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ヘイムダルの迷宮5

 ラーグは耳を疑った。ホーコも同じだろう。

 安全な場所と知って安堵した表情から一転、呆けた顔が張り付く。


「……どういう意味ですの? 世界にはモンスターが溢れていて、私たちはモンスターから身を守るために街を築いて日々戦っている。違いますの?」

「昔話としてなら、間違っていないわ」

「昔話?」


 サロリアとホーコの間で生じた不可解な温度差。その噛み合わない会話を見ただけで、ラーグは察してしまった。思い込みとは恐ろしい。

 自分の抱えている問題は、記憶喪失だけではなかった。


「なるほどな。その可能性は考えてなかった。たしかに、そうなってても不思議じゃねぇよな。最悪ともいえるが」

「なんですの? 『最悪』って、そんなに?」

「程度にもよるが、残念ながらマシといえそうじゃあねぇよな。ホーコと同じで、世界はモンスターに溢れてるってのが俺の常識だ。俺たちの知識がどれくらい遅れてるか、モンスターが世界から消えた時期がわかれば知れるかもな」


 ここまで言えばホーコも気づけたらしく、彼女の顔から血の気が引いた。

「気を失っていたのは数時間や数日ではない……そういうことですわね」

「モンスターが絶滅なんて大事件が起きてんだ。人類が討伐に総動員されても、1ヶ月や2ヶ月じゃ無理だろうな」


 世界のどこを歩いたってモンスターをみかけない地域はなかった。絶滅させるなら、年単位の計画でなければ不可能に思う。


「サロリア教えろよ。モンスターが完全に消えちまったのはいつなんだ?」

「2年ほど前よ。信じられないかもしれないけど」

「2年か……まぁ早くたってそうだよな」


 概ね予想した内容と同じだ。

 記憶喪失に加え、超長期間の経過。目覚めたふたりは、生まれ変わった状態といってもよかった。


「冗談でしょう? リバースは記憶を失うだけではなかったんですの? 2年間も眠っていた?」

「最低でも2年って話だ。絶滅したのが2年前だから、そこに絶滅に至るまでの年数が乗るんだろ。覚えてることに間違いがなけりゃ、リバースに超長期間の眠りにつくなんて副作用はない。そうだろ?」

「少なくとも、リバースを実行したって人の体験談では語られていなかったわね」


 ダンジョン最奥部の隠し部屋にいた点といい、二人セットで眠っていて二人とも記憶を失っていた点といい、ただでさえ特殊な状況だったのに前例のない超長期間の眠り。偶然でないとすれば、記憶を失う寸前に相当特殊な行いをしていたのかもしれない。自分で捨てた記憶になど興味のなかったラーグにも、段々と知りたい欲が生まれた。


「だったら原因は別か。ま、考えてもしゃあねぇな。とりあえず2年以上も行方不明なら死んだことにされてるだろうけど。名前は覚えてんだから、人のいる街に行けば亡霊を見る目で近寄ってくる顔見知りもいるんじゃねぇか」

「2年どころか何十年も経っていたら、皆さん亡くなっているかも……」

「お前意外と冷静だな。だけど俺たち老けてないぜ? ああ、髪が長くなってんのは年数の経過が原因か。俺が男らしい短髪だったとすると、こりゃ相当かもな」


 視界の端に映る肩の下まで伸びた艷やかな髪をすくい、さらさらと手のひらからこぼす。別段鬱陶しさは感じないし、違和感もない。髪の長さだけで確信するのは早計な気がした。


「ラーグもホーコもモンスターの絶滅を知らないなら、四英雄が何をしたのかだって知らないわよね?」

「ああ、世界を統治してるって連中か。覚えちゃいねぇな」

「さっきモンスターを絶滅させるのにかかった年数がどうとかって言ってたけど、モンスターを絶滅させる活動が始まって目的を達成するまでに要したのは1ヶ月よ」

「は、1ヶ月?」

「1ヶ月で、しかもたった4人で世界中のモンスターを排除したのよ。四英雄は、その常識はずれの結果をもたらした連中に対して周りが勝手に決めた呼び名なの」

「嘘くせぇ話だな。全人類が手を取り合ったって1ヶ月で絶滅なんざ無理だろ。どうやったら4人で実現できんだよ」

「禁忌を手に入れたのよ」

「次から次へと……なんなんだよ、それは」

「端的にいえば、世界を支配できるほど強大な力を秘めたアイテムよ。形状は様々で、あたしも1つしか知らないわ」

「ますます嘘くせぇよ。そんな恐ろしい代物がいくつもあんのか?」

「四英雄がそれぞれ1つずつ、異なる禁忌を持ってるらしいわ」


 頭が痛くなってきた。現実の話とは思えない。耳をふさぐのを我慢していたら、今度は目眩がしてきた。


「わけわからんが、その禁忌とやらの力でモンスターを世界から排除したんだって事実は受け入れてやるよ。問題は次だ。モンスターを絶滅させて四英雄ってのはわかる。お前、世界は四英雄が支配してるって言ったよな。英雄様が自ら進んで世界の支配を始めたのかよ」

「そうよ。モンスターがいた頃は一人でも多くの命を守ることが何よりも優先だったから、他の一切が軽視されてたわ。秩序はないし、明確な統率者も不在。あなた達も覚えてるんじゃなくて?」

「俺は曖昧だな。ホーコは?」

「私は存じていますわ。街を守る方、食料や武具を用意する方、子供を育てる方など様々な役割分担がされて生活が成り立っていましたが、全体を管理する統率者と呼べる方はいなかったように思います」


 サロリアは深く頷いた。


「モンスターがいた頃はそれで良かったのよ。だけどモンスターがいなくなったから、人々は生活を変えていく必要ができたの。秩序の構築ね。主にモンスター討伐や街の守護を担ってたのは冒険者だけど、モンスター絶滅で廃業になったわ。当然、元冒険者は別の職に就くことになるんだけど、腕前だけが求められる職業だった故に性格に難のある人も少なくなかった。脅威から身を守るにはそれでも頼らざるを得なかったんだけど、脅威がなくなったら問題を抱える連中に頭を下げる必要もなくなったのよ。真面目に規律を守って動けない連中が、平和な世に馴染めるはずもない。でも生きてくにはお金が必要でしょ?」

「モンスターがいなくなったから平和になったのではなくて、今度は人同士で争うようになった……」

「そういうこと。この問題を解決したのも四英雄よ。モンスターを駆逐した後、間もなく4人の英雄は世界の四大都市に散らばって人々の管理を始めたわ。問題を起こす人物の“処理”も含めての管理をね」

「殺しか。怖いねぇ。すんなり支配者の地位を獲得できたのも恐怖政治のおかげか。平和のためだからって過激すぎやしねぇか?」

「無理に支配されてるって感じる人も一定数いるけど、残念ながら大勢は四英雄に心の底から敬服してるわ。世界からモンスターの脅威を拭い去った事実もあるけど、悪人を一人残らず世界から消そうって考えなのも大きいわね。平和に暮らしたい人からすれば、悪人には更生を期待するより、消えてくれたほうが安心だろうしね」

「人の命が軽くなってんだな。下手すりゃあモンスターがいた頃より軽い。そういう脳天気な連中は気づかねぇんだろうな。俺が民衆なら、力で支配されるってのは受け入れがたい」

「私も同意見ですわ。世界は、モンスターがいた頃より息苦しくなっていますのね」


 急に数年の記憶喪失から目が覚めた二人が主張しても意味は無い。現に支配されている人々が四英雄の存在を悪くないと評価しているなら、部外者が文句をこぼすのは野暮なのかもしれない。

 せっかくモンスターが消えて平和になったはずなのに、今度は人による人の支配。

 ラーグもホーコも、世の中に失望してリバースの発動により生まれ変わろうとしたのかもしれない――とよぎったが、四英雄に支配される前にリバースした二人だからありえない。もしも四英雄が誕生後にリバースしたのなら、解放されたかったのだと腑に落ちるのだが。


「あたしも、四英雄のやり方には反対ね」

「は? 敬服してるって言ったよな?」

「ちゃんと聞いてた? 大勢が敬服してるってだけで、そうじゃない人もいるのよ。ラーグが感じてるみたいに、強引な力づくの支配は息苦しい……なんて、あたしが反対してる一番の理由は、単にあたしの主が反対派の筆頭だからなんだけどね。仕えるあたしが反対派じゃないのも変でしょ? それが無くたって、あたし個人としても四英雄は嫌いだけど」

「待てよ。お前の主は四英雄の一人と知り合いなんだろ?」

「ええ、四英雄の一人、ルヴァンシュって女と知り合いよ」


 サロリアに四英雄のもとに連れて行ってもらうのは、ホーコの記憶を復元する手がかりを掴むためだ。同行するのも軽い気持ちで、世界を支配する奇特な人物と深く関わるつもりもなく、挨拶して終わりくらいの気持ちでいた。

 反対派なのに知り合い。つまり、決して良好な関係ではない。

 本当に会って喋るだけで終われるのか。ラーグの胸中を覆う不安を、不気味に口端を歪めたサロリアがさらに深める。


「あたしの主・レンメイはね、ルヴァンシュの暗殺を画策してるのよ」


 相変わらず微弱に発光する石の天井を、ラーグは仰いだ。

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