傭兵の仕事 後編
受付嬢に案内された三人は、ギルドマスターの部屋に通された。
「失礼します、エルフィリアさんをお連れしました」
「あ、ああ、すまな、い……」
本棚とデスクだけという、書斎のような部屋。
そこに居たのは初老の男性と、狼を模ったマークの腕章を付けた青年。
二人はフォスキアだけではなく、リージア達まで入って来た事に目を丸めていた。
実際、二人は呼ばれていない。
「おい、そこの二人は何だ?」
「ッ」
青年の鋭い眼差しを前に、リージア達は少し身構えた。
何しろ、目の前にいる丸刈りの青年は下に居た木端傭兵とは違う。
一目見ただけで、フォスキア程では無いにしても、只者ではないと分かった。
それこそ、リージアの手が自然と銃に差し掛かっていた程だ。
「気にしないで、私の連れだから」
しかし、その間にフォスキアが割って入った。
おかげで二人の間の空気は、若干和らいだ。
落ち着いた青年は、フォスキアの方に改めて視線を向ける。
「どういう風の吹き回しだ?群れない貴様が、人を連れる何て」
「そう言う事も有る、ってだけよ、それより、依頼を聞きましょうか」
「ああ、そうだったな」
リージア達は下がったままの状態を維持し、受付嬢は退出した。
そんな彼女達を置いて、フォスキアはデスクの前に移動。
青年はギルドマスターらしき男性の後ろに佇んだ。
「それで?依頼って?例にならって、討伐依頼?」
「そんな所だ、しかし、例にならってとはな、ワシの前も、そんな事が有ったのか?」
「まぁね、もう五十年も前だけど、その時は、確かドワーフがマスターだったわね」
「(うわ、エルフの会話だ)」
「(マジで寿命長いのか)」
正にエルフの会話と呼べる場面に直面し、リージアは少しにやけた。
どう見ても二十代かそこらの見た目の彼女だが、ウソをついていなければ、五十歳以上という事に成る。
因みに、彼女の正確な年齢は聞いていない。
「さて、依頼についてだが、アンタも知っての通り、今はこいつ等の主力まで応援に出ていてな、人手が足りていない状態だ」
「らしいわね」
「そのせいなのか知らないが、最近魔物が妙に活発でな、この辺りを通りすぎる市民だけでなく、採取依頼を受けた新米傭兵にも、被害が出ている」
「(まさか、人探しの依頼って……)」
話を聞いていたリージアは、デスクに地図を広げる所を目にする。
この町を中心に、地形等が記されている。
と言っても、略図程度の出来だ。
彼女達の話に混ざろうと、リージアも少し前へ出る。
「そこで、貴様に依頼したいのは、我が方の諜報班が入手した情報を元に割り出した場所を根城にする魔物共を討伐してほしい」
青年が指さしたのは、リージア達が墜落した場所とはまた違う森。
その森を超えた先に有る、広場のような場所だ。
「ここは?」
「かつて人類の砦だった場所だ、連中は身の程をわきまえず、ここを占領して再利用しているのだ、通りかかりの一般人にまで被害が出ており、何人かさらわれた者もいる」
「何でさらうの?」
青年からの説明を受けるフォスキアの横から、リージアがしゃしゃり出て来た。
そのせいか、青年とギルドマスターは視線をリージアへ向けた。
魔物が人間をさらう理由はいくつかあるが、一番多いのは捕食する為だ。
人間達が魔物を食べるように、魔物も人間を食べる。
「食事が主な目的だ、これは子供でも知っている事だぞ」
「そ、そうなんだ、それはゴメン」
「続けるぞ」
「あ、どうぞどうぞ」
完全に部外者に向けられる目に耐え切れず、リージアは少し下がった。
そんな彼女を確認し、青年は説明を再開する。
「砦の内部は、上層だけでなく、地下にも広がっている、頭目である上位種がいるとすれば、その最下層だ」
「成程、となると、爆薬足りるかな?」
というリージアの発言に、全員硬直した。
先ほどあしらった筈だというのに、また出しゃばって来た。
いい加減青年も、怒りの目を彼女へ向ける。
「フン!」
「痛った!」
だが、その前にモミザがリージアの足を踏みつける。
「おいテメェ、まさか砦ごとぶっ飛ばそうとか考えてねぇよな!」
「え~、地下に目標が居るんなら、まとめて生き埋めにした方が早くない?」
「阿保か!?さっきこのオッサンが言っただろうが!砦の中には民間人がいるって!そいつらまで生き埋めにする気か!?」
「シュバ!」
リージアのバカな作戦の否定と共に、モミザは彼女の鼻先にストレートを入れた。
できるだけ部屋を荒らさないよう、威力は絞って有る。
「……あー、その、すまん、続けてくれ」
「……討伐も依頼の一つだが、生存者の確保した際、その分追加報酬を入れる事に決定している、頼んだぞ」
頭を下げたモミザに応えるように、青年は依頼内容を伝えた。
報酬の話を聞き、フォスキアは笑みを浮かべる。
以前の騙された分を取り戻すには、良い機会だった。
「もう一点、貴様に同行させたい者がいる……シャルウ!入れ!」
青年の大声と共に、再び扉が開き、一人の少女が入って来る。
リージアの腰より少し高い程度の身長の彼女は、気怠そうに青年の前に立つ。
「あら?私は基本一人よ」
「元は人間の砦だ、中には罠がある、解除や鍵開けを行う者が必要だ、少々無口だが、我々の団員でも指折りの技術を持っている」
「どうも」
部屋に入って来たのは、頭に獣の耳を生やした赤い髪の少女。
どう見ても子供の様だが、彼女の腕にも青年と同じ腕章が付けられている。
だが、その目は覚悟が込められている。
それはさておき、モミザは顔を青ざめていた。
「ふ」
「やべ」
気付けば復活していたリージアは、シャウルを視界に入れた途端目を輝かせた。
獣の耳を生やした、赤い髪の少女。
しかも、履いている短パンからは、髪と同じ毛色の長い尻尾も生えている。
リージアの興味を惹かない訳がない。
「フォアアアアア!!」
「フン!」
動き出す前に、モミザは一撃を入れた。
どう見ても小学生程度の彼女に近づけたくは無かったが、モミザの願いは儚く散る。
虫のような素早い動きで攻撃を回避し、一瞬にして彼女の方へと向かう。
「す、すごい!本物のケモミミ娘!しかもこの細長い尻尾、ネコ科なのかな?いや、そんな事よりも可愛い!これはヘリコニアに報告しないと……ねぇ君!悪いんだけど、写真撮らせてくれる!」
「……え、え?」
ドカドカと距離を詰めて来るリージアを前に、シャウルはすっかり委縮している。
興味津々な目を向け、更には写真まで迫っている。
どう見ても、ロリコンの不審者にしか見えない。
いい加減にしろ、という目を向ける青年やギルドマスターは、完全無視している。
「あ、えっと」
「ね、ちょっとだけ!本当に少しだから!先っちょ、先っちょだけ!」
「だったら、テメェの頭床に埋めとけやアアア!」
「シランヌッ!」
二名の代弁者として立ち上がったモミザは、リージアの腰をホールド。
そのままエビ反りになり、リージアの後頭部を床に叩きつけた。
普段の力加減で有れば、木造の床何てぶち抜いていただろう。
そうならない様に加減しておいた。
「……」
「おい」
「……」
青年に呼ばれたモミザは、深々と頭を下げた。
その上で、もうリージアが邪魔しないように引きずって部屋を出て行った。
「何なんだ?アイツらは」
「ごめんなさい、その説明もするから、手続きに移りましょうか」
リージア達が去った事を確認し、フォスキア達は依頼内容の確認を行った。
――――――
数十分後。
手続きを終えたフォスキアは、机に突っ伏しながら待っていたリージアと合流する。
「あ、お帰り~」
「……大事な話だったんだから、変な事しないでよね」
「あはははー、ゴメンゴメン」
「はぁ、さっきはすまん、首輪で繋いででも抑え込んでおくべきだった」
ため息をつきながら、モミザは帽子を深々と被った。
リージアのマイペースさを、もっと考慮しておくべきだった。
それと、まるで悪気が無さそうなリージアに呆れていた。
それぞれの反応を見せる二人と同じテーブルに着いたフォスキアは、グラスとボトルも一緒に置く。
「さて、最終確認だけど、アンタ等も来るのよね?」
「まぁね、色々知りたい事や調べたい事も有るし」
「魔物の事を知りたいなら、森に戻っても同じでしょ?」
リージア達から貰った酒をグラスに注いでいき、今回の作戦に参加するかを訊ねた。
恐らく、異世界の人間として魔物を調べたいのだろう。
だが、リージアとしては、もっと別の事を調べたかった。
それでなければ、わざわざこの町まで来たりはしない。
「いやいや、魔物以外にも調べたい事は沢山有るからね、悪いけど、同行させてもらうよ」
「良いけど……目を付けられても、私は知らないわよ」
「構わないよ、依頼報酬は全部そっちに回すし、で?取り分は?そっちの子と半々?」
頬杖を突きながら、リージアはフォスキアの奥に居る少女に目をやった。
先ほどリージアが食い付いた獣人の少女、シャウルだ。
明らかに警戒心をむき出しにしており、毛並みが逆立っているように見える。
「はぁ~い、シャウルちゃ~ん、どう?ジュースでも奢ろうか?」
「んな金無ぇよ」
「フシャ~」
「その前に完全に嫌われてるじゃない」
朗らかな笑みを浮かべながら誘っても、シャウルは威嚇をやめなかった。
酒の入ったフォスキアから見ても、完全に嫌われている。
とは言え、わざわざ戦力として預かった少女だ、ここで色々と話したいので、彼女を手招きする。
「……何でそいつらまで来んだよ」
手招きに応じたシャウルは、敵意むき出しでやって来た。
事情を知らない彼女からすれば、部外者であるリージアの同行なんて許せないだろう。
「私達はただの記者だよ、貴女達の頑張りを記事にしようと思ってね」
「ああん?」
席に着くシャウルに、リージアはカメラを見せながら適当なウソをついた。
一応、フォスキアにも口裏を合わせてもらい、ギルドマスターにも説明されている。
しかし、その発言にシャウルは鋭い目つきと共に敵意を向けて来る。
「さっきも聞いたが、アタシらの技術、そんなに簡単に広めてどうする気?」
「……(やっぱソコだよね~)」
傭兵にとって、自ら叩き上げた技術はこの上ない財産だろう。
それを許可なく広めるというのは、許せない事だ。
シャウルの怒りも仕方ない。
「大丈夫、貴女達の活躍を大雑把な説明で記すだけだから、何なら、出来た奴をギルマスとか、アンタの上官に見せるよ、それに、私達は私達で自衛するから」
「……はぁ」
渋々承諾したシャウルを前に、リージアは笑みを浮かべながら顔を逸らす。
「ふふ、これでエルフ娘と猫耳娘を盗撮する大義名分ができた」
「んな事したら、ぶちのめす」
「じ、自粛しま~す」
完全に聞かれていたらしく、モミザの表情は般若のようだった。
委縮したリージアは、愛想笑いをしながら受け流した。
「……本当に連れて行って大丈夫なのか?」
その言葉は、猫耳を持つシャウルにも聞こえていた。
警戒と呆れの混じる表情の彼女を、フォスキアは何とかなだめようとする。
「まぁまぁ、こっちの怖いお姉さんが守ってくれるから、安心しなさいよ」
「(……そんなに怖いか?俺)」
目つきが悪い事は認めているが、少しショックだった。
「それより、依頼の話に移りましょうか」
「あ、その前に、ちょっと良い?」
「何よ?」
「さっきの丸刈りの人が、貴女の言っていた傭兵団の頭?」
リージアが気になっていたのは、先ほどギルドマスターと一緒に居た青年。
四人の居る階に居る傭兵達は、お世辞にも凄腕には見えない。
しかし彼だけは別物だった。
ギルドマスターと同じ部屋に居た事から、重要人物というのは間違いないだろう。
だが、フォスキアは首を横に振った。
「いえ、アイツは頭の息子らしいわ、名前はカニス、頭の方は主力メンバーと一緒に、海の方に行ったらしいわ」
「つっても養子だけど」
「あらやだ(頭目と主力メンバーまで……これは、うかうかしていられないかもな)」
頭目の養子。
その言葉に少し不安を感じたが、彼の能力は及第点をとれて何時のかもしれない。
でなければ、カニスの養父は相当な甘ちゃんという事に成ってしまう。
「……それで?話を続けても良い?」
「あ、どうぞ」
いい加減話を続けたいという目を向けられ、リージアは席で大人しくした。
グラスを傾けたフォスキアは、羊皮紙の地図をテーブルに広げる。
「さて、私達が居る場所はここ、目的の砦はここね」
「(……地図ってか、略図だな)」
初めて地図の中身を見たモミザも、同じ感想を抱いた。
インプットされている地形データと照らし合わせても、かなりいい加減だ。
とは言え、町の周囲を知る程度なら十分。
「早朝に攻めたいから、出発はすぐよ」
「良いのか?」
「ええ、少数でゴブリンの巣を攻めるなら、アイツらにとっての夜襲が効果的よ、アイツら夜行性だから、昼は活動が鈍いの、だからこの辺まで行って、できるだけ距離を稼いで、一晩を明かしたら、襲撃ね」
「そうか」
「それぞれ準備して、そうね……準備したら、またここに集合して、こっちの城壁から出ましょう」
ゴブリンの説明と共に、フォスキアは今後の行動について話した。
リージア達以外、ロクな装備を持っていない。
フォスキアも新しい依頼をこなすために、色々と物入りだろう。
またここに集合して、指定の場所に向かう事で合意した。
「じゃ、私達は準備があるから、ここで待ってて」
「はいは~い」
地図を丸めたフォスキアは、リージアに笑顔で見送られながら、シャウルと一緒にまた上の階へと移動して行く。
準備と言っていたので、てっきり宿屋にでも向かうのかと思った。
「……何で上なんだ?」
「あれじゃない?上に貸しロッカー的なのが有るとか」
「あ~」
リージアの返答に、モミザは頷いた。
確かに宿に大事な装備を置きっぱなしにするよりは、貸しロッカーのような物の方がいいだろう。
それより、彼女達が準備をしに行ったのだから、戻るまでリージア達も準備を始める。
「……九ミリ口径の対人用銃、魔物に効果あんのか?」
「まぁ、ゴブリンなら耐久力的には、人間とかと大差ないんじゃない?」
「だと良いんだがな」
「念のため、バッテリーも取り換えておこう、不測の事態が有るかもね」
今の装備でも、今回の依頼は容易くこなせるかもしれない。
しかし、怖いのは途中でバッテリーが尽きる事。
総量的には僅差だが、新しい方に取り換えて損は無いだろう。
――――――
リージア達を下に置いて来た二人は、準備のために上へ向かっていた。
「なぁ、良いのかよ、あんな得体のしれない奴ら連れて行って」
「仕方無いでしょ、元々私もあの二人に依頼をこなす姿を取材されてくれって頼まれたの」
やはり、事情を知らないシャウルにとっては、リージア達は目障りのようだ。
こう言う事を言われた時ように、リージアと口裏を合わせていたフォスキアは、適当にあしらった。
同行する理由は、あくまでも取材の一環。
護衛はしなくてもいいので、記録させて欲しい。
という事に成っている。
「(ま、あの子達の戦い方、興味あるからなんだけどね)」
フォスキアの本音としては、異世界人である彼女達の戦いを見たいだけ。
異世界の武器を用いた戦い方がどんな物なのか、純粋に興味がある。
「さ、約束通り、下で待ち合わせね」
「はいよ」
目的地に到着した二人は、一度別れた。
――――――
その日の昼下がり。
装備のチェックとバッテリーの交換を終えた二人は、フォスキア達と合流する。
「さぁて、来た来た」
「あら、待った?」
「いやいや、全然待ってないよ~」
まるでデートの待ち合わせかのような会話を行い、四人は合流を果たした。
フォスキアの装備は、リージア達と出逢った頃とあまり変わらない。
いうなれば、食料等を持っていくために大きなリュックを背負っている程度だ。
「あ、シャウルちゃん!やっほ~」
「……」
シャウルを見つけたリージアは、また笑顔で手を振りながら話しかけた。
だが、リージアを見るなり、フォスキアの陰に隠れた。
先ほどの事がトラウマになっているらしく、最大限距離を取っている。
「いやん、やっぱ嫌われちゃった?」
「そりゃそうでしょ」
「うへ~、それで?それ、何入ってるの?」
「アイツら、毒とか使って闇討ちもしてくるのよ、毒消しとか食料を入れて来たのよ、念のためにね」
「……それにしては、防御薄すぎない?」
どうやら、ゴブリン退治には欠かせない装備を入れているらしい。
しかし、毒の対策をしている割には、防御が薄い気がする。
毒ガスなんて物を使わなくても、毒矢や毒を塗ったナイフ等も有る。
それを防ぐには、少々心元無いように思える。
「私達の武具には、色々と加護やら何やらが有るのよ、重苦しい鎖かたびら何て着なくて良いようにね」
「ゴブリン退治の常識」
「成程」
しかし、首筋やら顔がむき出しな部分には、二人はツッコミを入れなかった。
いや、シャウルの場合、着ているフード以外は、露出の多い服装だ。
防御用の魔法が貼られているらしいが、見慣れていない二人には異質すぎる。
「さて、そろそろ行きましょう、途中で一晩明かすし」
「了解しました、指揮官殿」
「やめて」
「うへ」
敬礼したリージアを適当にあしらいつつ、四人は出発した。