姉妹の悶着 後編
辺り一面にナイフで切られた跡や、踏み込みによってできたクボミの広がる運動場にて。
天井にもいくらか傷ができており、時々破片がパラパラと落ちて来る。
熊が喧嘩でもしていたのかと思えるように荒れる部屋の中央で、二人のアンドロイドが床に埋もれていた。
「全くダメだよ、あくまでもスポーツなんだから、会場壊しちゃ」
「いや、一番壊してるのアンタに見えるんだが」
優しく説教する母親のようなトーンで注意するフォスキアだが、彼女の両脇には腰まで床に突き刺さるリージア達が居る。
リージアとモミザも部屋中破壊しまくっていたが、総合的に見るとフォスキアの方が壊しているように見えてしまう。
「……それより隊長達が全く動かないのですが」
彼女達のような特殊なアンドロイドの場合、こんな状態でも痙攣の一つ有ってもおかしくは無い。
それなのに全く動かない二人の姿に、ホスタは少し怖かった。
電磁装甲を起動していたので、木製の床で頭が潰れる事は無いだろう。
それでも動かないとなると、頭部に何かしらの異常が有ってもおかしくない。
「大丈夫、二人共そんなヤワじゃないから、取り合えず抜くの手伝ってちょうだい」
「は、はい」
「これ、大丈夫なの?」
「腰まで埋まってるからな、気張るぞ」
一先ずフォスキアはホスタ達に頼み、リージア達の救助を開始する。
すっかり腰まで埋まってしまっているので、フォスキア達は力任せに二人を引っこ抜く。
こういう事も考えて運動場の周辺に重要な配線の類は無いが、それでも抜いた後はポッカリと穴が開いてしまっている。
「ふぅ、やっと抜けた」
「おい、生きてるか?」
「ん、ん~、お姉ちゃん、相変わらず仲裁雑過ぎ」
「ダメだ、一旦頭診てもらうか」
「モミザもダメそう」
ゼフィランサスに数回叩かれた事でリージアの目は開かれたが、やはり何かしらのシステム障害が有るらしい。
ここに居ない筈の存在の名を呼んでおり、目の焦点も合っていない。
不意打ちとは言え、二人が一撃でダウンする程だったので仕方無いかもしれない
「全くしょうがないね、ブライト、こいつ等運ぶの手伝ってくれ」
「はーい」
「私も手伝うよ」
「ありがとうね」
アンドロイドの内面の診断は、ヴァーベナではなくレーニア達双子が請け負っている。
フォスキアの手を借り、双子達は診断の為に二人の事を運び出していく。
ついでに仲裁され、冷めてしまった隊員も出て行く。
一部は自主的に残り、隊員達は部屋の現状を視認する。
「あらら、こんなに壊しちゃって、直すの大変よ~」
残ったヘリコニアは、砕けた木片を片付けて行く。
すっかり荒れる運動場を見て、珍しく困った様子を浮かべながらも、修復する為のプランを無意識に練っている。
そんな彼女の傍らでは、ホスタとゼフィランサスが惨状を眺めていた。
「……しかし、改めて我々とは違う個体だと身に染みるな」
「はい、ストリクスを使えば同じ芸当はできるでしょうが、無しで同じ事をできるとは思いません」
エーテル駆動であるリージア達と異なり、ホスタ達は未だ電動式。
ストリクス等のE兵器を与えられても、彼女達はバッテリー駆動から改修されていない。
リージアが言うには、ホスタ達の義体はエーテルに対応していないので、新しく対応する義体を全員分作るのがダルかったらしい。
「折角であれば、全員エーテル駆動の義体にしてほしかったのですがね」
「そうもいかないだろう、いくらナノマシンが有るとは言え何かと手間だからな……本人はダルいとか言っていたが」
「はい……」
結局E兵器化させてくれなかった事を落ち込みながらも、ホスタは片づけを続けるヘリコニアへと視線を落とす。
砕けた木片は撤去され、開けられてしまった大穴の中身がさらされる。
壊れた配線や資材が丸見えとなっているが、自己修復機能が働きだして所々光っている。
「直すつもりですか?」
「ええ、だってぇ、楽しい場所は多い方が良いでしょぉ?」
「ま、まぁそうですね」
「さぁて、道具取って来ましょ~」
「お疲れさまです」
「明日も控えている、程々にしておけよ……しかし」
相変わらずの柔らかな雰囲気を出しながら、ヘリコニアは大工道具を取りに部屋を出て行く。
彼女の事を見送るなり、ゼフィランサスは改めて穴の方に寄り付き、目の前でかがんで現場の吟味を始める。
重量のあるアンドロイドを投げ飛ばし、人の身でこの威力を叩き出した。
悪魔と同化しているという事も有ってリージア達と同等の力を有している事を考えれば、この程度は容易だろう。
問題は彼女が見せた技術だ。
「……なぁホスタ、さっきのエルフィリアの動き、どう思った?」
「……彼女らしくない、と、私は思います」
「そうか、私もだ」
フォスキアが見せたのは、いわゆる合気道の類。
一応ホスタ達にプログラムされている近接格闘術にも、類似した柔術も取り入れられている。
それを見て真似た、その程度であればここまで二人は考え込まない。
だが彼女が見せつけたのは、もはや漫画に出て来る達人の域。
見様見まねで出来るレベルでは無かった。
「彼女は一体どこであんな技を覚えたのでしょう?隊長が陰で教えていた、のでしょうか?」
「それは分からん、が、一朝一夕でできるような物でもない」
「私達が行動を共にするようになって精々三か月、彼女に才能が有ったとしても、二人を同時に一発KOできる程成長できるとは……」
「行えるとすれば、知識が有って、尚且つ行えるだけの技術を持ちあわせる者、そして……あの二人の動きを完全に把握している奴、か」
「……」
ゼフィランサスの示した特徴に、ホスタは少し記憶を巡らせる。
小声で全ては聞き取れなかったが、観戦中にフォスキアは二人の行動パターンのような物を囁いていた。
そしてフォスキアが動いたのは、二人が衝突しようとした数秒前。
いずれもリージア達の動きを完全に把握していなければ不可能だ。
「そんな方、我々の中にも居ませんよ、私達も彼女達の戦闘している姿を間近で見たのはこの世界に来て初めてですから」
「ああ、だが、一番理解していた奴を、我々は知っているだろう?」
「……あ、あの人達の、お姉さん、ですか?」
「……ああ」
「ですが、彼女は」
「そうだ」
ゼフィランサスの発言に引っかかりを覚えたホスタだったが、言い出した本人も自信は無いようだ。
事実、話題に上がったリージアの姉アリサは既に討たれている。
今も遺体は孤島の基地に安置されており、他に戦死したアンドロイド兵も交え、生き残った隊員全員で弔った。
「彼女はリージアが破壊した、ガーデンコードの復旧も不可能、だが……エルフィリアの能力は相手の力を吸収する能力、ガーデンコードが魔法陣と同じ技術だとすれば……」
「……まさか、彼女の吸収能力でお姉さんの意識が?」
「……あくまでも可能性だ、推測になっているかもわからん」
「……明日の戦いが終わり次第、調べてもらいましょうか」
「そうだな……それに、彼女を昔から知る者は様子が変だとも言っていたしな」
ライル達の証言に、フォスキアの持つ能力。
それらを加味して考察した場合、フォスキアの格闘術にも説明はつく。
だが、今すぐ調べる余裕がある訳ではない。
この疑問は終わった後でゆっくりと片づける事にした。
――――――
その頃。
医務室に運ばれたリージア達は、双子の処置を受けてベッドの上で眠っていた。
寝ている二人を気遣って照明は最低限の薄暗さだが、双子には関係ない。
「ふぅ、とりあえずデータも頭部も、損傷も何も無かった」
「良かった、手際よかったよ、安心して見てられた」
「いや、アンタに何がわかんの?」
「え?えっと……喉ごしとか?出汁の風味とか、麺のコシとか?」
「うどん?うどんの話してない?」
ついでにお見舞に来ていたフォスキアは、パイプ椅子に腰掛けながら見たこの無いような柔和な笑みを浮かべていた。
普段であれば酒でも傾けているだろうが、ただニコニコと笑っているだけ。
何時もと違う彼女に違和感を覚えながらも、二人は道具類を片付けて行く。
「じゃ、アタシらはそろそろ引き上げるよ、酒も程々にな」
「はいは~い、二人も明日は期待してるよ」
「……違和感あるから、そろそろ喋り方戻してくんない?」
「あはは、明日には戻ってるよ」
「ホント調子狂うんだけど」
何時もと違うフォスキアの雰囲気に調子を狂わせながらも、双子は医務室より退出。
扉が閉じるまで双子に手を振って見送ったフォスキアは、浮かべていた笑みを消した。
おもむろに眠る二人へ視線を移し、パイプ椅子ごとベッドの間へと移動する。
「……さぁいぃたぁ……さぁいぃたぁ……」
鼻歌を口ずさみながら、フォスキアは二人の額を交互に撫でる。
スヤスヤと眠る二人を見守れるという状況を堪能し、フォスキアはのんびりと過ごす。
次第に目に涙を浮かべはじめ、不意に視線を上へと向ける。
「……もう十一時過ぎちゃった、か」
目に入り込んで来た時計を見て、フォスキアは涙を零した。
リージアとモミザの二人を撫でている間でも、時計の針はチクタクと動き続ける。
あと少しで日付は変わってしまう。
そう考えただけで、悲しさばかりが浮かんでくる。
「……約束、だもんね」
このまま時が止まってしまえばいい、そんな事を思っても時間は止まらない。
彼女の願いに反し、気づけば時計の長針は『6』に到達。
昼頃の約束を反故にする訳にはいかない。
「私が、そう言ったんだから」
「……何を言ったって?」
「あ」
独り言をつぶやいていたら、寝ていたリージアが起き上がり、愛用のリボルバーをフォスキアへと向けていた。
表情も敵意ばかりが籠っており、下手な事をすれば躊躇なく引き金を引きそうだ。
鋭すぎるその目を見て、フォスキアはゆっくりと両手を挙げた。
「あ、えっと、あ~」
「今日ずっと思ってたけど、やっぱフォスキアじゃないよね?誰なの貴女?」
「……あ、あっはは、その、何と言うか」
「あ?」
話と目を逸らそうとするフォスキアを前にして、リージアはドスのきいた声と共にハンマーを起こした。
発砲一歩前の状態となり、殺意も更に高まる。
何とかなだめようとしていると、後ろからも同じような音が鳴る。
「で?俺らをどうするつもりだった?」
「う、うへぇ、え、えっとね……」
どうやらモミザも目を覚ましたらしく、後ろから銃を向けている。
前後からの殺意にサンドイッチ状態にされ、もう話をする状況ではなくなってきた。
動揺するフォスキアの目は、不意にリージアの握るリボルバーへと向けられた。
「……あ」
「何?」
「……その銃、まだ」
詰み状態だったというのに彼女の表情は柔らかくなり、挙げていた両手も少し下がった。
もうこの状況をやり過ごす、そんな小細工はどうだって良くなってしまう。
リージアの手に握られている銃を見ただけで、先ほどから抑え込んでいた感情が爆発する。
「ちょ、動かな」
「ッ」
警告をしようとしたリージアより早くフォスキアは動き、銃の握られている手を弾いた。
次の瞬間、リージアの銃から一発の銃弾が放たれ、銃弾はモミザの眠っていたベッドへ命中。
その流れでリージアの事を拘束し、彼女の後方へと回り込む。
モミザの視点からすれば、リージアを盾に取られてしまった形になってしまう。
「クソ」
「モミザ」
「……」
撃とうにも、相手がフォスキアである事に変わりは無い。
それ故にモミザも発砲をとまどってしまい、その間にフォスキアはリージアを盾にしながら彼女へと接近。
そのままモミザの事も捕まえ、三人一緒にベッドに座る。
「え」
「は」
「あはは~、よぉしよぉし」
リージア達とベッドの上に座ったフォスキアは、そのまま二人の事を優しくホールド。
二人の顔を自らの豊かな胸に押し付け、彼女達の頭を満足そうに撫でだす。
そんな状況に、二人は困惑してしまう。
「んふふ」
「ちょ、おま、こう言うのはリージアに」
「その前に、アンタ何が目的なの?こんな事して」
顔を真っ赤に染めるモミザと違い、リージアは冷静に銃口をフォスキアの喉元に突きつけた。
穏やかに二人を愛でるフォスキアだが、今の彼女は何時もの彼女ではない。
乙女の勘とも言えるような物が、フォスキアの事を本人と認識させていなかった。
「……目的何て無いよ、ただ今はこうして居たいの、だから、銃をしまって」
「……モミザ」
「い、良いのかよ」
「なんにせよ、フォスキアって事に変わりないし、このまま頭破裂させる訳にはいかないよ」
二人は銃をホルスターへ戻し、今の状況を甘んじて受け入れた。
警戒を解いた彼女達を確認したフォスキアは、心置きなく愛で始める。
「……ありがと、日付が変わったら終わるから」
「あっそ(でも、何だろう、何か懐かしい)」
「(何でだ?気持ち良いだけじゃない、安心する)」
「……やっぱり、二人共可愛い」
フォスキアの胸の中で愛でられる二人は、徐々に表情を緩めて行く。
次第にリージアは、涙を目に貯めながら安らかに眠り始める。
「あ、寝ちゃった」
「そうか……名残惜しいが、俺はこれで」
「え?」
リージアが寝付いた事を見たモミザは、フォスキアの拘束を振り払ってしまった。
逃げられた事で悲しい眼を浮かべてしまうフォスキアを横目にしながら、モミザは立ち止まる。
「もう良いの?」
「……ああ、俺より今はソイツを慰めてやってくれ、色々限界だろうからな」
「……ええ」
互いに寂しそうな表情を浮かべ合うと、モミザは医務室を出て行く。
眠るリージアと取り残されたフォスキアは、彼女の背中を見つめながら涙を浮かべだす。
「私の、可愛い妹達、貴女達ばかりに、辛い思いをさせてゴメンね」
零れ落ちた涙を拭ったフォスキアは、眠ってしまったリージアをベッドへと寝かせた。
「(これ位は、サービスしよっと)」
隣に転がったフォスキアは、リージアのホホを撫でる。
安らかに眠っているが、リージアの顔には疲れが見える。
先ほどまで斬り合っていた事も原因の一つだろうが、一番の理由はここまでの険しい道のりだろう。
「ホント、ホントにゴメンね、ダメダメでワガママなお姉ちゃんで、こんな時ばかり、都合よくお姉ちゃんなんてやって」
一滴の涙がフォスキアのホホを零れ落ちると共に、時計の針は全て『12』に到達。
そこから間髪入れる事無く、フォスキアは意識を失った。
――――――
日付が変わってしばらくして。
まだ陽も上がっていない時間帯に目を覚ましたフォスキアは、上体を起こしながら顔を真っ赤に染めていた。
「……え?何でリージア隣に居るの?え?何で?」
かなり痛む頭を抑えながらトマトのように真っ赤に染まった顔で、隣に眠るリージアを捉える。
全く記憶も無いが、同じベッドに涙の跡が見えるリージアが居る。
それだけでも頭が回らないというのに、二日酔いで余計に考えが整理できない。
なんとか状況を整理しようと、フォスキアは痛む頭で記憶をさぐる。
「(ま、待って、き、昨日、何が有った?確か、恥ずかしさ紛らわすためにお酒ガブ飲みして、それで……)」
フォスキアの脳裏を過ぎったのは、リージアの事を押し倒した瞬間。
酔った勢いに任せてリージアに詰め寄り、そのままカウンターから転落。
押し倒す形となり、思い出すだけで恥ずかしくて死にたくなる事を自分からやってしまった。
「あ、あああ」
「……ん、あ?フォスキア?」
「ひゃい!」
変な声を出すフォスキアの横で、目を覚ましたリージアも上半身を起こした。
まだ寝ぼけているのか、フォスキアの事を見ても取り乱していない。
しかし、視線を隣へと移し、しばらく硬直。
「……」
「ん?……ッ!」
ようやく頭も覚めたらしく、リージアも顔を真っ赤に染めた。
二人は同時に背を向け、呼吸を整えだす。
「……え、えっと、その、お、おは、おはよう」
「……お、おはよう」
「……」
「……」
重たく気まずい空気が漂う中、二人は目を合わせずにいられなかった。
もう何を話したらいいのか解らない中で、二人は顔から湯気が出そうなくらい真っ赤に染めだす。
「(この感じ、多分戻ったんだよね?あ、やば、言い寄られた時の妖艶な感じ思い出しちゃう)」
「(ちょ、ちょっと、何で目ぇ逸らしてんのよ!え?そう言う事?やっぱ、そう言う事なの!?)」
リージアが顔を赤らめる理由、酔ったフォスキアに押し倒された時の事が原因。
対して、フォスキアの場合はこの現状でピンク色の妄想を膨らませてしまっている。
おかげで、酔った勢いでそう言う事をしてしまったような状況を作り出してしまった。
「……じゃ、じゃぁ、その、私は、これで、お、お互い、忘れようね」
「え、ええ、そうね」
目を合わせる事無く、リージアはオドオドと医務室を出て行く。
途中出入り口で頭をぶつけたりしながら、そのまま部屋へと戻る。
そして、残されたフォスキアは、耳の先まで真っ赤になった顔を両手で覆う。
「(いや、忘れられるかアアア!!)」




