襲いかかってきた事実が嘘だったかのように作り物を装っていた。

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