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ヘイムダルの迷宮3

 祭壇のあった隠し部屋から階段をあがると、似たような内装の部屋の真ん中に出た。天井から床に至るまで全てが石造り。祭壇がない代わりに所々の床が隆起したようにデコボコしている。室内をざっと見回したとき、ラーグは妙な違和感を覚えた。


「気味わりぃ感じだな。なんだっけか、ここ」

「ヘイムダルの迷宮の“元”最奥部にして宝物庫よ。宝はとうの昔に全部回収されたけど」

「違和感の正体はソレだな。宝を置く前提の造りになってるから、あるべきもんが消えてバランスがおかしくなってんだ」


 相変わらず発光する石畳に目を凝らすと、下の階と違って幾重にも擦られた跡があった。


「結構な荒れようだな。宝はサロリアが?」

「あたしじゃないわよ。とうの昔って言ったでしょ? ヘイムダルの迷宮は2年以上も前に攻略されて、その時に回収されたのよ」

「だとしたら、よくそんな長い間あの部屋を隠し通せたもんだ。偶然見つけてもらえて助かったぜ。サロリアが見つけてくれなかったら、殺風景な隠し部屋での生活を余儀なくされていただろうよ。暇すぎてとても耐えられそうにない」

「何もない空間で何もせず過ごすのも貴重でしょ? ずっと、ていうのは嫌だけど」

「たった数日だって俺はお断りだな」


 宝物庫を観察していたホーコが振り向き、ラーグのもとに寄ってきた。


「本当、見事なまでに足跡以外は何も残ってませんわね」

「宝を見つけて放っちゃおかねぇだろ。攻略済みのダンジョンは冒険者にとっちゃ用済みだ。財宝もなく前人未到の地でもねぇのに、よくサロリアは来てくれたもんだぜ。おかげで俺もホーコも助かった」

「そうですわね。貴方にヘイムダルの迷宮へ行くよう命じたご主人様にもお礼を言わなければなりませんわ」

「だったら早く帰りましょう。もうここには特別面白いものは残ってないわ」


 部屋の一角には隠し部屋へ続く階段とは別に通路があった。微弱に発光する石で構成された通路を指差して、サロリアがラーグとホーコを順番に見た。グレーのメイド服なんて変わった服装に整った顔立ちをしているから、ラーグには彼女が心を持たない人形のように見える。

 喋らなければ、だが。


「ここに来るまでの通路は途中でいくつも分岐してたわ。迷ったら大変だから、地上まではあたしが先導するわね」

「道を全部覚えてますの?」

「驚くような話じゃないわよ。そんな複雑じゃなかったし。でもまぁ、あたし色んなダンジョンを攻略した経験があるから、道を覚えるのは得意なほうかもしれないわ。だから安心していいわよ」


 人形のようだと感想を抱いた直後の人間らしい言い回しに、ラーグは安心した。道順を覚えているか否かより、彼女が人形ではなく人間であることのほうが重要だ。

 人間であれば感情で動く。感情で動く相手なら、肌で感じる性格を疑わなくてもよく、掴みかけているサロリアの人物像を崩す必要もない。素直な性格だが、主への忠誠心は高く、主の命令は冷徹に遂行する。少し変わった性格のように思うが、サロリアが認めた主と会えば納得できる確信があった。


 隠し部屋から宝物庫に出た時とは違い、ラーグは二人から離れた位置で殿を務める。

 通路に出て、振り返った。デコボコの床の石も光っているせいで、遠目でみると室内に宝石が散乱しているようにも見える。もしかすると最初から宝物なんて無く、この景色そのものが宝だったのかもしれない。そんなしょうもないオチでも納得できるほど、煌々とした内装に感心した。


 不意に足元がふらついた。遅れて脳を内側で揺さぶられているような目眩がやってくる。

 壁に手を付き、倒れてしまわないよう踏ん張る。身体が脳の命令を聞いてくれない。そもそも脳が機能しているかも怪しい。


「クソッまたか。んだよ、コレ――」


 正体不明の不調に毒づいた直後、症状が解消されていく感覚があった。

 今にも意識を失いそうだったのに、嘘のように身体が言うことを聞くようになる。気迫だった五感が機能を取り戻して、駆け寄ってくる2つの足音を捉えた。


「ラーグさんっ!」


 長いドレスの裾を摘み、ホーコが慌てた様子で向かってきていた。サロリアも裾が長いから、似たような恰好で後に続く。こちらも心配そうな表情を浮かべてくれていた。


「よく気づいてくれるな。ありがてぇ限りだぜ」

「また気を失っていましたの?」

「失っちゃいねぇよ。寸前までいった感覚はあったけどな。記憶喪失なんて大層な症状が出てんだから、他にも何か問題を抱えてても全然不思議じゃねぇよな。お前はなんともねぇの?」

「私は特に、今のところは感じませんわね。健康そのものです」

「だったらアレか。こいつは俺自身が元から抱えてた持病みてぇなもんか。厄介だな、まったく。サロリアはなんか知らねえか? 急に気を失う奇天烈な病気についてよ」


 腕を組みサロリアは斜め上に視線をやった。熟考して、首を横に振る。


「わからないわね。突然気を失うなんて人、これまで見た覚えもなければ話で聞いたこともないわ」

「なるほどな。こいつは相当珍しい症状ってわけか。俺がリバースで記憶の抹消を選んだ理由と関係あるのかもしれねぇな。今考えたってどうにもならねぇけど」

「いつ倒れるかわかんないなら、常にホーコのそばにいるのが良さそうね」


 冗談じゃない。他人の手を借りて生きるなんて、とても堪えられない。

 喉から出そうになった言葉をラーグは飲み込む。冷静に考えれば、サロリアの提案を保護される立場から断れるはずがない。制御できない突発性の目眩でいつ倒れるかわからないのだ。

 誰かがそばにいてくれた方が助かるのは明白だった。


「それがいいですわ。ラーグさん、私のそばを離れないようにしてくださいまし」

「屈辱だ……」

「しかたありませんわよ。倒れそうになったらいつでも助けますから」

「さっさと原因を突き止めてなんとかしねぇとな。気を失う原因を知れるなら記憶を取り戻すのもアリだと思ったのに、一人で行動できねぇなんて」

「私の記憶が戻ったら次はラーグさんに協力しますわ。まずは私にお付き合いを」


 奇妙な関係になってしまったものだ。不公平でもある。

 同じ場所で同じように倒れていたのに、ラーグだけがホーコに依存する関係となってしまっている。心情的には否定したいが、現実的に考えれば断るわけにはいかない。

 彼女なしでは生きられない事実を心底屈辱に感じても、事実である以上は受け入れるしかなかった。

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