シャンロン2
サロリアがマトモで助かった。ホーコは納得していない雰囲気を醸していたが、アクセルを発動したサロリアを見てそれ以上は何も言わなかった。ラーグもアクセルを行い、視界を青く染める。
「それじゃ、感覚を取り戻すまでは緩やかに行くわね」
そう言うなり、サロリアの纏う粒子が炸裂するように弾けた。青色の閃光が、さっき視界を横切った光と同じ速度で東に向かう道を進む。光でありながら視認できるのだから、『緩やか』と説明されればその通りかもしれない。
「うまくいくのかよ」
誰かに教えろと言われても、どう説明したらいいかわからない。ただ事実として、サロリアの様子を真似て前進を念じただけで視野が伸びるように先に進んだ。妙な感覚ではあるが、当然のものと解釈すれば違和感も失せる。数百メートル先で立ち止まるサロリアの光めがけ、直線の起動での移動を念じた。
アクセルが散らす粒子のトンネルを潜る錯覚に頭が混乱したが、ほんの数秒だけのこと。数百メートル先にいたサロリアの待つ地点に、ラーグ自身も青い粒子をゆらゆらと纏った状態で立っていた。
「こりゃあ便利だ。知ってたのかもしれねぇけど、コイツを初体験する感覚を味わえたのは貴重だな。そうだろ、ホーコ」
一筋の光が瞬いた直後、ホーコも隣に立っていた。青い粒子が漂う中心で、不思議そうに自分の身体を足先から手先まで眺める。
「え、ええ。知識として覚えていても本当にできるか不安でしたが、案外簡単ですわね。初めてのように感じるのに、身体が自然と動きます。問題なさそうですわね」
「だな。サロリア、ついてくから先導を頼む」
頷き、サロリアは周囲の粒子と共に弾けた。視界の先に進む――というより飛ぶと表現すべき速度で離れる光に追従するようアクセルを行使する。ホーコと同時に飛び、二人は先導するサロリアの左右に追いついた。
「さっきの話だが、もう少し詳しく聞かせろよ」
「ああ、あたしの主の話? ラーグが気になってるのはルヴァンシュと敵対してる件かしら?」
「敵対なんてかわいいモンじゃねぇだろ。お前さっき『暗殺』って言ってなかったか?」
「別にかわいく言いたかったわけじゃないわよ。暗殺を画策してるってのも事実だけど、だからってホーコの希望を叶えられないってわけでもないわ。ルヴァンシュに会わせることはできるはずよ」
「殺そうとしてる相手に堂々と会えるのかよ。英雄様は命を狙われてるって知らないのか?」
「直接追求されてはないけど、バレてるのは確かね。でも余裕なのよ。『やれるならやってみなさい』って感じでね」
「そこまで肝が座ってると、手強そうだな……」
木々の合間を抜け、代わり映えのしない平原の景色を進む。まだ人が住む地域は見当たらない。行き先を示すように整備された踏み荒らされていない土の直上をただなぞるだけ。新鮮だったアクセルの感覚も、早くも当然のものとして受け入れて特別な感慨は抱かなくなった。
「ルヴァンシュという方について教えてくださる? サロリアは色々知ってるんですわよね?」
「主が命を狙うくらいだから、色々と知ってるわよ。あなたたちがルヴァンシュ側についてると困るけど、まぁ、仮にそうだとしても聞かれて困る話でもないか」
「……考えていませんでしたが、ルヴァンシュが知り合いなら私はサロリアとサロリアのご主人様と敵同士になりますわね。やはり、無理に話してくれなくても結構ですわよ? 会わせてくれるだけでありがたいですし」
「いいわよ別に。憎まれるような悪事を働いた自覚はないから。主に何もされていないか、までは保証できないけど、もし記憶が戻って主の敵になる選択をするならそのときはその時ね。ここでぺらぺら喋って運命が変わるとは思えないし、ただ移動するだけじゃ暇だからね」
よく知らないが英雄なんて呼ばれる大層な人気者を狙うあたり、サロリアもその主人も相当な捻くれ者だ。会話を聞いていてもよくわかる。
ほとんど記憶が失われているのに思い出せるのだから、ホーコとルヴァンシュが無関係とは思えない。あるいは四英雄の熱狂的な支持者であったなら深く刻まれているだろうが、彼女が気を失ったのは四英雄が台頭する以前だ。
ホーコは無名の頃のルヴァンシュを知っている。協力していた可能性も低くはない。そのうえで、サロリアには迷うそぶりもない。
「元々世界にはモンスターがいて、人々の敵はモンスターだけだったのは覚えてるのよね。で、四英雄が禁忌と呼ばれる特別な武具を手に入れて、たった1ヶ月でモンスターを根絶させた。そのあとだけど、すぐに四英雄の支配が始まったわけじゃないのよ」
「空白の時間があったのか。その間、四英雄サマは何してたんだよ」
「さぁね。四人で世界中のモンスターを駆逐してたから世界中に支持者がいたけど、噂でも居場所を突き止めたって話は一度も耳にしなかったわね」
「なるほどな。なんとなく話が見えてきたぜ」
禁忌がどんな代物かわからない。ただ、四英雄が禁忌を手にした理由は明らかで、世界の支配なんてくだらない欲望の実現のためではなく、きっと純粋な善行だったのだ。すなわち、四英雄にとって禁忌は世界を平和にするための手段だった。
「私にも想像がつきましたわ。世界にはモンスターが溢れていましたから、モンスターの討伐や街の防衛を仕事に生活をしている方も多かった。私が携わっていたかはわかりませんが、こんな物を持っているのですから、私も戦って稼いでいたのでしょう」
撃鉄の代わりに宝石のはめられた奇妙な銃を取り出し、扱い慣れた手つきでしまった。
「モンスターがいなくなったら、大勢が仕事を失います。それも急に絶滅したから、平和な世に移行する準備の時間もなかったはずですわ。平和になったからといって生活にお金が必要なくなるわけじゃありませんし、残念ながら、戦って稼いでた方々が別の職業に簡単に転職して馴染めるとも思えません」
「二人とも頭いいわね。あたしには想像もできなかったわ。人々を脅かしたモンスターが絶滅したら、皮肉にもモンスターがいた頃より治安が悪化するなんてね」
「そこまでは酷いとは……窃盗が多発した程度かと」
「全然。窃盗はもちろん、戦いに飢えた連中が路上で殺し合うし、徒党を組んで弱者を暴力で支配したり、逆らう人を惨殺して路上に晒したりもしてたわ。自分たちが好きに生きられるようにね。モンスターがいた頃は頼られてた連中が、モンスターがいなくなって豹変したのよ。脅威から守ってあげていたのに、脅威がいなくなったら用済みかのように扱われたからおかしくなったんでしょうね」
「不毛ですが、誰かが過去の功績を労えば悲劇を防げたように感じますわ。たとえば、街の代表者とか」
「その街の代表者が、あたしの主のご両親だったの」
ホーコに息を呑む気配があったが、サロリアの声色は変わらない。
「当然、労いは与えたわ。特に暴動を起こされたら困る実力者の面々にはね。だけど、アイツらは満足しなかった。それだけのこと。手の打ちようもなくなって静観してた頃、ルヴァンシュが現れたの。聞いた話では、似たような惨状になっていた他の都市にも同時期に残りの英雄が現れたらしいわ」
ずっと平坦だったサロリアの声が、震えた。
「ご両親はルヴァンシュに縋ったわ。禁忌の力で街に平和を取り戻してほしいとね。ルヴァンシュは快く応じたそうよ。そうして最初の罪人を、街の治安を守れなかった主のご両親を投獄して街の代表を引き継いだの」
「『最初の罪人』ですか……ですけど、そう簡単に新しい代表が認められるとも思えませんわ」
「ただの一般人だったらね。だけどルヴァンシュは“英雄サマ”よ? 投獄はやりすぎって意見もあるけど殺したわけでもないし、街を守れなかった罪と説明されれば前代表派も反論できないわ。まぁ、口でああだこうだ言うだけの連中なんて放っておけばいいんだけど、問題は前代表を追い詰めた“元”冒険者たちよ。想像に難くないだろうけど、傲慢なアイツらはルヴァンシュを認めなかったわ」
「また金銭の要求を?」
「そうよ。対してルヴァンシュも応じなかった。でも、アイツらも戦いに関しては一応はプロだったから、ルヴァンシュと戦っても勝ち目はないと察したらしくて、幼い子供みたくコソコソと八つ当たりしたのよ……いや、八つ当たりなんてかわいいモノじゃないわね。強盗殺人だったんだから、最悪よ。だから死んで当然とも言えるわね。ルヴァンシュはそういった連中を手にかけて、新しい反乱分子の芽を摘むために街中に私兵を配置して武力による支配を敢行したの」
ラーグもサロリアと同意見で、裁かれたのは死をもって償うべき罪人だろう。前代表が無能とまでは思わないが、人類の敵に対して一致団結している間に求められる統率力と、人々の軋轢の解消に求められる能力は異なる。早々に判断できず事態を悪化させたのは、裁きを下すに値する罪と言われれば否定できない。
「てか私兵ってなんだよ。四英雄は軍隊でも持ってんのか?」
「ああ、ごめん。私兵を持ってるのはルヴァンシュだけなの。それが彼女の持つ禁忌・アポカリプス=ゲートの能力で、彼女の意志に従って動く私兵を生み出し操れるの」
「反則級だなそりゃ……さすが禁忌なんていう仰々しい名前が付けられるだけあるわけか。だが治安を守るために使ってくれてるならいいんじゃねぇの?」
「確かに治安は守られてるわ。街中に配置した私兵は人の悪意を感知して粛清するの。街中の会話に耳を傾けているから、行動を起こす前に防げるのよ。過剰に感じるくらい敏感なセンサーでね」
「お前が英雄サマに敵対してる理由がよくわかったぜ」
平和を守るにしたって過度に防衛すれば安寧の均衡は崩れるものだ。しかし無法者が跋扈するよりはマシに思える。
化け物みたいな存在と敵対しているらしいサロリアとその主人もいれば、そんな化け物と知り合いかもしれないホーコもいる。きな臭い感じだ。二人が敵対してしまったら、俺はどちら側につくか。
シャンロンにつけばすぐにでも選択を迫られそうだと感じながらも、答えはすぐに出せそうになかった。