可能性の兆し 後編
豊かな自然を取り戻した山岳地帯の上空にて。
艦は船の姿へと戻り、そこからガンシップが飛び立った。
「アテンションプリーズ、機長のリージアでございます、本日はフロンティア航空をご利用いただき誠にありがとうございます、当機は母艦を発艦後、ラマネス王国郊外へ向かいます、ご不明な点や、気分の悪い場合、副機長のモミザとキャビンアテンダントのフォスキアにお申し付けください」
ガンシップの操縦桿を握るリージアは、完全に民間航空のつもりでアナウンスを行った。
しかし本当の飛行機に乗った事は無いので、映画やらアニメなどで聞いた物をうろ覚えで言っただけである。
「本日の天気は晴れ、夜のフライトでございますが、乱気流の恐れはございませんので、のんびりとお過ごしください」
「ノリノリだな」
「こう言うのやってみたかっただけ」
アナウンスの為のスピーカーをきったリージアは、操縦桿をしっかり握り締める。
現在のガンシップの武装は最低限に抑えられているので、野良の魔物や人間側の対空攻撃を警戒。
町の前に再び姿を現せば確実に面倒が起こってしまうので、郊外に下ろすつもりである。
「……」
「……それで?今度は何悩んでんの?」
「(何でそういう事には気づくんだか)」
リージアに尋ねられたモミザは操縦桿から手を離し、シートの方へと体重をかける。
フォスキア程恋愛感情を向き出しにしているつもりはないが、これでも恋に悩む事は何度かあった。
そう言った事には全然気づいてくれないクセに、悩みがあるという事だけは見抜いてくる。
「……俺の存在意義って、何かってよ」
出来れば色恋にも敏感になって欲しいと思いながら、悩み事を口にした。
「柄にもない事考えてるね」
「うっせ」
「まぁまぁ、姉妹なんだから、相談位乗るよ」
「……主砲の用意してる時、俺はエルフィリア達の補助やエーテルの調整位しかできなくてな、指示もまともに下せないし、説明だってロクにできて無かった」
モミザが思い悩んでいたのは、艦橋でのできごと。
副指令としての役割はスイセンに取られ、肝心な説明はリージアのカンペに頼り切り。
ただの座っている人感が強く、自己嫌悪に陥っていたのだ。
「あはは、でも、報告書とかはちゃんと書けるじゃん」
「あれは……文字に起こすのはいいが、いざ言葉にするってなると、急にダメになるんだよ」
「確かに、前からそう言う感じだよね、でも、前線に立ったらある程度は指揮できるじゃん」
「ああ、前に出て、考え無しに戦うようにする状況を作るんならな……所詮俺はその為に作られたって事だな」
「……」
頬杖を突くモミザは、虚ろの表情で外を眺め出す。
指揮官用としても作られているリージアと違い、モミザは純粋な戦闘タイプ。
仲間を導くという面においては、やはりリージアには遠く及ばない。
「確かに、私達はアンドロイドだよ、でも、工場で黙々とネジ締めてる個体とか、ただ注文通りに料理運ぶ個体とは違う、自分で学んで吸収できる、今までそう言う事してこなかったってだけだし、これから慣れて行けばいいじゃん」
「……ああ、自分でも、そいつは解っているさ」
「それに、フォスキアとは上手くできてるじゃん……二人で映画見てたらしいし」
「あ、ああ(バレてたか、目が怖い)」
お悩み相談をしつつニコニコと操縦を行っていたが、薄っすら開かれる目は全く笑っていない。
その事に恐怖を覚えながらも、モミザは自分の事を悲観してしまう。
もう何と言われても、しばらくは落ち込んでしまいそうだ。
「ま、それに関しては後で言及するとして」
「ああ(するのかよ)」
「でも、貴女は十分私達の役に立ってるよ、私一人じゃ皆を引っ張って行けなかった、だから、貴女が押し上げてくれてたおかげでここまで来れたし、エーテルの制御に関しては、私を除いたら貴女が一番長けてるし」
「……たく(我ながら単純だな、俺って、結局リージアに慰めて欲しかっただけか)」
ホホを桜色に染めるモミザは、顔を手で覆った。
できるだけリージアに今の自分を見られない様に、さりげなく外側を向く。
すっかり暗くなった空だが、二つの月が空を照らしている。
「月、綺麗だな」
不意に昔の作家が考えた愛情表現を思い出し、簡潔にしながら口にした。
「……そだね」
「(ま、悩んでんのはリージアも同じだ、下手に負担かけられないな)」
色恋に鈍いリージアが気付いてくれたのかは分からないが、これからやる事は何時もと同じだ。
リージアが隊長として動けるように、後ろから押し上げ、障害は殴って壊す。
それが副長としての役割だと、モミザは操縦桿を握り締めた。
――――――
コクピットでリージアとモミザがイチャついている頃。
機体底部の出撃デッキにて、異世界民三名がのんびりと遊覧飛行を楽しんでいた。
「これが地上、それと、さっきまで居た母艦ね」
「は~、本当に空を飛んでいたんですね」
フォスキアの操作する端末には、一つの画面にいくつもの景色が映し出されている。
過ぎ去っていく空の雲や地上の植物に、どんどん小さくなっていく母艦に目を丸めていた。
「ああ、実感無かったもんな」
アンジェラの横に座るライルも、改めて空に居た事を実感していた。
母艦の方は特殊な飛行機能を持っているので、滅多な事で揺れる事は無い。
なので、普通に過ごしている間は基本的に空に居る事を自覚しにくい。
対してこのガンシップは揺れが定期的に起きており、外の光景が変わる様子のおかげで自覚しやすい。
「……」
「ま、それは置いておいて、フォスキア、さっきからどうした?」
「ん?いえ、ちょっとね」
「何だ?あの二人が良い感じなのが気になるのか?」
「違うわよ」
茶化すつもりで言い放たれたライルの言葉に即答したフォスキアは、じっと見ていた画面の一つから目をはなした。
いくつも有る映像の内一つはコクピットを映し出されていたので、話までは聞こえないが、確かに二人はコックピットで楽しそうに談笑していたように見える。
だからと言って、それで落ち込むような事は無い。
「それにあの二人は姉妹よ、そう言うのは無いわ(ていう事にしておきましょう)」
「そうだったのか、どうりで似てると」
「では、何故そんなに思い悩んでいるんですか?」
艦を元に戻してから、フォスキアはどこか浮かない顔を浮かべていた。
ずっとそんな顔をしていたので、二人は気になっていた所だった。
「……はぁ」
ため息をつくフォスキアは、山岳地帯を元に戻した時のリージアの事ばかりが頭を過ぎっていた。
彼女達を作り出した者達が思い描いていた全てを否定され、彼女達は全てを失った。
そして今日失った物を取り戻す事に成功したのは良いが、むしろそれがリージアに悪影響を与えてしまったらしい。
「あの山岳地帯を治してからあの子、すんごい怒ってて」
「……そ、そう、なのか?」
「ふ、普通に見えますけど」
「変な感情むき出しにしやすい割に、怒りの感情隠すのだけは昔から得意なのよ、そう言う時は決まってあんな風に、ニコニコ、ニコニコ、笑顔を絶やさないのよ、変わってないわね」
「……」
発言に引っかかりながらも、ライルはリージアの表情を観察する。
確かに初めて会った時より、リージアは怖い位笑顔を絶やしていない。
モミザと話を終えた今であっても、ひたすらに笑い続けている。
「でも、何故そんな怒る事に?上手くいった筈だぞ」
「ええ、確かにあの魔法自体は上手く行ったわ、でも、問題なのは彼女達のバックよ」
「確か元老院の連中だったか、確か、恨みが有るんだったな」
「今回の事で憎しみが余計に加速したっぽいのよ、口にはしていなかったけど」
目を細めたフォスキアは懐からスキットルを取りだし、物悲し気に酒を一口飲んだ。
彼女の脳裏に過ぎるのは、地に手を付けながらすすり泣くリージアの姿。
何も言っては居なかったが、彼女の目はより深い憎しみを募らせてしまっていた。
「一体何があったんだ?アイツに」
「色々有ったのよ、昔」
「感謝される事を嫌うのも、それが理由ですか?」
「ええ、あの子には、本当に辛い出来事だったもの……だから、せめてあの子達だけでも幸せになって欲しいわ」
「……いや、どこ目線だよ」
「え?私、何か変な事言ったかしら?」
そろそろスルーする事に限界を迎えたライルは、思わずフォスキアの誰目線で言った言葉にツッコミを入れてしまった。
しかもフォスキアはそのツッコミでようやく変な事を言っていた事に気付き、自分の言った言葉を思い返す。
「……あれ?私、誰目線で物言ってんの?」
「おい本当にアイツ等に何もされてないよな?町で会った時にも薄々思ってたが、前から比べてちょっと変わったぞ」
少なくともライルの記憶に有る彼女は、再会早々馴れ馴れしい呼び方をする事は無かった。
言動もライルの記憶と大きく異なっており、三十年程で変わるようなレベルではない(エルフ換算で)。
もうリージア達に無自覚に改造されているのではないのかと、色々疑ってしまう。
「何言ってんのよ、恋する乙女は三日合わざれば刮目せよって言うじゃない」
「言わねぇよ、そう言う感じじゃなくて、何かこう、口調と言うか、雰囲気と言うか、とにかくお前らしくもない言動が多いんだよ」
「そりゃ三十年合わなければ言動も変わるわよ」
「だからと言って、再会早々ラーちゃんとか言うような奴じゃなかっただろ」
「何かそう言う可愛い感じだったのよ、追い込まれて傷ついている様子が、何か可愛かったのよ、私と同じくらいスタイルの良いダークエルフってだけで可愛いのに」
「おい、前は私に興味ないとか何とか言って無かったか?つーかリージア近くでそんな事言うなよ」
「とにかく、私はなんともないわよ」
「花粉症の人並に認めませんね」
どれだけライルが否定しようとも、フォスキアは全く認めようとしなかった。
それどころかまた違う性癖まで発掘されそうになっており、彼女の感性が怪しく成って来た。
『みんな~、そろそろ着くよ~』
「らしいわ、話はここで終わりね」
「……ああ」
「もう着いたんですね」
予想以上に早い到着に驚くアンジェラ達は、多少の心残り覚えながらも降りる準備を開始する。
――――――
数分後。
リージア達を乗せたガンシップは、町の郊外へと着陸。
もう少しこっそり近づく為にジープを使って移動し、二人の事を護送した。
「じゃ、私達はここまでだね、今回はありがとう」
「ああ、しかし……ここまでしてくれなくても良かったんだが」
ジープから降りたライルは、大量の魔石が入った麻袋を広げた。
偶然とは言え無理矢理引っ張って来た事には変わりないので、最初の町で大量に入手しておいた物の一部明け渡した。
貴重な燃料ではあるが、リージア達が支払える資産はその程度。
相場も良く解らないので、問題無い範囲で二人に支払う事にした。
「まぁまぁ、受け取ってよ、ヴァルネイブの町で大量収集した奴だし、まだ沢山あるから」
「ですが、私も聖職者なので、あまりこう言うのは」
「でも、何か言い訳するにしても、証拠の一つでも必要でしょ?」
「……た、確かにそうだが」
リージアが渡した魔石の量からして、ライルを大仕事で一回雇える程の報酬に換金できる。
つまり、国や貴族などの身分の高い自分物が支払う額が有るという事。
それだけ渡されてしまえば、むしろリージア達の懐が気になってしまう。
「仕方ありませんねライルさん、これはありがたくいただきましょう」
「……そうだな」
「では皆さん、とても有意義な経験をありがとうございます、この御恩、決して忘れません」
「忘れていいよ、こっちもありがとうね」
「じゃぁライル、また」
「ああ、終わったらまたこの町に皆で来い、良い酒用意しておく」
「ええ、その時はリージアも引きずってでも連れて行くわ」
「勘弁して」
やはりまだ感謝される事に嫌悪感が有るのか、リージアは少し気分が悪そうだった。
それでもだいぶ慣れたらしく、以前のように反射的に悪態は付いていない。
そんな彼女達をかき分け、モミザはライル達の前に立つ。
「あ、その、今回は、あ、ありがとうございます」
「あ、ああ、モミザだったな、お前も頑張れよ」
「皆様方に神の祝福がある事をお祈りしております」
「はいは~い、それじゃ、私達はこれでね」
「じゃ、またね」
別れを惜しみながらも三人はジープへ乗り込み、ガンシップの方へと走って行く。
彼女達の姿が闇夜に消えるまで、二人はずっと手を振っていた。
「さて、どうしましょうか?」
「各地の巡礼だったな?そうなると司祭止まりだ、出世コースだったのに随分と思い切ったな」
「あ、いえ、言い訳の方、ですね」
「……そうだな、数日空けてた事、タイタンの撃破、しかもアイツ等の事を上手い具合に包み隠しながら、か……神のご加護で上手く行きました、でどうにかならないか?」
「その言葉免罪符じゃ無いんですけど」
リージア達が去って行く所を見送ったのは良いが、この後で手のかかる重大な仕事がある事を思い出した。
もう色々と面倒なレベルなので、言い訳が大変である。
――――――
場所は変わり、ライル達と別れたリージア達はガンシップへ到着。
ジープを格納してすぐ、リージアはモミザへと食い掛っていた。
「で?フォスキアとどんな感じでお楽しんだの?」
「いや、別にそんなお楽しんだとかじゃなくてな」
食い掛った理由は、もちろんフォスキアと二人で映画を見ていた事。
本当にただ視聴を楽しんでいただけで、イヤらしい事は何もしていない。
それでも許せないのか、リージアはモミザへ殺気タップリの目を向けている。
「ねぇ、どうなの?」
「ま、まぁ、落ち着きなさいって(あ~可愛い、怒ってても嫉妬だけは忘れないのね、可愛すぎる)」
「(つか、そんな嫉妬するくらいならいっそ告れよな)」
そろそろ嫉妬ではなく、単純な怒りで青筋を浮かべるモミザだった。
――――――
時間は経過し、その日の深夜。
母艦へと帰投したリージアは全員を招集し、今後の動きを話し合った。
結果、母艦の修復を行ってから次の目標へ向かう事に決まり、翌日は整備以外基本オフと言う事に成った。
その後でフォスキアは自室へと戻り寝支度を済ませ、ウィスキーボトルを一本開けていた。
「はぁ、今思い出しても可愛いわ~」
会議中であっても、フォスキアの頭はリージアの事ばかりだった。
こうして一人の空間になった事でもう抑え込む必要もなくなり、湯上りで火照る身体をほぐしながら表情を緩ませる。
「……でも、あんなになる位ならいっそ押し倒してもいいのに、やっぱ人間嫌いはそう簡単には改善しないのかしら?」
ウキウキとした気分が徐々に静まっていた辺りで、リージアが踏み込んでこない事を疑問視した。
モミザが言うには、リージアは人間への憎悪を無くしたくないが故に、踏み込みたくても踏み込んでこないのだという事だ。
「はぁ、もういっその事、こっちから……」
成就するか解らないが、もう無理矢理行く事を考えながらグラスを傾けた。
正直女どうしのやり方は解らないが、リージアとベッドインする姿を思い浮かべただけで長い耳の先まで真っ赤に染め上がる。
「ッ!」
リージアと交わる事を想像し、恥ずかしさ紛らわすためにボトルから直接中を飲みだす。
四十度近い度数を持っているのだが、そんな事を気にする事無く体内へ流し込む。
悪魔と同化した事による身体のおかげで、摂取したアルコールはすぐに分解される。
「はぁ、はぁ、私もヘタレね、全く」
僅かに来た酔いを頭に受けながら、自身のヘタレな性格に落ち込みながら再び瓶を傾けた。
残りの半分のウィスキーを飲み干し、酒気を帯びた息を吐き出す。
「プハぁ……ん?あら?」
それ程飲んだ訳でもないというのに、フォスキアの視界は歪みだした。
部屋の家具の輪郭は曖昧となり、距離感さえも分からなくなる。
なんとも気持ちの悪い光景となっており、どんなに酔ってもこうなる事は滅多にない。
四十度程のウィスキーならなおさらだ。
「疲れたの、か、し、ら……」
次第に意識も遠のき、フォスキアはベッドに倒れ込んでしまった。




