兆候 前編
アンジェラ達を下ろした翌日。
母艦のリージアの自室にて。
先日の戦いの疲れを癒すべく、リージアは惰眠をむさぼっていた。
「んご~……」
戦闘に特化しつつ、できるだけ人間に近い義体を。
そんなコンセプトを持って制作していたので、疲労と言う物が溜まる様になっている。
以前の義体ではそもそも疲労が無いので睡眠の必要は無かったが、今は疲れたら睡眠によって疲労を取る方式を採用した。
その結果、以前からの夢だった惰眠をむさぼると言う事ができるようになった。
『ピピピピ』
「ん、ん~」
寝返りをうった辺りで、すぐ傍の机に置かれている時計が午前七時を告げた。
電子音がするタイプの物で、その音に反応してリージアの目は薄っすらと開く。
目覚ましの音を鬱陶しく思いながら布団から手を出し、薄めのまま近くを探っていると、金属の質感が手に伝わる。
そして次の瞬間一発の銃声が響き、目覚まし時計は粉砕された。
「ファ、ア~」
大きなあくびをしたリージアは硝煙のたつリボルバーを元の場所に置き、布団を頭まで被って夢の中へと逆戻り、
アニメなど見て憧れていた、目覚ましを破壊して二度寝、と言う物を開始した。
起きようとした時の強い眠気は一気に洗い流され、リージアをより心地よい眠りの世界へ誘う。
こうしている間でも第三の指令船が暴れ回っているので、本来はこんな事をしている場合ではない。
しかし、まだこの艦は前回無茶した傷が癒えていないので、向かうついでに自己修復を行っている。
完治には丸一日かかるので、これも仕方ないと自分に言い聞かせながらだらける。
「(ここ暫く怠けられて無かったし、今日くらいいいよね)」
本星では裏でコソコソと作業する為と言う建前でだらけていたが、本当に怠けている事も有った。
そのせいで変な癖が付いてしまったので、この際存分に休む事にした。
呼吸も規則正しくなってきた辺りで、自室の扉が開く。
「起きてぇ!もう朝よ~!」
「んにゃ!?」
油断していた所でリージアが被っていた毛布が引きはがされ、外の冷たい空気がリージアの硬肌を襲撃する。
変な声で叫んでしまったリージアは、不機嫌そうに眼をこすりながら起き上がる。
「ん~、何?フォスキア?今日は皆整備以外オフの日にしようって、話し合ったじゃん……ファ、あぁ~」
毛布を片付けるフォスキアの傍らで、リージアは再び枕へとダイブした。
次で最後とは言え、次の相手もアルゴ同様の化け物である可能性が有る。
万全な状態で挑む為にも、先ずは付近の空域で整備を完了させつつ休養を取る事に話を全員で承諾した。
フォスキアも同席していた筈なのに、そんな事知らないかのようにリージアの足首を掴む。
「はいはい、そう言うんなら先ずは自分の身体の整備だよ、先ずは燃料補給ねっと!」
「え?あだ!」
お母さんみたいな物言いをしたフォスキアは、無理矢理リージアの足を引っ張ってベッドから引きはがす。
おかげでリージアはオデコを床に強打し、そのまま食堂へと連行されていく。
「た~……もう、いいって、今日朝いらないって~」
「大事な戦いの前日こそ万全な状態を維持するものなの、朝はもちろん、三食きっちり食べなさい」
「うへ~」
出来の悪い子供の世話を焼くかのようにリージアを引きずりながら通路を歩き、やがて食堂の扉をくぐる。
「さ、付いた、顔洗って、歯ぁ磨きなさい、ご飯作っておくから」
「……はい、は~い、ふぁ~」
食堂に到着した事でリージアは解放されると、胡座をかきながら起き上がり、頭をかきむしりながら大きなあくびをした。
予め途中まで用意していたのか、漂う良い香りがリージアの鼻をくすぐる。
更に何かを焼く音も耳に入り込み、睡魔が僅かに和らぐ。
「……フォスキア、あんなキャラだっけ?」
妙にテンションの高い彼女の後姿を横目にするリージアは、ダラダラとシンクに手を置く。
水回り関連は変形の邪魔にならないよう、この食堂に集約されている。
化粧室もこの食堂に敷設されており、自室以外だと身支度はここで行っている。
「ふ~ふんふ~、ふ~ふんふ~」
「(あ、鼻歌)」
聞き覚えのある鼻歌だったので、リージアの視線は自然とフォスキアの方へといく。
シャコシャコと歯を磨くリージアの横で、フォスキアは朝食を作りながら鼻歌を奏でだした。
妙に落ち着きを感じながらも、リージアはフォスキアの後姿を眺める。
「(……あれ?お姉ちゃん?)」
そんな彼女の後姿は、一瞬だけ長女のアリサに空目した。
最初に作られたという事も有って、アリサは多忙なマスター二人の代わりに家事を行っていた。
料理する姿も度々目撃していたのだが、容姿の全く異なるフォスキアと重なるのはおかしい事だ。
「(まいっか)プ」
歯磨きを終えたリージアはグダグダと移動し、カウンターの椅子に腰かける。
しばらくフォスキアの料理姿に見とれていると、完成した料理が運ばれて来る。
「はい、お待ちどう様」
「ありがと、いただきます」
置かれたのは、パン、オムレツ、焼いた薄切りベーコン、サラダ、スープなど、絵に描いたような洋風の朝食。
香って来る料理の匂いはリージアの腹部を刺激し、食欲と呼べる物が一層強まる。
さっきまでベッドでダラダラしたがっていた睡眠欲は、一気に食欲へと変換されていく。
「(……うん、何か、だんだん美味しくなってるような気がする)」
食事の酸いも甘いもわかる程知っている訳でもないが、フォスキアの料理は前回より美味しいと思える。
「……」
「……早く食べたら?」
「あ、あはは、ゴメン、ゴメン、美味しそうに食べてる姿が、何か可愛くて」
隣でうっとりとしていたフォスキアは、早速朝食に手を付けだす。
なんとも美しく丁寧な作法を見せつけ、料理を口へ運んでいく。
その姿はまるで、晩餐会に呼ばれた貴婦人。
おかげで、今度はリージアが見惚れる事になってしまう。
「……」
「ん?どしたの?今度は貴女が固まっちゃって」
「あ、ゴメン、そんなに作法綺麗だったかな?って」
「あはは、食事をするにあたって、作法はその国、その地域に倣う物だからね、それが食べ物や作ってくれた人に対する払うべき敬意だよ」
「……作法、ね」
なんとも教育的と言えるような言葉だったのだが、リージアは少しひっかかりを覚えた。
リージアの記憶が間違っていなければ、フォスキアの作法は敬意云々をそれ程感じなかった。
傭兵ギルドのコテージで料理を振舞われた時も、とりあえず零れない様に食べていただけ。
しかし、今のフォスキアは本当に美しくナイフとフォークを扱っている。
「ん、美味し」
「……」
気にする事無く手を進めるフォスキアを前に、リージアはチビチビと食事を再開。
まぁいいと割り切ったつもりだったが、やはりキャラの差異に気になってしまう。
とりあえず、今はとりあえず目の前のご馳走を味わう事にした。
――――――
しばらくして。
朝食を済ませたリージアは自分の用意があるというフォスキアと別れ、予定通り格納庫で整備を開始。
飛行ユニットを装着する必要は無くなったとは言え、整備する武器はいくつもある。
先ずは愛用のリボルバーの整備から始めるべく、工具や麻布を用意した。
「隣良い?」
「ああ、良いぞ」
同じように拳銃の分解整備を行うモミザの許可を取ったリージアは、彼女の隣に用意した麻布を敷いたリージアはその上に座った。
隣に居る彼女と同じように、銃の分解整備を開始。
「どうした?」
「ちょっとね、うん、フォスキアの様子が変って言うか、何て言うか、ね」
「……あー」
軍手を装着したリージアは今朝のフォスキアの様子に関して、モミザへと相談を持ち掛けた。
数秒程硬直したモミザもここ最近のフォスキアの言動を思い出しつつ、初めて会った時の彼女の様子を比べだす。
「今朝も会ったが、以前より明るい言うか、陽気が過ぎるというか」
「うん、今朝も、何か、ラブコメの世話焼き幼馴染みたいな事されて、すんごいお母さん的な感じだったていうか……二人で鑑賞会なんかやって、変に知識付けさせたから、とかじゃないよね?」
「まだ根に持ってんのかよ……そう言えば、ライルの奴も様子が変だとは言ってたな」
リージアから突き刺さるような嫉妬心を向けられるモミザは、ため息を零しながらライル達とのやり取りも思い出した。
数十年前のフォスキアの事を知る彼女達から見ても、今の彼女は様子がおかしいらしい。
「それで、お前から見てどの辺が変なんだ?」
「う~ん」
モミザに言われたリージアは、改めてフォスキアの事を考え出す。
手は止めずに、以前と現在のフォスキアに関して思い出しつつ首を左右に揺らし始める。
具体的に何処が変なのか、深く考えた事は無かったので長考してしまう。
「強いて言うんなら……あ、今日は何か、綺麗だな~、とは思ってたけど、何時もみたいな感じは無かったかな?」
「何時も?」
「何時もなら、何か、近くに行っただけで胸がキュンキュン言って、落ち着かなくなって、気づいたらフォスキアの事目で追ってたり、ちょっと気配感じただけで嬉しく成ったり、そんな感じが有ったんだけど」
「……」
答えとして挙げられたのは、惚気としか思えない言葉の数々。
ここまで言っておいて自分の気持ちに気付かない鈍感さに、モミザは数秒の硬直後、横方向へ倒れてしまう。
「ちょ!モミザ!?」
「我が妹ながら……はぁ」
できれば自力で自覚させたいモミザは、答えを言う事無くため息をついた。
そして、同時に脳裏を過ぎったのは色々なラブコメの主人公たち。
全てではないが、大体の主人公はヒロインの好意にとてつもなく鈍い。
そんな都合のいい設定のせいで振り回されるヒロインに何時も同情していたが、今回は疑問ばかり浮かんでくる。
「(鈍感主人公に惚れてるヒロイン達って、何で愛想つかさないんだ?俺だったら一発殴って好感度有人レベルまで落としているぞ)」
どんなにストレートに好意をぶつけても、鈍感系主人公は、時に変な補正が働いて難聴になり、時に言葉の意味を取り違え、普通なら絶対に気付くようなアピールにも気付かない。
そんな理不尽な目に遭おうと、決して主人公の事を諦めないヒロインの気が知れなかった。
「(ま、コイツの場合自分の気持ちにすら気付いてない厄介なタイプだが)」
「さて、後はっと」
モミザから向けられる冷めた目に気付く事なく、リージアはいつの間にか組み立てまで終えていたリボルバーを耳元に持ってきていた。
弾丸を装填するシリンダーと呼ばれる部分をゆっくりと回転させ、音や指の感触によって動作を確認する。
この音が聞きたいが為に旧型リボルバーを愛用する理由の一つと言うのも有り、なんともウットリとした表情を浮かべる。
「よし、とりあえず、もう一回フォスキアと話してみるよ、少しだけだから、ちょっとここお願いね」
「ああ」
リボルバーをホルスターへしまったリージアは、改めてフォスキアの元へと向かいだす。
格納庫から去って行くリージアの背中を眺めるモミザは、とても悲しそうな目を浮かべた。
フォスキアの身に何が起こっているかはさておき、これがきっかけで二人の仲が進展する事を願った。
「はぁ」
「……」
三人の関係を知るレーニアは、たまたま会話が耳に入り込んで来たので少し首を突っ込む。
「良いのかい?形はどうであれ、二人の仲が進展しちまうよ」
「……もう良いんだ、俺の恋路が成就するより、アイツが生きてくれる方が嬉しい」
「……そうかい」
聞き耳を立てていた限りでは、今のモミザはリージアとフォスキアの仲の進展を望んでいる。
以前とは真逆の答えに困惑もあるが、変に後押しするつもりは無かった。
「……」
近くで作業していた元オメガの面々も先ほどまでの会話を多少聞いており、気づけば野次馬のように集まっていた。
ヘリコニアもモミザ同様に悲しい眼でリージアを見送っており、彼女の様子にブライトは首を傾げた。
「どったの?ヘリコニア、珍しく元気ないよ」
「え?そ、そんな事ないわよ~(やっぱりあの子、死ぬ気なのね)」
「あ、あの、一つ良いですか?」
「ウオ、居たんだ」
シメっぽくなってしまっているヘリコニア達の横で、ホスタは手を挙げた。
いつの間にかブライトの近くに出現したので、思わず変な声が出てしまった。
「……もしかして、隊長って、エルフィリアさんの事好きなんですか?」
と言う、もう誰もが気付いている質問をされ、全員ずっこけた。
「今更気付いたのかよ!?」
「アンタ相変わらずだね!」
任務一筋であるホスタにとって、たとえ仲間内であっても色恋に首を突っ込む事は無い。
おかげで、彼女の恋愛に関する認識は薄い。
その事を知るガンマの面々や、いつの間にかデルタのメンバーまで何事かと集まりだす。
「え、皆さん気付いていたんですか?」
「ホスタ、お前本当に色恋には鈍感だよな」
「ラフレシアとポピーが裏でデキてたのも、知らなかったもんね」
「え、あの二人がですか?」
「マジで知らなかったのか」
いつの間にか恋バナの空気ができあがり、全員整備そっちのけで盛り上がってしまう。
彼女達の事は置いておき、レーニアはモミザの方を向く。
「で?何で諦める事にしたんだい?あんなに執着してたってのに」
「理由ならさっきも言っただろ」
「もっと深く教えて欲しいんだよ」
「……そうだな」
レーニアに諭されたモミザは、あんなに執着していたリージアを諦めた理由の深い部分を思い出す。
フォスキアには話した事ではあるが、他の面々には話していない。
全て破壊しようと言い出したE兵器には、リージア本人も含まれているという事。
「アイツは、もう人間を信じられない、だからこそ情報だけじゃない、全部破壊する、何もかもぶち壊しにする気だ、もう、全部」
「……で?」
テンションゼロに近く、もう覇気の欠片も無く答えを言い渡した。
しかし要点が抜けており、肝心のレーニアは知りたかった事を知れていない。
「よぉするにぃ、リージアちゃんは自分も含んでるって事よねぇ」
「……そう言う事だ……てか、何時から知ってた?」
「配属されたばかりの時ぃ、偶然ねぇ」
そこで助け舟を出したのは、ちょっと落ち込んでいたヘリコニア。
彼女は左遷されたばかりの時に概要を偶然聞いてしまっており、多少の事は察している。
なので、フォスキアであればそれを変えられるかもしれないと陰ながら協力していた。
「成程、要するに、リージアをフォスキアに惚れさせて、自殺願望取り消そうって腹か」
「もーちょっと方法無かったの?」
「アイツ変な所頑固なんだよ、しかも、感情に支配されたら暴走しちまう」
「だから別の感情に支配させようって?」
「ああ……心中ならともかく、アイツ一人死んじまわれるより、いっそ幸せになって欲しい、それだけだ」
「え、あの二人もですか!?」
「むしろ人前気にせずにキスとかしてたが?」
「てっきり友情的なあれかと」
「お前らはさっさと仕事戻れ、何時まで恋バナしてんだ」
もう一度想いを告げたモミザは、気分を変える為に作業へと戻って行く。
恋バナモードに入ってしまったガンマ達を通りすぎながら。




