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王都ラマネス 後編

 しばらくして。

 キャンプから出発したヴァーベナ達は、改めて町を訪れていた。

 最初はとんでもなく警戒されてしまったが、フォスキアの説得で何とか受け入れてくれた。

 と言うのも、この町の顔役と言える者が彼女の知り合いだったのだ。


「ありがとうねライル、色々口きいてくれて」

「構わん、聖職者の連中も負傷者が出ていて手が足りなかったからな、猫の手も借りたいところだった」


 フォスキアが話を付けたのは、この町を代表する傭兵でもあるライル。

 一応旧知の仲でもあり、何とか治療所の場所を確保させてもらった。

 近くに有った公園の敷地を貸してもらい、そこに野戦病院を仮設。

 ヴァーベナは準備が完了するなり、緊急に治療が必要な患者たちの手術を開始していた。


「……それにしても、アンタが拾った野良犬君、随分大きくなったわね、メンバーも見ない内に変わってるし」

「もう三十年以上前の話だ、みんな歳や怪我には勝てんさ、それに、アイツもあの足ではそろそろだな」


 治療を受けている患者の中には、ライルの仲間も含まれている。

 既にフォスキアも知らない顔ぶれに世代交代してしまっており、大半が初対面だ。

 老衰や怪我などが引退する主な理由で、破片で足に重症を負ったネロも怪しい限りだ。

 ヴァーベナの治療も受けていたが、下手をすれば一生松葉杖の可能性も有る。


「私達エルフも、老衰で死ねるとは限らないものね」

「ああ、こんな事をしていれば、尚更だな」


 適当に話す二人は、公園の中央に有る噴水に腰を掛けた。

 フォスキアと再会したライルの目に映るのは、三十年前のこの町の様子。

 ここを根城にするようになってから随分経つが、気づけば馴染みの有った者達はいろんな意味で変わっていた。

 身体こそが資本である彼女達にとって、怪我などで一度でも戦線から身を引けば復帰は難しい。

 戦い続ける生活をしているが、随分と時間が経っていた。


「何時死ぬか解らないし、死に方を選ぶ何て贅沢もできないからね(特に、同郷の連中に難癖付けられて殺される何てゴメンよ)」

「だが、死ぬんならせめて未練だけは残したくないな」

「そうね(……せめて、私があの子の未練になれれば良いんだけど)」


 せめて未練を残さずに死にたい。

 ライルの言い放った贅沢に、フォスキアは目を細めた。

 リージアもまた、同じような考えを持っている。

 未練を無くしてから死のうなんて事を考えている位ならば、自分と言う存在を未練と見てほしく思う。


「……しかしあの女、随分と手際が良いな」


 変な事を言ってしまったと悟ったライルは、適当に話題をそらした。

 一先ず、治療に勤しむヴァーベナの事を訊ねた。


「……あはは、何時も気が弱いくせに、こういう時だけ胆が据わってるのよね」


 タラッサの町でも、どうやら彼女が率先して治療に専念していたらしい。

 何時も気が弱いのだが、医療が関わると途端に強く成る。


「彼女のような名医は助かる、回復魔法もポーションも万能ではないからな」

「ええ、ヤブに頼むと、逆に化膿が酷く成ったりするものね」


 それなりに手のかかる治療はヴァーベナが行っているが、軽い傷などは他のメンバーが治療している。

 基本的に自己治癒力を高める回復魔法は、かける前にある程度の応急処置を行う事で効果を増す。

 その事を一応知らされえている彼女達も、軽い処置が終わった後で魔法による処置を要請している。

 彼女達の働く様子を目にするライルは、真剣な表情でフォスキアの方へ視線を向ける。


「……それで、そっちの雇い主は何がお望みだ?」


 ライルが持ちだしたのは、お金の話だった。

 傭兵を生業としているだけあって、やはりその辺は敏感だ。

 ライル自身、勝手にOKを出してしまった身の上だが、どれだけ吹っ掛けられても驚きはしない。

 後でギルドや国にかけ合うつもりだったが、フォスキアは少し苦く笑う。


「あ~……多分何も求めて無いわよ」

「何だと?無償で我々を治療しているというのか?」


 ライルの見る限りでも、彼女達は薬も色々と使っている。

 使っているのは抗生物質なんかだが、この世界の面々からしてみればポーションの類。

 抗生物質としての働きは無くとも、外傷の治療にはよく用いられる。

 フォスキアには縁のない代物だが、ポーションだってタダではない。

 そんな物を無償で配り、更に治療を行うような事は聖職者だって滅多にしない。


「まぁ、この医療行為自体大将の本意じゃないのよね(以前なら魔物の素材が欲しいからってだけで脅迫めいた事してたけど、多分大丈夫よね)」

「ではアイツ等は何の為に」

「さっき話した子がね、負傷者を手当したいって言い出して、護衛付きで派遣したのよ」

「それで無償治療って、そっちの大将は何を考えているんだ?」

「そもそも人間嫌いな子で、ここで戦ったのもあの魔物達殺したいだけだったからそれ以外はどうでも良いのよ……あ、来ないと思うけど、見かけても話しかけない方が良いわ、ちょっと不安定だから」


 ここ暫くのリージアの様子は、本当に不安定だった。

 実際、降下した時の第一声が『黙ってろ人間』である。

 今人間に話しかけられてしまえば、折角治療された人間達がまた血しぶきを上げる事になってしまう。

 幸いキャンプで現場指揮を行う役割なので、来る事は無い筈だ。

 それ以前に、今のリージアの人間に対する好感度は地獄より深く落ちているので、絶対に来ないと断言できる。


「……それで?人間嫌いの奴の元に何でお前が居る?」

「(やっぱそこ突っ込んで来るか)」


 数回程軽くうなずいたライルは、先ほどから気になっていた事を打ち明けた。

 群れる事を嫌うフォスキアが、何故彼女達の一味のようになっているのか。

 協力者と行動する事は有っても、基本的に傭兵団と呼べるような物には断固として入ろうとしなかった。


「どんなに金積まれようが、上物の酒を渡された……時はかなり揺れていたが、絶対に他の傭兵団には入らなかったというのに、そんなお前が大枚叩かれた程度で仲間になるとは思えないぞ」

「……」


 ライルの疑問を叩きつけられたフォスキアは、髪飾りに触れながら顔を赤らめた。

 一応二人の間は、飲み仲間程には親密。

 お互いに長生きをしてしまう性を持っているので、多少は良好な関係を築いている。

 なので、互いの上澄み程度の人となりは知っているつもりだ。

 そのせいか、フォスキアが言い放った嘘は彼女には通じなかった。


「え、えっと……な、何て言えばいいのか……」

「お前……そう言えば、以前より少し酒の臭いが減ったな、今日も全然飲んでいない」

「え、そうかしら?」

「そうだ、ギルマス何かの大物の話を聞く時以外、こういう人混みの中でも酒瓶傾けていただろ?」

「あ、あはは、確かにね、お酒ばっかは身体に悪いし」

「その程度で禁酒するようには見えんが、まぁ何より、目も以前より光が灯っているな、前は血みたいに薄汚かったが、今は宝石のようだ(あと喋り方も変だが、ここは触れないでおくか)」

「……(私、リージアと会う前そんなに酷い顔してたの?)」


 ライルの言葉にショックを受けたフォスキアは、同時にヘリコニアのセリフも思い出した。

 自覚は全く無かったが、リージアと行動する前は濁った顔をしていたらしい。

 しかも、旧友のライルからも似たような事を言われた。

 赤かったホホを白くした彼女を前に、ライルは少し頭を回転させる。


「お前まさか……大将に惚れたのか?」

「ブフ!」

「……当たりか」


 それ程凝り固まった頭では無かったせいか、ライルは正解を言い当ててしまった。

 だが、正解だとは思っていなかったらしい。


「まさか、女にか?しかも人間嫌いに?」

「……え、ええ、色々あって、その、私の方から、着いて行きたいって言い出して……それにあの子も、私には気を許してくれてて」

「……」


 恥かしくも嬉しそうに話すフォスキアを見て、ライルは僅かに距離を取ってしまう。

 そもそもこの辺りでは、宗教上や法律的な意味合いで同性愛は認められていない。

 長年生きているライルでも実際に目撃した訳でもなく、会った訳でもない。

 初めて同性愛の事を考え、少し身の毛がよだってしまう。


「そ、そうか、ま、まぁ良いと思うぞ、私は、うん、人の恋愛は、人それぞれだ」

「だったら何で距離取るのよ!?別にアンタはそう言う目で見て無いわよ!ガングロエルフ!」

「そ、そうか(がんぐろ?)」


 異世界の言葉に小首をかしげるライルを前に、フォスキアはスキットルの中身を飲みだす。

 一応リージア達の世界の物が残っていたので、ここに来る前に補充していた。

 それを飲んで一旦落ち着き、再び顔を赤くしながらスキットルを両手で持つ。


「でも、そうなる理由もわかるわよ、私だって、前まではそんな考えだったし」

「なら何故?」

「……」


 スキットルを眺めるフォスキアは、少し言葉に詰まった。

 まさか真実をそのまま打ち明ける訳にはいかないので、多少隠す必要がある。

 いや、むしろ隠さなければならない部分が重要過ぎて上手くまとめる事は難しい。


「た、ただ、好きになったのが女の子だった、それだけよ」


 髪飾りを撫でるフォスキアは、もう無理矢理流す事にした。

 旧知の仲で有るライルであっても、やはり今まで隠してきた事を打ち明けるのは怖い。

 そもそも、フォスキアが故郷を追われたのも、信頼していると思っていた友人に裏切られたせい。

 今でもその恐怖が残っている。


「……それだけか?」

「しつこいわね、良いでしょ、別に」

「……そう言う事にしておこう、その髪飾りも相当気に入っているようだしな」

「まぁね、あの子からの初めてのプレゼントだし(それに、結構便利)」


 気になる点は多いライルだったが、身に着けている髪飾りの気に入り様を見て深く考えない様にした。

 作った本人からしてみれば、仕事に差し支えるから作っただけだが、フォスキアにとっては十分気に入るだけの物だ。

 しかも、テレパシーが遮断されるというオマケ付き。

 以前のようにバランスに影響が出るような物でもなく、周りから不自然に見られる事も無いのだから便利でしかない。


「(まさかコイツからこんな惚気話を聞かされる日が来るなんてな)」


 惚気るフォスキアを横目に、ライルは少し目を細める。

 彼女が知る以前のフォスキアは、一定以上の距離を許さなかった。

 基本的に群れる事も無く、一人で仕事をする。

 精々飲み仲間程度が関の山で、それより先は無い。

 そんな彼女の寂しい姿を知るライルは、理由は知らなくとも心配はしていた。

 だからこそ、フォスキアにそんな人ができた事は嬉しかった。


「(……まぁ、それがアレだとは、思いたくないんだが)」


 横からのピンク色の気配を感じながら、ライルは茂みの影に目をやった。

 そこには巧妙な偽装で隠れてはいるが、来ないと言われていたリージアの姿が有る。

 しかも、黒一色の気配を向けている。

 二色の気配に挟みこまれ、ライルの肩身は踏みつぶされた。


 ――――――


 その頃。

 公園内にはオリーブ色の大きなテントが張られており、その中では多数のベッドが広がり、負傷者が寝かされていた。

 いずれも仮設の物であるが、贅沢を言っている場合ではない。

 助けられる命を粗末にしないように、ヴァーベナは次々と重症者の手当てを続けていた。


「(これで、目ぼしい人は最後)」


 包帯を巻き終えたヴァーベナは着けていたマスクを取り、辺りを見渡す。

 専門的な医術が必要な者以外は仲間が治療した事も有って、目ぼしい重症者の治療は終了。

 後は待機が可能と、後回しにしていた負傷者の手当てを残すのみとなった。

 せめて時間の許す限りの治療を行えればと、テントから出る。


「さて、先ずは」

「あの」

「え、あ、すみません、治療は順番で……」


 また順番に待ち切れなかった患者かと思い、ヴァーベナは声のした方へ振り返った。

 彼女を呼んだのは患者ではなく、一緒に治療に参加していた司祭。

 顔以外露出していない青色の修道服を纏う彼女は、涙ぐんだ表情でヴァーベナに頭を下げる。


「呼び止めてすみません、私はアンジェラ、この町の教会で司祭をしております、この度は、わたくし共の治療を行っていただき、ありがとうございます、おかげで、救われた方は数知れません、このお礼は必ず」

「え、あ、え、えっと、い、いえ、わ、私も、た、ただ助けられる命を蔑ろにできないだけで、あの、べ、別に、お礼、とかは、け、結構です」


 眩しいばかりの笑顔を前にして、ヴァーベナは目を合わせる事なく話をした。

 そんな小心ぶりに冷や汗をかきながら、司祭は胸に手を置く。


「け、謙虚、なのですね」

「あ、け、謙虚と言うより、その、えっと……」


 謙虚と言う言葉に、ヴァーベナは反論内容に困ってしまう。

 一応は元正規軍の立場として、戦いに巻き込まれた者達から金銭を貰う訳にはいかない。

 そんな精神も有るが、今回は単純に患者を見捨てる訳にはいかなかったというのが主な理由。

 それ以前に、勝手に色々言ってリージアに迷惑がかからないかと考えてしまい、なんと言ったら良いのか分からなくなっていた。


「おっと、何か用ですかい?」

「あ、ライラック」


 オドオドとするヴァーベナの前に、ライラックが守る様に立ちはだかる。

 右足を後ろへさげてアンジェラの視界からハンドガンを隠し、こっそりと手にかける。

 安全装置も外しているので、抜けば何時でも撃てる。


「す、すみません、怖がらせてしまいましたか」

「なに、コイツは初対面の奴と話すのが苦手なんでね、話なら私か、アイツを通してくれ」


 背後に隠れるヴァーベナを守りながら、ライラックは親指でスイセンを指した。

 彼女も軽症者の手当てを続けており、二人の事はどこ吹く風である。


「では、貴女と彼女が、責任者、という事ですか?」

「いや、アイツは現場監督、私はただのお守り役、責任者なら……」


 現在の責任者であるリージアの場所を指そうと振り向いた時、視界にリージアがチラッと映った気がした。

 気になって目を凝らしてみると、素人では分からないレベルの偽装で隠れていた。

 何故だか異様に不機嫌で、一点を睨みつけている。


「あ~、すまん、ここに居るわ……あ、出て来た」


 側頭部をポリポリとかいていると、リージアは不機嫌な笑みを浮かべて姿を現した。

 彼女が向かうのは、フォスキアとライルの元。

 リージアの姿を確認するなり、アンジェラは眩しいばかりの笑みを浮かべだす。


「え、では、その方にお礼を!」

「よしてくれ、今は誰とも会いたくないんだ」

「そう言う訳にはいきません!善意を持っている方々を蔑ろにするなんて、神の意思に反します!関係者の皆さんに頭を下げなければ、私の気がすみません!」

「凄い立派だけど!頼むから、アイツだけは関わらない方が良い!」


 とても律儀な事を褒めながらも、ライラックはアンジェラを静止させる。

 しかし、彼女の信仰心や意思の強さのせいか、言う事を聞かずにズカズカと歩みを止めない。

 途中からライルも加わったが、それでも止められず、彼女はリージアの元に到着してしまう。

 しかもアンジェラが護衛として何時も傍に置いている面々まで加わり、余計にややこしくなる。


「あの、貴女ですね?彼女達を遣わしてくれたのは」

「……」

「すまん、どうしてもって、聞かなくてな」


 リージアの元にたどり着いたアンジェラは、早速彼女にコンタクトを開始。

 取り巻きに跳ね除けられたライラックは、既にちょっと不機嫌な軽くリージアに頭を下げた。


「この度は、ありがとうございます、滅ぶしかないと諦めかけていた所で、貴女方が駆けつけてくれた、これも神の御威光、感謝してもしきれません!」


 思いつく限りの言葉でリージアに礼を述べるアンジェラだが、リージアの顔はどんどん影で染まる。

 彼女の様子を見るライラックは、一先ず距離を置く。


「きえろ」

「(やば)」

「え?」

「消え失せろ!アバズレ!!」

「フン!」

「ウヴォあ!!」


 とんでもなく汚い言葉がリージアの口から放たれると同時に、上空よりモミザが降下。

 彼女はリージアの頭を踏みつぶし、地面へと埋め込む。

 二人共何時の間に来たのか解らないが、ライラックは側頭部をかく。


「やれやれ、面倒になったな」


 もう付き合っていられないと、ライラックはその場から逃げ出した。


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