反逆への一歩 後編
リージアがフォスキアにプレゼントを渡してから、しばらくして。
自分の行動に疑問を抱きながら、格納庫の中央に有るコンソールを操作していた。
「(何だったんだ?さっきの、フォスキアとモミザが談笑してる所見ただけなのに、妙にムカムカして……)」
明らかに嫉妬していたのは目に見えていたが、リージアは恋愛に関しては素人未満。
そもそも、自分が恋愛をするという発想がない。
そのせいなのか、嫉妬していた、という考えに至っていなかった。
「ムカムカ、ムカムカ、ムカチャッカ、チャッカムカ……ム〇カ大佐?」
「どう連想したらそうなる」
「さぁ?なんかもう、人をゴミのように消してやりたい気分になって」
「本当に何が有った?」
「何だろうね、何か、こう、人間のゴミさ加減に目が痛かったんだけど、今は髪を銃で撃ち落とされた娘っ子見た位悲しくて」
「一旦ラピ〇タ忘れろ、後、作業も止めろ、何か変なオブジェできてるぞ」
「え?あらやだ、なにこれ」
全くかみ合わない話に頭を抱えながら、ゼフィランサスはリージアの様子を確認する。
先ほどまでの元気は何処へ行き、何故か目が虚ろになっている。
しかも端末の操作までおざなりになり、気づけばなんだかよく解らない物体が出力されていた。
指摘された事でようやく気付き、ナノマシンを元に戻していく。
「いやぁ、何だろうね?なんかさっきから気分悪くて」
「ここ暫くマトモに休めていないからな、一時間位休んだらどうだ?」
「うん、そうさせてもらうわ」
「そうか……まぁそれはそうと、私が頼んでいた剣はどうなった?」
「……ゴメン、完全に忘れてた」
「……そうか、仕方ない、私が直接赴く、お前は休んでろ」
「ごめんね、そうさせてもらうよ」
一先ずリージアを休ませておき、ゼフィランサスは自分で剣の進捗を確かめに行った。
――――――
その頃。
フォスキアは急いで鍛冶場に駆け込み、再びモミザの元へ駆け寄った。
やたらと顔を赤くし、息を荒くしながら。
「モモモモ、モミモミ、モンジャ!モミジャ!にゃにこの気持ち!?何コノ気持ち!!?」
「戻って来たと思ったら何だよ!いきなり!?」
「痛!」
活舌も情緒も滅茶苦茶、主語も何も無い勢いだけの言葉にビックリしたせいで、モミザはついハンマーで殴ってしまった。
おかげで少し冷静さを取り戻したフォスキアは、椅子に座りながらスキットルを取りだす。
「ごめんなさい、ちょ、ちょ、ちょっと、落ち着くわ」
「ここで酒飲むな」
ここは鍛冶場、火気しかないので飲酒なんてもってのほかだ。
しかし飲ませておかないと落ち着きそうにないので、一言ツッコミを入れただけで、以降は黙認した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
徐々に落ち着きを取り戻していき、フォスキアは息を整えていく。
「で?何が有った?」
「じ、実はさっき、そこでリージアとバッタリ会ったのよ」
「ほう、それで?」
「でね、たまたま私と貴女で話してる所を見たらしくて、それで、何か怒ってたのよ」
「ほ~、良い傾向だが、それでどうした?(てか、コイツあんな髪飾りつけてたか?)」
リージアに貰った髪飾りをさすりながら、フォスキアは先ほどの事を説明した。
どう考えても、嫉妬されているとしか思えない彼女の態度。
嫉妬されている、そう思った途端に良く解らない高揚感が膨れ上がった。
この鍛冶場へは、なんとも言えない快楽を引きずって来たのだ。
「ね、ねぇ、それって、嫉妬、よね」
「だろうな」
「キャァァ!」
「だから何だよ!?」
モミザの裏付けができたせいか、フォスキアは黄色い声を上げだした。
足をばたつかせ、顔も耳まで赤く染めている。
流石のモミザも、この感性には理解が及ばなかった。
「ああ~、何かしら、この気持ち、嬉しいし気持ちいわ」
「(……まさか、そう言う性癖か?嫉妬された方が嬉しい感じなのか?)」
モミザはなんとも言えない、恍惚な笑みを浮かべたフォスキアから少し距離を置いた。
深い人間関係を避けて来たフォスキアの事だ、恐らく恋愛方面での嫉妬何てされた事も無いだろう。
なので、先天的に持っていたのかもしれないこの性癖に気付くタイミングは無い。
「(……マズイ、変なタイミングで着いてしまった)」
等というやり取りを見てしまったのは、改めて剣を取りに来たゼフィランサス。
ただのガールズトークならばいざ知らず、こんな変態トーク中。
そう言った方向の話は苦手なゼフィランサスにとっては、発情しているフォスキアが居るだけでも嫌な空気だ。
「(仕方ない、また次の機会に……)」
「おいゼフィランサス、あの変態エルフどうにかしてくれ」
「ギャアアアア!!」
逃げようとした瞬間、ホラー漫画の如くモミザが扉から顔を出してきた。
完全に油断しきっていた所でこれなので、キャラに似合わず大声を出してしまった。
もう逃げ場が無くなり、ゼフィランサスはそのままモミザに連行されてしまう。
「おいちょっと待て、私は剣の状態を聞きに来ただけで、卑猥な話をしに来た訳じゃ」
「良いから、流石のアイツもお前が居れば変な話題もしてこないだろ」
「私をダシに使うな」
「あら、ゼフィランサスじゃない、何?男だけじゃなくて女の子も漁りに来たの?二刀流だけに」
「オイ、キャラ忘れるな、お前そんな話した事ないだろ、後、私はそっちは断じて二刀流ではない!!」
興奮と酒の酔いのせいか、フォスキアは完全にキャラを忘れてしまっている。
勝手に変な印象を付けられそうになったが、迫力を込めた絶叫で否定した。
「もう、うるさいわね、酔いが醒めるじゃない」
「さっさと水でも飲んで目を覚ませ、そしてキャラを元に戻せ」
「分かったわよ、お堅いわね」
固いセリフを吐きながら、ゼフィランサスは適当な椅子に腰かけた。
結果、三人とも向かい合い、話し合いの場が設けられた。
「(……あれ?私、結局自分から地獄にダイブしてないか?)」
「ていうか、剣の進捗位リージアに聞きに来させたら良かったじゃない、わざわざ二度手間してまで」
「いや、言いに来させたんだが、何故か忘れていたらしい」
「……そう、うへへ」
「お前が原因かよ」
わざわざ二度手間をしてまで来た原因は、フォスキアであると悟った。
というか、察しない方がおかしい位卑猥な表情を浮かべている。
「まぁでも、リージアの奴、落ち込んでいると思ったが、そんな卑猥な事を考えられる余裕が有るんなら、大丈夫だろ」
何とか話の舵を強引に切ったが、その先は地雷原だった。
しかも、よりによってダイブしている。
その結果、この場に居る二人の怒りをかった。
「ああん!?アンタ何処に目ぇ付けてんのよ!?」
「え、何?」
「目ん玉かっぽじってよく見てみやがれ!どう見ても落ち込んでただろうが!」
「落ち込んでるどころか、目の光無くなってるじゃない!!」
「ダァァ!うるせぇんだよガチ勢共が!!」
物凄い剣幕で迫る二人を前に、ゼフィランサスは完全に嫌気がさした。
そもそも二人がリージアの状態に気付いたのは、勘のような物。
彼女への気が薄いゼフィランサスにとって、何時もの彼女とそん色ないように映っている。
「おいエルフィリア!ちょっとヴァーベナとっ捕まえてこい!アイツなら何か分かってんだろ!?」
「おい」
「ええ了解よ!ちょっとひとっ走り行ってくるわ!」
「待て!アイツまで巻き込むな!!」
ヴァーベナまで巻き込もうとする二人の事を静止する間もなく、フォスキアは鍛冶場を飛び出した。
流石に気の弱い彼女まで巻き込む訳に行かなかったが、一足遅かった。
「連れて来たわ!」
「早いわ!てか、どうやって連れて来た!?徒歩で往復三十分くらいかかるぞ!!」
この鍛冶場から格納庫まで、徒歩で往復する場合おおよそ三十分。
フォスキアは、その間を僅か数秒で往復して来た。
それに巻き込まれたヴァーベナは、白目を向きながら気を失ってしまっている。
そんな彼女へ、ゼフィランサスは駆け寄って来る。
「ヴァーベナ!大丈夫か!?」
「あ、ああ、あれ?あ~、少尉さん、何か、トキが見えます」
「しっかりしろ!何か新たなタイプに目覚めつつあるぞ!」
ゼフィランサスに介抱されるヴァーベナは、何か変な物が見えてしまっているらしい。
とりあえず彼女の復活を待ち、三人は待機する。
――――――
十分後。
ヴァーベナは何とか目を覚ました
「……えっと、軍曹の容態、ですか?」
もう一つ用意された席に座り、ヴァーベナは疲れ果てた様子で聞き返した。
作業中に強制連行されたと思えば、随分と難しい事を聞かれてまいってしまう。
かなり真剣な様子で頷く三人へ、ヴァーベナは自分の診断結果を口にする。
「そ、そうですね……話ぶりから考えて、PTSDが源流となると考えるのが、妥当でしょう、ガーデンコードを持っている以上、そう言った症状は有ります、それに、噂で聞くよりお仕事に夢中になっている所を見ても、明らかでしょう」
「ほら見ろ!金払えゼフィランサス!!」
「黙れ!変な事言ったのは謝るが、金まで払う義理は無い!」
「……続けてもいいですか?」
目の前で騒がれた事で、二人の声がヴァーベナの頭の中で乱反射してしまう
何が有ったのか知らない身のヴァーベナからすればどうでもいい上に、変な頭痛が起こる。
そんなヴァーベナの言葉に反応した二人は、改めて席に着く。
「ですが、過去回想での勝手に出て来る涙位しか、私は軍曹の症状を見ていません、ですが、お二人の言うような事が有るのでしたら、確かに精神に疾患が有ってもおかしくないでしょう」
「そうなのか?普通に仕事しているようにしか見えないんだが」
「……えっと、周りから見て普通に見えるのは精神疾患者にはよくある事ですから……でも、問診の一つも受けてくれないので、正確な所はなんとも言えませんが」
「アイツ、変な所で意固地だからな」
一応、ヴァーベナの方からも何度か診察を持ち掛けた事はある。
しかし、変に意固地になっているリージアは全て拒んでしまっていた。
流石のヴァーベナでも、正面切って診断してみなければ正確な症状は分からない。
「でも、そう言うのって、何か治療法とか有るの?」
「ええ、症状にもよりますが、やはり薬物治療を行いつつ、周りの方のサポートを受ける、というのが一般的ですね」
「薬って、あの子に効くの?」
「そ、それは、私もちょっと分かりかねますが、というか、治るのかどうか」
精神的な病は、やはり薬や周囲からのサポートが重要。
しかし、一部が生体パーツに置き換わったとは言え、大半が機械である事に変わりは無いので薬が効くのか不明だ。
ヴァーベナの診断を聞く三人の内、ゼフィランサスはどうにも呑み込めなかった。
「しかし、そんな奴今まで居たか?少なくとも私は見た事無いんだが」
「……確かに、俺もアリサシリーズとして戦っていたが、精神疾患持ったアンドロイドは聞いた事無いな」
「え、じゃぁ、大丈夫なの?あの子」
「……」
大戦時、現在残っているアンドロイドの十倍以上が稼働していた。
そのほとんどが戦死し、残っている隊員は、大戦中盤以降に製造されたか、土管より太いメンタルで戦い抜いた猛者位だ。
しかし、精神疾患を患った個体というのはゼフィランサス達も見た事無い。
だが、そんな話をされたヴァーベナは、顔を青ざめながら目を逸らした。
「どうした?」
「い、いや、そ、その……こ、ここだけの話にしてくださいよ」
「……なんだ?」
「……アンドロイドの患者さんって、そう言った診断が下ると、全員廃棄処分、でして……し、士気にかかわるとして、私達のモデル以外には知らされていなかったんです」
ヴァーベナの口より明かされた真実に、鍛冶場が凍り付いた。
先ほどまで赤く熱されていた炉が、氷ったように錯覚してしまう程だ。
アンドロイドの診察も行っていたヴァーベナが目撃してきてきた裏側。
今までは指令コードのせいで打ち明けられなかったが、かつてリージア達が感染したウイルスのおかげで解禁された。
「……ホント、人間未満の扱いだったのね、アンタ達」
「私も、それは初めて聞いた」
「どうすんだよ、さっきまで蒸し風呂だったのに冷凍庫だぞ、気分的に」
「す、すみません、この前軍曹が感染させたウイルスで、ようやく解禁できた情報ですので」
「リージアには言うなよ、余計に人間嫌いこじらせかねない」
「でしょうね」
ずっと隠蔽されていた嫌な情報、そんな物をリージアが聞けば余計にこじらせてしまうのは余裕で想像がつく。
なので、本当にここだけの話にした方が良いだろう。
これ以上沈めば、本当に何をしでかすか分かった物ではない。
「てわけだ、リージアの事、しっかり繋ぎ止めてやれよ」
「え、何?急に振らないでちょうだい」
「アホ、ヴァーベナが言ってただろ?周りの人間のサポートが必要なんだよ」
「そ、そうだけど……」
「……そう言えばエルフィリア」
「な、何よ、またナゾナゾ?」
「いや、お前、確かアリサと戦っていた時、何故止めに入った?」
「……」
再びゼフィランサスが地雷を踏み抜き、フォスキアの心は南極と化した。
確かにフォスキアが止めに入ったあの姿は、当時現場に居た者にとっては違和感でしかない。
モミザは事情が有るのではないかと、ずっと触れずにいた。
しかし、ここまで急に話題を切り替えられたので、モミザも止める事もできなかった。
「おい、どう考えてもそこデリケートな部分だろ、明らかにポケットの中で起きてた悲しい戦争みたいな物だろ、バニー」
「誰がウサギだ、そもそも、そんな心に毒がある状態で前線に出られてもこちらが困る、せめて原因の本人が居ない場所だけでも吐き出してもらわないとな」
「……そ、そうよね」
「お前、そう言う所軍人気質だよな」
「お前らが緩すぎるだけだ」
リージア達以上に軍人として厳格な部分を持つゼフィランサスにとって、フォスキアのように迷いの有る人物はあまり前線に出したくはない。
いざという時で迷いに負け、足を引っ張られては困る。
なので、せめて少しでも毒は吐き出してほしかった。
「……なんて言えばいいのかしら」
「おいおい、あんま無理すんな」
「ええ、その……あ、貴女達のお姉さん、実は正気だったんじゃないかって」
「は?」
「あの人も、リージアと同じように、あの子を殺す事で助けようとしてた、そんな感情が私の中に流れ込んで来たのよ」
「は!?」
「だから、その、多分、貴女達の言うガーデンコードは、既にボロボロだったんだろうけど、妹を想う気持ちだけは、死んで無かった」
「はぁぁ!!?」
「(毒どころか、とんでもない劇物吐き出しやがった)」
「(彼女もどこか悩みが有ると思ってはいましたが、まさかそんな事が)」
姉妹ではない二人はともかく、とんでもない発言にモミザは思わず立ち上がってしまった。
とは言え、その内容にはまたもや空気を冷え込ませた。
毒は吐かせた方が良いと思えば、とてつもない劇物が吐き出されたのだから。
「……おい、エルフィリア」
「何?」
「絶対その事言うなよ、そんな事言ったら、アイツ、絶対首括る」
「そうだな、何でお前ら姉妹の道は、地雷原避けたと思ったら、マグマにダイブする羽目になるんだよ」
どうあがこうとも、不幸の道しか用意されていないリージア達姉妹。
その事に、ゼフィランサスはとてつもない重さを感じた。
「……つー訳だエルフィリア、仕事終わり、俺の部屋に来い」
「何でよ、アンタのお誘いはお断りよ」
「そうじゃねぇよ、小姑たる俺がご親切に花嫁修業をしてやるって言ってんだよ」
「花嫁修業?」
「そうだ」
この凍てついた重い空気の中、よくそんな事言えたな。
フォスキアを含め、他の二人も内心そう思った。
とは言え、モミザも完全に空気を読まず行っている訳ではない。
ちゃんと彼女なりの理由が有り、それを証明する為の道具を取りだす。
「今夜からアイツの好きなアニメ・漫画のマラソンを開始する、簡単に寝れると思うなよ」
「え」
「ガ〇ダム、ター〇ネーター、その他もろもろ……時間が許す限りアイツの趣味嗜好を叩き込んでやる」
「……あ~、ちょっと私、急用が」
何を言っているのか良く解らなかったが、確実に面倒な事を企んでいるのは目に見えている。
確かに好きな人との共通の話題は、距離感を近づけるのに良いきっかけとなる。
だが、モミザの目は確実に調教師のような目だ。
逃げようとしたが、この絶海の孤島に逃げ場なんて無い。
「逃がさないぞ」
「……」
誰か助けて、涙の溜まる目をゼフィランサス達に向けた。
しかし、二人共モミザの眼光に屈し、聞いていないフリをしてしまう。
そんな彼女達の様子に、フォスキアは静かに涙を流した。