ユグドラシル公国 後編
陽光を通さない曇天の空の中、リージア達は調査の為にガンシップで降下していた。
「後どれ位で雲を抜けそう?」
「後少しだ、暇ならそのナマクラの小斧でも研いでいろ」
「あはは、大丈夫、私、遠足の準備は前日に全部用意した後当日に確認して何かしら忘れるタイプだから」
「だったら今すぐ家に帰れ!!」
相変わらず操縦桿を握った時だけは口が異常に悪くなるヴァーベナだが、今のリージアはそんな事を気にしている余裕は無い。
適当に流しながら、リージアは外を映すモニターにかじりつく。
「けど、良かったのか?ストリクス三機とも残して来て」
「さっきも言ったけど、怪しいからもしもの時の為に伏兵として待機させておかないと」
下は既に戦闘が終わっているとは言え、怪しさがにじみ出ている。
ガンシップには積めるだけの武装を装備させ、地上戦闘用の四脚型アーマードパック『エレファント』を二機積んで来た。
既にヘリコニアとベゴニアが搭乗し、臨戦態勢をとっている。
ホスタ達ストリクス隊は、伏兵として母艦へ待機させている。
「でも、警戒する事にこしたことは無いわよ、ここはアイツ等のテリトリーだもの」
「やっぱり、母国を敵に回すのは嫌?」
「……貴女ならわかるでしょ?私と同じように、居場所と帰る場所を奪われた貴女なら」
「……成程」
二人の脳裏に過ぎった言葉は、ぶっ潰れろ。
フォスキアもまたリージアと同様に、他者持つ価値観で追い出された身。
仮にここに公国軍が居たとしたら、喜んで敵に回すつもりだ。
もう先ほどまでのヨソヨソしい空気は無く、この緊張感のおかげで二人共真面目一辺倒だ。
「ま、本当に国を敵に回すのかは分からないけど」
「そだね」
「無駄話はそこまでだ、そろそろ雲を抜けるぞ」
「はいは~い」
シリアスな雰囲気を維持するリージアは、改めてモニターに目をやる。
画面に映るのは、雲の影のせいで薄暗い草原。
鮮血を浴びた草むらに、少しだけ形を崩した丘が広がっている。
母艦で確認するより地形や現状が鮮明に映し出され、リージアはじっくりと観察を開始。
早速指揮官モードへと入り込む。
「……ウロボロスは見ての通り、か、その上無数の機械魔物の死骸、腐敗状況からして昨日の時点でケリが付いてる?」
晴れていたらピクニックでもしたい草原だが、ウロボロスや機械魔物の死骸が散乱している。
辺り一面血の海と呼べる光景、戦争が起こった後と言うのであれば違和感はない。
しかし、相手の事を考えると違和感が生まれて来た。
「……何か違和感有ると思った、そうだ、アイツ等一体もナノマシンで分解されてない」
「あ、確かに」
「ナノマシンの誤作動でしょうか?」
「だと良いんだけど」
「……」
リージアの気付いた違和感は、証拠隠滅の為にナノマシンで分解されない遺体達。
スイセンの言う通り、ナノマシンの誤作動で機械魔物達が分解されない可能性も有る。
それでも、胸騒ぎばかりがリージアの中にくすぶってしまう。
「ねぇ、ナノマシンって、動力は?」
「え?基本的にはエーテルだね、後は、補助で電力」
「ッ!マズイ!」
突然口をはさんできたフォスキアはリージアの回答を聞き、顔を真っ青に染め上げた。
それと同時に地上から何かが打ち上げられ、ガンシップの上を取る。
「ヴァーベナ!すぐに引き返して!!」
「は?ウヲ!!?」
「な、何!?」
物体を目撃したフォスキアはすぐに引き返す事を進言したが、既に遅かった。
ガンシップは大きく揺れ、座っていなかったリージア達は振り回される。
しかも、高度は勢いよく下がりだす。
「ヴァーベナ!何してる!?さっさと上昇しろ!落ちてるぞ!」
「黙ってろライラック!クソ、出力が上がらない!サルビア!!」
「リアクター異常なし、でもエーテル関連の機構が全てダウンしてるよ!」
エーテルに関連するメーターは全てゼロへ向かって傾いて行き、出力も一切上がらない。
油圧を用いていた機構もエーテルに変えているという事も有って、減速の術さえも無い。
地上まで一方通行で墜ちて行く中、フォスキアは神妙な顔つきで片膝をつく。
数百年故郷を離れた影響で忘れてしまっていたエルフ達のリーサルウェポン、それがフォスキアの脳裏に過ぎった。
「……ッ、これは、やっぱり」
「しょ、衝撃に備え!!」
「クソ!何が起きてる!!?」
スイセンの指示で全員墜落の衝撃に備えた。
その数秒後、一切の減速も無くガンシップは地上へ激突。
電動である電磁装甲は生きているとは言え、その衝撃はリージア達へ襲い掛かる。
ガンシップは地面をえぐりながら落下していき、地上に大きな溝を作り出す。
「……もう、何回落ちるのよ、この船」
「……た、隊長、ご指示を!」
ぶつけた頭部をさするスイセンは、早速リージアに指示を仰ぐ。
フォスキアとモミザを除いた全員の視線は彼女へと向かうが、すぐに呆れる事に成る。
「あ、ゴメン、無理、だるい」
肝心のリージアは、床に倒れ込んでしまっていた。
まるで二日酔いのおじさんの如く、気迫も何も無くしてしまっている。
そんな彼女の姿に呆れながら、スイセンはモミザの方へ向く。
「……貴女って、人は、副長!」
「悪い、俺も、無理」
「……」
しかし、頼みの綱であったモミザも同じように倒れてしまっている。
そんな彼女達を見て、スイセンは完全に頭を抱えてしまう。
「む、無理よ、その子達は、動けないわ」
「エルフィリアさん、貴女まで」
「いや、そんな豚を見るみたいな目ぇ止めて、これ事情が有るから、事情が有っての事だから」
フォスキアまで同じような状態となるという事態に、スイセンは嫌な目を浮かべてしまう。
事情を知るフォスキアにとって、その目は完全に不名誉極まりない。
「と、とにかく、モニター、モニター生きてる?」
「……分かりました、サルビア」
「分かった、すぐに復旧させるよ、電気系統はまだ生きてるみたいだし」
フォスキアの頼みを聞き入れたスイセンは、早速サルビアにモニターの復旧を要請。
どうやら使用不能になったのはエーテル関連の物だけで、電気系統はまだ生きている。
さっきの衝撃で途切れた映像を復旧させる為に、サルビアはキーボードを叩く。
「……よし、回復した、ちょっと乱れてるけど」
「う、上の方映せる?」
「何とかね」
フォスキアに言われ、サルビアは映像を上の方へと向ける。
上部のセンサーやカメラ類はまだ生きているようで、何とか稼働してくれた。
徐々に上の方へと映像は移り変わり、空に浮く松ぼっくりのような物が映り込む。
「……あれって、さっき地上から打ち上げられたやつ?」
「そのようですね、あれは一体」
「……やっぱり、ダンジョンコア」
「ダンジョンコア?何ですか?それ」
「……ダンジョンについては、以前にも説明したわよね」
「はい、確か、魔法によって空間を自分好みに変えられる技術、でしたね?」
「大雑把に言えばね、それで、あれはそのダンジョンを好きな場所に、好きな範囲に展開できるのよ、消耗は大きいけど」
「そんな物が」
辛そうに声を出しながら、フォスキアは上空に浮かぶ金属製の物体の説明を行った。
彼女の言う事が本当なのであれば、ガンシップは完全に敵の手中という事に成る。
「あ、あの、何かいっぱい出て来たんですけど」
「え?」
何とかしようと頭を巡らせるスイセンの前で、ヴァーベナは別の画面に映り込んだ物を報告した。
彼女達の視線は、すぐにそちらへと移動する。
「あれは、軍?一体どこから」
「まさか、あれがやったてのか?」
「……多分魔法で姿を隠していたのね、アイツ等」
ガンシップの側面を映すモニターが捉えたのは、旗を掲げる大量の群衆。
全員同じ武装を施され、隊列を組みながらガンシップを包囲している。
その姿と軍旗を見たフォスキアは、ため息交じりにスキットルを開ける。
「ユグドラシル公国軍、あんな物を運用できるとしたら、アイツ等だけよ」
「よりによって、正規軍が」
「ええ、それと、アイツ等が使うダンジョンコアの効果は、範囲内に居る味方以外の魔物と人間から魔力を奪う事、この空間で魔力を使えば使う程、あの装置のエサになるわ、魔力で動くリージア達にも、効果はテキメンでしょうね」
「……成程、そう言う事」
飲酒を行うフォスキアの説明を受けたリージアは、先ほどまでの状態がウソだったようにすんなり起きた。
それでも気分までは回復していないのか、辛そうな表情は変わっていない。
動作にも支障が有るらしく、首や上半身を適当にほぐしている。
「……やっぱり、制御を電気系統に切り替えたら、何とか動ける」
「けど、リアクターの発電量は減ってやがる、出せる出力は、精々成人男性程度だな」
続いて起き上がったモミザも、自身の駆動系のチェックを開始していた。
予備の電気制御であれば何とか動けるらしいが、それでも出力は限られている。
と言うのも、リアクターは生成したエーテルを用いて発電を行う物。
敵側にエーテルが吸い取られるとなると、その発電量はたかが知れている。
「でも、完全に魔力をきらないで、この空間に居る間、魔力を持ってる存在の位置は正確に捉えられるわ、急に反応が途切れたら奴らに気取られるわよ」
「成程、エーテル動力の私達はアイツ等に捕捉されるけど、他の子達はバッテリー駆動だから見つからないって事か……」
『ちょっとぉ!リージアちゃん!機体が動かなくなっちゃったわ~!』
『こちらベゴニア、機体の全機能オフライン、どうしたらいい?指示を頼む』
「お呼びだっと……身体重い」
ずっと格納庫で待機していたヘリコニア達から連絡が入り、リージアは出力が弱まったせいで重く感じる身体を持ち上げた。
一先ずフォスキアから聞いた情報などを元に戦術を構築、この場を切り抜けるために頭を回転させつつ受話器を取る。
「こちらリージア、二人共ちょっと待ってて、上の皆にもちょっと連絡を入れてみる」
『わかったわ~』
二人に指示を送る前に、リージアは上の仲間との通信を行えるか確認を開始。
ここがダンジョン内と同じだというのであれば、一番の懸念は通信環境だ。
量子通信なら問題無いが、作戦を展開するにあたっては隊員個人の通信環境も確保しておきたい。
「レーザー通信回復、それと……よかった、上にも通信ができる……こちらリージア、皆、聞こえる?」
『リージア!よかった、通信できなくなかったから、あとちょっとで三人とも殴り込みにかかる所だったよ』
「ゴメン、早速現状を説明するから、ホスタ君達にも通信を繋げておいて」
『わかった、皆、隊長は無事だ、これから説明があるから、よく聞いておくんだよ』
『隊長、良かったです』
『で?何があったの?』
「どうやらこの国の正規軍に目を付けられたみたい、それで、私達は罠にはまって、エーテルが使用不能になったの、おかげでE兵器を使えない、すぐに打開するから、無線をオープンにしておいて、話をしっかり聞いてね」
『了解』
リージアからの指示を受けて返事をした皆は、無線をかけたままにしておく。
その事を確認し、リージアは今モニターから得られる情報をまとめだす。
「(さて、見渡す限り公国軍とやらがこちらを包囲、数は一個師団規模か、対して、こっちの戦力はっと)」
布陣まではハッキリと分からないが、見える限りでは一個師団規模(大体一万~二万人)の兵士が屯している。
妙な魔法さえ使われなければ、上空からの攻撃で一掃できる。
だが、その為には現在展開されているダンジョンコアを破壊する必要がある。
その方法を見つけたすために、リージアは一度ガンシップの状態を確かめる。
「(電気系統は生きてるから、対空用のレールガンとミサイルなら、でも)」
駆動系を予備の電気系統に切り替えれば、レールガンとミサイルは使用できる。
ただし、全てE兵器として強化されている物。
つまり従来型と同程度の威力しか出ず、制圧能力に欠けてしまう。
「ねぇフォスキア、あの良く解らんトーテムの強度はどれ位?」
「そ、そこまでは解らないわ、でも、そんなに強度は無いと思うわ、この世界だと魔法を封じられたらあの高度まで攻撃はできないもの」
「成程」
目標のダンジョンコアの大きさは、せいぜいドラム缶程度な上に、鎮座している高度はおよそ五百メートル。
この世界において、遠距離かつ空の目標を狙い撃つ方法はたかが知れている。
一般的なのは弓矢や投擲武器だが、後はバリスタや大砲と言った物。
いずれも精密性に欠けており、長距離を狙うには魔法による補助が必要になる。
ガンシップの装備であれば気にする必要は無いが、すぐに表情を曇らせてしまう。
「……チ、レールガンはギリギリ射角の外、ミサイルもエラーか」
「……ん?」
先ほどの衝撃でミサイルのシステムはダウンしており、レールガンも砲塔の可動域の問題で使用できない。
頭を抱えるリージアを前に、フォスキアは別の画面に何かが映るのを見つけた。
「リージア」
「何?」
「……あれ(マズイわね)」
「ん?」
側面の画面に映っていたのは、武装したロードバードを駆るエルフの一団。
十人程度しか来ていない所を見ると、リージア達は何の危険性も無い認識なのだろう。
彼等が到着する前に手を打とうと、リージアは頭を回転させる。
「天気の影響で、母艦からの支援砲撃はアテにならない、武器庫から破壊できそうな物を持って来てる間に中に入られる、どうしよう」
「……アイツ等の狙いは私よ、私が大人しく捕まれば、ダンジョンコアを破壊する準備位する時間は稼げるわ」
「なッ、何言ってんの!?」
「今ここに来てるエルフの一人は、公国内でも屈指の実力を持った聖騎士よ、万全の私でも勝てるか解らない奴をここに居る連中でどうにか出来るはずも無いし、私さえ捕まえれば、後は何人か見張りにここに残して行く位でアイツ等は本陣に帰ると思うわ」
「それで、他の連中が貴女に気を取られている隙に、あのトーテムを破壊するって?ふざけないで」
フォスキアの説明を受けて、リージアは彼女の狙いを悟った。
この状況では雑兵たちが警戒を強めているとは考えにくく、更に重鎮たちもフォスキアに意識が向く。
その間にスイセン達がダンジョンコアを破壊する事は容易だろうが、確実にフォスキアが危険な目に遭う。
それがわかっているのだから、容認する訳には行かなかった。
「ふざけて無いわよ、それに、あのダンジョンコアの使用には、王様の許可と立ち合いが必要ってなってるわ、だから護衛に国の最高戦力も連れて来てるに違いないし、ダンジョンコアが浮いているのはそいつ等の頭上、ミサイルなりなんなり撃ちこめば、不意打ちで厄介な連中は全員片づけられる」
「ですが、それでは貴女が」
「そうだよ、この世界の王様吹き飛ばそうがどうでもいいけど、もし考え通りに事が運んでも、こっちの準備が遅れたり、下手をしたらフォスキアは」
「……」
リージアの忠告を聞いたフォスキアは、暗い表情で頷いた。
砲撃の準備が遅れれば問答無用で首を刎ねられ、逃げ遅れてしまえば巻き添えをくらう。
リスクがあまりにも大きすぎるが、覚悟の決まった目をフォスキアは崩さない。
「でも、これは私の過去がもたらした問題、せっかく清算する機会で、私が名乗り出なくてどうするのよ?」
「……」
ナイフのように鋭い眼を向けられ、リージアは固まってしまう。
悩みに悩み、最終的に自分も同じ事を言うだろうという考えにたどり着く。
改めてここに来ているエルフ達の姿を見ると、もう時間が無い事も認識。
これ以上良い考えも浮かばず、首を縦に振る事を決定する。
「……分かった」
「リージア」
隊員全員驚きの表情を浮かべ、フォスキアもOKを出されるとは思っていなかったのか、困惑してしまっている。
だが、彼女の表情は苦渋の決断であった事を物語っている。
即興になってしまうが、作戦の構築を行うためにフォスキアの方へ視線を上げる。
「フォスキア、知ってる事は全部話して、可能な限りの作戦を立てるから」
「……ええ」
重い笑みを浮かべたフォスキアは、可能性の有る情報を全てリージア達へ伝えた。
故郷に居た時に得た知識や、辺りを巡っている時に聞いた噂。
確実性に欠けるような情報も多いが、リージアは即興の作戦を考えつく。
しかし、タイムリミットを伝えるかのように、ガンシップの一部が爆破される。
「……アイツ等、もう来たのか……フォスキア」
「……何?」
「必ず助けるから、って言いたいんだけど、私とモミザはここを動けない、だから……皆に期待するしかない、ガンマ、デルタ、部隊でも上澄みの腕前を持つ貴女達に託すよ!」
曇りの無い瞳を隊員達へ向けたリージアは、即興で考えた作戦を伝達。
時間が無いので粗も有るのだが、フォスキアの要望に応えつつ、この状況を脱するという事を成し遂げる。
その為に思いつく限りの事を伝えられた隊員達は、作戦の了承をして敬礼を行った。




