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シャンロン1

 一行は迷宮の外に出た。怪しく輝く石の通路を抜けた先には、雲ひとつない快晴の空が広がった。

 ずっと暗かったから、ラーグは無意識に世界は夜を迎えているものだと思いこんでいた。地面に生い茂る草を撫でる風が、予想外の陽光に照らされるラーグの長い髪を揺らす。視界の邪魔になり、顔にかかった毛を右手で払い退けた。

 広大な景色である。ヘイムダルの迷宮は高い丘の一角にあったようで、辺りの様子がよく確認できた。清冽な水を湛える池や青々とした生命力に溢れる草原、木々が密集している箇所があれば、自然の合間を縫うように雑草の刈り取られた人工の道が整備されている。それら全てが、見渡す限り続いている。

 それだけなら、ラーグの知識にある世界の姿とも遜色なかった。


 ただ一点だけが違う。たった一点だけの違いが、圧倒的な違和感として脳内に渦巻く。

 どの方角を見渡しても、モンスターの姿がどこにもなかった。今の世界にとっては変哲がなく、当たり前とされる平和な景色であってもラーグは驚きを隠せない。同じく記憶喪失に陥っているホーコもまた、ラーグの隣に立ちドレスを風に躍らせる爽やかな風貌でいたが、表情は絶句していた。


「こんなこと、ありえますの? こんな平和な景色……あまりにも別世界ですわ」

「サロリアの言った話が本当だって証明か」

「平和ですが、なんとなく寂しい風景ですわね。モンスターが絶滅したなら、食事はどうしてますの?」

「モンスターの肉は食べられなくなったけど、その分だけ農作が盛んになったのよ。でもそれで肉が食べられなくなったわけでもなくて、大豆を加工した疑似肉が誕生して市場に並ぶようになったわ。食の研究をする人たちもよく考えるわよね。味は本物の肉には及ばないけど、好きな人は一定数いるわ。といっても、かつての人類は生命維持に食事を必要としたけど、あたしたち現代人には食は娯楽の一つでしかないわ。娯楽をちょっと奪われるのと世界平和を天秤にかけたなら、後者が選ばれるのは普通よね」


 丘にある迷宮の出入口からラーグが周囲を見渡すが、視界のあちこちに同じような丘や凹凸のある地形、小さな山々が視界を妨害しており街は見当たらない。

 不意に、景色の一角で幾筋か蒼い閃光が走った。流れ星のような光は地面を高速で這うように横切り、山の陰に消えて見えなくなった。


「あれは覚えていますわ。アクセルですわよね?」


 同じ景色を眺めていたホーコの口調には自信があった。サロリアが頷く。


「そうよ。アクセルは人類の高速移動手段のひとつね。肉体を一時的に大気中の成分と同化させて、脚力でなく脳からの直接的な指示により移動を行うの。空は飛べたりはしないけど、やり方も覚えてる?」

「ええ。やはり個人の記憶に拠らない知識は忘れていないようですわね。ラーグさんは?」


 話を振られる前に、ラーグは『アクセル』と聞いて頭に浮かんだイメージに従い試してみた。

 視界に蒼い粒子が発生した。粒子を掬うように広げた手のひらに目を落とせば、指先だけでなく、手のひらから続く手首や服に覆われた腕からも布を貫通して粒子が沸き立っている。足先も同様で、視界を覆う粒子は全てラーグ自身の身体から発生していた。粒子は空気に溶けるのではなく、循環するように沸き立っては身体に戻る動作を繰り返す。


「こうか? 気味のわりぃ感覚だな。自分が立ってんのか座ってんのか曖昧だぜ。おまけに視界不良だしな」

「移動してる間は粒子が風に流れるから、見にくいって心配は無用よ」

「へぇ〜。で、あとは足を動かすんじゃなく頭で自分を操作する感じか」


 他人に言葉で説明しろと言われると難しいが、ラーグも知識として覚えている。

 思えば人間がどうやって歩いているのか説明するのも簡単ではない。子供に歩き方を覚えさせる時、言葉で教えようとしても言語を理解できないのだから不可能だ。まだ自我の薄い時期に、子供は人間の本能に従って歩行を習得する。そうやって覚えてしまうから、どうやって歩行しているのかと問われても即座に答えられない人が大半だろう。

 アクセルに関しても同じ。なぜ肉体が大気中の粒子と同化できるのか理解できなくても、アクセルを行うことはできる。アクセルは歩行と同等の当然の行動だから、原理が不明でも何の問題も生じず、当然のように脳に行動の意思を伝達するだけで身体が求める反応をしてくれる。


 視界の粒子が晴れると同時、瞬く間に身体が5メートル程度移動した。遅れて粒子が身体を追ってきて、再び纏わりつき視界をゆらめく。続いて元の位置に戻ろうと身体に指示を出したら、次の瞬間には移動が完了していた。

 解除を念じると、全身から溢れていた蒼い粒子がスッと引っ込んだ。疲労は僅かも感じられない。


「便利なもんだな。ホーコ、お前もやってみろよ」

「こう、でしょうか?」


 言ったそばから、ホーコの足先から頭の天辺に至るまでを蒼い粒子が覆った。ラーグが反射的にそうしたように、ホーコもまた手のひらや足の踵のほうに目をやり、元から丸々としている目をさらに丸くした。その間も粒子は彼女の身体と周囲の大気を循環する。見ようによっては神秘的かもしれない。当人からすれば視界不良でしかないが。

 ラーグはホーコに近づき、彼女の腕を掴むように手を伸ばした。不意の行動にホーコが身を引く。


「なんですのっ!? 乱暴!?」

「いいから大人しくしてろよ」

「やっぱり乱暴するつもりですのね!? やるならやりますわよ!」


 蒼く発光する女のよくわからない返答を無視してラーグがまた手を伸ばす。

 ホーコは避けるようにまた身を引き、手錠をつけた両手を拳に替えてファイティングポーズを取る。奇妙なものを見る目で訴えてもギラギラした視線を返されるだけでわけがわからない。手錠をつけた状態でどう戦おうというのか。

 ラーグは伸ばした時に掴んだ手を開いた。一粒の蒼い粒子がラーグの手のひらから飛び立ち、ホーコの纏う無数の粒子に合流する。臨戦態勢だったホーコの肩から力が抜けた。


「え、いま、何をされましたの?」

「見たまんまだろ。他人のやつを吸収できんのかと思ったが、しっかりしてんな」

「吸収って……なんて破廉恥!」

「どこがだよ。ただの実験だろうが」

「粒子といえど私の一部ですわ。ソレを掴んで自分のものにしようだなんて……そ、それはもう、男女のアレではありませんか!?」

「『一部』とか『ソレ』『アレ』じゃわかんねぇよ。はっきり言えよ」

「デリカシー! デリカシーが欠如してますわよ!」


 なんて面倒な女なんだ。口に出すまでもない感想をラーグは片手で頭を抱える仕草で伝えたが、頬を赤らめ鋭い視線を送るホーコには無駄だった。


「何やってんの……バカなことしてないで行くわよ」

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