シャンロン6
間髪いれず続いた言葉に閉口する。サロリアも主人の意外な見解に不可解そうな顔で詰め寄った。
「ちょ、ちょ、全然わかんないんだけどっ⁉ ラーグが禁忌の場所を知ってるって意味⁉」
「そうじゃない。ラーグそのものが、っていうこと」
「いや、えっと……ラーグの身体に禁忌の封印されてる場所が彫られてる……とか?」
「貴方はちょっと黙ってなさい」
厳しい口調で叱責されるが、サロリアの顔に不快感はなかった。突然の主の奇天烈な発言に当惑するだけで、素直に閉口する以外に何もできない。ホーコとラーグは問い詰める余裕さえもなく、そもそもレンメイの告げた言葉自体をしばらく言語として認識できなかった。
「サロリアは生意気な性格だけど決して愚かではないから、ヘイムダルの迷宮の奥で他に目立つ物があったのに見逃したとは思えない。なら、それが人の姿をしていようと、見つかったモノに私の捜していた禁忌が含まれていると考えていいと思う。ラーグかホーコ、貴方たちのどちらかが人ではないとしたら、私の常識では測れない性質をもったほうが濃厚なはず。記憶が思い出せる気配がないみたいだけど、この短期間に他にも周りと違う点に気づいているんじゃない?」
「急に指摘されるにしては過激すぎる話だな。俺が人じゃないって言うなら、何なんだよ」
「言ったでしょ? 最後の禁忌だって。名前すら知られいない最後の禁忌が、貴方の正体」
「禁忌ってのは武器なんだろ? どう見たって人の形をしてると思うけどな。なぁ、ホーコ?」
両手を広げて周囲にいる女性たちに身体を向けてみる。
「ですが、ラーグさんには変わった点があるのも事実ですわ。天法を使えないんですもの」
「決まりね。子供でも老人でも人間なら天法が誰でも使える。それができないなら、人と違う存在と考えるべきだもの。人の姿をしているのに人ではない。禁忌っていう仰々しい表現が見合うと思わない?」
よくも空想みたいな話をしているのに頭が回る。ラーグは初めレンメイの話を欠片も信じられなかったが、自分が人ではないとすれば納得がいく部分があることに気づき始めた。
誰もが使える天法を自分だけで使えない。自分に関する記憶をリバースのように忘れているが、ヘイムダルの迷宮を出て街を移動しても一切過去を思い出す兆候すらもない。武器もないのにやけに自分の能力に自信を感じること。
あとは、『ラーグ』と名乗っているが、本当に最初に浮かんだのは、人間らしからぬ響きだったこと。
「そこまで繰り返し言われると、段々と自覚が芽生えてきたぜ。瞬く前に世界からモンスターを消し去った禁忌と同列の力があるんだってな」
「あたしは納得できないわ」
本人が認めようとしているのに、頑固な表情で傍聴していたサロリアは否定する。
「シャンロンを支配してるルヴァンシュの禁忌は大層な両手剣なのよ? 禁忌は武器なんだし、そっちは全然違和感ない。他の四英雄も珍しい武器を使って能力を行使してるって聞いたわ。千歩譲って武器以外の防具とかアクセサリーならともかく、人って何?」
「それがわかったら悩んでないわ。本人に自覚がでてきたみたいだし、いいんじゃない?」
「テキトーに言ってるだけよ。こんなに遊んでそうな男が特別なんて、信じられない」
「どこがだよ。ちゃんとスーツ着てるだろ?」
「ほら、服装だけで考えるあたりズレてるでしょ? これで納得できた?」
「服装だけじゃねぇ。女に特別な興味はねぇよ」
「ほら、まだ若い見た目なのに世を知り尽くしたかのように達観してる。普通じゃないでしょ?」
もちろん別にサロリアを説得したいわけではない。
サロリアの顔はまだ晴れないが、諦めの感情が滲んでいた。
「……まぁいいわよ。レンメイが信じるなら、あたしも従う。信じたって信じなくたって、計画を進めるつもりなんでしょ?」
「それは早計ね。流石に、どれくらいの能力があるのかは確かめておかないと危険でしょ?」
尋ねるまでもない話題に思うが、置いてけぼりにされるのも癪だった。
「この禁忌の力を利用したいのはわかるが、まずはホーコの要求を叶えてやらねぇのか?」
呆けた様子で三人の会話を見守っていたホーコが気を取り戻し、椅子から身を乗り出す。
「四英雄の『ルヴァンシュ』に会いたいのですが、その、状況が変わったら難しくなってしまいますよね?」
「会うだけでいいなら問題ないんじゃない? どうせ私も会いに行くつもりだし」
「話ができるでしょうか……?」
「意外とできると思う。彼女の手下には厄介なのがいるけど、彼女自体は血気盛んな性格じゃないから。もしホーコが知り合いなら、無視はされないはず。私の計画に同行してくれれば、ついでに会えると思うわ。それが目的なんだから」
一息おいて、変わらない声色でレンメイは続ける。
「でも、会った結果貴方がルヴァンシュ側につくなら、私も貴方を敵とみなすから」
レンメイの目的はルヴァンシュの暗殺に他ならない。もしもホーコがルヴァンシュの元戦友でも親友でも、ルヴァンシュの味方をすると選択したのならレンメイにとっては明確な敵対存在となる。彼女の従者であるサロリアにとっても同じだろう。二人と敵対したくなければ、ルヴァンシュとどんな仲であろうと、ルヴァンシュに味方する選択だけではできない。
自分はどうするだろう。サロリアは眠りから起こしてくれた恩人で、レンメイも冷たい人柄だが悪い奴ではない。ホーコが記憶を取り戻してなお二人の味方でいるなら何も心配しなくていい。だが、ホーコがルヴァンシュ側につくとなればラーグも選ばなければいけなくなる。
その時は、ホーコの味方につこう。
頭を悩ませるにふさわしい難題であるはずなのに、自分でも不思議なほど結論は簡単に出た。人間味に欠けると指摘されてしまったらその通りかもしれないと、ラーグは胸の内で密かに納得する。
「話を戻すけど、レンメイはどうやってラーグの能力を測るつもりなわけ? そのへんのセンチネルの相手でもさせるつもり?」
「なんだそのセンチネルってのは」
「ここに来るまでにいくらでもいたでしょ? サロリアに教えてもらわなかった?」
レンメイの口ぶりから予想はつくが、反射的に脇に立つサロリアにラーグもホーコも目を向ける。
「ルヴァンシュの私兵のことよ。別に名前まで覚えてもらわなくていいと思ったから言わなかったけど、あのでっかい騎士みたいな奴らがセンチネル。たぶんレンメイは、ラーグにあいつの相手をさせようとしてるわよ」
「無茶いうな。こっちは便利な天法とやらも使えないうえ、特別な武器だってない。いくら俺自身が禁忌の力だとか讃えられても、その禁忌とやらの引き出し方がわからん以上、武器を持たない一般人と変わらねぇ。いや、一般人でも天法を使えるって話なら、そのへんの子供より倒せる可能性は薄いかもしれねぇか」
「あたしも同感。でも、自分でそこまで言っちゃうのは、かっこ悪すぎない?」
「かっこよさで勝敗が決まるなら、もう少しマトモな世界になったかもな。何の能力もない俺の実力を測るより、コイツの実力を確かめたほうがいいだろ。なんかすげぇ銃を持ってんだからよ」
手のひらをホーコに向け、矛先を受け流す。自分に話が振られるとは思っておらず、彼女は木の抜けた声をあげた。ラーグを見据える時には劣るものの、レンメイから興味の視線を受け慌てて銃を取り出した。視線が、より強い熱を帯びる。
「天銃……あなたの所有物なの?」
「断言はできませんけど、目が覚めたら傍らに落ちてましたので、他に誰かが入れるような空間でもなかったですし、たぶん間違いないと思いますわ。使うこともできましたし」
「天法を増幅させる武器はそう多く出回っていないの。モンスターという脅威が世に溢れていたから、強力な武器は実力者の手元に渡るよう各地の冒険者ギルドによって管理されていた。私はシャンロンを統治していた両親の娘だったから、護衛を任せるサロリアに天拐を所持させることを許された」
「え、天拐は私へのプレゼントじゃなかったの? その話も初耳なんだけど」
「プレゼントには違いないでしょ? そういえば条件がもう一つあったわ。もしも強力なモンスターが街を襲撃したら、前線に立ってほしいってね。護衛の範疇だから問題ないと伝えたわ。結局、そんな切迫した事態にはならなかったけど」
「知らないところで命が軽く扱われてるのね……まぁいいけど。頼まれなくたって、同じ行動をしただろうから」
「そういうわけで、ただの一般人とか有象無象の冒険者レベルでは、自分で見つけて隠しておく以外に天銃を所有するのは不可能なはず。自分で見つけようにも、私が知る限り天器は強力なモンスターが住むダンジョンでしか入手が確認されてないわ。つまり、凄腕の冒険者に譲ってもらうか、自分で手に入れるか、ギルドから与えてもらう、の3つしか入手方法がないの。そして、どの手段であっても、天銃を所有してる時点で只者じゃないのは証明されてる」
滔々とした解説を聞かされている間、ホーコは落ち着かない様子だった。銃をしまおうとしたり、やっぱりやめたり、自分の持ち物という事実だけで実力まで測られるのは予想外だっただろう。
とんでもない武器を持つ2人がいても、ルヴァンシュを倒すには至らないのか。聞くまでもない。天法を増幅するだけの力と、自立行動する巨躯の兵士を生み操る力、次元が違うといってもいい差が存在している。それに、記憶を取り戻したホーコがルヴァンシュ側につく可能性もまだ否定できない。サロリアだけが戦力では、レンメイもルヴァンシュを打倒する決断は下せない。
またレンメイの期待の混じった瞳に見られた。ラーグは拒むように手を横に振ってみせた。
「――レンメイ・イーヴリス、表に出てこい」