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シャンロン4

 すぐ隣に豊かな自然があるとは信じられないほどシャンロンは技術の進んだ都市だ。外部の攻撃から都市を守る透明な膜で覆われている時点で、自然界から逸脱した技術を有しているのは明らかではある。内部も見合う景観で、ビルが乱立している。高層建築物の合間を人々が往来して、所々のビルに吸い込まれていく。


「思ったより人がいるな。こいつら仕事してんのか? 世のなかで最も多い職業はモンスターを討伐する冒険者だったよな。そいつらはもう別の職業に就いてると思うが、何してんだ?」

「解析が多いわね。この世界の」

「またわけのわからん返答がきたな……世界の解析って何なんだよ」

「別に、そのままよ。平和な時には気にならなかったけど、この世界は謎が多いのよ。ここに乱立してるビルだって、建てられた時期も技術も誰も知らないの。この都市自体がどうやって作られたか誰も知らないから、増やせないのはともかく、壊れても治せない。そういった未来に待ち受ける問題に備えて、世界の謎の究明に多くの人材が投入されているわね」

「確かに不思議だが、よくそんな部分に疑問が持てたな。指示したのは英雄サマか?」

「そう。割合が多いってだけで、料理人とか農家とか、介護とかルヴァンシュの部下として街の運営に力を貸す人もいたわ。冒険者が所属していたギルドは解体されて、今は職業斡旋所に変わってる。ちょうどソコの1階と2階がそうね」


 広い道路の一角にあるビルをサロリアが示す。1階と2階の窓に《イイネワーク》と大きく書かれていた。窓の奥に、ちらほらと人の姿が見える。


「お仕事を探している方が結構いますのね。平和な世になったのですから、何もせずとも生きられるでしょうに」

「仕事をしてる人は2種類に分けられるわ。贅沢をする資金集めをしたい人と、暇つぶしをしたいだけの人。なかには仕事に情熱を持つ特異な人もいるけど、少数派ね。家賃を払うために最低限働いてる連中が一番多いでしょうね」

「生きるだけなら何もしなくたって生きられますものね。平和な世の中って、なんだか不思議な感じですわ」

「どうして生きてるのかって思うわよね?」


 それを言い出したらキリがない。モンスターと戦っていたのは死なないためで、つまり勝つためだ。勝利して平和を得ることが目的だった。

 でも死んでしまえばモンスターとの勝敗なんて関係ない。平和になって寿命を迎えても、モンスターとの戦闘で命を落としても、死は共通の結果だ。死因に差はなく、同じ結果をもたらす。死ねば自分には何も残らず、世界がどうなろうと知るすべはない。


「道理で考えりゃ死んだら何もなくなる人生なんて仕組みは破綻してるが、そんなの誰だってわかってんだよ。何かしていたいって欲を持つのが人間の特性で、どうせなら金の稼げる仕事をしたいって考えるのが合理的な考えだ。自分で記憶を失う選択をしたお前が記憶の手がかりを探したいと思うように、人は道理じゃ動かねぇんだよ」

「急に真面目な話をしますわね……納得してしまう部分はりますけれど」

「ちゃらんぽらんそうに見えて、ラーグって根は真面目なのね」

「別に、妙に喋りたくなっちまう話題だったんで口を挟んだだけだ。記憶喪失する前の俺はアレコレくだらん悩みと向き合うのが趣味だったんだろ。やっぱ俺は、記憶なんて戻らなくていいな」


 視界の右端から青色の光が現れ、左端のビルの陰に消えていく。アクセルには違いないが、流石に街のなかでは高速移動とはいかず、肉眼で追える程度の速度だ。


「楽しい話の続きは腰を据えて、ね。主の家までアクセルで案内するわ」


 粒子を散らして青く発光するサロリアに、ラーグもホーコも即座に倣った。

 移動を始めたサロリアの背中を追い、緩慢ながらビルの合間を縫ってシャンロンの街中を進む。灰色のビルが連なる地域の中央に、一層高いビルが見えた。特別な作りではなくとも、ただ周囲すべてを見下ろせる一点で特別な場所だと直感で伝わる。


「アレが街を管理する連中の住処か。うってつけの場所だな」

「上から見下ろして住民を監視してるわけじゃないのよ。街のなかにも、入口にいたルヴァンシュの兵士がたくさんいるでしょ? 彼女はアレと目を共有して街全体を監視してるの。といっても、介入することはほとんどないけどね。脅威と判断したものは、兵士が勝手に排除するから」

「おい、じゃあ俺たちが街に入ったのもバレてるってことか?」

「バレてないと思ってたの? 残念だけどそれは無理ね。この街で起こる全てはルヴァンシュに筒抜けと思ったほうがいいわ」


 ビルが連なる街並みに、ぽつぽつと人の姿が見える。武器や防具を捨てて手ぶらで歩く人々と一緒に、東西南北どちらの方角をみても必ず甲冑をまとう白銀の巨体の兵士が映り込む。モンスターが絶滅して平和になった世の中で、兵士の姿だけが異質で不気味で圧倒的な威圧感を放っている。


「そんな状態で主さんのところへ伺っても大丈夫ですの? その、サロリアさんの主さんは……」


 キョロキョロと不安そうに周りを見回すホーコに、サロリアの頬が緩む。


「会話までは聞き取れないわ。暗殺を画策してるのはバレてるでしょうけどね。巻き込まれるのが嫌になった? さっき話したし、覚悟してくれてると思ってたんだけど」

「覚悟はできていますわ。心配したのは、私たちが計画の邪魔になってしまわないかと」

「大丈夫よ。あたしの主はクセ者で細かい話は気にしないわ。本当にホーコがルヴァンシュの知り合いなら、接近する口実になるし」

「ホーコを利用するってわけか。なるほどな。それが快諾した理由か」

「どうせなら双方に利益があったほうがいいじゃない?」

「そりゃそうだ。俺は覚悟なんてしてないから、どっかで隠れていようかな」

「そんなこと言って、なんだかんだついてきてくれるんでしょ? あたし、まだ会って数時間だけどラーグのこと少しわかってきたわよ?」

「わかっちゃいねぇよ。巻き込まれたくねぇってのは本音だ」


 会話は聞かれていなくとも、サロリアが暗殺を画策するような危険な奴の関係者だとバレているなら街に入った瞬間から観察されているのだろう。メイド服を着てるのは周囲をみても彼女だけで、間違えようがない。隠れる気がないのは肝が据わっているのか、阿呆なのか。

 たぶん後者だ。バレているのに暗殺を断念しないなど、無駄に身を危険に晒しているだけ。マトモな思考能力を持っていれば、とうに諦めている。


 アクセルによる青い粒子を散らして、ビルの合間の道路を隊列をなして進む。

 ビルの林を抜けると周りの建物の高さは各段に下がり、二階建て三階建ての民家が並ぶ住宅街が広がった。民家と民家の間には、もう一つ間に民家が入る程度の隙間があった。隙間には三階建ての住居にも劣らない高さの樹木が植えられていて、隣を覗けないよう対策すると共に緑の補填がされている。

 一部の隙間は樹木が植えられず、隣の敷地と繋がっていた。どうやら、一家で複数の家を所有しているらしかった。


「シャンロンの連中は、みんなここに住んでんのか」

「こういう場所が街にいくつかあるけど、そうでもないわ。マンションに住んでいる人も多いし」

「外から見た通りでけぇ街だな……そんで、お前の家はまだかよ?」

「ちょうど見えてきたわ」


 見えてきたと言われても全ての家が赤茶色のレンガ風のデザインで、抑えられているとはいえ歩行時の十倍以上の速さで移動する視界においては一つ一つの外装の細かい拘りまでは確認できない。外壁に目印となる絵を大きく書いてあれば判別できそうでも、ほとんど家は飾り気がない。特徴がないまま放っているのは、自宅を一目瞭然にしておかずとも位置情報で辿れるから。

 こんなところでも例の白銀の兵士が視界から消える瞬間はない。頭上から降り注ぐ陽光に甲冑が反射させ、住宅街を哨戒する。これだけ治安を守る兵士が配備されてるなら善良な住民は安心だろうと前方に目を戻せば、これまでは散らばって配備されていた兵士が、ある家の周りにだけ三体もいた。


「訊かなくても、明らかでしたわね」

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