向けられた敵意 前編
月明かり照らす王都。
その町の中では、リージアとフォスキアが、ライルとアンジェラに睨まれていた。
「……フォスキア、そいつに何をされた?何故そんな姿に」
「……話してもいいけど、何を聞いても取り乱さないって、約束してくれる?」
よどんだ空気の中で、四人は互いに警戒を強め合っていた。
敵意を向けられるリージアはハルバードを構え、フォスキアは大剣の代わりにマチェットを握り締める。
もう何が有ろうと、戦いが起きてしまいそうだ。
そんな一触即発の状況下で話し合い何て不可能かもしれないが、フォスキアはまだ諦めていない。
「……アンジェラ司祭、今は、槍を下げてくれ」
「何を言っているんですか、二人は」
「わかっている、だが、少なくとも我々は、こいつ等に借りがある」
「……」
まだ警戒を解き切っていないが、ライルはフォスキア達に少しずつにじり寄る。
リージア達の姿がどうであれ、少なくともライル達は二人に助けられている。
「……フォスキア、私は、お前を信じたい、だから、その、元に、戻れるか?」
「……リージア」
「はいはい」
ライルの要望に応えるべく、二人は武装を解除することなく変異を解く。
互いに信用したいのは山々だが、変異を解いた瞬間に襲いかかられては困る。
「(解ってはいたけど、実際に直面すると傷付くわね)」
変異を解いたフォスキアは、改めてライルの目を見た。
今は和らいでいるが、変異中の時は敵視と言う言葉がしっくり来る目を向けられていた。
その目は、故郷で最後に向けられた目と同じ物。
変異すれば向けられると解っていたが、改めて実感すると胸が痛む。
「すまない」
「良いのよ、そう言うのは覚悟のうえだったから」
「(やっぱりこの世界では悪魔に変異すれば軽蔑されるのが常か、クソ、私のせいで……)」
鞭をしまうライルを見て、フォスキアはマチェットを納める。
彼女に合わせてハルバードを背中にマウントしたリージアは、自らの軽はずみな行為を後悔した。
やはりこの世界の人間は、悪魔を忌避する傾向があるようだ。
いくら気に入らなかったとは言え、一部変異させただけでもやりすぎだった。
「(まぁでも、他の人間にばらすようなら、ここで抹殺すれば良い話か)」
「そうね、先ずどこから話そうかしら?」
「ちょっと待ってろ、話す前に」
フォスキアが話を始める前に、ライルは地面に手を着いた。
すると、地面に闇色の魔法陣が大きく展開。
この場に居る四人を覆う程大きくなり、一瞬だけ発光する。
光に包まれた瞬間、四人の五感に違和感が出てくる。
まるで透明な膜にでも包まれたかのように、風のなびく音や息をする音の反響を感じた。
「……何をしたの?」
「サイレントフィールド、効果範囲内なら声は洩れないし、外部から見られる事も聞かれる事も無い、せめてこれ位はさせてくれ」
「……アンタ、そんな事できたのね」
「私が居た所のダークエルフは、雇われの密偵を行う事が多いからな、必然こういう魔法が多くなる、まぁ、私は密偵でもないし、移動もできないから滅多に使わないが」
ライルのおかげで、ここから先の情報漏洩を心配しなくてもすみそうだった。
フォスキアも知らない魔法だったらしく、彼女も目を丸めている。
「……それで、どんな話をするんだ?」
「……どうする?」
「とりあえず、私の義体と、フォスキアの身体の事だけでも話しておこうか」
「そうね、先ずは、誤解を解かないと」
「あ、その前に彼らに回復魔法をかけてきます」
「早くね」
長くなりそうな話だったので、アンジェラは一旦ガルム達の治療の為に中座。
その数分後、一先ず誤解を解く為に、自分の身体について話始めた。
――――――
一時間後。
フォスキアの場合リージアと異なり、自らの意思で今の身体になった訳ではない事。
対して、リージアはこの事態を終わらせるため、自ら義体を改造した事を伝えた。
現在の状況まで詳しく話す事は無かったが、今は誤解を解く事を優先した。
「と、まぁ、そう言う訳なんだけど……」
二人の話を聞き、ライル達は顔を青ざめていた。
緊張して説明をしていたリージア達も、彼女達の様子に心臓の動きを早める。
フォスキアはともかく、リージアは法律違反になりかねない。
それどころか、聖職者が真っ先に処断しなければならない事には変わりないのだ。
いつアンジェラが牙をむいてもおかしくない。
「……フォスキア」
「な、何?」
「……生まれてすぐ、という事は、お前が必要以上の関りを嫌っていたのは、そのせいか?」
「……ええ」
「そうか、さっきはすまなかった、今まで、苦労したんだな」
今まで抱いていたフォスキアへの疑問が晴れたライルは、彼女の肩に手を置いた。
反射的だったとは言え、自身もフォスキアに敵意を向けてしまった。
その事の謝罪も含めた行動をとると、ライルの首筋に冷たい物が当たる。
「ん?なんか冷た……」
冷たい感触の中に、極寒の殺気が含まれている事に気が付いた。
氷の刃で刺されているかのような悪寒がライルに襲い掛かり、正体を探る為に視線を後ろへと向ける。
「……な、何の、つもりだ?」
「……」
その正体は、いつの間にかライルの後ろに立っていたリージア。
再び尻尾だけを生やし、先端の刃部分をライルの首筋へと当てていた。
「安心させた所で、ザシュ、何て事になっても困るからね」
「誰がそんな事するか」
「いやいや、そう言う姑息なヤツ何ていくらでも居るからね、実際フォスキアもそれやられたからね、偽の依頼で誘い込んでだまし討ちって」
「私はそんな金に汚い連中とは違う」
「じゃぁ、さっさとその汚い手を退けて」
「分かった分かった」
リージアの圧を前にして、ライルはため息交じりに手を退けた。
それを目撃したリージアは、大人しく尻尾を元に戻す。
「はぁ、フォスキア、お前、こんな奴の何処が……」
一体リージアのどこが良いのか、それを訊ねたライルはすぐに頭を抱えた。
「(あ~可愛い~)」
「(コイツもコイツか)」
当の本人は顔を赤くし、にやけてしまっている口元を手で覆っていた。
何しろ、リージアがライルの後ろで浮かべていたのは嫉妬の顔。
正面からリージアの顔を見ていたフォスキアは、またもや興奮してしまっていた。
「(類は友を呼ぶと言うが、むしろお似合い、か?)」
「……」
正反対の感情を抱いている二人に挟まれるライルは、気分を重くしてしまう。
そんな彼女の横で、アンジェラは槍を力強く握っていた。
「事情は分かりました、ですが……」
事情は把握できたが、役職柄認める事はできずにいた。
例えどんな事情が有ろうとも、二人が禁忌に手を染めている事に変わりはない。
リージアとフォスキアの関係はともかく、説明された部分は受け入れられずにいた。
「貴女方の状況は禁忌、教会の司祭として、認める訳には」
「アンジェラ司祭」
「特に、その、リージアさんは、ホムンクルス、のような物と認識できますが」
リージアの義体は、悪魔の細胞をベースに培養されているような物。
見方によっては、彼女の身体は研究さえ禁じられているホムンクルスに近い。
しかし、アンジェラの意見に、リージアは首を横に振る。
「確かに見方によってはそうだろうけど、厳密には違うよ」
「ど、どのように?」
「ホムンクルスって言うのは、要するに【細胞を培養する事で生み出す生物】、の事だからね、でも、私は培養した細胞を金属で包んで人形を作っただけ、私自身生物に該当しないから、厳密にはホムンクルスじゃないよ」
「……」
「……フォスキア」
「ゴメン、私も作るの手伝ったけど、良く解らないわ」
厳密に言うとホムンクルスではない事を語ったリージアだったが、フォスキアを含めて理解しきれていなかった。
だが、唯一理解したのは、ほとんど屁理屈で脱法しているような物という事。
彼女の発言に頭を抱えるアンジェラは、頭を回転させる。
「わ、分かりました、そう言う事にしておきます、が……」
「イケない事はイケない、そう言うお説法は聞くつもりはないよ、確かにこの事態は私達のせいと言えなくもない、けど、この状況を解決させるには、この義体が必要だった、戦争って言うのは、人の心を、道徳や倫理を捨てた者が勝つんだから」
「……何故、何故そんなに歪んだんですか?」
「優しさ、甘さ、そんな物は精神を壊す種でしかない、戦場では一般的に歪んでる状態じゃなきゃやってらんないってだけ」
光の無い瞳を向けられたアンジェラは、息を飲みながら一歩下がった。
今のリージアの目に映るのは、大戦時の幻影。
多数の人間の死骸に、飛び散る肉片や人骨。
中にはE兵器の破壊力のせいでチリも残らず消滅した者だっている。
まだ純粋だった頃の彼女には、その光景は刺激が強すぎた。
「まぁそんな事より……やっぱ聖職者として、悪魔の、いや、魔人ともとれる彼女の存在は許容できない感じ?」
「……確かに本来ならばここで成敗しておくべきなのですが、特に悪魔の力を得るなんて、どんな理由が有っても許されません」
「……つまり、その存在その物が悪だと?」
「端的に言えば」
「あはは、そうだよね、存在その物が悪だよね」
「……」
自分から話を吹っ掛けた筈のリージアだったが、アンジェラの考えを聞いて笑みを浮かべた。
その様子を見ていたフォスキアは、身体を震わせてしまう。
何しろ、その笑みはどす黒い物。
リージアの過去を知るだけあって、今のアンジェラの発言は地雷を踏み抜いてしまっていると認識できる。
「随分心の狭い神様だね」
「ッ、そ、そもそも、悪魔とは我々人類の敵、我々人間に害しか与えない存在です、悪魔の存在が有った際は、主からの試練として討ち倒さなけれるべきなんです!」
「……で?フォスキアは貴女達に危害を加えた?」
「そ、それは」
「それに、害しかない、ね……」
聖職者としての心意気は立派、それだけはリージアも心の中で褒めてはいる。
しかし、その言葉の一つ一つはリージアの地雷を踏み抜いていた。
誰が定めたかもわからない正義を一方的に押し付けられ、存在を否定される。
彼女の同じような発言の数々には、腹を立ててしまう。
アンジェラがリージアの世界の有力者か何かであれば、この場で拷問の末に惨殺していたかもしれない。
「彼女は私に有益ばかりもたらしてくれた、これだけの装備を作れたのもフォスキアのおかげだし、魔法の解析だって大きく進んだ、そのうえ、彼女が居なかったら私達途中で死んでたし、ここだって今頃魔物の肥溜めだったよ、マジで感謝してんだよ、だからそっちの正義だけで推し量んのやめてくんない?」
真顔のリージアは、これまでのフォスキアの功績を赤裸々に語った。
終わる頃には目に殺気まで籠っており、下手をしたらこのまま首を掴みかかっていた。
そんな威圧を向けられるアンジェラは徐々に下がって行くが、リージアは彼女を逃そうとしない。
「そもそも、存在が悪って何?こっちは迷惑かける気毛頭ないんだけど、ていうか人間が存続しようが滅びようがどうでもいいし、そっちの正義とか正直興味もない、勝手な決めつけと勝手な思い込みで敵扱いされるとマジで迷惑なの」
「……」
「それと、これ以降フォスキアには酷い事しないでよね、あの子には生きていて欲しいし、なにより、死んでほしくも無ければ悲しんでもほしくない、彼女の事言いふらしたり、討伐するような事が有れば、こっちもそっちの流儀に従って、こっちの一方的な正義でアンタ等の事すり潰すから」
「……わ、わかりましたから、顔が近いです」
地味に早口で言われた言葉による怖さと威圧感に、アンジェラは完全に屈した。
その言葉を聞いた事で、リージアの表情は真顔に戻る。
身体から染み出ていた殺意や憎悪も薄まり、威圧感は無くなってしまう。
「ふぅ……」
「あ、あの、リージア、さん?」
気迫を無くしたリージアは、幽霊のような足取りで街路樹へと近寄り始める。
さっきまでの怖さとは打って変わり、気力と呼べる物を感じない。
街路樹の前に立ち尽くす頃には、表情も死んでしまう。
「……チクショォォォ!!」
「リージアさん!?」
数秒街路樹の前に立ち尽くした後、リージアはヘッドバッドで木を叩き割った。
リージアの肩幅程は有るシンボル的な街路樹は一撃で倒壊したが、目の前で跪くなり頭を更に叩きつけまくる。
「チクショウ!チクショウ!チクショウ!」
「ちょっと!落ち着いてください!何が有ったんですか!?」
ガンガン叩きつけまくった事で、樹木はどんどん形を無くしている。
頑強な造りのおかげで本人に全く損傷はないが、アンジェラからしてみれば奇行でしかない。
直接止めに入りたいが、勢いが凄すぎて近づけない。
木の原型が無くなるまでリージアは止まらず、数秒後にはおが屑の風が吹く。
「……本当にごめんなさい、アンタは何にも悪くないのに、私の悪意を押し付けて、クッソ~」
「は、はぁ……」
ようやく気がすみ、リージアは涙声になりながら土下座した。
しかも、まだ何度も軽く頭を地面に叩きつけている。
「あはは、本当にごめんなさい、さっきの言葉はアンタに向けるべきじゃなかったのに、私が本当に恨むべきは別の連中なのに、ごめんなさい」
先ほどまでのリージアの言葉は、半分程統合政府の面々に向けた物。
別にアンジェラに向けた物ではないので、罪悪感ばかりが襲いかかってきている。
「い、いえ、えっと(一体どんな恨み辛みを抱えたらあんな魔界の沼みたいな目に)」
急な感情の転換について行けないアンジェラだったが、さっきまでのリージアの目は思い出すだけで身震いしてしまう。
とりあえず話を終わらせるために、アンジェラはさっさと切り替える。
「……貴女方の事はここは見逃します、ですが、もし、貴女方の刃が民に向いた時は、我々の神の名の元に裁きを受けていただきます」
「別にこんな町どうこうしよう何て考えてないからね、その辺は約束できる」
「こ、言葉に引っかかりは有りますが、まぁ良いでしょう、ところで、エルフィリアさん……エルフィリアさん?」
「あれ?」
リージアの言葉にひっかかりを覚えながらも、アンジェラはフォスキアの事を探し始める。
ずっとリージアの後ろに居た筈なのだが、いつの間にか姿を消していた。
と言うか、リージアがメッチャ顔を近づけていたので、互いに存在を認識できていなかった。
二人そろってキョロキョロと辺りを見渡していると、冷や汗をかくライルだけが目に入る。
「すまん、探し人はこっちだ」
「……」
「フォスキア?どうしたの?」
ライルの指さした方を見ると、フォスキアが床に横になっていた。
両手で顔をおおい、膝も畳んで顔も見えないように完全に丸くなっている。
心なしか顔から湯気が立っており、髪からはみ出ている長い耳は真っ赤になっている。
「耳が真っ赤、風邪かな?」
「(朴念仁が)」
至って純粋に心配するリージアは、フォスキアの元に寄り添って容態の確認を始めた。
どう考えても先ほどのべた褒めが原因なのだが、本人に自覚は無い。
そんな様子を細めた目で見つめるライルへと、アンジェラはゆっくり近寄っていく。
「……あの、ライル、さん」
「何だ?」
「あの、お二人の関係は……」
「……」
アンジェラの疑問に、ライルは小指を立てた。
厳密にはそこまで至っていないのだが、もう彼女の中ではそんな感じである。
一応同性愛は宗教上禁止されているので、本来ならば注意喚起でもしなければならない。
しかし、リージアにそう言った物は通用しないと先ほどの事で身に染み込まされていた。
「もう彼女達に我々の戒律をぶつけるのは止します」
「だな」
と、明後日の方向を虚ろな目で眺めながら、アンジェラ達は色々諦めた。




