兆候 後編
リージアが格納庫を立った頃。
昼食の用意の為に食堂へ戻ろうとしていたフォスキアは、途中の通路の端で座り込んでいた。
「はぁ、はぁ……私、何でこんな所に?」
ぼやける目を開けたフォスキアは、針を刺されたような痛みの襲う頭を抑える。
アルゴを倒してからは収まっていた筈の痛みをこらえながら、昨日の記憶を呼び起こす。
「昨日は、確か、ボトル一本開けて、それで」
色々と気持ちを抑えるために、ウィスキーボトル一本飲み干した記憶は有る。
しかし記憶はそこまで、飲んだ後に何をしていたのかまでは覚えていない。
起きたと思ったら、この通路に居たのだ。
「……飲みすぎたのかしら?ッ!」
飲みすぎと片付けようとした所で、フォスキアに更に強い痛みが襲い掛かった。
視界は洗濯機にぶち込まれたように歪みだし、酷い耳鳴りまで引きおこる。
その結果、フォスキアの意識は完全にブラックアウトしてしまう。
「……ごめんなさい、今日だけで良いの……今日、だけ」
「あ、フォスキア」
「……」
「どうしたの!?」
頭を抑えて崩れ込むフォスキアへと駆け寄ったリージアは、早速容態を確認し始めた。
フォスキアと同じ目線に座り、両手で彼女の顔を自身の方へと向ける。
ヴァーベナ程の知識も技術も無いが、草色の長い髪をかき分けて診断を開始する。
「顔色悪い、今朝はあんなに元気だったのに……どこか辛い所有る?あれなら、ヴァーベナに言って、薬処方してもらうけど」
「……」
「フォスキア?」
目に涙を浮かべながらボーっとしてしまっているフォスキアは、リージアの両手に自分の手を乗せた。
手から腕へとゆっくり優しくなでて行き、そのままリージアのホホを両手で包む。
そして、焦点の定まっていなかったフォスキアの目は、リージアの事をしっかりと捉えだす。
「……」
「え?ちょ、本当にどうしたの?」
「……私、私は、良いの、むしろ貴女のほうが心配」
「ちょ、意味が、ムグ!?」
振るえる声を出していたフォスキアは、リージアの事を抱きしめだした。
「(え?え!?なにこれ!?良い匂い!ラッキー!?いや違う!何この状況!?)」
フォスキアの豊かな胸に頭を突っ込まれ、リージアは混乱を極めた。
どう考えてもフォスキアの方が具合の悪そうな顔をしていたのに、逆に心配されてこの状況である。
しかもフォスキアの心音を耳が捉え、自然の匂いがリージアの鼻を支配し、肌の温もりに包まれて変な気分になってしまっている。
「……ゴメンね、辛い思いさせちゃって、ごめんね、都合のいい女で」
「え?」
涙声で謝りだしたフォスキアに困惑する傍らで、リージアの脳裏に長女の影が再び現れた。
この艦が落とされた時と同じ、打ちひしがれていた時のアリサの姿だ。
最強のアンドロイドなんて言われていながら、誰も守り切れなかった事を悔やむ彼女。
「今更、こんな事しても……でも、私」
「ブハ!え?ちょ」
胸からリージアの頭を引っこ抜いたフォスキアは、今度はゆっくりと顔を近づけだす。
困惑し続けるリージアは理解が及んでおらず、目を閉じながら近づいてくるフォスキアにキョトンとしてしまう。
「ん」
「え?え?ええ?(え?ちょ、何!?ひょっとして、キス!?キスしようとしてない!?あれ!?これ、あれ!?行っちゃっていいの?これ、行っちゃっても良いのこれ!!?)」
僅かに尖っている唇を見たリージアは、今度は事故ではない本当のキスができると期待してしまう。
呼吸を荒くし、顔を真っ赤に染め上げながらも、リージアも唇を震わせながらキスの態勢をとる。
家族以外でマトモにキスするなんて初めてという事もあって、ガラにも無く緊張を加速させてしまっている。
「ん(い、行ってもいいよね!向こうが良いんだから、良いんだよね!?)」
「ん、ん?」
「ん~」
互いの顔に息がかかり合い、唇との間が指一本分も無く成りだした。
そのタイミングでフォスキアの目はパッチリと開き、物凄い目の前にあるリージアのキス顔を目撃する。
「え!?」
「ん」
何をされようとしているか理解したフォスキアは、耳まで顔を赤く染め上げだす。
恥かしさが臨界突破したフォスキアは、無意識に右手が動く。
「イヤアアア!!」
「スドゥブ!!」
乾いた炸裂音のような物が通路に響きわたり、リージアは左ホホに手の平の後を残しながら吹き飛んでいく。
普通の人間に放っていたら首の骨が折れていたかもしれない一撃でリージアは回転ながら吹き飛んでいき、床に顔をこすりつけながら着地する。
「きゅ、きゅきゅ、急に何よ!?」
「え?やって来たの、そっち……」
フォスキアの叱責を聞きながら、リージアは気絶してしまう。
――――――
しばらくして。
リージアとフォスキアは、ラジカセで静かなジャズの流れる食堂のバーコーナーでバーボンのボトルを開けていた。
「……その、さっきは、えっと、ごめんなさい」
「い、良いよ、私も、その、錯乱、してたし、うん」
グラスを傾けたリージアは、恥ずかしさを紛らわせる為に中身を一気に飲み干す。
勘違いだったとは言え、本当にキスする一歩手前まで行っていた事に変わりは無い。
内心残念に思いながらも、氷だけになったグラスをカウンターに置く。
「プハ、それで、どうしたの?」
「えっと、その、えっとね……」
新しい酒を注ぐリージアの横で、フォスキアはグラスの中身が揺れる位手を震わせてしまう。
どうしてもさっきの光景を思い出してしまい、互いに目を合わせられていない。
時々視線を送り合うが、たまたま目が合っても一瞬にも満たない速度で離れてしまう。
「……んぐ」
「……んぐ」
恥かしさを紛らわせるため、二人はグラスを傾ける。
同時にグラスの中身が無くなり、同じタイミングでグラスがカウンターに置かれる。
更にタイミングよく二人の手が一本のグラスに伸び、互いの指同士が軽く触れ合う。
「あ……お、お、お先に、どうぞ」
「い、いえ、そ、そっちこそ」
「(クソ、二本開けとくんだった、学園物あるあるかよ)」
「(ちょっと、何で今日そんなよそよそしいのよ、こっちまで緊張移るじゃない)」
「と、とりあえず、わ、私が二人分注ぐよ」
一先ずリージアが二人分注ぐ事にし、フォスキアのグラスに適量注ぎ、次に自分のグラスに同じ量を注ぐ。
ボトルがカウンターに置かれると共に、二人は同時に中身を飲みだす。
「プハ……なんていうか、その」
「プハ、何?」
「今朝の記憶が無いのよ、昨日ボトル一本飲んで、寝て、それで、気づいたらあの通路に居たのよ、それで、また気づいたら、き、きき、キス顔の、貴女が、目の前に居て」
「……そうなんだ」
「ええ……ッ」
垂れた耳の先まで顔を赤くしながら説明するフォスキアは、再び先ほどの事を鮮明に思い出し、グラスに残っていた酒を全て飲み干した。
一応フォスキアの方からキスを迫って来ていた事は、リージアの口から聞かされている。
全く自覚が無かったとはいえ、自分から迫った事に変わり無い。
先ほどの出来事のフラッシュバックに襲われ、恥ずかしさばかりが襲い掛かる。
「……その、えっと、話、変えましょうか」
「だね(私も恥ずかしすぎて死にそう)」
互いに羞恥が限界を迎え、紛らわせるために話題を変更する事にした。
しかし、先ほどのやり取りから頭の働かない二人は、沈黙の空間を形成。
落ち着いたジャズばかりが部屋を彩っている。
「(……とは言ったけど、何を話せば良いの?)」
先ほどからリージアのキス顔ばかり浮かんでしまうが、何とかして話題をひねりだそうとする。
結果、真っ先に浮かんだのは明日の戦いの事。
場所は先日の会議で伝えられており、おかげで少し嫌な事を思い出す。
望んでこの身体になった訳でもないのに、全て自身に罪と咎があるかのように攻め立てられたあの日の事。
「(……私は何も悪くないのに、一方的に攻められて、私は)生まれて来たらダメだったのかしら?」
「え?」
「あ(やば、口に出てた)」
勝手にネガティブに陥っていたら、考えていた事を口に出してしまった。
リージアは事情を知っているとは言え、今ここで話すような事ではない。
どうにか話をもう一度切り替えようと、フォスキアはひたすらに頭を巡らせる。
「え、えっと、別に、その、何と言うか」
「……また、昔の事?」
「う……ええ」
悲し気な目を浮かべたリージアは、やはりそっちの話へと持って行ってしまう。
似たような境遇を経験したリージアは、同情してくれる事は間違いない。
だからこそ、ここで変に悲しみを煽りたくなかった。
「その、別に、今は」
「……悪魔と同化してしまった貴女を、故郷の連中は忌み嫌い、そして、殺そうとした」
「……ええ」
「でも、正直そいつらの行為は正しい、私はそう思う時もあるよ」
「ッ」
きっと同情してくれる、そんな考えだったフォスキアは、耳に入り込んで来た予想外の言葉に硬直してしまう。
以前アンジェラに同じ事を責められた時、リージアは終始フォスキアの味方だった。
なのに、今回は相手側の肩を持つような発言をした。
その事実のせいで、フォスキアは呼吸さえ忘れる程硬直してしまう。
「(何で、何で、そんな……)」
横でグラスを傾けるリージアへぎこちなく振り向くフォスキアは、涙を垂れ流しにしながら彼女を睨みつける。
散々信じさせておいて、ここに来ての裏切り。
そのショックのせいで、視界は薄暗くなり、光を徐々に受け付けなくなる。
「ふぅ、でも、私は……あ」
「……なんで」
グラスを置いたリージアは、涙を垂れ流しながら睨んで来るフォスキアに気付いた。
目の焦点は合っておらず、もう意識があるのかさえ解らない。
そんな彼女を見て、ようやくリージアは自分の失言に気付く。
「なんでなんでなんで」
「あ、ちょ!ゴメン!別にフォスキアの事裏切った訳じゃないからね!色々意味が有っての事言って言うか!えっと、とにかく話聞いてー!」
「……ッ」
放心状態のフォスキアを揺らし、リージアは何とか意識をもって来ようとする。
数分程首をガクガクと動かされたフォスキアは、何とかリージアの事を認識。
流れていた涙を拭ったフォスキアは、目を鋭くしながら視線を逸らす。
「……何よ」
「ちょ痛いって」
少し重たい声を発したフォスキアは、リージアの手首を握った。
その握力は、下手をすればヒビの一つでも入ってしまいそうだ。
「あの時は味方してくれたのに、何よ、今更、放して」
「イヤ!私こういう誤解で物語ダレるの嫌いだから!あのね!フォスキアを攻撃した連中は、世間一般の認識的に正しいって意味!どんな理屈であれ、貴女が悪魔と同化してるんだから始末するって言うのはね!」
「だから何よ!結局私が殺されるのは正しいってことじゃない!」
「でも、それは世間一般の正しさ!私の正しさには関係ない!」
「じ、じゃぁ、何よ!」
「そいつ等の言う正しさじゃ私は救われないの!どんなに正しい絶対の理屈でも、私が救われない正しさに用は無い!そして、私が救われる正しさは貴女が生きてくれる事!」
「え」
思いがけないセリフに赤面するフォスキアの事も考えず、リージアは彼女の手を振り払い、フォスキアの両肩に勢いよく手を置く。
「だから!そいつ等の理屈が貴女を殺す事を肯定する事なら、私はそれを全力で否定する!何故なら、貴女には死んでほしくないから!!」
「……」
リージアの口より放たれた言葉は、フォスキアの胸に突き刺さった。
おかげでフォスキアは顔を全体的に真っ赤に染め上げ、固まってしまう
「あれ?フォスキア?」
「……」
「もしも~し」
「……」
黙りきってしまっていたフォスキアだったが、しばらくしてリージアの手を静かに退け、カウンターへゆらりと歩いて行く。
おぼつかない足取りで奥へ行くと、綺麗に置かれているボトルの中で一番強力なウォッカを手に取る。
「え、ちょ、フォスキア?」
「……」
二本のウォッカを手に取ったフォスキアは、今度は大ジョッキを取りだし、両方のボトルの中身を注ぐ。
「ちょ、ちょっと、そ、それ、二つとも度数八十度超えてるよね?」
「……」
空になったボトルを捨てたフォスキアは、大ジョッキに注がれたウォッカを前にする。
ジョッキ一杯の八十度越えの酒を持つ彼女を前に、リージアは冷汗をかいてしまう。
いくら彼女でも、そんな物を一気飲みしたらどうなるか分かった物ではない。
「ンぐ!!」
「ちょぉぉぉ!!」
腰に手を当てたフォスキアは、一気飲みを開始。
喉に焼き印でもされているかのような痛みが襲おうが、徐々に心臓が強めに鳴りだしても、フォスキアはジョッキを空にするまで止まらない。
「ブハ!はぁ、はぁ、はぁ……」
「……だ、大丈夫?」
とてつもない酒気を吐き出したフォスキアは、酔いのせいなのか恥ずかしさのせいなのか解らない位顔を赤くする。
心臓も運動した後のように早い鼓動するフォスキアは、キッチンに手を着く。
「ヒック」
「(……何だろう、嫌な予感)」
「何かぁ、こう、良く解んないけど、気づいたら別の人格になってんのよ~」
「え?なんの話?もしかして、話戻した?(こんな泥酔してる所初めて見た)」
「ん」
ウォッカがかなり回ったらしく、見た事無い位酔う姿のせいで頭に話が入ってきていない。
反応の薄いリージアの態度に頭に来たのか、フォスキアはカウンターから身を乗り出す。
「ひょっとぉ!ふぃとの話、ひいてるの!?」
「あぐ、ちょ、一旦落ち着いて、水でも飲んでさ!」
「うっさいわね!それより、何が幸せよ!」
「落ち着いてって、あ、ちょ、倒れ」
「え?あああ!」
「アアア!」
リージアに掴みかかっていたフォスキアの身体は、徐々に前に出ていたせいで二人共崩れ落ちてしまった。
「あたた、フォスキア、無事?」
「ん~?ふふ、マウント取っちゃったわ」
「(あ、これ私が無事じゃない奴だ)」
リージアが下になる形で倒れ込み、酔いに酔っているフォスキアから獣のような眼光が向けられている。
これならうっかりフォスキアの胸でも掴んで、ぶん殴られた方がマシだった。
「アンタね~、モミザからきぃたわよ~、お姉ちゃん達殺しちゃって、悲しいのはわかるけど、死にたいとか意味わかんないんだけど~」
「(……モミザの奴、余計な事)」
「あのね!」
「はい!」
「アンタみたいな娘でもねぇ、悲しむ人がねぇ、ここに居るんだから、ちょっとはぁ、自分の幸せ以外も考え変えなさいよ」
「……そうかもしれないけど、でもね」
悲しい眼を向けるフォスキアを前にして、リージアはまだ死にたがっている事を次げようとする。
しかし、フォスキアの方が一手早く行動に出る。
更に姿勢を下げたフォスキアは、リージアの耳元で囁いた。
「それに、二人で一緒に映画見ようって、約束したじゃない、ねぇ」
「ひ、ちょ、ちょっと!耳攻めされるのはエルフの役目でしょ!」
「知らないわよ、そんなの」
しかも酔っているせいで、フォスキア本人の羞恥は皆無。
どんどん迫って行き、自身の武器をリージアへと押し付けて行く。
「それに、ちょ、あ、当たってる、柔らかいのが色々当たってる!」
「……ふ~ん」
焦りだすリージアを見て、フォスキアは高揚した笑みを浮かべた。
どれだけアルコール臭を漂わせようが気にする事無く、フォスキアはリージアへと詰め寄る。
自分の持つ色々な柔らかい部分を押し当て、リージアに迫る。
「ねぇ、本当に死にたいのぉ?ねぇ、生きてたら、あたしの身体、好きにしていいのよ」
「ッ……」
フォスキアの発言で息を飲むリージアは、完全に言葉を失わせた。
押し付けられる豊かな体の温かさに加えて、耳元でささやかれるフォスキアの妖艶な言葉。
後ちょっとでフォスキアに文字通り手を出してしまいそうになっており、わき上がる欲求に身を任せようと震える手を必死に抑え込む。
「ね、ねぇ、待って、な、何で、こんな事」
「……結構アピールしてたのに、まだ気づいてないの?」
「え?」
「あたし、私はね、リージア、貴女の、事……」
「あ」
何かを耳元で囁こうとした瞬間、フォスキアは規則正しい呼吸を初めてしまう。
心なしかリージアの体感する重みも増しており、完全に虚脱状態となってしまっている。
ゆっくりとフォスキアの方へ首を回したリージアは、彼女に何が起きたのか理解した。
「……急に寝ないでよね」
「スー、スー」
「……はぁ、しょうがない、念のため、医務室にでも運んでおこうか、ヴァーベナにも連絡しとこ」
とりあえずフォスキアを背負ったリージアは、医務室へと運びだす。
また身体を密着する事に成るのだが、頭の中で巡る疑問のおかげで気分は高揚していなかった。
「……私の事、どう思ってるんだろ?」
顔を薄っすら赤くするリージアは、ため息交じりに通路を歩く。
初めて会った時に同性愛はお断りと言われたのを地味に気にしていたので、フォスキアから今どう思われているのか気になっていた。
その後、医務室の方からヴァーベナの事件性のある悲鳴が響き渡った。




