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憎悪の狭間 前編

 リージアがモミザに踏みつぶされる少し前。

 空も明るくなり、次の戦いの準備を進める彼女達に陽が差し込んで来た頃。


「さて、後はっと……」

「……」


 何時になくキビキビ働くリージアだが、モミザは少し不安そうな表情を浮かべていた。

 今の彼女はどう見ても仕事に熱を入れる事で、嫌な事を忘れようとしている。

 実際彼女の目は焦点が合っておらず、絶えず何らかの作業をしている。

 何故こうなっているのかは、すぐに分かった。


「おい、そんなにエルフィリアが心配なら身に行けよ」

「は、はぁ!?急に話しかけて来たと思ったら何!?べ、別にフォスキアの事なんて考えてないんだからね!!」

「典型ツンデレキャラみたいになってんぞ」


 原因を突きつけられた事で、顔を真っ赤にしたリージアはあからさまな反応をした。

 そんな反応をするくらいなら、さっさと告って欲しいと考えてしまう。

 この二か月半、二人の距離が縮まる様にと色々工作をしてきた。

 しかしものの見事に失敗してしまったので、もうじれったさより鬱陶しさの方が勝っている。


「そ、そもそも、何でモミザの口からフォスキアの名前が出て来るの?私の事好き、とか、言ってたクセに」

「そっちはもう良いんだよ、それより、そんな連休明けのサラリーマンみたいな面で居られても気が散るだけだ」

「それよりで済まさないでくんない?こっちはぶり返すの、結構恥ずかしかったんだから」


 リージアなりに少し気まずい部分が有ったのであまり話題に上げていなかったが、モミザからの告白には多少は動揺していた。

 モミザにとってはもう吹っ切れた事なので即流したが、それより扱いされ、流石に傷付いた。


「とにかく、こっちは俺とゼフィランサスで監督しとくから、様子見程度して来い」

「で、でも……」

「人間と接触するのが嫌なら、隠れながら遠巻きに見ればいいだろ」

「……」


 現在の状態で人里に入ればどうなるのか、もはや想像する事さえ恐ろしい。

 だが、話しかけられさえしなければ、暴走する可能性は低い。

 一目見て帰れば、何の問題も無く事なきを得る。


「それも、そだね、じゃ、ちょっとお願い」

「ああ、すぐ戻って来いよ」


 後の事をモミザ達に任せたリージアは、おぼつかない足取りでフォスキアの元へ向かった。

 彼女の事を軽く見送ったモミザは、軽くため息をついてしまう。


「はぁ、バカな奴だ」

「……いっそ、エルフィリアの方から告白させたらどうだ?」

「それも考えたが、アイツ、見方によっては鈍感系ハーレムラブコメ主人公より質が悪い」

「そうなのか?」

「ああ」


 虚空を見るかのようにリージアの背中を見るモミザは、現在の彼女の事を心配していた。

 この二か月半、フォスキアへの援護も兼ねてリージアの事を観察する程だ。

 とりあえずモミザの扱える語彙力を総動員し、観察結果を伝えようとする。


「……心ってのは何時だってそいつにとっての安息を求める物だ、例えるなら焚火だ、今のアイツの心は、安息の火を見てみぬフリをしてやがる」

「どういう事だ?」

「えっとだな、あー……さっさとその光を手にすれば良いってのに、また光を失うのが怖いが故に、手を出しあぐねている、また失って悲しくて辛くなる位なら、いっそ触れず、暗闇の中に身を投げてさっさと楽になりたがっている、って所か?」

「説明するんなら疑問符付けるな、要するに、傷つきたくないから、無意識に恋心否定してるって事だろ?」

「あ、ああ、そんな所だ、けど」

「まだ有るのか?」

「ああ、認めたら終わっちまうんだよ、数十年間、人間に対する怒りと憎しみの中で生き続けて、ようやく喉元を噛み切ってやろうって時に、エルフとは言え、人間に惚れた何て事を認めたら、アイツの中で自分の行動と気持ちに矛盾が生じて、行動に移せなくなっちまう」

「憎くてたまらない、それ故に愛する事ができない、か」

「まぁそんな所だ……愛と憎しみの間で揺れ動く不安定な精神状態、何としてでも愛の方に傾けないとな」


 自分で話しておきながら、モミザは胸をナイフで裂かれるように痛めた。

 一応リージアがフォスキアに想いを寄せ始めている事は確実。

 だが当の本人は、フォスキアの事を好きになりたくても、人間に対する憎悪で壁一枚程の隔たりを作ってしまっている。

 言うなれば、決して割れないガラスの壁の向こうに望む物が有るような状態。

 自ら作った壁に阻まれ、ただ眺める事しかできないのだ。


「……成程」


 話を聞いていたゼフィランサスも、少々バカバカしいと思ってしまう。

 そんな不安定な状態で前線に出て欲しくないというのも有るが、自分から鉄条網に絡んで痛がっているようにしか思えない。

 最近の人間に対する発言も、自分の憎悪を維持する為のこじつけのように思えてしまう。


「……まぁ、恋バナ云々はこの際置いておいて、空き缶の上に片足で立ってるような奴を人間の群れの中に放り込んだらどうなる?」

「……」


 細めた目をモミザに向けながら、ゼフィランサスはずっと気になっていた事を訊ねた。

 愛憎のどちらに転ぶかもわからない、そんな彼女を嫌悪する存在の群れの中に放り込む。

 改めてその事を考えたモミザは、顔を一気に青ざめた。

 下手したら病床に並ぶ患者が増えるどころではない、医者ではなく僧侶の出番が来てしまう。

 その事を考えるなり、モミザは涙目でゼフィランサスの方を向く。


「ぜ、ゼフィランサス……」

「……」


 目に涙を浮かべるモミザの考えは、もう何となくわかる。


「え、えっと」

「はぁ、指揮統括は私がやっておくから、さっさと様子見てこい、ダメ英雄姉妹」

「マジ感謝」


 数秒頭を地面にこすりつけたモミザは、そそくさとリージアの様子を見に行った。

 ダメダメな英雄の姉妹を見送ったゼフィランサスは、久しぶりの隊長役に精を出し始める。


「さて、さっさと終わらせるか」


 ――――――


 しばらくして。

 陽光の位置は徐々にてっぺんに刺しかかり、正午を告げる鐘が鳴る。

 その頃には、負傷者の治療も済んでいた。


「あら、もうそんなに話し込んじゃったかしら?」

「みたいだな(不安な要素もあったが、取り越し苦労だったか)」


 鐘の音を耳にしながら噴水に腰掛ける二人は、治療が済んだ事で喜ぶ者達に目を配らせる。

 話している間、必ず円滑に治療が進んでいた訳ではない。

 災害時の治療と判断したヴァーベナは、患者の症状の重さで優先順位を付けていた。

 身分もクソも無く、重症者を優先して治療していたおかげで、この戦いに参加していた一部の者が不満を漏らす何てことも有った。

 必要以上に暴れた者をホスタが鎮圧したおかげで何とかなったが、彼女が居なかったら暴動になっていたかもしれない。


「……さて、そろそろお前の大将とも話したいんだが」

「そうね、ずっとあそこに居るし……気配隠すのも忘れる位ならそろそろ出てきたら!」

「ああ(気付いてて呼ばなかったのかコイツ)」


 場も落ち着いて来たので、フォスキアはそろそろリージアを呼んだ。

 ずっと物陰に隠れながら様子を伺い、気配を隠す事も忘れて嫉妬していた。

 それを嬉しく思っていたフォスキアは、ずっと呼ばなかった。


「……誰?その女」

「第一声がそれか」

「(フフフ、嫉妬しちゃって、可愛い)ちょっとした顔なじみよ、ヴォルフと同じビジネスパートナー」

「(コイツ喜んでないか?)」


 ようやく姿を現したリージアは、殺意の籠った目を向けながら二人の元へ近づいて来た。

 念願のダークエルフを前にできたのは良いが、フォスキアと話されているのはどうも気分が悪い。

 しかも、ちょっと楽しそうだったのがなおさら気に障っていた。


「……」

「ま、まぁ、その、なんだ、コイツから馴れ合いが嫌いだって事は聞いた、だが、せめて言わせてくれ、部下達を助けてくれて感謝する」

「……あの子に言ってよ、私は許可を出しただけなんだから」

「いや、頭目のアンタが許可をしたからこそ、彼女は治療を行ったのだ、アンタの判断の……」

「……」


 とてつもなく嫌そうな顔を浮かべるリージアを見て、ライルはフォスキアの言葉の意味を悟った。

 礼を言われるのが嫌と言うより、変に慣れ合って付け込まれるのが嫌なのだ。

 リージアの向けている目。

 内側に漬け込まれ、裏切られるのを恐れている目だ。

 傭兵達にとって、仲間からの裏切りは一番怖い事でもある。

 だからこそ一人で居るという傭兵も居るので、そんな者達が良く浮かべている。


「すまん、彼女に礼を言ってくる」

「そうして」


 少し頭を下げたライルは、冷や汗をかきながらヴァーベナの方へ向かう。

 彼女からは敵意以外に、嫉妬らしき物も感じられる。

 この場から去った方が得策と考え、ちょっと早めに歩く。


「……なんなの?アイツ」

「まったく、不愛想にも程が有るわよ」

「あはは、ちょっと冷たく接しすぎちゃった」

「態度急変しすぎよ(説教中にかかってきた電話に出たお母さんか)」


 ライルが去ったせいか、リージアの表情は明るくなった。

 それどころか声のトーンも上がっており、目に光も宿っている。

 こういう所は正直治してほしいと思うが、事情が事情でもある。

 だが場合によっては、ぶん殴ってでも更生させる事にした。


「でも、あの子からそれなりに情報も聞けたわ」

「情報?」

「そ、人造魔物のタイラントだっけ?それ、二十体位倒してたみたいよ、おかげで仕事が楽になりそう」

「そんなに」

「あれでもゴールドランクの傭兵よ、それに、私より魔法の扱いにも長けている分、有利に戦えたでしょうね」


 ゴールドランクの傭兵という事も有って、ライルの腕前はかなりの物。

 先の戦いでは、その前に有った戦いの疲労も有って逃げる事に成った。

 しかし、今日に至るまでの戦いで、人造魔物を二十体程倒している。

 フォスキア以上に魔法の扱いに長けている事も有って、相性もいい。


「……随分詳しいね」

「え、ええ、一応同じエルフよ、それなりに交流は有るわ(あ~もう、可愛いわね)」

「ふ~ん、で?他に分かった事は?」

「ふふ……そうね、分かった事と言えば、今回の指令船、骨が折れそうって事かしら?」


 一瞬咳払いをしたフォスキアは、今回の指令船となる存在の話をしようとした。

 ライルですら敗走を余儀なくされ、この国の誇りでもある壁を破壊した相手。

 どんな相手なのかと思っていると。


「あの、貴女ですね?彼女達を遣わしてくれた方と言うのは!」

「(……今度は誰だ?)」

「……」

「すまん、どうしてもって、聞かなくてな」


 聖職者風の恰好をした女性が、取り巻きとライラックと共に話しかけて来た。

 今回の戦いで他の聖職者たちを率いて、大勢の者達を治療していた司祭アンジェラだ。

 彼女もライルと同様ヴァーベナへお礼を言っていたのだが、今度はリージアに矛先が向いた。

 ライラックも説得を試みたが、助けられてお礼の一つも言わないのは、彼女達の信じる神の意思に反する。

 信心深い彼女を止める事は叶わず、アンジェラを止められなかった。


「この度は、ありがとうございます、滅ぶしかないと諦めかけていた所で、貴女方が駆けつけてくれた、これも神の御威光、感謝してもしきれません」

「(大丈夫か?こんなに褒めちぎる感じで礼何て言って)」


 ちょっと褒めながら頭を下げただけで、嫌悪たっぷりの目を向けるリージア。

 そんな彼女に精一杯の感謝を込めた言葉を送る何て、自ら狂犬の尻尾を踏みつけるような物。

 しかも彼女の護衛として、あの嫌味な坊主のガルムまで居る。

 彼は敵視するような視線を向けており、印象はアンジェラより悪いだろう。

 思わず冷や汗をかくライルは、少し身構えてしまう。


「きえろ」

「え?」

「消え失せろ!アバズレ!!」

「フン!」

「ウヴぉあ!!」


 思ったより汚い言葉がリージアの口から放たれると共に、上空からモミザが降下して来た。

 降りると同時にリージアの頭へダイブし、彼女の顔を地面へとキスさせた。

 急な展開に、アンジェラとライルは目を丸めてしまう。


「……えっと、その、すまん、ウチのバカが」

「あ、えっと、貴女は?」

「まぁ、その恥ずかしい話、コイツの副官、だな」

「本当に恥ずかしい話だな、この方にそんな態度を取るようでは、やはりただの野蛮人か」

「……本当に申し訳ない(社交辞令だ、ここは下手に出る)」


 やはり突っかかって来たガルムに、モミザは紳士的に対応した。

 本来こういった交渉事は苦手ではあるが、リージアがこの状態だ。

 ここは苦手でも自分で対処しなければならないと、深々と頭を下げる。


「こら、彼女達は私達を守ってくださった方、そのような発言は慎みなさい」

「申し訳ありません、しかしこの者達は身元も何も解らない存在、下手に気を許せば、何をされるか」

「それでも、我々は助けていただいた身、お礼を言うのは当然です」

「い、いえいえ、わたくし共も、えっと、その、非礼を、お詫びします」

「あ、いえ、それより、その方は、大丈夫なのですか?」

「コイツはもう頭冷やさせておきますので、どうぞお気になさらず……」


 リージアを踏みつぶす力を強めたモミザは、ゆっくりとフォスキアの方を向く。

 嫌な予感が的中したのは良いが、せめてもう少し人の居ないと事で話をして欲しかった。


「なぁフォスキア、せめてひと気の無い所で」

「ウゥゥゥ……」

「何でお前まで不機嫌そうなんだよ!?」


 その事を伝えようとしたが、何故かフォスキアまで不機嫌だった。

 まるで主人を襲おうとする存在に唸る忠犬の如く、アンジェラの事を睨んでいる。


「ッ、も、モミザ」

「おう、何でそんな不機嫌なんだよ」

「……性、よ」

「は?」


 モミザの言葉で目が覚めたフォスキアは、不機嫌な理由を告げた。

 しかし、首を傾げてしまったモミザを見て、今度は自らの胸を指す。

 厳密には心臓の部分を指さしており、さりげなく詳細な理由を伝えた。

 その事に気付いたモミザは、思考を回し始める。


「(胸、いや心臓か?心臓……魔石)あ」


 フォスキアとリージア、今の二人の共通点が答えだった。

 二人共悪魔の血肉をその身に宿しており、それを自在に活性させる事もできる。

 つまり、半分は悪魔。

 目の前に居るのは、その悪魔達の大敵とも言える聖職者たち。


「(そう言う事か……しかも、今のリージアは人間に対する好感度は、あの、あれ……G未満、相性最悪何てもんじゃねぇ)」

「あ、あの」

「あ、お、おいヴァーベナ、治療はどんな感じなんだ?」

「え、ああ、す、既に軽症者の治療に回っていますので、もうじき終わります」

「そ、そうか、な、なら……」


 ヴァーベナの報告を聞きながら、モミザは苦手な指示を考え始める。

 アリサの代わりに指揮を担当する為に作られたリージアと異なり、モミザは純然な戦闘型。

 しかも初対面の人間と話す事さえ苦手としており、指揮に関して頭が回らない。


「よ、よし、ヴァーベナ、お前はこのまま医療行為を続けてくれ、フォスキアはこのバカ連れて行ってくれ」

「分かったわ」

「りょ、了解です」

「えっと、アンジェラ、さん?と、とりあえず、俺、じゃない、わたしが、話を聞きます」

「は、はい」

「(コイツも大変だな)」


 明らかに慣れていないモミザの様子に、ライルは同情した。



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