転機 後編
司令官の謁見から数日後。
フロンティアに有る調査チームの基地にて。
恥ずかしさで再び引きこもりかけたリージアを説得した事で、オメガ・デルタ・ガンマの混成チーム『リベリオンズ』は行動を開始していた。
先ずは各国に散らばる機械魔物達を排除するべく、対抗できるE兵器の製造が続く。
勿論フォスキアも魔法陣の構築に勤しむ事に成っているが、彼女は基地の厨房に居た。
「あの子達には悪いけど、人間入れる物入れないといけないものね」
いくら半分悪魔とは言え、空くものは有る。
食事を作るべく、持参した食材を持って厨房にやって来たのだ。
ついでにリージアの分も作ろうかと思ったが、本人は仕事が忙しいとゼリー飲料だけで済ませていた。
一応リージアの身体の一部は生きているので、維持のために食事が必要だ。
ゼリー飲料でも十分な栄養は摂取できるが、健康面では心配でしかない。
「あの子達の携帯食も美味しいんだけど、やっぱレトルトばかりじゃなくて、こう言うのも食べたくなるのよね(ていうか、本当に広いわね、王族や大貴族の厨房みたい)」
ナノマシンで再現された基地の厨房に釘付けになりつつ、フォスキアは持って来た道具や材料を用意していく。
元々数百人規模の人物が派遣されたので、厨房も相応に広い。
機能もしっかりしているらしく、コンロやオーブンもしっかり使える。
鼻歌交じりに、フォスキアは持参したフライパンをコンロに乗せる。
「ふ~ふんふ~ん、ふ~ふんふ~ん」
コンロに火を点け、油を塗ったフライパンを温めると、雑に切ったポテトとブロック状の燻製肉を乗せた。
早速肉の脂が跳ね上がり、良い香りが立ち上る。
ナイフを使いながら食材達に火を通していき、頃合いを見てスライスしたチーズを取りだす。
「う~ん、良い香り、これよこれ」
懐かしい香りにウキウキとしながら、フォスキアは蓋をする。
作っているのは、傭兵の間で人気な燻製肉とポテトのチーズ焼き。
リージア達と会う前のフォスキアも、よく食べていた。
携帯食は温かくとも何かもわからない物が多かったので、こう言った食事はありがたい。
「頃合いかしらねっと」
蓋を取れば、良い香りが爆弾のように浮かび上がる。
焼けた肉の香りと、とろけたチーズの視覚効果、その上跳ね上がる脂が奏でる音。
味付けは肉の塩気だけで十分、できれば香草なども使いたいが、生憎持ってきていない。
出来上がるなりフォスキアは火を止め、フライパンを持ってパイプ椅子に座る。
「さてと、これと、後はお酒を用意すればっと、ふふ」
生唾を飲みながら、フォスキアはチーズのかかった肉をナイフで突き刺す。
そのまま口へと運び、歯に伝わる熱を気にする事なく噛み切る。
溢れ出すのは、肉とチーズの香薫と塩気と脂。
それらが背徳感溢れる美味さを引き出し、ホホを緩める。
「ん~、これよこれ、レトルトも良いけど、これでないと、そんで、お酒が」
スキットルをかたむけ、口内で噛み砕かれた肉たちを流し込む。
ワインやビールも良いが、酔える酒の方がフォスキアの口に合う。
この美味しさに、フォスキアは笑みを浮かべた。
「プハ!最高~」
酒も入り、気分も上々。
加えて、会心の作とも言える程の出来となった肉料理。
幸福感と一緒に噛み締めていると、変な違和感が襲い掛かる。
「(あれ?私、こんなに料理上手かったかしら?)」
フォスキア自身、遠征以外であまり料理をしない。
同じ物を作っても、今回程美味しく仕上がる事は無かった。
「まいっか、今回は運が良かったって事で」
「随分ハイカロリーなもん食ってんな、てか、そのワイルドな食い方する奴マジで居るんだな」
「ブフ!」
変な疑問を払拭していると、厨房にモミザが入って来た。
別の作業に入っていた筈の彼女が急に入って来たので、フォスキアは驚いて吹き出してしまう。
「……ど、どうしたの?えっと、マリー?」
「いや、モミザで良い、もうそっちの方が呼ばれ慣れてるからな」
「そ、そう、も、モミザ、何の用?」
「そう身構えるな、どつき合おうって訳じゃねぇ、平和に行こう」
そう言いながら、モミザはパイプ椅子を持ってフォスキアの前に座る。
どっかりと構えたが、とても平和な雰囲気には見えない。
むしろ、女ヤクザの目だ。
「……で、その、リージアの事なんだが」
「……」
フォスキアは威嚇するように、もう一つの肉にナイフを突き立てた。
ナイフは肉を貫通し、金属音が響く。
とても平和とは思えない話題にフォスキアは身構えたが、モミザは深々と頭を下げる。
「な、なによ」
「……ありがとう、そして、すまなかった」
「え」
急に感謝され、フォスキアは咥えていた肉を離してしまう。
特に感謝されるような事をした覚えがないので、本当に困惑している。
強いて言うのであれば、アリサ相手に共闘した時だろう。
とは言え、こんな深く頭を下げられるような事をした覚えはない。
「な、何?本当に」
「……かつて俺は、お前がリージアに悪影響だと言った、その事を訂正させてほしい」
「そう言えば、そんな事有ったわね」
かつてモミザにそんな事を言われた事を思い出したが、その謝罪だけならばまだしも、感謝されるゆわれも無い。
その理由を考えながら、スキットルを傾けた。
しかし、とてもそんな事をした覚えが本当に無い。
「で、何で私感謝されたの?」
「……あまり認めたくはないが、お前は何時しか、リージアの心のよりどころになっていた」
「……え?」
「姉貴を自分の手で殺しても、アイツがすぐ復帰できたのも、お前が居てくれたからだ」
「ちょ」
「アイツの心を支えてくれて、ありがとう、むしろ、お前はアイツにいい影響を与えてくれた」
「……ま、待って、本当に待って」
「不束な妹だが、よろしく頼む」
「本当に待ちなさいよぉぉぉ!!」
珍しくどんどん話を進めるモミザの言葉に、フォスキアは耳まで真っ赤にしながら立ち上がった。
しかもいつの間にか、リージアとの付き合いが公認される形になっている。
気になる点が多すぎて、情報が全く頭に入ってこない。
「何!?なんなの!?急な話すぎて全然ついて行けないんだけど!!」
「うるせぇ、こっちが辞退してんだ、絶対幸せにしろよ、自慢の愛妹なんだからな」
「そこが一番分からないのよ!貴女絶対渡さないとか言ってたじゃない!」
「この前告った、結果はどうあれ、すっきりしたから、後はもうお前に託すことにした」
「何時の間に、しかも何?振られたの?」
「さぁな、だが、妹の幸せを一途に思う身として、お前しかリージアを幸せにできないって思ったんだ」
「いや、その、怖すぎて全然話があまり入ってこないんだけど」
あれだけ火花を散らしていたというのに、フォスキアは少し拍子抜けけしてしまう。
というより、モミザの推しに怖さすら感じる。
告白は先を越されてしまったとは言え、もう姉公認で幸せにしろと言っているのだ。
しかも、後押しが過ぎる。
恐怖するフォスキアへ、更にモミザは食い掛る。
「そもそも、アイツが破壊する対象、全てのE兵器ってのは、俺やリージアも入ってたんだよ」
「え、そうなの?」
「そうだ、全て終わったら、俺はアイツと死つもりでいた、だがお前との関りによって、その決心は揺らぎつつある……」
全ての事が終わった後、リージアは死ぬつもりだった。
モミザも彼女と心中できるのならば、止めるつもりはなかった。
それなのに、彼女はモミザだけは生きて欲しいと言い出した。
明らかにフォスキアとの触れ合いが、リージアの何かを変えつつある。
「良いか!?リージアはお前に姉貴の気配を感じている、つまり、アイツにしか分からない魅力がお前には有るんだよ!これ以上アイツがダークサイドに堕ちない様にするためには、お前が必要なんだよ!」
「いや、そう言ってくれるのは嬉しいわよ、でも……ヘリコニアにも言われたけど、私なんかじゃ……」
「自信を持て、巨乳でエルフで美人、更に巨乳ときている、アイツの性癖にもぶっ刺さりだ、外見の魅力だけでアイツを悩殺できるぜ」
「……」
キリっとした表情で親指を立てられ、フォスキアは言葉を失う。
もう性格云々に魅力は無く、身体だけしかないと言われているような物だ。
確かにリージアからは、男性陣から向けられるような視線を何度も感じている。
嬉しい事ではあるが、それでも複雑な気分にしかならない。
「アンタ、遠まわしに体しか魅力がないって言ってない?」
「んな訳ねぇよ、さっきも言ったが、お前にはリージアにしか分からない魅力が有るんだよ、それが何なのか、俺にも分かんねぇが」
「何よそれ……」
身体を使った悩殺で何とかなっても、気分が晴れない事が多すぎた。
その事を考えると、好意がまだ生きていても気乗りできない。
「(話せる訳ないわよ、あんな事)」
フォスキアの脳裏を過ぎったのは、アリサから感じ取る事のできた断片的な意識。
彼女が正気であるかもしれない可能性を考える事なく、最愛の姉を殺してしまった。
そんな事をリージアが知ったら、今度こそアウトかもしれない。
「どうした?姉貴には成れない、みたいな事考えてんのか?」
「……似たような物よ、でも、貴女達のお姉さん、もう治せないの?」
「無理だな、レーニアとヴァーベナの診断だ、確実だぜ」
「……そう、頭撃ってたもんね」
「そもそも、ガーデンコードが無いんじゃ、お手上げなんだよ」
「どうしてよ」
一応リージア達の話を聞いていたフォスキアだが、細部までは理解しきれていない。
頭を撃ち抜いた事で、完全に無力化されたのは実際に目にしていたので理解している。
だが治そうにも、肝心のガーデンコードが綺麗サッパリ無くなっていては治しようがないのだ。
「ガーデンコードはバックアップ、つまり、記憶を別の所に複製して置いておく事ができないんだよ」
「え、でもリージアはプリンターに意識移してたわよ」
「その程度なら俺だってできる、できないのはあくまでも複製だ、でないと、アーマードパックも動かせないからな」
「そうなのね」
意識の複製はできないが、リージアのように別の機械に意識を移す事はできる。
アーマードパックも似たような原理で動かしているので、それは全てのアンドロイド共通の能力だ。
「もし、そのガーデンコードが残っていたら、彼女は治ったの?」
「無理だろうな、多少の記憶障害なら治す事はできても、自我のはっきりしていないあの状態じゃ」
「まるで人間ね」
「ああ、それが俺達のマスターのこだわりでも有る、命は一つ限り、それが生きるって事だ」
「……随分こだわりが強かったのね」
「まぁな、おかげで、俺達姉妹はここまで来れたんだ」
マスター達がリージア達アンドロイドを作った際、最もこだわっていたのは、どれだけ人間に近づけられるか。
そのこだわりのせいで、リージア達は一つ限りの命しか持てなくなった。
だが、今のような性能になれたのはその恩恵でも有る。
「……今思い出したけど、リージアが言うにはアンタ等って十三人姉妹よね?前の話では一人足りなかったわよ」
「え?……ああ、その辺も聞いてたのか、確かにそうだが、もう一人は別動隊として政府も知らんところで暗躍してた、だから、俺達も大戦中は滅多に会った事がない」
「で、今は?」
「アイツも俺達が死ぬ事だけは反対だったが、今でも俺らの計画を支援する為に奔走している、だから、リージアが変な方向に行かない様に、きちんと赤い糸で結ばれろよ」
「……結ばれたとしても、貴女達が帰るんじゃ」
「あのな、俺達は既に反逆者、仮に全部上手く行っても、俺達は本星に戻る事はできない、つまり、上手く行けばお前は心置きなくアイツと添い遂げられるんだよ」
「あ」
そう、彼女達はもう故郷に戻る事はできない。
つまり、フォスキアが一番懸念していた事は既に解消されている。
その事に気付き、開いた口が塞がらなくなってしまう。
「そ、それで、その、私はどうすれば」
「それは知らん、自分で考えろ」
「う」
「だが、途中でお前が死なれても困る、折角だ、お前の大剣、俺が手入れしてやる」
「……良いの?」
「当然だ、これでお前も俺の妹の一人、この基地に鍛冶工房を作ってもらった、そこでお前の大剣を新品以上にしてやる!」
「……は、はぁ(思い切りが良すぎて、ついて行けない)ハグ」
モミザの変わりように驚きながら、フォスキアは最後の肉とポテトを頬張った。
食べ終わったので、フォスキアはシンクの方へ行く。
「気合が良いのは分かったらから、先に片づけだけさせて」
「お、おう、そうか……ん?」
片づけを始めるべく、フォスキアは蛇口をひねって水を出す。
持参した道具で作業を続けているが、少し違和感を覚える。
よく耳をすませば換気扇が回っており、彼女が使い方を知る筈もないコンロ。
蛇口自体はこの世界に有っても不思議ではないが、ここに来るまで誰も使わなかった『レトルト』と言う単語を使っていた。
「な、なぁ、エルフィリア」
「ん?何?」
「お前、ここの使い方、誰に教わった?」
「……」
モミザからの質問に、フォスキアは洗剤の付いたスポンジの動きを止めた。
厨房の位置はリージアに教えてもらったが、それ以外は何も教わっていない。
換気扇の回し方は勿論だが、洗剤やらなんやらと言った物は全て何となく使っていた。
「誰にも、教えてもらってないわ」
「……え、じゃぁ、何で」
「……何となく?」
「……」
自分自身に疑問を抱きながら、フォスキアは道具類を片付けた。
覚えている限りだと、この厨房に入った瞬間、脳裏にこの部屋の使い方が思い浮かんだのだ。
てっきりそう言う機能でもついているのかと思っていたので、あまり気にしていなかった。
「何か違和感はなかったのか?」
「有るには有ったけど、使い方とか勝手に頭の中に送る機能とか有ったのかと」
「いや、そんなロボットアニメのご都合設定みたいな奴、流石に無いっての……主人公素人だけど、操縦桿握った瞬間頭に使い方流し込まれてすぐに理解する、みたいな?」
「色々無茶苦茶な物作ってる割に、そう言う都合のいい奴作ってないってどうなの?」
「知らん、ほら、飯が終わったんならさっさと行くぞ」
「はい、は~い」
「(リージアの口調でもうつったのか?)」
少しリージアっぽい返事をしたフォスキアを連れ、二人は大剣を取りに行く。
フォスキアの武器は艦内に有る彼女の部屋ではなく、この基地の宿舎に移されている。
というのも、艦は修復だけでなく、改修作業も行っている為だ。
「ところで、新型の調子はどうだ?」
「今朝がた、ロールアウト?できたみたいで、今頃試験飛行中でしょうね(ほんと大変だったわ、素材に私の羽毛使いたい何て言い出してきたし)」
近接装備の制作で忙しいモミザは、現在制作中の新型の詳細は知らない。
なので、開発に携わっているフォスキアに訊ねた。
今朝に一機完成したので、現在は試験中だ。
その報告を聞き、モミザは笑みを浮かべる。
「ありがたいな、またタラッサの町みたいな苦戦はゴメンだ」
「そうね」
かろうじて原型を残している五機のアーマードパックをベースに、ナノマシンによるE兵器化を行っている。
現在の頭数は大戦時代より一人多い程度だが、勝利できた一番の要因はE兵器を用いた事だ。
同じ条件の場合、数で圧倒される可能性の方が高い。
アーマードパックであれば、質で数を補う事ができる。
「ていうか、剣とかもあの不思議金属で作れないの?」
「作れない事は無いが、ナノマシンの強度が大元だからな、近接武器は鍛造で作った方が性能は良い、代わりに、折れたらそれっきりだけどな」
「どんなに便利な物でも、欠点はあるのね」
「そう言う事だ」
ナノマシンで作った物は確かに頑丈なうえに、自己修復も行える。
だが、ちゃんとした工程で作った刃物より脆く、その分余計なナノマシンを消費してしまう。
鍛造によって鍛えられた剣の方が、強度と性能は高い。
「俺が鍛えてやるんだ、品質は保証する、だが」
「ん?」
振り返ったモミザは、フォスキアを睨むように見つめる。
本人に睨んでいるつもりはないが、鋭い目つきのせいでそう見えてしまう。
「絶対に死ぬな、お前がリージアの最後の希望なんだ」
「え、ええ(知らない間にとんだ重荷背負わされたわね)」
「それと、覚悟しておけ、察してると思うが、リージアは重いぜ、物理的にも感情的にも、浮気何かしたら四肢もがれるぞ」
「き、気を付けるわ」
薄々気付いてはいたが、リージアは色々と重い。
その事を改めて聞かされたフォスキアは、そろそろ胃が痛く成って来た。




