束の間の安息 前編
モミザ達がアンジェラ達の前から立ち去る前。
フォスキアはリージアを連行しつつ、適当な店で食材を購入。
その後、報酬を受け取る為にギルドの方へと足を運んでいた。
今まで色々な事が有ってずっと先送りにしていたので、これまでの分をここで貰うつもりだ。
「申し訳ありません、実は、当ギルドは貨幣の数が不足しておりまして、エルフィリアさんの報酬を支払う分の貨幣が……」
「そう……仕方ないわね、今回もパスさせてもらいましょう」
そう言いながら、フォスキアは改めて受付の奥を見渡す。
王都に有るというだけあって、やはりその辺の町よりも広く豪華絢爛。
しかし、耳に入り込むのは慌ただしい声ばかり。
何時もの酔った傭兵達の騒がしい声は無く、従業員たちも奥の方でバタバタしている。
よく見れば傭兵達の姿は一人も無く、中央の席でリージアが突っ伏している程度だ。
「(傭兵ギルドはどんな国に対しても中立を保つ、でも、今回のように魔物の襲撃が有った際は、被害を受けている国へ惜しみない支援を行う、か、ダメ元だったけど、やっぱり厳しいわね)」
襲撃を受けている町の傭兵や騎士たちには、傭兵ギルドから装備や回復アイテムなどが援助される事に成っている。
当然ギルドの自腹なので、貯えられている貨幣が無くなっても不思議ではない。
他にも参加した傭兵達の支払いの用意や、道具類の手配などで忙しいのだろう。
「(仕方ないし、当面は貯金を崩すか)」
まだ残っている貯金を崩す事にしたフォスキアは、リージアの元へと歩いて行く。
ここに着いてから妙に落ち込んでいるが、道中でブツブツ言っていたので理由は知っている。
「ちょっと、もう元気出したら?」
「うへ~、見るからに偉そうな人だったのに、あんな暴言吐いちゃって、私のバカバカ」
「……はぁ」
机に何度も頭を叩きつけるリージアは、先ほどアンジェラに暴言を吐いてしまった事を悔いていた。
反射的だったとは言え、先の発言で部隊の品位を下げてしまった。
いくら元の世界に喧嘩を売る気でも、この世界まで敵に回す気まで無い。
明らかに位の高い人物に暴言を吐くなんて、もっての他だった。
あからさまに落ち込むリージアを見かね、フォスキアはまた彼女の事を担ぎ上げる。
「ほら、ちょっと来なさい」
「ん~?」
完全に意気消沈してしまっているリージアを引きずるフォスキアは、階段を昇って二階へ移動。
豪華な絨毯が敷かれ、この世界では高価な窓ガラスの並ぶ通路を数分歩き、向かったのはロッカールーム。
もちろん、一部の傭兵が持つコテージだ。
適当なロッカーの前に立ち、懐から取り出したライセンスカードをかざす。
ロッカーから鍵が開く音を確認すると、フォスキアはリージアを連れてその中へと入って行く。
視界が一瞬だけホワイトアウトし、まばたきをした次の瞬間、フォスキアが借りている部屋に出る。
「……うわ」
「うふふ、ようこそ、私の部屋に、適当に座ってて」
気が付いたリージアの目に入り込んだのは、しっかり整頓されたフォスキアの部屋。
散乱されていた衣類や道具はしっかり収納か装飾に使われ、羽毛もしっかり片づけられている。
家具は最低限で、簡素なキッチンやベッドがあるワンルーム程の広さの部屋。
窓一つ無いのだが、室温や湿度は適切な物になっている。
しかし、明らかに外の空気とは異なる。
不思議な感覚を覚えるリージアは、辺りを見渡しながらキッチリと椅子に座る。
彼女のマスター以外の人間の女性の部屋に入るのは初めてという事もあり、妙に緊張してしまっている。
「……凄いね、ここ、異世界に来たみたい」
「もう来てるでしょ?異世界人さん」
「あ、そうだったね」
食料を保管庫にしまうフォスキアに視線を向けながら、リージアは他愛もない話に笑みを浮かべる。
そんな彼女の視線をあしらいながら、フォスキアは食事の準備を開始。
使う食材を適当にキッチンの上に乗せると、次は酒の保管庫に手を出す。
「(折角だし、次はおススメのお酒でも)」
個人的なおススメを選出したフォスキアは、二つのグラスを持ってリージアの前の机に置く。
「折角だから、これでも飲んで待ってて、すぐご飯作るから」
「ん、ありがと」
フォスキアが用意したグラスとボトルに手を伸ばしたリージアは、早速中身を注ぎ始める。
適量をグラスに入れ、中身を飲み始める彼女を横目に、フォスキアは食事を作り出す。
「(さて、あの子が元気になるような物で作りましょうか)」
フォスキアがわざわざここに連れて来たのは、リージアの元気を出すための料理作り。
普段料理何てしないで、今回は食材以外にも器具もいくつかそろえておいた。
今は食事が必要という事なので、気合を入れる。
「(さて、何か料理スキル高くなってるし、今後も利用させてもらおうかしら)」
落ち込む彼女の為に、次々元気が出そうな食事を作って行く。
この二か月半は生鮮食品が無くなり、携帯食ばかりで作る機会は無かったが、身体は自然と動いている。
出来ればリージアが食べたいと言っていたオムライスでも作りたかったが、この辺りでは手に入らない食材もあるので断念した。
「(それにしても、肉体に悪魔を埋め込んでも、あんな風になるのね)」
少しずつ料理を作っていくフォスキアは、今のリージアの状態について考え出した。
昼頃の聖職者への暴言、あれは明らかにバルバトスの細胞などが原因だ。
実際、フォスキアの心身も神聖な物などには拒否反応が出る。
教会に行こうものならば二日酔い以上の頭痛や吐き気に襲われ、祝福のかけられた衣などは触れた所が痒くなる。
体内に埋め込まれているシャックスの魔石が影響しているのだが、身体に細胞が混ざっているだけで同じ状態になるとは思わなかった。
「(まぁでも、あの人達にバレていなければ、特に問題は無いわね、どうせすぐ移動する事になるだろうし)」
流石にあの暴言だけで気取られる事は無いだろうが、用を済ませたら逃げるのが得策だろう。
そんな事を考えながらも、フォスキアは慣れた手つきで料理を完成させる。
とても普段から自炊していない人とは思えない動きだが、盛り付けを済ませるなり、すぐにリージアの元へと届ける。
「はい、お待ちどうさま」
「あ、ありがと……」
次々と並べられていくのは、香草をまぶして焼かれた肉や、野菜がたっぷりと入ったスープ。
ついでに、奮発して買った白パンが置かれた。
リージアの世界ではもう見る事の無い、新鮮な食材で作られた料理たち。
一応この世界でも、それなりに裕福な者でなければ並べられないような物ではある。
それでも、貯金を使って買いそろえたのだ。
リージアが喜んでくれれば、安い物だ。
「凄いね、高かったでしょ?」
「いいのよ、私達の勝利の前祝いって事で」
「そ、そう?」
「そ、と言う訳で」
椅子は一つしかないので、ベッドに座ったフォスキアは自分の分の酒も注ぎ、適量を淹れたグラスをリージアに向けた。
彼女の意図に気付いたリージアも、自分の手に持っているグラスを掲げる。
「乾杯」
「か、乾杯」
グラス同士を軽くぶつけ合った二人は、軽い音を合図にグラスを傾ける。
こんな事をしたのは初めてだったので、ほとんど映画のマネだ。
初めての経験に心を躍らせ、軽く酒を飲んだリージアはグラスを置き、早速ナイフとフォークを手に取る。
「……」
食事の体勢を整えたリージアは、改めて前にしている食事に目を向ける。
もうアニメか漫画位でしか見る事が無いと思っていた、生鮮食品を使った食事の数々。
呼吸の度に香草で焼かれた肉の香りが鼻孔をくすぐり、食欲と呼べる物が湧き出て来る。
「(前の町で似たような香り嗅いでもなんとも思わなかったのに、今は自然と唾液が口の中にあふれて来る、身体が、細胞が食料を欲してる)」
溜まって来た唾液をのみ込み、食欲を抑え込む。
そうしなければ、料理を行儀悪くむさぼってしまいそうだった。
流石にフォスキアの前で汚い姿をさらしたくなかった。
「じゃ、じゃぁ、いただきます」
「どうぞ」
笑みを浮かべるフォスキアに見守られながら、リージアは肉を適当な大きさに切り分けた。
マトモな食事と言えばフォスキアのサンドイッチ位だったので、こう言った食事は今回が初めて。
アニメなどの見様見まねでナイフとフォークをぎこちなく使い、肉を口の中に運ぶ。
「……ん」
肉を噛み締めたリージアが最初に感じたのは、弾力のある肉の噛み心地と、口の中で溢れる肉汁。
同時に香草の香りが鼻を突き抜け、噛む度に旨味や塩気が口に広がって行く。
肉自体は淡白ではあるが、おかげで味付けがよく馴染んでいる。
口の中を漂う重厚な満足感と共に、リージアは肉を呑み込んだ。
その時喉から出て来たのは、ただ一言。
「美味しい」
「そ、良かった」
「(よくアニメとかで肉が食いたいとかうるさい人が居るけど、成程、そう言うのも納得、毎日でも食べたい)」
「……」
ドンドン食べ進めるリージアを前に、フォスキアは笑みを浮かべながら見つめる。
会ったばかりの時、彼女は当たり前のように笑みを浮かべていた。
しかし、島にたどり着いてからは愛想笑いすら浮かべるのも珍しい。
だが今は、作られた物でも何でもない、純粋な笑みが浮かべられている。
「(やっぱりこの子には、笑顔が一番ね)さて、私も食べちゃお」
「うん、このスープも良いね」
用意された食事に舌鼓を打つリージアと共に、フォスキアも食べ始める。
やはり以前までの自分とは段違いに味が良くなっているが、今はそんな事よりもモミザと話していた事が有った。
――――――
数日前。
仕事終わりにモミザの部屋で、一緒にアニメの視聴を強制されていた。
「ふぅ……」
見ていた作品が終わり、フォスキアはなんとも言えない満足感を覚える。
半分徹夜みたいな状態だったが、アニメの視聴と言う刺激の強い生活はいくらか慣れた。
何作品か見てみたが、何故リージアがアニメなどに夢中になっていたのか分かった。
「何となく分かったわ、何であの子がこういうのに夢中になってたのか」
「ほう、何故だと思う?」
「一時だけでも、嫌な事から目を背けられる、私がお酒に依存したみたいに」
作品にもよるが、のめり込んで登場人物たちに感情移入を行う事で、彼らの気持ちを疑似体験できる。
その間は、現実の辛い思いを忘れる事ができる。
酒で嫌な事を忘れようとする事が有るフォスキアには、良く解る気持ちだ。
彼女の答えに黙ってうなずいたモミザは、悲しい眼を浮かべる
「そうだ、確かにほんの僅かな時間だけ、夢の中で遊んでいる気持ちになれる、アイツはその虜になっちまった、人間でもよくある事だ」
「でも、本当に少しの間よね」
「ああ、凍える位寒い街角で、マッチ一本で暖を取っているような物だ、一時の幻想で現実を忘れられるが、すぐに消えちまう、だから二本目、三本目と、そのか細い灯りを求める」
「マッチ売りの少女?」
「あ、ああ、そうだ、よく知ってるな(この話は見せた覚えが無いんだが、まぁいいか)」
多少の疑問は有ったが、モミザは今のリージアをマッチ売りの少女で例えた。
家族を喪った悲しみを二次元で紛らわせ、束の間の平穏を手に入れる。
ここに来る前の彼女は、それが当たり前だった。
「で?何が言いたいの?そんな物に頼らないで現実見ろって?」
「いや、そんな乾いた生き方は俺もゴメンなんでね、たまに楽しむ分にはいいさ、問題なのはそのマッチの使い方さ」
「使い方?」
「ああ、マッチ一本でも火は火だ、火付け役に十分な火種になる、そいつに薪をくべてやれば、マシな暖かさと灯りになる、お前には、その薪になって欲しい」
「……要するに、共通の話題であの子の事をもっと惹きつけろって事ね」
「そう言う事だ」
長々と語った言葉を要約してくれたフォスキアに感謝しながら、モミザは次の作品を用意する。
もう零時を過ぎているので、これで終わりだろう。
「さてお次は、これを見て、今日は終わりにするか」
「お次は何?」
「引退した殺し屋が、殺された飼い犬の為に復讐していく話」
少しウキウキするフォスキアを横目にして、モミザは映画の用意をする。
――――――
食事を食べ進めていくフォスキアは、不意にそんな事を思い出した。
確かに楽しい話題を作る分には、モミザとのひと時は有意義だった。
「うん、本当に美味しいけど、そう言えばこれ、何の肉?」
「え?ああ、キラーラビットって魔物よ、肉食のウサギ」
「う、ウサギ?」
「そ」
「ふ、ふ~ん(兎なのに肉食って)」
キラーラビットはこの辺りでは珍しくもない小型の魔物だが、普通の兎より一回り大きい。
傭兵でなくても簡単に捕まえられる事もあり、食用として重宝されている。
しかし肉の正体を知ったせいか、リージアは食べる事を躊躇しだしてしまう。
「……ウサギ肉、ね」
「ちょっと、好き嫌いはダメよ、今の貴女は食べないといけないんでしょ?」
「あ、いや、ウサギ肉って、ちょっと珍しいっていうか」
「そうなのね、でも、銃だって弾が無ければ意味無いでしょ?だからちゃんと食べなさい」
「弾が無くても、殴るか投げれば武器として問題無し」
「それが出来るのは犬好きの元殺し屋だけよ(そろそろ解禁しても良いわよね)」
「え?」
リージアの話に合わせ、フォスキアはモミザと見た映画の話にシフトした。
二人の話す映画の主人公は、銃の弾が無くなれば本体で殴り、投げつける等の方法を使う。
リージアはフォスキアに話した事も無いので、反応してくれたことに目を丸めた。
「何で知ってるの?」
「モミザが一緒に見せてくれたのよ、結構面白かったわ」
「……」
「(あれ?)」
そろそろ解禁しても良い頃だと思い、話を打ち明けた。
しかし、モミザと一緒に、と言う事を言ってしまったせいか、リージアの表情は少し暗くなる。
数秒程の間を置くと、リージアは勢いよく立ち上がる。
「何で私も誘ってくれなかったの!?ここ暫く一人寂しく見てたんだから!」
「ご、ごめんなさい、モミザが内緒にしといてくれって」
「アイツ……アム」
「(興奮しちゃダメ、興奮しちゃダメ)」
勢いをつけて座り込んだリージアは、半ばヤケクソ気味に肉を頬張った。
そんな様子を見て僅かに心拍数が上がった事に気付いたフォスキアは、必死に内から出て来る感情を押さえつける。
「……つ、次はちゃんと誘うから、三人で見ましょ?」
「……ヤ」
「え?」
「二人が良い」
「……」
拗ねた様子で言うリージアを見て、フォスキアは少しホホを赤らめた。
本人は恥ずかしい事を言った自覚が無いのか、気にせずパンにかぶり付く。
「じゃ、じゃぁ、今度、一緒に、ね」
「うん」
「(さりげなく恥ずかしい事言った自覚、無いのかしら?)」
少し機嫌を治したリージアを目にして、フォスキアはグラスを傾けた。
恥かしさを酒で誤魔化しているというのに、食事を進めるリージアの顔は笑みを取り戻す。
とは言え、今はリージアの機嫌を直す事が先決。
明日の戦いにも響くかもしれないので、とにかく元気になって欲しい。
「(て、こんなに飲んだら私が危ないわよ、二日酔いで戦力低下何て笑えないもの)」
「ところで、映画とか色々見たって言ってたけど、何が一番面白かったの?」
「え?えっと……」
それから、二人はアニメ・映画談議で盛り上がりながら食事を続けた。
モミザから色々知恵を貰った事もあり、二人の話には花が咲く。
その時のリージアの表情は、島にたどり着く前の物と同じだった。




