ゴブリンの巣 前編
ゴブリンの占拠した砦へ向かう道中。
予定していた地点で、四人は野営を行っていた。
先にフォスキアが眠りにつき、臨時で仲間に加わったシャウルが眠る順番だ。
フォスキアは既に目覚め、リージア達と共に見張りをしている。
「……もう一度確認するけど、出発は日の出の直前よ」
「はいは~い、ゴブリン程度、私達が軽くひねってあげるから」
「はぁ」
上機嫌なリージアを前に、フォスキアはため息をついた。
明らかに慢心している様子だけに、とても無視はできない。
「ゴブリンを甘く見ないで、そう言う奴から足元すくわれて脱落するの、なんだかんだ言って、駆け出しの死因と引退理由でナンバーワンなのよあいつ等、数も多いし、無駄に知能も高いから、私も新米だった時、何回襲われかけた事か」
と、フォスキアはゴブリンに対する警告を、憎らしそうに語った。
ゴブリンは人間並みの生息範囲と、人間以上の繁殖力を持つ。
それだけに、よく町や村が襲撃される。
しかも、世間では下級の魔物と蔑まれているので、脅威度を軽視しやすい。
そんな旨を伝えながら、フォスキアは拳を握り締めていた。
「……ねぇモミザ、この前貸した薄い本、覚えてる?」
「色々貸し借りしてっからな、何の奴だ?」
「魔王倒した女勇者ちゃんが慢心して、残党に捕まって力奪われてボッコボコにされるやつ」
「あ~、有ったな、そんなの……ああ成りたくなかったら、気を引き締めろってか?」
「そ」
二人が思い出したのは、いかがわしい本の内容。
とは言え、中々ショッキングな内容で、今のリージア達も他人事ではない。
苗床になる事は無いが、ゴブリンの虜囚何て勘弁なので、ここからは気を引き締める事にした。
「でぇも、生エルフと猫耳少女の『くっころ』には興味あるかな?」
「フンッ」
「コバヤシ!」
モミザの鋭い肘は、リージアのアゴを突いた。
何しろ、目の前には彼女の望む人材がいる。
下手したら、マジでそう言うシチュエーションを堪能するかもしれない。
「たく」
「もう、乱暴だな~」
「うるせぇ」
「そんなに乱暴するなら、私、エルフィリアさんと駆け落ちしちゃうよ」
「私はお断りだけどね」
「うへ」
参加していなかっただけで、フォスキアの耳にはずっと入っていた。
なので、リージアの駆け落ち発言も聞いている。
当然だが、彼女の回答はノー。
できる限り距離を取ったフォスキアは、身体を腕で覆いながらリージアを睨んだ。
「はぁ……傭兵同士、妙な恋愛関係に陥る事ってあるけど、アンタだけはお断りね」
「酷いな~、エルフってお堅いのね~、こっちだと女どうし何て全然ありなんだけど」
「こっちだと、そう言う考えは普通じゃないって言うのが一般的なの」
リージア達の世界では、同性同士の付き合いは認められている。
しかし、こちらではまだそう言った事は一般的ではない。
それどころか、法律的にダメな国もある。
「はいはい、じゃ、話変えよっか、ここは女の子同士らしく恋バナでも」
「何でそうなるんだよ」
「まぁまぁ、さっきの傭兵同士は変な恋愛に陥りやすいとか、そっから行こう」
その事を告げられたリージアは、適当な恋愛話を開始。
フォスキアもその話に乗り、話題を切り替える。
「……何でか知らないけど、傭兵同士、恋愛関係に発展して、割とすぐ分かれる、みたいな事が多いのよ」
「ああ、いわゆる吊り橋効果だね」
「吊り橋効果?」
「そ、緊迫した環境とかに男女で置かれると、何故か人間って恋に落ちやすいの」
「ふ~ん」
魔物に囲まれる、命の危機に瀕する。
これらの緊迫した状態では、人は恋愛に発展しやすい。
リージアにとっては当たり前の事だが、フォスキアは首を傾げた。
「でも、何でかしら?」
「ほら、何時もは悪ぶってる奴が、ちょっと良い事しただけで、めっちゃ良い人に見える、何て事無い?あれと似たような物だよ」
「……そう言う物、かしらね?」
「命の危機って所助けられて、結構ソイツの事意識しちゃう、何てことない?」
「残念ながら、私は何時も一人で切り抜けて来たから、あんまり無いわね」
「本当に群れないんだね(でも、案外悪くは無いけどね)」
彼女の傭兵としての年月を考えれば、助けられた事位有ると思ったが、そうでも無かった。
本当に一人で戦ってきたのだろう。
仲間が居たとしても、今のように臨時が一人入った時位だ。
しかし、リージアにはそう言った経験は幾らか有る。
「……」
適当に話を繰り広げる二人だが、モミザは全く入れなかった。
何か発言する前にどちらかが話してしまい、会話に入れない。
この状況に、ホホを少し膨らましてしまう。
「……で?モミザ、貴女はどうなの?」
「ッ、な、何がだ?」
油断していると、ニヤニヤと笑みを浮かべるフォスキアの方から話しかけて来た。
途中から半分聞いていなかったので、何の話をしていたのかわからない。
「好きな人位、居ないの?」
「……いない」
目線を逸らしたモミザは、あしらうように質問に答えた。
塩対応な彼女に、フォスキアは冷や汗をかいてしまう。
考えてみれば、モミザから話しかけられる事は滅多になかった。
「貴女は無口ね、リージアと違って、あんまり話しかけてこないし」
「……」
「あはは~、この子、初めての人と話すの苦手で」
「チ」
笑顔で無口な理由を話され、モミザは舌打ちをした。
恥かしさも有るが、リージアとフォスキアが楽しそうにする光景に腹が立つ。
少しでも興味を惹かせるために、話題を真剣に考える。
「……」
「なら、気になっている事でも聞いたらどう?答えられる範囲なら、何でも答えるから」
リージアと違い、一向に話しかけてこないモミザに、フォスキアは適当にアドバイスをした。
考えてもみれば、モミザの方から話しかけられた回数は少ない。
この際、少し話してみるのも良いかと思った。
「……飲まないのか?」
「え?」
「酒だ、俺達と会った時や、町ではガブガブ飲んでただろ?」
気になった事を聞いてくれ、と言ってきたので、モミザが気になっていた事を訊ねた。
野営を始めてから、フォスキアは一度も酒に口を付けていない。
常に酔っていたいかのように飲み、無くなれば口々に酒を要求。
そんな彼女が、文句も言わずに禁酒をしている。
気にならない訳がない。
「……今は、そういう気分じゃないのよ」
「そうか」
まだ会って精々三日。
そう言う気分じゃない事も有るだろう。
という感じで自己完結し、話は幕を閉じた。
「……」
「いや、それで終わり!?もうちょっと何か無いの!?」
「無い」
「あはは、相変わらずだね」
なんだかんだ言って、モミザも人間には興味がない。
というより、話題の作り方とキャッチボールが下手だ。
仕方がないので、フォスキアは少し強行に出る事にする。
「……ぶっきらぼうだけど、貴女、好きな人居るわよね?」
「ッ!」
「え!?誰!?だれ!?初耳!!」
「(こっちもこっちね……でも、人間じゃないとは言え、やっぱり内面は普通の女の子なのね)」
適当にカマをかけてみたら、分かりやすい反応をしてくれた。
そして、リージアの恋バナをする乙女のような表情に、フォスキアは少し笑みを浮かべた。
二人の関係は解らないが、リージアとモミザが付き合う。
そうなれば、また変な目を向けられる事は無い。
「そっちだと同性愛は普通なんでしょ?たとえ好きな人が女の子でも、恥ずかしがる事無いじゃない」
「うっさい、それ以外にも問題有るんだよ……そりゃ、アイツと居ると楽しいし、遠慮する事もないけどよ……」
「え~、誰ぇ?誰なの~?」
「(お前じゃい)」
「(貴女よ)」
顔を赤くしながら丸まりだしたモミザは、今までに無い位落ち込んでしまった。
どうやら、モミザ達には同性愛以外にも問題は有るらしい。
フォスキアからすれば、アンドロイドと言う種族に問題があると、何と無く察した。
「ところで、その、貴女達の部下は、その事知ってるの?」
「……もしかしたらレーニアは感づいてるかもな、他は知らね」
「そ、そう……」
何となくだが、全員気付いていそうな気がしたフォスキアだった。
冷や汗をかきながらも、折角話を振ったので、適当なアドバイスを思いつく。
「と、とりあえず、さっきまで話してた、吊り橋効果?でも狙ってみたら?」
「……通用するのかね?」
「ま、吊り橋効果なんて、元も子もない事言えば、ただの一時的な気の迷い、あんまり信用しない方が良いよ」
「(こんな感じだからな)」
進展が全くない理由を察したフォスキアだった。
――――――
同時刻。
墜落地点にて。
「……あの、レーニアさん」
「ん?なんだい?アンタから話しかけて来るなんて、珍しい事も有るね」
「どったの?」
ホスタは歩哨を中断し、休憩中のレーニアの元を訊ねていた。
この世界に来て二度目の夜。
その間に内装の修復はあらかた完了し、姉妹共々一息ついている。
後は外装の修理をヘリコニアが終わらせる位だ
「副長の事なのですが」
「モミザ?」
「はい」
ライフルを携えながら、ホスタは神妙な顔つきを見せる。
大分落ち着いて来たのは良いが、随分と真剣な表情に二人は首を傾げた。
「……まさか、軍曹の事をお慕いしているのですか?」
まさかの質問に、二人は一緒にずっこけた。
何しろモミザがリージアに気が有るというのは、隊内では周知の事実だ。
と言うか分かりやすいので、ホスタも既に気付いていると思っていた。
「アンタ、二年も居て気付かなかったのかい?」
「え?みなさん、気づかれていたのですか?」
「いやいや、見てれば解るっしょ」
「……見てれば」
ブライトの発言で、ホスタは今までの二人のやり取りを思い出す。
書類の制作を怠り殴られる。
会議の資料を間違えて燃やして殴られる。
銃の整備をしていると暴発し、モミザに命中して殴られる。
基地の外壁修理の時に接着剤をぶちまけ、モミザと壁を接着し殴られる。
結果、何時も殴られているリージアの姿ばかりが浮かんだ。
「……何時も殴られてばかりですよね?」
「それはそう」
言われてみればと、二人もモミザに殴られてばかりのリージアを思い出した。
「でぇもぉ、なんだかんだ言って、一緒に映画を見たり、ゲームしたり、私生活での仲は良いのよぉ~」
そこへ、二人の仲を弁面するかのように、巨大な溶接機を持ったヘリコニアが参加してきた。
彼女の言う通り、問題が有るのは仕事の時。
プライベートでは、割と仲がいい。
「……確かにそうですが……何故副長は、あそこまであの人の肩を持つのか、解らないです」
「そうねぇ、あの二人、大戦時は同じ部隊って、言っていたわね、司令官とも、その時から知り合いだとかぁ~」
「流石、この中で一番古株なだけあるね」
「それはあーしも初耳」
今居る四人の中で、一番の古株はヘリコニア。
そのせいなのか、彼女は他の三人が知らない事情の一部を知っている。
だが、聞かないと言わないので、リージア達同様過去を語っていない。
細かい休憩を時々挟みつつ、彼女達は宇宙艇の修理を続けていく。
――――――
こんな話題を繰り広げる彼女達なんてツユ知らず。
徐々に周辺の空は明るくなっていき、出発の時間が近づいていた。
「あ、そろそろ時間かな?」
「だな」
時間が近づいた事を確認した二人は、バッグの中から銃器を取りだす。
折り畳んでいた銃床を戻し、弾倉を装填し、槓桿を引き、弾薬を薬室内へと送り込む。
専用の防弾チョッキを着用し、分かり辛く開いている迷彩服の穴から、義体のコネクターへと接続。
背部のサブアームの動作を確認し、他にも用意していた銃器を接続する。
「え、今武装するの?」
「戦いの直前にやるのが醍醐味だから」
フォスキアのツッコミを受け流しつつ、リージア達は武装を再開。
予備の弾倉を身体に括り付け、手りゅう弾も取り付ける。
最後に体へペイントをほどこし、二人共決めポーズをとる。
「デーン!」
「(楽しそうで何よりね……モミザまで)」
「(うるさくて目ぇ覚めたわ)」
虚空を見つめるかのようなフォスキアの表情。
うるさすぎて目を覚ましたシャウル。
二人の事はさておき、リージア達は久しぶりの実戦に舞い上がっていた。
――――――
朝日が顔を見せ、森にわずかな光が差し込めた頃。
二匹のゴブリンは、眠そうに哨戒に当たっていた。
日の出と共に眠りにつく彼らからすれば、既に就寝の時間。
味方の罠にかかるなんてマヌケは起こさないよう、巡回を続ける。
「……ギ」
「ギィ」
だが、今は侵入者よりも、眠気の方が強敵だった。
後少しで交代の時間ではあるが、時間が守られたためしがない。
根城でスヤスヤと眠る仲間を思い浮かべると、今は怒りより妬ましさが浮かんでくる。
「グア、ア~」
大きなあくびと共に、片方のゴブリンの気は完全に緩んだ。
その瞬間、大きく開いた口に葉と小枝が入り込む。
いや、何かに口元を覆いかぶされた。
「ッ!」
叫ぼうとする直前、ゴブリンの喉は焼かれるような激痛が走る。
せめて一緒に居た仲間に助けを求めようとするが、仲間の方ももうダメだ。
薄れゆく意識の中、彼が最後に見たのは、仲間の首が正反対に折られている姿だった。
「……クリアっと」
「こっちもだ」
二匹のゴブリンを制圧したのは、リージアとモミザ。
リージアはナイフを使い、モミザは体術によって急所を突いた。
「やるわね、アンタ等」
「(本当に記者なのかよ)」
ゴブリン二体を倒してすぐ、茂みに隠れていた二人が姿を現した。
ずっと見ていたが、二人の動きは素人ではない。
身体に巻き付けた葉や草、ほどこしたペイント。
それらのおかげで、すぐ近くを横切ったゴブリンは全く気付かなかった。
隙を突き、一瞬にして制圧。
記者がウソという事は、一目でわかってしまう動きだ。
「(てっきりあの武器を使うのかと思ったけど、ナイフと体術ばかりね」
制圧した直後であっても、二人は警戒を緩めていない。
しかも、ここに来るまで銃は一発も使用していない。
自然を利用し、さっそうと駆け抜けて標的を始末する。
まるで熟練の暗殺者だ。
「……あ、サンプル取っておかないと」
「……」
と、思っていた矢先に、リージアの顔は何時もの朗らかさを取り戻した。
先ほどのゴブリンの死骸の元へ移動し、すぐに血液や肉片等のサンプルを回収して行く。
先ほどまでバリバリの軍人感を出していたというのに、すぐに緊張感が薄れた。
「……折角かっこよかったのに」
「ああいう奴なんだよ」
鼻歌交じりにゴブリンを解体するリージアに、三人からの冷たい視線が向けられた。
そんな目を気にする事無く、リージアはサンプル回収に勤しむ。
「(……血が妙に黒い、酸化した、っていうには早すぎる)」
だが、リージアの表情は思いのほか曇ってしまう。
魔物という未知の生物というだけあり、違和感と興味は尽きない。
エーテルの影響なのか、それとも他に理由が有るのか。
リージアの好奇心は増すばかりだった。
「(ここに来てからキノコしか倒して無いし、サンプルが少ないな~)」
そんな事を考えながら、リージアはゴブリンの身体を次々と解体、というより解剖していく。
まるで子供が蟻を分解するかのように、リージアは無邪気に切り裂いていく。
「あ、魔石はっけ~ん……はいっと」
「あ、ありがと」
解剖で魔石を見つけたリージアは、フォスキアへと投げ渡した。
一応売れるので、全て彼女達の懐に入る事に成っている。
リージアの場合は、研究に使えそうなサンプルが手に入ればいい。
「……オエ、先行ってるよ」
「お、おう、気を付けろよ」
笑顔で解体するリージアの姿に気分を悪くしたシャウルは、先行偵察へと赴いた。
それと同時に、解体は完了。
「ふぅ、良い物ゲットした」
「それは何よりね」
「……」
笑顔で血をぬぐうリージアを、フォスキアは適当にあしらった。
そんな事は置いておき、偵察を行うシャウルの観察を始める。
「それにしても、あの子にはほれぼれするよ、可愛いのに、罠や敵を簡単に見つけて」
ここに来るまで、シャウルは罠の解除と発見に貢献した。
それだけでは無く、索敵まで行ってくれた。
この辺りもエーテルの濃度が高く、リージア達はセンサに頼るしかない。
非常に不便な中であっても、シャウルのスキルは有能だ。
「猫型の獣人は感覚が鋭いから、ああして布数の少ない服を着て、感覚を研ぎ澄ませているのよ、そのおかげで、空気の流れの違和感を感じ取って、罠を探し出すのよ」
「成程ね~、ジャングル並みに茂ってるのに、よくやるよ」
「一応この森も魔の大森林の一部よ、植物たちも無駄に元気に育つから、入り組みやすいのよ」
「は~」
フォスキアからの情報を得たリージアは、改めてシャウルを見つめる。
最低限の動きと小さな体を巧みに使い、罠や足跡などを探っていく。
他にも、頭の猫耳がピクピクと動き、尻尾が揺れ動く。
本当に獣人と言える様子に、釘付けだった。
「可愛いな~」
「……アンタ、まさか」
「え?……あ、いや、べ、別にそう言うのじゃないからね!」
「否定してもしきれてねぇよ、昨日はナンパ紛いの事しやがって」
「だから!あれはあの子が珍しかったから、つい食いついちゃっただけ!!」
「うるせぇ!何処に敵居るか解らないのにデケェ声出してんじゃねぇぇ!!」
「アンタもうるさいわよ!!」
「お前ら全員うるさい」
一瞬、三人を置いて帰ろうかと考えたシャウルだった。
とは言え、上からの命令出る事に加え、既に前金も貰っている。
このままサボる訳にはいかなかった。