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指標 後編

『さぁいぃた~、さぁいぃた~、チュ~リップゥのぉはぁなぁが~』


 何度も聞いて来た柔らかな歌声の子守歌、落ち着く寝心地。

 全てを懐かしく感じるリージアは、薄っすらと開く目のシルエットへ手を伸ばす。


「お姉、ちゃん……」


 今は亡き姉の事を呼ぶリージアの視界に映り込んだのは、母艦の医務室の天井。

 目を見開いていると、徐々に状況を飲み込めて来る。

 アルゴを撃破した後に気を失った事を思い出し、ゆっくりと自らの目へと手を下ろしていく。


「……涙何て、何時ぶりかな?」


 もう枯れ果てたと思っていた涙は、彼女のホホを伝っていた。

 何故今になって姉の事を思い出したのかは分からないが、気持ちを切り替えたリージアは身体を起こす。

 ついでに涙を拭っておき、辺りを見渡す。


「やっぱここは、医務室か……そうだ、フォスキアは!?」


 フォスキアの名を叫んだリージアは、すぐにベッドから降りた。

 覚えている事と言えば、最後まで一緒に血を流しながら戦っていた。

 明らかに無理をさせてしまったので、安否は他のメンバー以上に気になってしまう。


「どこ!?」


 カーテンで遮られたベッド一つ一つを回るリージアだったが、どのベッドにもフォスキアの姿はない。

 嫌な予感を過ぎらせながらフォスキアを探し、最後のカーテンを開ける。


「ここッ!?」


 最後のカーテンを開けた瞬間、リージアは息を飲んだ。

 そのベッドに座っていたのは、黒の入り混じった白髪を持った初老の女性。

 イヤと言う程目にしてきた彼女の姿を前に、リージアは口を震わせる。


「ま、マス、ター?」


 絶対に二度と合えない筈の存在を目にして、リージアは腰をぬかしてしまう。

 もう何年も前に自らの研究結果に火を点け、彼女の愛した異世界人と共に炎の中で命を絶った。

 実際にその死を目の当たりにし、遺体も埋葬した。

 ここに居る筈がないのだ。


「な、何で」

『魔法と科学を融合させた技術は人類の可能性、貴女達が人間と手を取り合う事で、その可能性は更に広がるわ』

「……」


 エコーのかかった声で以前からの口癖を漏らし、マスターは消えてしまう。

 よく見てみればベッドにはマットレスも何も無く、他の物と同じように骨組みだけしかない。

 数秒の硬直から回復したリージアは、自分が幻覚を見ていた事を悟り、再び涙を流す。


「……うん、私は、戦う事しか思いつかなかったけど、貴女は、あの力がより良い物にしようって頑張って来た……何で今更、そんな事を言いに来たの?」


 人型形態となった母艦の力は、リージアの想像をはるかに超えていた。

 彼女の言う通り、使い方次第では人類を豊かにし、滅ぼす事さえ容易い。

 姉の夢に、マスターの幻覚。

 まるで先の行動が目に余り、あの世から説教でもしに来たのではないかと思ってしまう。


「……やっぱり、私達は、生まれてきちゃ、いけなかったの?」


 涙を拭ったリージアは、ネガティブを発動させながら立ち上がった。

 どんなに落ち込んだところで、もう後には引けない。

 自分で選んだ道を進むしかないと、リージアは自らに鞭を打つ。


「リージア、起きてたのか!?」

「ッ、モミザ、貴女も無事だったんだ……」

「……」


 哀しみを拭い去っていると、医務室にモミザが入って来た。

 入室してすぐにリージアの目覚めを認識して安堵したが、声や目の周りが薄っすらと赤い辺り、先ほどまで悲しんでいた事を察した。

 しかし、リージアはすぐに仕事モードに気持ちを切り替える。


「……状況は?」

「……アルゴは撃破した、併せて機械魔物達も機能を停止、全てナノマシン化させて回収しておいた、だが、あの時の高負荷のせいで、俺やお前を含めた全員気絶、既に三日が経過している」

「そ、そんなに?」

「ああ、相変わらずお前は最後のお目覚めだよ」

「そっか(私相手の時だけはちゃんと説明できるのに……ま、それは置いといて)」


 アルゴの撃破から既に三日が経過している事に驚きはしたが、それより気になる事が有った。

 隊長として責務を果たそうとしても、どうしても彼女の姿が脳裏に焼き付いてしまう。


「それで、フォスキアは?」

「アイツなら、昨日辺り目覚めて、他の二人とヴァーベナの診断を受けている」

「ほ、良かった、無事で」

「……」


 フォスキアの無事に安堵するリージアを見て胸に痛みを覚えるモミザだったが、今はその辺を呑み込む。

 浮かんでくる嫉妬を抑え込みながら、モミザは次の報告を開始する。


「ま、無事かどうかは置いておいて、この船と周辺はそうでも無かったけどな」

「え?どういう事?」

「先の戦闘で、母艦にいくらかシステム障害が出ている、その上、殴られたりタックルされたりで、あちらこちらベコベコの穴だらけ、入手したナノマシンで自動修復中だ」

「成程、ま、あれだけやり合えばね」

「後、ロクに固定されてなかった備品とかで荒れ放題だったらしいが、そっちはもう片付いている」

「うへ」

「最後に、山岳地帯が七割位石ころだらけの荒れ地になった」

「うっへ、まぁ、そりゃあんだけ暴れればね、自然環境の変化ヤバいよ」

「だろうな」

「(E兵器でふざけたマネをしなければ、こんな事には)」


 先ほどマスター達の幻覚を見ていたせいか、リージアはモミザの報告に応答しながら拳を握り締めた。

 母艦を人型形態に変形させる以外に方法が浮かばなかったとは言え、この世界にかなり大きな傷跡を作ってしまったのは事実。

 山岳地帯一つを破壊しただけでも、この近辺の気候にはかなり影響が有る筈だ。


「(こんな事の為に作られた訳じゃないのに)」

「リージア?おい」

「あ、ゴメン、何だっけ?」

「……とりあえず、エルフィリアの所に連れて行ってやるから」

「……ありがと」


 落ち込んだリージアを見て、とりあえずセラピー代わりにフォスキアの元に連れて行く事にしたモミザだった。


 ――――――


 その頃。

 ヴァーベナの診察を終えたフォスキア達は、母艦内のバーコーナーに居た。

 バーと言うより、リージアがクラシックなバー風の内装にした食堂である。

 薄暗い照明に照らされ、カウンター席のみが有る狭い間取。

 壁や天井は古風な木製っぽいデザインの壁紙が張られ、椅子やテーブルもヘリコニアが作ったレトロなデザインの物。

 極力フォスキアの世界の雰囲気をイメージして作られているが、本物を見た事無いのでほとんどイメージで再現してある。

 ライルとアンジェラは椅子に腰掛け、フォスキアは二人の前で鼻歌交じりに料理を作っていた。


「いや、何でこんな所にバーコーナー何て有るんだよ、これ軍艦だろ?」

「軍艦って言うか、あの子達の住み家みたいな物だったらしいわ」

「軍艦が住み家って、どんな連中だよ」

「私はもうその辺考える事を止めました」

「それが良いわよ、はい、お待ちどうさま」

「……また麦粥か、そろそろ味の濃い物が食いたいな」


 リージア達への疑問が尽きないライルとアンジェラは、フォスキアが用意した食事を口にする。

 寝ていた二日間は点滴による栄養補給だったという事も有って、出されたのは胃腸に優しい麦粥。

 一応野菜や卵なども入っているが、傭兵稼業のライルには少し物足りない。


「それで?服の洗濯が終わったら、もう帰るの?」

「当然だ、三日も空けたんだ、いい加減仲間達に顔を見せなければ」

「私も、教会の方へ報告しなければなりませんので」


 因みに診察後という事も有って、着替えを持ってきていない二人は貸与された軍服を着用している。

 艦内のランドリーで洗濯を行っており、それが終わり次第船を降りて町へ帰る予定だ。

 元々お国の命令で来ているので、早めの報告が望ましい。


「それはそうとエルフィリアさん、一つお尋ねしたい事が」

「何かしら?」

「……あの方たちは、異世界から来た方々なんですか?」

「……アンタもそう思ってたか、如何なんだ?フォスキア」

「(そりゃ気付くわよね)」


 急に核心を突いた質問に目を丸めたフォスキアだったが、色々見せておいて全部この世界の物だ、何て言い訳は成立しない。

 別に止められている訳でもないので、首を縦に振る事にした。


「正解よ」

「正解なのかよ」

「割とすんなり答えてくれましたね」

「……自分で言っておいてあれだが、ピンとこないな、合点のいく部分はそこら中に有るが」

「気持ちもわかるけど、事実よ」

「ま、まぁ、私も正解とは思わなかったので、ちょっと驚きです」


 麦粥をすするアンジェラの横で、ライルは改めて周囲を見渡す。

 一応この世界ではありがちな内装だが、問題は船その物とリージア達だ。

 彼女達は、ライル達の常識から逸脱している部分が多い。


「……で?アイツ等は異世界人だと?」

「そうよ、と言いたいけど、厳密には人じゃないのよね」

「首から下全てが金属のようになっているのと、何か関係が有るのですか?」

「ええ、向こうではアンドロイドって呼ばれているわ、首から下って言うか、ほぼ全身金属よ、例外はリージアだけで、他は顔と毛髪以外全部金属」

「……アンドロイド」


 フォスキアの答えを聞き、アンジェラはリージアと対峙した時の事を思い出した。

 彼女も同じような事を言っていたが、緊張で頭に入ってきていなかった。


「で?アンドロイドってのは何だ?」

「私達に解るように言うと、意思を持った金属製ゴーレムよ」

「……成程」

「確かに、元がゴーレムなのであれば、ホムンクルスとは言えませんね」

「じゃ、他にも色々話てくれるか?」

「そうね、私が話せる範囲であれば」


 二人からの問いかけに、フォスキアは可能な限り応えていく。

 別にこれと言って口止めをされている訳ではないが、アリサシリーズ関しては極力触れない様にして。


 ――――――


 現状の解説を初めて数十分。

 ライルとアンジェラは、ある程度の事をフォスキアから聞き出した。


「……異世界の兵器の暴走、か」

「悪魔の仕業では、無かったのですね」

「ええ、異世界人たちが魔法技術を手に入れて、あれやこれや実験して、このあり様、リージア達はその尻拭いよ」

「そ、あんな化け物まで作ってくれて、三日寝込む事に成ったよ、おかげでお腹ペコペコ」

「リージア、良かった、起きたのね」

「俺も居るけどな」


 話に割り込むように入って来たリージアを見て、フォスキアは笑みを浮かべた。

 リージアも手を振りながら笑顔を見せ、適当な席に着く。

 モミザも彼女の隣に座り、フォスキアはリージアの前にグラスを置く。


「それで?何をご注文?」

「とりあえず、何か軽い物、それと、お目覚めの一杯でバーボンでも」

「はいはい、麦粥多めに作っといてよかったわ」

「何か様になってるな」


 ほとんどバーテンダーのようになっているフォスキアは、リージアの注文に従って用意をしていく。

 先に酒の方をグラスに注ぐと、麦粥を温め直す。

 そんな彼女の後姿にうっとりしながら、リージアはグラスを手に持つ。


「……それで?何を聞いたの?」

「そうだな、アンタ等も上司には苦労させられている、て事位だな」

「苦労何て言葉じゃ足りないよ、それに、もうあのゴミ共は上司じゃない、ここに居るのは皆あいつ等から離反した子達だよ」

「国を裏切った騎士達か」

「厳密には奴隷だけどね」


 国の為に忠義を尽くす立場に有る者は、そう簡単には裏切らない。

 そんな認識が根底にあるライルにとっては、彼女達の裏切り行為は理解できない部分も有る。

 それでも、フォスキアの話で裏切りも仕方ない事も有るとは思っている。


「……だが、良いのか?少なくとも私達の世界では国家反逆罪だぞ?」

「善悪何て如何でもいい、腐った物は燃やす、ただそれだけ」

「はいはい、暗い話はそこまで、これでも食べなさい」

「あ、ありがと」


 暗い話を遮るように、フォスキアは完成した料理をカウンターに置いた。

 手料理が到着して柔らかな笑みを浮かべたリージアは、スプーンを手に取る。


「それで?お二人はどうするの?」

「元の服の洗濯を終えればすぐにここを出るさ、色々報告しなくちゃならないんでね」

「でも安心してください、貴女達の事は伏せておきます」

「そうしてよ、国と関わる何て、金輪際ゴメンだからね」

「だろうな」

「でも、お礼に送るよ」

「それはありがたい、足に逃げられてな」

「……それってロードバード?」

「ああ、この船を見つけたら逃げ出してな」

「……」


 ライルの話を聞き、フォスキアはそっぽを向いた。

 一部の魔物は人間の家畜のような扱いを受けているのは、彼女も知っている。

 ロードバードを馬代わりに使っている事も知っていたので、彼女達が足として使っている事も解る。

 それ故に、変な罪悪感が生まれていた。


「どうした?」

「ごめんなさい、多分、私の脳波で逃げ出したのね、お酒とか飲んでない時とかだと、木端の魔物は怖がって逃げていくのよ」

「……どうりで一目散に逃げて行ったと思った」

「(そう言えば酒飲んでない時のフォスキアと一緒だと、魔物達全然襲ってこなかったっけ)」


 魔物達も心を読めるという程ではないが、相手の脳波を感じ取る事ができる。

 フォスキアを敵対している悪魔と認識すれば、怯えて襲ってくる事は無いのだ。

 それどころか、今回のように逃げ出す事だってある。


「うん、じゃぁ、とりあえず送るから、帰路は安心して、今回は助かったよ」

「ああ、今回も私の方からも礼を言わせてくれ、ありがとう」

「……はいはい」

「あら、協力してくれた人は大丈夫なのね」

「……ちょっとだけ、ね」


 互いにお礼を言い合い、握手を交わす二人を見てフォスキアは笑みを浮かべた。

 どうやら流石のリージアも、協力してくれた人を突っぱねる程無法ではないらしい。

 ライルと手を離したリージアは、今度はアンジェラの方を見る。


「……えっと、アンジェラ、司祭?」

「はい?」

「とりあえず貴女とも握手の一つでもしたいんだけど……悪魔と握手って、立場的に大丈夫?」

「問題有りませんよ、先日申した通り、貴女方に我々の常識は当てはめない事にしていますので」

「そ、そう、ありがと」

「ええ、それに、色々と吹っ切れました」

「え?」


 彼女の柔軟さに改めて感謝したリージアの前で、アンジェラは立ち上がる。

 何かつっかえていた物が取れ、爽やかな表情を浮かべながらリージア達の前で手を合わせる。


「この船で気を失った時に見た気がするんです、恐らく貴女達の世界を、それで知ったのです、世界は広い、経典に書かれる全てがこの世の真理ではないと、私が教わって来たのは、押し付ける為の知識ではなく、多くの人を救うにはどうすれば良いのかを指し示す指標でしかないと」

「(そう言えばそんなの見えたな)」


 アンジェラの言葉を聞き、ここに居る面々は気を失った時の事を思い出した。

 薄っすらとではあるが、リージア達の故郷である町のようなビジョンが見えていた。

 それを見た事で、アンジェラ達がリージア達は異世界人と気づき、自身の視野の狭さを思い知る事となったのだ。


「だからこそ、これからは私の到達点を見つけるべく、旅の僧侶として各地を巡礼したいと思います」

「お、思い切ったね、でも、到達点か、成程、せっかくだし、応援するよ、頑張って」

「はい、ありがとうございます」

「あ、リージア!ダメ!」


 笑顔を浮かべたリージアとアンジェラが握手を交わした瞬間、フォスキアの大声が部屋中に響く。

 ビックリした二人の視線は彼女の方へ向き、互いに目を丸めてしまう。


「どうしたの?急にって、ギャアアア!!」

「ああああ!」

「アンジェラァァ!!」

「何してんだお前ぇぇ!!」


 握手を行っていたリージアは、突然アンジェラの事を投げ飛ばしてしまう。

 壁が砕ける暗い強く叩きつけられたアンジェラの元へ駆け寄るモミザとアンジェラを他所に、リージアは自分の手をかきむしりだす。

 以前ガルムを掴んだ時と同様、強烈な痒みが彼女の手に襲い掛かっていたのだ。


「痒い!痒い!なにこれ!?」

「彼女聖水とかで何時も手を清めてるから!私達が触れるとアレルギー反応みたいなの出るのよ!」

「それ先に言って!本当にゴメン!」

「い、いえいえ、ちょっと背中を強打しただけなので……ぐふ」

「あああ!」


 吐血しながら気を失ったアンジェラを見て、リージアは即ヴァーベナに連絡を取るのだった。


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