傭兵の仕事 前編
リージアがモミザにぶっ飛ばされ数分後。
三名は傭兵ギルドに到着した。
「ふお~、デッカいね~」
「まるで貴族の家だな」
二人の目にした建物は、まるで貴族の豪邸。
それなりに力が有る組織と聞いていたのだが、予想以上に強大らしい。
豪華さこそ感じられないが、使用している土地の面積はかなりの物だ。
「さ、見物が、済んだら……早く、行きま、しょう」
「ちょ、本当に大丈夫?さっきから気分悪そうだけど」
先ほどから、フォスキアの体調が優れていない。
顔は赤くなり、息も荒い。
風邪のように思えたが、熱は無いようなので、リージア達も困惑している。
「だ、大丈夫よ、それより、早く中に」
「(それより病院か何かに行った方が良いと思うけど)」
リージアの心配を他所に、フォスキアは扉を開ける。
その瞬間、煙草や酒の臭いがまき散らされ、まるで酒場のような喧騒が響く。
中は傭兵たちのたまり場となっており、持参した酒やたばこ等を片手に騒いでいる。
「うへ~、ここは予想通りだね」
「ああ、こういう所は苦手だ」
予想通りの空気と喧騒にリージアは笑みを浮かべたが、モミザは嫌な顔を浮かべていた。
そんな彼女達を無視するかのように、フォスキアは受付嬢の元へと赴く。
随分とフラフラとした足取りだったが、リージア達と会う前の報酬の話を始める。
「……どーしましょうねぇ」
「あ、あそこ開いてるぞ、とりあえず、席だけでも取っておこうぜ」
「だね」
話がまとまるまでの間、待機する為にリージア達は開いていた席に着く。
そのついでに、二人は周辺を見渡す。
そろいもそろって、ゴツイ装備を身にまとっている。
筋骨隆々な男達が揃っているが、リージア達の目に狂いが無ければそれ程強そうには見えない。
「……今の正規兵よりは使えそうだけど、ただのカカシだね」
「だな」
「最近の人間は、すっかり落ちぶれてるもんね」
リージアの発言に、モミザは首を縦に振った。
最近の人間の兵士と言えば、実戦経験のない凡人集団。
正面切って戦うのは、何時もアンドロイド部隊。
彼女達が露払いを行い、人間の部隊達が英雄気取りで美味しい所を持っていく。
それが、最近の戦いだった。
「あんなのと一緒なら、ヘリコニアも、ホスタも、苦労するよ」
「だからって引き入れるかよ」
「戦場で人付き合いの良さ何て、銃弾一発分の価値も無いでしょ、必要なのは度胸と能力」
「ああ、そうだな」
「(さて、こんな話より、どんな依頼が有るのかな~)」
モミザとの昔話を終えたリージアは、受付の隣にある掲示板に目を向けだす。
視覚カメラのズーム機能を用いて、その内容を調べる。
予めセットしていた翻訳機能のおかげで、苦も無く文字を読んでいく。
「(ゴブリン退治に、その他魔物の退治、他には……人の捜索?)」
依頼の中身は、魔物の討伐がほとんどだった。
採集系の依頼も有ったが、どうも人の捜索が目に映ってしまう。
「(魔物がはびこっている世界なら、行方不明者が多い?それにしたって)」
魔物がそこかしこにはびこっているのならば、行方不明者が多いのは頷ける。
違和感こそ有ったが、今回の任務とは関係はなさそうだ。
とりあえず、知りたい情報だけ入手したらおさらばしたい所だ。
「ただいま、アンタ等の知りたかった事、受付の人から聞いて来たわ」
「あ、ありがと」
考えを巡らせていると、リージア達の元にフォスキアが戻って来た。
彼女に頼み、応援要請の有った日を調べて貰っていた。
報告のついでにスコッチの封を開けると、持参したグラスを使い、早速中身を堪能する。
「んぐ……ふぅ、ドワーフの火酒や蒸留酒は沢山飲んだけど、異世界には腕のいい職人が居るのね」
「ま、まぁね(スコッチって、四十度くらいある筈なんだけど、それを直って)」
早く報告を聞きたかったが、スコッチを直飲みする光景に目を奪われた。
通常なら、炭酸水等で割る物をストレートで一気飲み。
エルフというより、ドワーフを見ているような気分になる。
だが、酒が入ったおかげか随分と気分が良さそうなので、よしとした。
「さて、アンタ等が知りたがってた時期だけど、大体半年前、らしいわ」
「……そ、ありがとう」
報告を耳にしたリージアは、両の拳を握りしめた。
予測できる最悪の事態に、王手がかかってしまった。
他にも様々な事が予想できるが、真っ先にその最悪の事態を想像してしまう。
「(……随分、暗い顔ね)」
まだ会って一日程度だが、リージアの本気で沈んだ顔にフォスキアはグラスに注がれたスコッチを眺める。
異世界を渡航し、ドワーフと同等の酒を造る事の出来る文明。
その文明の結晶たる彼女達が、心から沈む状況。
少し気になってしまった。
「そんな顔してたら……あの子、えっと、ホスタだっけ?あの子に余計嫌われるわよ」
とは言え、リージアの過去を詮索する事は無かった。
傭兵同士の間でも、過去の詮索は御法度。
それを彼女にも適用したまでだ。
「……嫌われるどころか、下手したら、あの子荒れるよ」
「だな」
「……」
笑い話に持っていくつもりが、地雷を踏んでしまったらしい。
リージアとホスタの間に、わだかまりが有る事は解っていた。
だが、その溝は予想以上に深いらしい。
「ま、エリート街道進んでたら、下っ端未満に降格したらそうよね」
「ウへ」
フォスキアの何気ない言葉に、リージアは机に突っ伏した。
また地雷を踏んだらしい。
「……誰から聞いたの?」
「あの派手な髪の人、勝手にベラベラ話してくれたわ」
「レーニアの奴、口が軽すぎやしないか?」
部隊で派手な髪と言ったら、レーニアしかいない。
ため息をつくモミザの横目に、フォスキアは再びグラスを傾ける。
「……ふぅ、ま、私が聞いたのは、何であの子が隊長相手に失礼な態度の理由と、アンタ等の部隊がどんな立ち位置なのかを聞いただけよ」
「はぁ」
フォスキアが聞いたのは、あくまでもリージアとホスタの不仲についてだけ。
軍の内部事情にまでは、足を突っ込んでいない。
これ以上隠し事をするような事でもないので、モミザは二人の仲について話す事にした。
「単純に、アイツの無駄に生真面目な部分と、コイツの自由奔放がミスマッチだったんだよな」
「でも、悪態ついていい理由にはならないでしょ?」
「何時もはああじゃないんだが、元居た部隊の連中の安否が気がかりすぎて、余計に気が立ってんだよ」
リージアとしては、部隊の皆とは仲良くするのがモットー。
だが、生真面目なホスタと、自由人のリージアはどうも相性が悪かった。
ホスタは何時も冷静であるが、元の仲間が気がかりすぎる故に最近は冷静さを欠いている。
何時もは一定の距離を置く程度にとどまるので、あそこまでの悪態はつかない。
「……リージアの奴としては、転落しちまったアイツが後ろ指さされても気を持ち直せるようにしてんのさ、やり方が下手で、何時も空回りしてっけど」
「ふ~ん……てか、アンタ等の部隊って、何が基準で編制されてるの?」
不意に気になった事だった。
リージアもモミザも、決して無能な訳では無さそうだ。
だが、レーニアの話を聞く限りでは、彼女達の部隊は末端に位地している。
どうも基準が気になってしまう。
「私達の部隊は、大戦時代を生き延びて、選抜されたアンドロイド達で編制された、二十四個の小隊が有るんだけど、その内三つのアルファ、ベータ、ガンマの三つは、特に厳選された個体が選抜されてるの」
「大戦時?」
復活したリージアは、大雑把に軍の編制を話した。
これはインターネットにアクセスできれば、軍に興味がある人であれば知れる内容。
部外者に話すのは問題だが、それより、フォスキアは大戦時という単語に首を傾げた。
「それは……今は置いといて」
出来れば話したかったが、全部話すと日が暮れてしまうので、今は置いておいた。
それを容認し、リージアは話を続ける。
「残りの部隊編制は、実力や能力が均等に成る様になってるんだけど……」
「けど?」
「情報部……あ~、責任者の人がね、機体数の確認ミスで、私とモミザだけが余る形になっちゃって」
冷や汗をかきながら言い放たれた説明に、フォスキアはずっこけた。
正規軍の部隊編制を行う役職の人物ならば、そんなミスは許されない筈だ。
というか、余ったのなら適当な部隊に入れればいい話だ。
「な、何でそうなるの?なら、適当な所に」
「ああ、だけどよ、このバカが、よりにもよって、群れるの嫌だから自分たちだけのチーム作るとか言いやがって」
もちろん、司令官も問題を解決する為に動いた。
だが、リージアの発言のおかげで、オメガチームという、存在しない二十四個目の部隊ができてしまった。
「……それ、良いの?てか、よくアンタ等の上司は納得したわね」
色々とツッコミを入れたい所は有るが、一番気になった場所を口にした。
元々の計画をひん曲げ、無理矢理編制された部隊。
異世界人の彼女であっても、頭を抱える話だ。
「……無理矢理通したせいで、私達の仕事部屋は備品倉庫間借りしてる状況だから」
「何で部屋が無いのよ」
「二人しかいない部隊の為にわざわざ部屋増設する金も時間ももったいないって事」
「そう言う事ね」
彼女達は備品倉庫のスペースを借り、中の管理を行いつつ本来の仕事もこなしていた。
当然正規の部屋ではないので、表にはリージアが作った低クオリティの張り紙を張り、無理矢理小隊ルームにしていた。
その理由は、リージアの独断のせいで予算もロクにくれないから。
「てか、そんな場所になんで他にも隊員が居るのよ」
「……ま、不思議なのは当然だな」
「う~ん、何と言うか、みんなスネに傷がある子達だからね」
一番気になるのは、計画外であった筈の部隊に、何故隊員が集まっているのか。
モミザだって、六人に増えている事には不思議に思っていた。
「何か問題起こしたの?」
「まぁね、四人とも厳重な処罰の予定だったけど、司令官に頼んで、私の部隊に入れてくれる事になったの」
「そう……その辺の詮索はしないわ、誰だって、触れられたくない所は有るもの」
「……」
瓶を傾けながら、詮索はしないと言ったフォスキアの目。
どこか同情のような物を、リージアは感じ取った。
いや、親近感ともとれた。
「(ま、スネに傷だの、膝に矢を受けるだの、誰にでもあるもんね)」
人にだって色々とある。
そう言い聞かせながら、彼女の話を呑み込んだ。
「でも、何でそんな人達を?仁義か何か?」
上の空のリージアに、フォスキアは訊ねた。
リージアの部下が何をしたのかはさておき、処罰対象である者を引き取るバカはいない。
彼女の行動は、異世界の人間である彼女にとっても異様に思えた。
「……私にとって、問題を起こす人は三種類居ると思ってる」
「三種類?」
「そ、単純に凡ミスする奴、自惚れてる奴、後は、自信と度胸のある奴」
指を立てながら、リージアは自身の考えを伝えた。
一つ目はともかく、二つ目と三つ目の違いが分からなかった。
「……二個目と三つ目、違いが解らないんだけど」
「そうだね、強いて言うなら、自惚れてる奴はロクな結果しか生まない、けど」
「けど?」
「自信と度胸の有る奴は、周りの目や言葉を気にする事無く、大胆に、必要な結果を出してくれる……あの子達は、全員そう言う子だって、私は知ってる、だから選んだ」
妖しい笑みを浮かべながら、リージアは語った。
彼女達に貼られているレッテルよりも、貼られた理由の方がリージアには大事だ。
刑罰を言い渡された時に、リージアはその辺をしっかり調べている。
「(ま、指令官には結構苦労させたけど)」
「……成程ね、でも、少しは周り気にしなさいよ、なりふり構わず進んだら、壁に激突するわよ」
周りの目を気にしない奴は、傭兵でも多い。
そういった事を気にせず、好き勝手やれば、何時かは足元をすくわれてきた。
そんな同業者を、フォスキアは何人も見て来ている。
「その時は殴って壊す」
「……もしかしたら崖が有るかも」
「なら、自分で道を作る」
「屁理屈女」
「誉め言葉として受け取っとく」
リージアの屁理屈に、フォスキアは頭を抱えながら言い放った。
有能な指揮官、勇敢な戦士、そのどれでもなく、彼女はただのバカ。
それがフォスキアの中の、リージアの最終的な印象だった。
「あ、あの!エルフィリアさん」
「ん?」
などと話していると、先ほどの受付嬢が話しかけて来た。
何やら急ぎの様子らしく、少し息が荒い。
「そ、その、ギルドマスターがお呼びです」
「……はぁ、はいはい、すぐに参りますよ」
瓶に栓をしたフォスキアは、諦め半分に立ち上がった。
どうもうんざりしている様子だが、何時もの事なのかもしれない。
受付嬢の案内に従おうと歩みを進めようとしたフォスキアは、リージアへ目を向ける。
「……良かったら、来る?」
「そうさせてもらうよ、行こ、モミザ」
「え、良いのかよ?」
「勿論」
「え?あの」
「良いわよ、私が許可するから」
笑みを取り戻したフォスキアは、リージアを連れて行こうとする。
当然、困惑する受付嬢とモミザだったが、フォスキアは許可を下した。
ギルドマスターという事は、この施設の責任者。
そこにある程度の実力を持つフォスキアが呼ばれている。
どう考えても、部外者である二人を案内していいとは思えない。
「と、とりあえず、こちらへどうぞ」
困惑をしながらも、受付嬢は三人を案内する。
そこに続いて、モミザも心配しながら階段を昇って行く。
「ギルマスにお呼ばれって、俺らが行ったら完全にダメだろ」
「良いわよ、どうせ討伐依頼だし、今の内に魔物と戦う練習でもしておきなさいよ」
「それはありがとう、底辺でもなんでも、魔物の情報はこの身に刻んでおきたいし」
やはりこういう事はよく有るらしく、既に討伐依頼と決めつけていた。
町への移動中は、完全に肩透かしを食らっていた。
どんな形であっても、魔物との戦闘データは欲しい。
「でも、こう言う事って、よく有るの?」
「ええ、人手が足りない時とか、私みたいな高ランクの傭兵には、ギルマスから直接依頼が来るのよ」
「騎士団とか、衛兵とかは?」
「そう言うのを魔物の討伐に動かすには、色々と手続きが面倒なのよ、だから、私達みたいな傭兵が重宝されるの」
ギルドマスターのオフィスへ向かっている途中で、招集の理由を耳にした。
正規の軍を動かす手間は、どこも変わらないらしい。
しかし、ちゃんとした軍人たちであれば、この現状をもどかしく思う筈だ。
「けどね、そう言うのをもどかしく思って、騎士や衛兵を辞めて、傭兵になって、自分の傭兵団を持つ奴もいるのよ」
「例えば?」
「アンタがさっき喧嘩を売った奴が、その一人よ」
「あ~」
リージアの考えが解っていたかのように、フォスキアは答えた。
自由に動けないなら、自由に動ける立場に行けばいい。
先ほど喧嘩を売ってしまった男性は、リージアにとって気に入りそうな人間だったらしい。
「傭兵団『ウルフハウンズ』この町を根城にしている傭兵の中でも、最大勢力よ、メンバーはこの町を愛してる人達ね」
「そ、そうなんだ、ありがと(そんな人に、私喧嘩売っちゃったんだ)」
「(要するに、危うく町から締め出されかけたって事か、俺達)」
日ごろから町を守っているのであれば、恐らく町民からの人望も厚い筈。
下手に敵対していたら、無理矢理町から締め出されてしまっていたかもしれない。
止めてくれたフォスキアに、改めて感謝した。
「……ところで、ちょっと合わせて欲しい口裏が有るんだけど」
「何?」
到着する前に、リージアはフォスキアに頼み事を告げた。