最初の町へ 後編
森を抜けた三名は、明日に備えて野営を行っていた。
灯りは用意した焚火だけ、街灯も何も無い、自然の光と音のみがリージア達を包む。
「……」
「はぁ~、ふかふか~、それにこの草のチクチク感……こんなに堪能できる日が来るなんてね」
残り少ない蒸留酒をチビチビ飲むフォスキアは、妙にテンションの上がっているリージアに首を傾げていた。
彼女の反応は、初めて上質な絨毯の上でくつろいだ時の事を思い出す。
火の番でのんびりしつつ、周辺の警戒を行っているモミザとは対称的だ。
「……随分自然が好きなのね、貴女」
「うん、もう五十年位かな?こんな上質な土は踏んで無かったからね」
「(ご、五十年?見かけは十代くらいなのに……あ、そうか、この子達人間じゃないのか)」
驚くフォスキアの前で、リージアは土や草を堪能する。
現役で活躍していた頃は、まだまだ豊かな自然が残っていたが、今となっては見る影もない。
大戦が末期に差し掛かった頃は、戦いで荒れた土しか触れられなかった。
しかも統合政府樹立からは、宇宙に軟禁同様の扱いで地面に降り立つ事は滅多にない。
「(そうだ、大戦前の私達の世界も、こんな感じだった)」
リージアの脳裏を過ぎるのは、大戦の影響でズタズタになった土地。
統合政府には見捨てられ、多くの人間達は宇宙に設けられたコロニーに移住している。
政府にとって母星の利用価値は、地上でしか採れない資源の採掘のみだ
「(ゲリラの人たちが環境の回復を図ってるけど、あの人もあの人達で問題があるし、私の考えが正しければ、この世界は……)」
今や星内に住んでいるのは、統合政府に反感が有る者達や、行くアテの無い貧しい者。
彼らは協力し、母星の環境の回復を主な活動としているが、ゲリラ活動も行っている。
資源採掘の妨害や強奪等、過激な事も目立っていた。
その始末は、リージア達アンドロイド部隊が担っている。
嫌な予感が過ぎったリージアだったが、すぐに振り払う。
「(やめよう、こんな事考えるのは)」
「どうした?リージア」
「……」
気付いたら険しい顔になっていたリージアを案じたのは、モミザ。
長い間一緒に居ただけに、滅多に見ない表情に疑問符を浮かべていた。
「ゴメン、ちょっとね」
「……なら、良いんだが」
「大丈夫?良かったら飲む?残り少ないけど」
相方が心配していた事に気付き、フォスキアも酒を提供しようとする。
エルフと間接キスができる、という夢のようなシチュエーションだが、リージアは遠慮するように手をかざす。
「是非いただきたいけど、私達、アルコール……お酒を摂取すると、動作に問題が出て来るから」
リージア達の義体は潜入を想定していないので、飲食は行えない。
水は動作に必要なので摂取できるが、アルコールは無理だ。
いうなれば、ガソリン車に水を注ぐ事と同じである。
「そう、楽しみとかは有るの?」
「ははは、本とか読む位の娯楽は有るし、それと、眠る必要もないから、見張りは私達に任せて、エルフィリアは寝てていいよ」
「あら、それはありがたい体質ね……でも」
「でも?」
「依頼主に見守られながら寝るのって、何か、ね」
「それはそうだね」
通常護衛や案内等の依頼は、複数名のパーティで行う。
仲間同士で夜警に当たりつつ、護衛対象を守る。
今の状況は特殊とは言え、依頼主に守られるのは変な気分だった。
とは言え、疲れも溜まっていたので、寝る為にマントを身に包んでいく。
「……」
「な、何?」
眠りに就こうとした瞬間、フォスキアはリージアを睨んだ。
何しろ、彼女に何度もイヤらしい目を向けられた。
寝込みを襲われる事を警戒しても、不思議ではない。
「……依頼料もそうだけど、私の身体は安くないわよ」
「だ、だから、私はそう言う無理矢理は好きじゃないって」
「……」
一度得た最初の印象は、簡単には死なないらしい。
すっかりリージアを警戒している。
とは言え、リージアは妙な目を向ける程度で、それ以上はしていない。
だが、彼女にはそれだけ衝撃的な事だったのだろう。
「安心しろ、エルフィリア」
「え?」
「何か有ったら、俺がぶん殴る」
「お、お手柔らかに」
そう言いながら、モミザは拳を握り締め、リージアを睨んだ。
安心できそうであるが、フォスキアはちゃんとわかっている。
「(多分、私の身を案じて無いわね)」
逆にリージアの事を心配しながら、フォスキアは眠りについた。
――――――
翌日。
リージア達は、フォスキアが起きる前に、朝日を堪能していた。
「良い陽光だね」
「ああ、こんな景色を、また見られるとはな」
朝日に照らされるのは、汚染されていない綺麗な環境。
感じられなくとも解る日の温かさは、なんとも良い気持ちだ。
「バッテリー残量は?」
「まだ八十二パーセント残っている、下手に戦闘さえ行わなければ、三日は持つからな」
「良かった、私もそれ位残ってる」
フォスキアが起きる前に、二人は互いのバッテリー残量を確認した。
実は彼女達は、ジェネレータと呼べる物は搭載されていない。
アンドロイドは洩れなくバッテリー式、というルールが設けられている。
バッテリーの容量は、戦闘さえ行わなければ三日は持つ。
出発前に新品に取り換えていたので、まだまだ無くなることは無い。
「(……そ、それにしても)」
バッテリー残量を確認したリージアは、すぐそこで眠るフォスキアに視線を向ける。
酒を片手に仰向けになりながら、気持ちよさそうにヨダレを垂らす。
だが、目を引くのはスカートアーマーのせいで強調される、彼女のボディ。
魅惑のエルフの身体に、リージアは思わず息を飲んでしまう。
「おい、変な事考えんなよ、クソレズエルフフェチ」
その目に気付いたモミザは、リージアに殺意とナイフを向けていた。
察知したリージアは、すぐに視線を逸らす。
「は、ハイハイ、お願いだからナイフしまって(薄い本とかは無反応な癖に、他の女の子に目ぇ向けると何故かこうなるんだよね)」
因みに、何故モミザがこんな事をするのか、リージアには自覚がない。
――――――
しばらくして、フォスキアが目覚めると同時に、三人は出発した。
しかし、フォスキアの足取りはとても重かった。
「あ~、飲み過ぎた」
「飲むのはペース守った方がいいよ」
「そうだけど、飲まないとやってられないの……はぁ、空っぽに成っちゃった」
二日酔いというより、水筒の中の酒が無くなった事にショックを受けていた。
もうフチについているシズクを、いやしく舐めている。
貰った酒は報酬なので、仕事が終わるまで手を付けないらしい。
「はぁ、あいつ等……」
こんな目に遭わせた元凶を思い出し、フォスキアは水筒を握りつぶしていく。
「私をハメた事、絶対に許さん」
「(うわ、もうアル中だ、夢崩れる)
全部で三つ程持っていたが、今持っている一つ以外は既になくなっている。
おかげで、もう手持ちの酒が無い。
振るえる手で頭を押さえるフォスキアは、まるでアルコール依存症のようだった。
「(……あ、そうか)」
「どう?町まで我慢できる?」
「ええ、町まで、ならね(問題はあるけど)」
「そ、そう?(な、何か、急に元気になった)」
先ほどまで頭を押さえていたフォスキアだったが、急に元気を取り戻した。
心配したリージアも、その切り替えの速さには困惑してしまう。
町までという所に疑問はあるが、そのまま足を進めていく。
「(……ここは、本当に環境が良い、その上、魔物とか言う生物まで居る……)」
本星では見る事の出来ない、辺り一面青空が背景の野原。
レーダーが使えないので、攻撃的な魔物の接近は視覚や音響のセンサに頼るしかない。
そう思い、先日の野営からずっと警戒していた。
バッテリーの消耗をできるだけ抑える為に、モミザと交互に休みながら彼女を護衛していた。
しかし。
「(……あ、アイツも)」
「(また逃げられたか、エルフ女の報酬に当てようと思ったんだがな)」
リージアとモミザが見つけたのは、ネコ科の動物の群れ。
魔物なのかは不明だが、最初こそ敵意を向けていたというのに、一定の距離に入り込むと逃げてしまう。
余計な戦闘は避けるにこした事は無いが、これでは戦闘データが回収できそうにない。
下手に追いかけてもバッテリーが無駄に消費されるだけなので、深追いはしない。
「おっ酒~、おっ酒~」
「……急ごっか」
「だな」
ただのアルコール中毒者のセリフを聞き、二人は歩みを早めていく。
元気になったのはいいのだが、酒の事ばかり考えて上の空だ。
変に時間をくったら、何をされるか分かった物ではない。
とは言え、今回は情報収集が任務、今の内に聞ける事は聞いた方がいいだろう。
「と、ところで、今向かってる町って、どんな町なの?」
割と気になっていた事だ。
向かっている町の場所は、魔の大森林から徒歩で半日かそこらの距離。
人の寄り付かない危険地帯から、それ程遠い訳でもない。
そんな場所に町を作るというのは、少し危険な気がする。
調査チームからは地形データ等は有るが、産業に関する記録は貰っていない。
「ん?あ、そうね……いうなれば、さっきまで居た森の魔物や、薬効植物何かを集めて、加工して生計を立ててる町、かしらね」
「成程、それで、わざわざ危険地帯の近くに町を興したわけね」
「そう言う事」
魔の森で採れる物で、主な生計を立てる。
それ以外にも有るのだろうが、多少危険でも採集を行える場所は近い方がいいのだろう。
「あ、あれね、見えて来たわ、あれが、ヴァルネイブの町ね」
薄っすらとであるが、城壁のような物が三人の目に映る。
もう数時間歩けば、到着するだろう。
「酒、お酒~、ウヘヘへ~」
「……」
「三度の飯より酒って感じだな」
スケベオヤジの如く酒の事ばかり考える彼女に、二人は少し距離を置いた。
――――――
そんなこんな有り、三名は無事に町へと入れた。
一つの問題を乗り越えて。
「ゴメン、二人分も税金払わせて」
「良いのよ、二人分くらい、安い物よ」
町に入る為の通行税的な物を払わされたのだ。
仕方のない事とは言え、フォスキアには負担をかけさせてしまった。
流石にその程度を払う持ち合わせは有ったらしい。
因みに、傭兵ギルドのライセンスを持っていた彼女だけは免税らしい。
「さて、次はギルドだったわね、急ぎましょう、私もそこに用があるし」
「あ、そうだった」
町の喧騒を聞き流しつつ、三人は目的地であるギルドに足を運ぶ。
そのついでに、リージアは町の様子を見るだけ見ていた。
「いやぁ~楽しみにしてたけど、何か、普通だね、単純に欧州に来たみたい」
「普通で何よりだろ、中世の暗黒時代みたいな場所じゃなくてなによりだ」
内心楽しみにしていたリージアだったが、思いのほか普通の町並みだった。
来てまだ五分、既に幻滅していた。
とは言え、モミザはそうでも無かった。
「けど、町の文明から察するに、産業革命時代の英国と、中世ヨーロッパの中間位か?それに公衆浴場がある、衛生管理、モラル、全てが一定の水準に達してやがる」
「流石歴史マニア」
「歴史より、こういう町並みとかが好きなんだよ、俺は」
ファンタジー面を楽しみたいリージアと異なり、本星とは異なる歴史を歩む町並みに、モミザは心を奪われていた。
世界遺産の建物等、歴史を感じる物が彼女の趣味だった。
「それに見てみろ、街灯が有る、ガス灯っぽいが……石油とか使ってんのか?」
モミザが特に目を引いたのは、街灯。
ガスの火で灯りを灯す物なのだが、この世界で石油が使われているという話は聞いていない。
「あれは魔灯ね、さっき手に入れた魔石を燃料にしているわ」
「ほえ~、そうなのか」
旧時代の情緒あふれるが、確かにファンタジーだ。
リージア程では無いが、彼女もそう言った事には関心が有る。
「……あ」
「ん?如何かしたの?」
「あ?」
心を震わせているモミザの横で、リージアが固まった。
彼女の見る方に居たのは、ドワーフや獣人のコンビ。
というより、客と店員のやり取りだ。
幸い両者男性だったので暴走する事は無いが、別方向で興奮しだす。
「フオォォォ!あれって獣人!?ドワーフ!?マジで居るんだ!!」
と、先ほどまで落胆していたリージアは、活気を取り戻した。
「最近はどこ行ってもチラホラ見るけど……もしかして」
「ああ、居ねぇよ」
以前までは種族同士での対立も有ったりしたが、最近はそんないがみ合いも少ない。
なので、普通の人間以外も簡単にみられる。
異常に驚くリージアを見て、フォスキアは彼女達が改めて異世界の住民だと認識した。
「それと、町に入る前にことわったが」
「ええ、解ってるわ、貴女達の正体に関しては、他言無用ね」
「そうだ、酔った勢いでゲロったら……喉かき切るぞ」
町に入る前に忠告したが、他人にはリージア達の正体は秘密にしておく事にしている。
しかし、酒好きの彼女の事なので、下手したら酒の席でバクロする危険もある。
そうならない為にも、釘を刺すようにナイフをちらつかせた。
「は、はは、気を付けるわ」
「ヌ!あれは!」
威圧感で委縮するフォスキアの横で、リージアが勢いよく振り返った。
またエルフか何かを見つけたのかと思ったら、獣人の女性が目に入ったらしい。
しかも、何やらガラの悪い男性と向き合っている。
女性の方は何やら困っており、冷や汗が薄っすら見える。
「これは、こういう時にありがちな展開!ケモミミ美女と仲良く成るチャァンス!!」
「(はぁ……動機はあれだが、仮にも国連軍の一員だもんな、犯罪行為の鎮圧位、許してやるか)」
仮に何かしても、殴って黙らせればいい。
呑気な考えだったが、フォスキアに相談もせずに取ったこの判断は間違いだった
「え?」
興奮するリージアの声に反応したフォスキアは、リージアの標的を目にする。
男の腕には、狼を模ったエンブレムの書かれた腕章があった。
明らかに男の方に喧嘩を売りに行っているリージアを見て、フォスキアは目を丸める。
「ちょ!何してんのよ!!」
「は?」
フォスキアの言葉に、モミザは首を傾げた。
その瞬間、モミザに爆発ともとれる突風が襲う。
「ッ!」
瞬時に顔を腕で覆った時には、フォスキアの姿は無かった。
既にリージアの目と鼻の先の所まで移動していた。
「はえ~」
人間離れしたスピードに驚いていると、フォスキアはリージアの側頭部に蹴りをかます。
結果、アイススケート選手も真っ青な回転でリージアは吹き飛んでいく。
すると、男性と何やら話を始める。
「何だ?」
フォスキアは何やら焦っており、今度は男の方に何度も会釈している。
遠目から見ると、子供の代わりに謝る保護者だ。
「(……まさか、ヤクザの類じゃねぇよな、あの兄ちゃん)」
イヤな予感を覚えながら、モミザも近寄って行く。
到着する頃にはリージアも復活し、一緒に二人に謝っていた。
「何だ?どういう状況だ?」
「い、いや~、えっと……」
顔色の悪いリージアは、この状況の説明を始める。
数分程の説明を受けたモミザは落胆を見せ、間髪入れずに石畳の地面に頭を叩きつけた。
自分の頭は当然、リージアの頭も無理矢理押し付ける。
「この度はウチのバカが申し訳ございませぇぇん!!」
「全くだ、俺をただのゴロツキと間違えるとは、随分となめた事してくれるぜ」
「はぁ」
様子を見ていたフォスキアは、あからさまに呆れた。
そして、ガラの悪い男と獣人の女性は、一緒に人ごみの中へ消えていった。
そんな二人に、モミザ達は最後まで頭を下げていた。
「……んで?女の方は、単純に迷子になった子供を探していただけで、たまたま通り掛かったあの傭兵に助けを頼んでただけだと……」
そう、全ては舞い上がったリージアの勘違い。
事のてん末を口にしながら、横で顔を青ざめるリージアを睨みつつ、拳と腕部の力をチャージして行く。
「あ、えっと」
別に女性の方は悪がらみされていた訳ではなく、むしろ助けを求めていただけ。
そこにリージアが突っ込んで行ったので、フォスキアが止めに入ったのだ。
というのも、男の方はフォスキアの知り合いの仲間。
それを示す腕章を見て、すぐに気づいたのだ。
彼女が居なければ、もっと酷い問題が起こる所だった。
「町に来て早々、テメェが問題起こしてんじゃねぇ!このクソバカがアアア!!」
「ユニバアアアス!」
奇声ともとれる悲鳴を上げつつ、リージアはモミザのアッパーカットをまともに食らった。
花火の如く打ち上げられるリージアを見て、フォスキアは目を細めていた。
「……アンタ等が問題児集団とか言われてる理由、何か分かったわ」
リージア達が準備をしている時、フォスキアはレーニアから色々と聞いていた。
彼女達が問題児と呼ばれている事や、ホスタの立場など。
しかも、周りからはかなり見下されているらしい。
だが、こんな問題を隊長が率いているのだ。
少し貶されても仕方無いだろう。
「ッ……頭が、痛い」
リージアの落下音を耳にしていると、フォスキアの頭に締め付けられるような痛みが襲った。
治める為には、ギルドに行くしかない。
「ギルドに、急がないと」
「あああああ!!」
気付かれないように苦しむフォスキアの近くで、リージアは帰還を果たした。
「あ、あの」
「次舞い上がって余計な事したらぶっ壊す」
「は、は~い」
再びモミザの手中に戻り、リージアは涙を浮かべた。
何しろ、今のモミザは、見た事無い位の形相を浮かべている。
逆らったら何されるか分からない。
「……こいつ等、本当に上官と部下?」
そんな二人の関係を見るフォスキアは、痛む頭を押さえながら、リージアとモミザの関係に疑問符を浮かべたのだった。