憎悪の狭間 後編
昼下がりとなった王都にて。
暴走しかねないリージアはフォスキアに連行されて行き、残されたモミザはアンジェラと会談していた。
会談と言うより、アンジェラからの感謝の言葉を言われているだけだ。
「……つきましては、是非とも歓迎の席をと思うのですが」
「……」
「あの、何か?」
「いや、えっと……」
しかし、肝心のモミザは何を言えば良いのか解らない状態。
そもそもこう言った交渉事は、何時もリージアや他の者に任せている。
その経験不足が災いし、先ほどから話と呼べるような事はしていない。
「あの、よろしければ、どこか落ち着けるような場所にでも……」
「あ、いや、そう言う訳じゃ」
ここではマズイとでも思われたのか、アンジェラは場所を移動する事を提案した。
別にマズイ話になるとは思えないのだが、単純に何を話せば良いか分からないとも素直に言う訳にもいかない。
しかし、モミザの煮え切らない態度に、アンジェラの後ろに立つガルムが噛みつき出す。
「貴様ら、まさかアンジェラ様のご厚意を無下にする気か?町を守った程度で調子にのるな、本来貴様らはこの方に目を向ける事すら叶わないのだからな!」
「(あ~、これ序盤の方で主人公に痛い目に遭わせられる典型クソ野郎じゃねぇか、リージア連れて行ってもらって正解だったな、今のアイツらなノータイムで頭撃ち抜いてたかもな)」
「こら、この方々は身を呈して私達を守り、尚且つ無償で治療までしてくださったのですよ、非礼は許しません」
「(ああもう!聖職者キャラ何て大体銃剣振り回して殺しに来たり、異教徒相手には聖典でぶん殴ったり、煙草吸いながら銃ぶっ放す奴がセオリーだろ、何で誠心誠意神に仕えてんだよこの人!良い人過ぎて色々断り辛いだろうが!)」
先ほどから敵意むき出しのガルムとは異なり、アンジェラはずっと聖女その物の輝きを放っている。
ここまで善意むき出しだと逆に怪しいが、モミザは余計に頭が空になってしまう。
『な、なぁ、こういう時どうすればいいんだ?』
『私に聞かないでください』
何を話せば良いか分からないモミザは、スイセンに無線で助け舟を求めたが突っぱねられた。
ここでの返答一つで、下手をすればこの町を敵に回す事だってあり得るのだ。
できれば何かしらのアドバイスでももらえたらと、ダメ元でもう一度繋げる。
『な、なぁ、コイツは大事な話なんだ、せめてアドバイスかなんか』
『これは貴女の仕事です、貴女がしてください』
『……お前、何かゼフィランサスと俺で態度違い過ぎないか?』
『私の上官は少尉だけです、あの方になら私の全てを捧げられます』
「(頼む相手間違えた)」
無線越しとは言え、さりげなく嫌な事実が真顔で伝えられた。
とりあえずガンマの副官という事で頼りにしていたが、完全に判断を誤っていた事が判明してしまう。
ヴァーベナもこれと言って交渉が得意と言う訳でもなく、ライラックもホスタも口が上手い訳でもない。
という事なので、必然的にモミザが自力で切り抜ける必要がある。
「(畜生!せめて誰か交渉術に長けた奴よこせや!いや、居る事はには居るけど、マシなヤツ選んでくれよ!)」
「あ、あの~」
「あ!いや……」
いい加減何も話さない彼女達に不審な表情を浮かべてしまったアンジェラを前に、モミザは思考を巡らせる。
不得意この上ない状況ではあるが、リージアが言いそうな事を考える。
「え、あ、そ、そうだな……うん」
「はい?」
「……」
ようやく話がまとまったと思ったら、喉に言葉が引っかかったモミザは硬直してしまう。
しかも初対面の人間の視線が複数突き刺さり、何を話そうとしたか分からなくなる。
顔も徐々に熱くなってしまい、思考はどんどん真っ白になっていく。
「……ダァァ!」
数秒の硬直を解いたモミザは、気合で一声を吐き出した。
喉に関所でも有ったかのような感覚だったが、この金切り声で門は開いた。
その大声に驚く周囲の事を考える事無く、モミザは力ずくで言葉を吐き出す。
「そもそも俺達は慈善でやってんじゃねぇんだよ!別にお前らを助ける為にやった訳でもないし、礼何て言われる筋合いはねぇ!第一俺達にそんなもてなし必要無いし、そんな席用意できる位なら俺達じゃなくて他の連中にでもくれてやれや!俺らだって暇じゃねぇし、他にも色々やる事も有るんだからさっさと帰らせてもらうからな!!」
『……』
考えていた内容から九割程逸脱した内容が放たれ、仲間は勿論周りの人間達からの視線が更に突き刺さる。
アンジェラはこの町の住民達にとっては聖女その物の存在で、人気も相応に有る。
そんな彼女に暴言紛いの発言をしてしまったので、敵意むき出しの視線がどんどん刺さり続ける。
だが、慣れない事をし過ぎたせいでモミザは真っ赤にした顔を両手で覆い隠した。
やっちまった感と恥ずかしさの両方に襲われてしまい、意識も朦朧としてしまっていた。
「あ、あの、やはり迷惑でしたでしょうか?」
「おい貴様ら!いくら町を守ったからと言って調子にのるな!!」
完全に喧嘩を売ってしまい、周りからは敵意が向けられている。
いくら治療をしてくれた恩人たちとは言え、聖女に牙を向いてしまえば仇で返したくもなる。
ファンの一人でも有るガルムも、今回は正当な怒りを露わにした。
この状況になって、ようやくスイセンが動く。
「つまり、機械魔物らを倒す事がわたくし共の使命でしたし、こちらには十分な蓄えがございます、なので、食料は今を苦しんでいる方々に回してください、それからわたくし共には他にもやるべき事が有りますので、これにて失礼いたします、との事です」
「あ、あ~、そう言う事でしたか」
「申し訳ありません、普段彼女は交渉の席には立たないので」
代わりにスイセンが丁寧に要約してくれたおかげで、アンジェラは納得してくれた。
口下手と言う事は聞いていたが、恐らく上流階級の人間に対しての粗暴な言動は目に余った。
そんな彼女のやり取りを耳にしながら、恥ずかしさなどで噴水に突っ伏すモミザは静かに礼を述べる。
「何かすまん」
「良いですよ、ここまで話の下手な方だとは思いませんでしたから」
「それと、あ~」
「申し遅れました、アンジェラと申します、この町の教会で司祭をしております」
「あ、アンジェラ司祭、こ、この度の失言、誠に申し訳ございません」
「い、いえ、少し驚きましたが……」
噴水から顔を抜いたモミザは、アンジェラに精一杯の謝罪をした。
腰は直角に曲げ、しっかりと頭を下げて。
苦い笑みを浮かべたアンジェラは、今度は難しい顔に切り替わる。
「しかし、我々は貴女方に命を助けて頂きました、このまま何のお礼もしない訳には……せめて何か、食べ物でも」
「では、この戦いで今後が苦しい者も出て来るでしょう、そう言った方々に祝福を」
「ほ、本当に、それでよろしいのですか?」
「はい、先ほど申したように、我々はそう言った物が欲しくて戦った訳ではございませんでしたので」
このまま話がややこしい方に行っても面倒なので、はぐらかす形で話を終わらせた。
食料自体は既に尽きかけているので、本来はこんな余裕を言っていられる状況ではない。
その辺はフォスキアに伝えているので、彼女も帰り辺りに調達している筈だ。
現状リージアにも食事が必須、食料調達は重要な事だ。
「ですが、本当に助かりました、一週間後にエルフの国からの応援が来る事に成っていたのですが、セントウォールが破られるとは思いませんでしたから」
「え、エルフの国、ですか?」
「はい、古来より、この国とエルフの国は交友がありまして、今、彼らがこの原因を解決する為に、調査や戦力の派遣を続けているとの事です」
『……』
笑顔で嫌な事を告げられ、この場に居るアンドロイド達は胸を痛めた。
何しろ、原因は丁度アンジェラ達の目の前に居るのだ。
エルフ達が海を越え、例の孤島にでも行かなければ何も解らない。
それ以前に、もっとマズイ事態の可能性も有る。
「そ、それで、し、進展の、方は?」
「原因はどうやら、過去にこの地に出現した悪魔との事で、魔物達はその呪いに侵された事であのようになったと」
『(何をどう調べたらそうなる)』
アンジェラから聞かされた話に、モミザ達は冷や汗をかいた。
確かに倒したら消滅してしまうというのは、この世界の住民には異様な事。
悪魔が実在するこの世界で、悪魔が大暴れしているかもしれないという話になっても不思議ではない。
それでも真実を知っている身としては、何故そんな考えになるのか解らなかった。
「(……ん?待てよ、この近くに有るエルフの国って確か)」
「……ですが、壁が有ったとしても、一週間持ったでしょうか?」
「き、貴様、我らの神聖な壁を愚弄するか!」
「いい加減になさい!」
「ッ、すみません」
「申し訳ございません、一日おきの間隔が有るとは言え、負傷者も多い状況で持ちこたえられたでしょうか?」
「一日おき?……あ」
首を傾げたアンジェラは、スイセンの言葉の意味を考えた。
別の場所でも同じ事が起きており、終息したのはタラッサの町のみ。
そこでは一日の間隔を置いて、魔物達が襲ってきていた。
傭兵ギルドからの報告にそのような記述が有った事を思い出し、目の前に居る少女達の正体に一歩近づく。
「(成程、彼女達はあの町の)その事であれば安心してください、他の町と違い、この辺りでは最低でも三日の間隔が開きます、それまでに増援を待つつもりでした」
「三日、ですか……」
良い事を聞いたと、スイセンは笑みを浮かべた。
これで急いで整備を切り上げる事もない上に、上手く行けば奇襲を仕掛けられる。
嬉しい事ばかりではないが、情報は力だ。
しかし、情報を提供したアンジェラの目は少し気になる所だった。
「すみません、我々はここで失礼します」
「え、もう行かれてしまうのですか?」
「はい、ヴァーベナさん!我々はそろそろ撤収しますよ!」
「え、あ、は、はい!私は少し残ります!」
「ではライラックさん!後で回収ようの車両を手配しますので、引き続き彼女の警護をお願いします!」
スイセンは何かを察したらしく、町を出ようと動き出した。
しかし負傷者の手当てを続行するヴァーベナは、警護役のライラックと共に残る。
一礼して去っていく三人の事を見送りながら、アンジェラは思考を巡らせ始める。
「……」
「失礼な奴らだ、アンジェラ司祭のご厚意を無下にするとは」
「……いえ、彼女達にも、何か事情が有るのでしょう……」
相変わらず敵意しか向けないガルムの横で、アンジェラの表情は先ほどまでの柔和な物から鋭い物に変わる。
これでも彼女は、ヒーラーとしていくつもの戦場を生き抜いて来た。
先ほどまでの戦いもずっと視界に収めていた彼女は、リージア達の実力を把握している。
それだけに、彼女達と敵対するのは悪手でしかない事は解っている。
なので、あからさまに媚びを売るような形になってしまった。
「恐らく、彼女達はエルフの方々でさえ掴めていない情報さえ知っているかもしれません」
「な、で、では、奴らを捕えて情報を!」
「なりません、貴方も見ていた筈ですよ?彼女達の実力を」
アンジェラの言葉を前にして、ガルムは言葉を無くした。
途中で逃げ出した身ではあるが、彼も一部始終は目撃していた。
機械魔物と同様のミサイルやエーテル弾を用いた広範囲への攻撃に、彼らは度肝を抜かれていたのだ。
彼女達が使っていた攻撃方法を魔法でマネするとなると、相応の実力が必要になる。
しかも味方となる巨人まで使役していると、アンジェラは認識している。
「特に、彼女達の頭目、彼女は……」
「あ、あの無礼者でしょう、気になるようであれば、今から捕えに」
「止めなさいと申しているんですよ、私は」
「……」
「それに、無礼な態度で気になっているのではありません、彼女の、彼女のあの目は……」
恐怖を孕んだ眼光を向けられたガルムは、冷や汗をかきながら後ろへ下がった。
アンジェラが特に恐怖心を抱いていたのは、やはりリージアだった。
いの一番に魔物へ挑んでいた勇ましさもさることながら、一人で大量に狩る姿は恐ろしさを感じた。
だが、その程度であれば、彼女の知り合いの傭兵達でもできる。
恐ろしさを感じたのは、戦っている時に彼女が出していた殺意だ。
「(あの目は、正に獣、いや、それよりもっとおぞましい何かを感じた、彼女の殺意と憎悪の狭間、その更に奥に)」
リージアの事を考えるアンジェラの脳裏を過ぎったのは、リージア達が最初に訪れた町、ヴァルネイブの町で起きた魔物との戦い。
そこでは召喚された悪魔が討伐されたが、戦いに加担した謎の勢力が持ち去ったと言っていた。
その時の状況を噂程度に耳にしたのは、件の一団の特徴。
「(……タラッサの町と同様に、全員白髪で、少女の姿をしている集団、恐ろしい位一致していた)」
人数こそ違うが、噂の一団とは外観の特徴が一致している。
強力は魔物や悪魔の素材は全て持って行った傍若無人な連中だが、敵対してはいけない程強いらしい。
モミザ達がその一団と同じだとすれば、悪魔の素材も使用している可能性は高い。
問題は何に使ったかなのだが、一番恐ろしい考えがアンジェラの頭に降り立つ。
「(そうだ、彼女の中に有ったあれは、悪魔の気配……)」
産まれた時から天才的な才能を持っていたアンジェラは、教会では腕利きの司祭と崇められている。
いずれは司教も夢ではないと言われている彼女に、悪魔の気配を感じる事は本来造作でもない。
だが今回の件はレアケース、流石の彼女も気配に気付くのに時間がかかった。
そのおかげで、もう一つの疑惑も確信へと変わる。
「(それにライルさんの隣に居たあのエルフ……彼女は上手い具合に隠していたが、やはり彼女も)」
その疑惑は、フォスキアの正体。
ずっと正体を隠していたという事も有って、フォスキアは悪魔としての気配は基本表に出していない。
だが、聖職者である彼女には薄っすらとその気配が伝わっていた。
「(やはり調べさせるべきか?だが、目的が分からない、二人がエルフの方々からの情報提供に有った悪魔だった場合、私達を助ける理由はない、それに、彼女達を蔑ろにしてしまえば、次の襲撃を耐えられる保証はない、ここは一先ず毒を持って毒を制すか?)」
やはり聖職者の一人として、悪魔である二人は毒でしかない。
今すぐにでも上へ報告し、リージア達を討伐するべきなのだろう。
だが、今は戦いのせいで多くの者が疲弊してしまっている。
今は誰にもこの事を伝えず、別の毒を中和させるのが得策だ。
上手く行けば、両者共倒れだって狙う事ができる。
「……ではガルム助祭、彼女達の要望通り、提供できる食材を用いて炊き出しを行います、今は我々の戦いを行いましょう」
「……はい」
長々と考えていたアンジェラは、早速要望に応えるべく動きだす。
どんな方法を使おうとも、今は救うべき民たちを救う。
今は聖職者としての仕事を全うするのが、今の彼女の戦いだ。
しかし、マジメに取り組もうとするアンジェラを他所に、ガルムは心の奥では負の感情を募らせていた。




